ニシムラマサキのブログ 【株式会社 西村工務店 代表取締役】【 SASAYA・うづかの森 オーナー】

ニシムラマサキのブログ 【株式会社 西村工務店 代表取締役】【 SASAYA・うづかの森 オーナー】

どうすれば地域を『素敵』に変えられるのか、誇るべき田舎になるのか、そんなことばかり考えています。

ニュースメディア、NewsPicksで、ある特集が組まれた記事を拝聴する。

 

 

 
長崎県宇久島で進んでいるメガソーラープロジェクトについて取材したレポートだ。
 
最近では、北海道釧路湿原でのメガソーラー計画が中止となった。

 

 
私は正直、これらの計画を複雑な思いで眺めている。
 
地域の人間として、メガソーラーや、大型風力などの再生可能エネルギー案件が自分の近くにできることについて、どう感じるかといえば、そりゃないに越したことはない。
 
ただ一方でこうも思う。
ではいったい、私たちは、どこでどんなエネルギーを調達し、生活をするのか。
 
電気は私たちの日常にあり、どこかで作られた電気が私たちの手元に届いている。
 
それは原子力かもしれないし、火力かもしれない。再生可能エネルギーも含まれていることだろう。
 
 
原子力はご存じのとおり、福島第一原発が津波による事故で放射能漏れをおこし、地域の生活はズタズタになった。しかし、現在最もCO2削減効果がある電源として、国は推進の方向でもある。
 
火力は工業地帯などにつくられることが多いだろうが、石炭、石油、ガスなどの化石燃料を他国から輸入し、それが動力となっており、さらにいえば、相当のCO2が排出される。
 
そして、再生可能エネルギーは、CO2削減効果があるが、どうしても、人里離れた場所、逆に言うと自然景観の美しい場所などに設置されることも多く、それは自然環境や景観を破壊するとやり玉に挙げられる。
 
私たちはいったい何を選べばいいのだろう。
エネルギーの種類を問う前に、エネルギーを使わないように、ひっそりと生きていくという選択肢もあるだろうが…
 
大事なことは、自分たちの目の見える形、手に届く形にしていくことだと思う。
 
 
 
 
News Picksの特集でも、この宇久島のメガソーラー問題については、地元は割と賛成の人たちも多く、外野が騒がしいと報道されている。
 
自分たちの『場所』についての意識が低い人たちが、エネルギーはどこから来ているのかということを理解せず、ある事象だけをとらえて騒ぎすぎているようにも思う。
 
エネルギー問題をもっと自分事として考えるべきだと思う。
 
それは使うということだけではなくて、作ることも含めてだ。
 
以前、地域の人たちでこんな話をしたことがある。
 
単純に地域にもっと富をというのであれば、核廃棄物を受け入れる施設を表明すれば、地域はある一定の富を得ることはできるだろう…と。
 
しかし、福島の事故がそうであったように、そういうリスクもあわせて受け入れる覚悟があるかいえば、それを受け入れることができる人などなかなかないと思う。
 
そして、気候変動の影響で、地球が住みずらい状況であるにも関わらず、この問題に手をつけず、次世代に残していくという責任の放棄でよいのか…。
 
そんなことをツラツラ考えるに、再エネ設備を受け入れることは自明ではないかとも思う。
 
まずは、自分たちのエネルギーの自給からはじめる、それができてはじめて、他人の土地でどんな発電を行うべきなのかを議論する…
 
そういうことなのだと思う。
 
 
 

 



今回、12月というあわただしい中だったが、

 

Chiang Mai by UTMBに出場し、無事に完走することができた。

 

2年ぶりの100マイルは、完走できるか不安だらけだったが、なんとかゴールできてほっとしている。

 

今回、タイのチェンマイという場所に行って、貴重な体験をしたのだけれど、12万人という小さな街(私が住む兵庫県北部の状況からすると大きな町なのだが)だけれど、国際観光都市としてのポジションをしっかりと確立できている場所に足を運んで観光客の目線で体験できたこと。

 

移動、宿泊、食事それらを自分でアレンジできたこと、そして少しだが旧所遺跡めぐりもできて、充実した5日間であったし、自分がライフワークとしている『まちづくり』という視点でもかなり貴重な経験ができた。

 

そして、Nitiporn Wisetkulさんというまったく見ず知らず青年が日本人のおっさんに手をさしのべて乗せてくれたこと。

 

そして、帰りも、これまたGrabを利用してではあるが現地の人が手配してくれたこと。

 

 

また、大会のボランティアスタッフとして、そこに関わってくれた人たちもまた、親切丁寧に選手とむきあってくれていたようにも思う。

 

ホテルも割と安い値段で快適に過ごすことができたし、スタッフも温かく迎えてくれた。

 

地方の我々にも参考になることが多数だったし、現地の人は親切にしてくれて、私は本当にチェンマイが好きになった。

 

どこの国とはあえて言わないが、国家間の関係がぎくしゃくしているところはあまたある。私たちがそれに同調し、そういった国々に対して、背中を向けることもできるだろう。

 

しかし、こうやって対、ヒトとしてその温かさに触れることができれば、それはやがて、国際関係の緊張をも解きほぐしてくれるし、それは、私たち一人ひとりの意識と行動だ。

 

Nitopornさんにしても、Grabを紹介してくれた現地の人も決して観光従事者ではない。損得ではなく、人としてあるべき行動を示してくれた。

 

私自身も同じような場面で、彼らのようなふるまいができるのだろうかと自問自答する。

 

そんなこともおおいに考えさせられた。

 

貴重な経験を糧に、また日常が、より素敵になるよう、努めて行かねばと思う。

 

多くの人に100マイルレースのことを伝えると 、なんでそんな事するの?とよく言われる。

昔、アトランタオリンピックで有森裕子さんが『自分で自分のことを褒めてあげたい』と言ったことを思い出す。

あれだ!

人によるだろうけど、普段の仕事や生活の中で、自己肯定する場面ってあまりないような気がする。

 

だけど、100マイルまでたどり着けた自分は、よーやり遂げたなって心底思う。これができた自分だから、もっと人生も前向きに生きられる…そんな気がするのだ。

 

 

走りながら、いつも思う。何でこんなん申し込んじゃっんだろう…って。でも、ゴールしてほとぼりが冷めるとまた何かにチャレンジしたいなってウズウズする。

 

そんな私ってやっぱり変態か…(笑)

 

 

第15エイド 0時23分着 154.1㎞  Khun Chang Khian Highland Research Station到着

 

いよいよ最後のエイドに到着する。ここまでくれば、ゴールは近く、ずいぶんと体力の消耗は激しかったが、気持ちは割と前向きだった。

 

しかし、最後のパートはゴールまで、14キロほどあり、まだまだ長い道のりである。

 

10分ほど横になって寝落ちした。

復活したら、割と頭もさえてきた。

 

下り基調のコースをひた進む。

体力はほぼなくなっている感じだが、体がまったく動かないというわけでもなかった。

 

途中岩がゴロゴロしていて、走りにくかったが、テンポよく走った。これで最後だと思えると割と走れた。

 

最後の3キロぐらい手前でようやく舗装路が顔を出したが、下りでかなり体力を消耗してしまった。後ろから来る選手におよそ10人ぐらいは抜かれただろうか。

 

食らいついていく気力はほとんど残っていなかったが、なんとか最後は走り切ってゴールにたどり着く。




 

40時間56分18秒でゴール。

深夜、ゴールゲートや会場は華々しくライティングされていた。

 

ゴール後、完走ジャケット、メダルなどを受け取り、また預け荷物などもひきとった。

 

しばらく体が動かなかったが、着替えをして帰路に就こうとするが、足がない。

 

近くにいた若いスタッフらしきお兄さんにいろいろと尋ねるとgrabというUBERのようなタクシーサービスを呼ぶことができるということだったので、そのお兄さんにお願いをして、バイクの人に迎えに来ていただいた。

 

バイクの後ろにまたがり、ホテルまで直行。

シャワーをあび、すぐに眠りについた。

 

7時30分ごろだったか目が覚めたが、さらにひたすら眠りにつき、まどろむ中で荷物をまとめ帰りじたくを行い終えたのが、昼前ごろだった。

 

 

足の裏は無残なほどにズル剥けとなり、ふくらはぎから下方にかけてパンパンに腫れあがり、歩くのもままならなかったが、なんとかダウンタウンに繰り出した。自分自身の健闘をたたえたかった。


オープンカフェでビールを飲んで、完走した満足感に浸っていた。

消耗しきってヘトヘトになった時に飲むビールほど美味いものはない。

この瞬間のために走ってると言っても過言ではない。


 

夕方、ホテルをチェックアウトし、空港に向かう。

さっき、若いお兄さんに教えていただいたgrabアプリを自分のスマホにダウンロードし、それを使って、空港までの送りをお願いして送迎をしてもらった。

 

夜中の便で、日本に帰国。

長くて短い6日間が終了した。

 

(つづく)

 



第12エイド 13時45分着 115.8㎞地点  Chao Mae Luang Upatham 2 School到着

 

 

たくさんの観光客や、土産物店らしきところを通り抜け、第12エイドに到着。

 

トイレに行ってから出てきたところ、さっきまでおいていたノルディックポールが見当たらない。

 

トイレに持って行って置き忘れたのかと、もう一度戻るが、やはりない。

 

しばらくうろうろして時間を浪費していると、色が微妙に異なるノルディックポールが1セット置き去りにされていた。

 

エイドスタッフに声をかけて、周囲にいる選手にも声をかけて、どうやら、誰かが、私のノルディックポールと誤ってもっていってしまったようだった。

 

さすがに、残りの40㎞あまりをノルディックポールなしで進むことはかなり厳しい。

 

スタッフにも了解をとって、その色違いのポールをもってゴールまですすむことになった。

 

しばらく、舗装路が続いた。

このパートでは、区間中に、舗装路が数キロあった。

なんとか体は動いたので、ジョギングレベルよりもかなり遅いペースで走った。

 

それ以外のトレイルでは、上りも下りも走れず、ほとんど歩いていたように思う。

 

第13エイド 17時10分着 129.6㎞地点 Maesa Elephant Camp到着

 

だいぶ太陽も沈みかけ、エイドを出るころには暗闇に差し掛かった。

 

このあたりに来ると、足のマメがかなりひどくなってきて、靴下まで脱いではだしになってみると、そのマメが一部破れ足の中は血だらけになっていた。

 

痛みはまったく引かなかったが、ただひたすらに我慢して動き続けるしかなかった。

 

第14エイド 20時03分着 138.9㎞地点 Chao Pho Luang Upatham 7 School

 

夜に突入し、集落をいくつも通り抜けるが、さすがに夜も更けてきているので、外に出歩く人もほとんどなかった。

 

2回目の夜に突入するが、眠気でどうしようもないということはなかった。

 

ひたすらに、前に進み続けた。

ある程度進んだところで、ふと、コースマーキングがないことに気づく。

後ろからも選手が追随していたので、マーキングがないことを説明したところ、どうやら、コースロストしてしまったようだ。

 

また、もとの場所まで引き返す。およそ200mぐらいのロストで済んだ。

 

道は延々続いていたので、これに気づかずにコースロストが続いていたら、精神的にも体力的にも相当ダメージがあったと思うが、軽傷で済んでよかった。

ウォータエイド 22時55分着 148.6㎞地点 Wa Wat Doi Pui到着

 

ある村に入り、エイドが近くなったことを感じていたが、誘導印の指示にしたがって曲がった先は、何百段も階段があり、その先にエイドがあるらしい。

 

手すりがあり、そこにつかまりながら、一段一段を這い上がった。

 

到着。

ウォーターエイドということで本当に水しかないのかなと思っていたのだが、食べ物も、飲み物も豊富にあったので、普通にエイドと同様に過ごす。

 

また、その時は少し眠気もあったので、椅子に座り目を閉じて、数分仮眠をした。

 

第9エイドぐらいから、とにかくエネルギーを補給しなくてはということで、いろいろなものを食べたが、後半のほとんどはカップめんをほおばった。

 

パスタや、スープや、煮物などさまざまな準備されていて、エイドの豊富さは、本当に感嘆すべきものだったが、そうはいってもなかなか胃が受け付けないという選手も多いが、幸い食べることには支障なかったのは良かったと思う。

 

夜などはやはり少し肌寒くなっていることもあって、温かいものが欲しかったので、カップめんは割と重宝した。

 

ちなみに、今回の大会スポンサーには、味の素が入っていたので、カップ麺は味の素製のものだったが、味付けはタイの人の味にあうようなものになっていたので、日本で食べるそれとは微妙に味は異なっていたように思うが、自分にはまああっていたように思う。


(つづく)

第7エイド 1時52分着 72.1㎞地点  Mae Taeng Watershed Research Station到着

 

夜にめっぽう弱く、真夜中はどうしても眠くなってしまう。前回のKAMI100のときは、寝ながら走っているんじゃないか…みたいなところもあったので、今回は早め早めにエイドで仮眠を10分程度とりながら、睡魔に襲われないようかなり意識的に休憩をとった。

どうしても、寝てしまうと、その分エイドでの滞在時間が長くなってしまうが、そこは割り切って寝ることにしたので、走行中は眠気を感じることはあまりなかったように思う。


第8エイド 4時33分着 82.9㎞地点 Pha Taek Village到着

 

実は、スマホをずっとポケットに入れて、レース模様を写真に納めながら走ろうと思っていたのだが、自分の想像以上に電池の減りが早かった。また、予備のモバイルバッテリーももって充電もしながら走っていたのだが、モバイルバッテリーの電池が切れたのか、充電をしなくなってしまった。

 

 

まだ、スマホには約40%ぐらいの電池残量はあったのだが、緊急時に使えなくなるのはかなり痛い。

スタートして第4エイドあたりまでは、地図データを見ながらの走行だったが、このあたりから、スマホの電源はオフにしたので、COROSのスマートウォッチに落としたデータだけが頼りにならざるを得なかった。

 

 

第9エイド  6時55分着 92.6㎞地点 Wat Phraphutthabat Si Roi到着

 

寺院の回廊が、エイドとなっていた。

タイの寺院は、立派なものが本当にたくさんある。

この寺院も御多分に漏れず、立派な美しいお寺だったが、夜明けでかなり疲労も仕切っていて、その荘厳さは感じずに次のスタートに向けて出発する。





第10エイド  9時1分着 100.5㎞地点  Mae Ka Piang Village到着

 

この大会期間中幸いだったのは、晴れてはいたものの、ピーカンのお天気にはならず、少し雲がかかっていることだった。

 

チェンマイに到着したその日は、ダウンタウンだったからなのか、日中の暑さは半端なく、この暑さに耐えれるのかと不安だらけだった。


実際スタートしてからも、吹き出る汗が止まらず、先のデポバックが受け取れ着替えしたところでは、ベタベタのシャツを着替えた。


熱中症にならずに、それでもなんとか1夜をすごして、92㎞地点まで来れていることはとてもありがたいことだった。

第11エイド 11時32分着 110㎞地点 Ban Pang hai School

 

100キロをクリアし、残り約1/3となったが、まだ逆にそれだけの距離は残っている。


100マイルレースは100キロを超えてからがスタートという言葉もあるぐらいだ。


実際、こっからでもフルマラソン1本分の距離があるから、確かにその言葉は頷ける。

 

ここでは2回目のドロップバックの受取を行った。足の裏はかなりひどいものだったが、このドロップバックには、替えの靴下をもってきていたので上着と靴下を履き替えた。

 

さすがに、日中だいぶ気温があがってきて、かなり暑さを感じたが、影に入ると涼しくなんとかしのぐことができた。
 

(つづく)