ニシムラマサキのブログ 【株式会社 西村工務店 代表取締役】【 SASAYA・うづかの森 オーナー】

ニシムラマサキのブログ 【株式会社 西村工務店 代表取締役】【 SASAYA・うづかの森 オーナー】

どうすれば地域を『素敵』に変えられるのか、誇るべき田舎になるのか、そんなことばかり考えています。

よく災害などへの対峙するとき、自助、共助、公助が大事だとよく言われる。

 

まずは自らが解決をする。

それがかなわなければ、近しい人たちで、助け合う。

それでも解決しないことは、国などの公の仕組みなどで解決していく。

 

そんなふうに教えてもらった。

 

しかし、今の世の中は、自助が抜け、共助も抜け、公助だけに頼り切っている気がする。

 

行政サービスの向上の名のもとに、さまざまなことが公の力でやってくれる世の中になり、また社会の進展に伴い、お金を出せば、あらゆることがしてくれる時代になった。

 

ずっと昔、人は自らが食料を手に入れることで生きながらえた。

それができないものは、飢え死にするか、野垂れ死にするか…そういう時代があった。

 

これからどんな社会が待ち受けているかわからないが、どんな時代がやってこようとも、そういった社会の変化に機敏に対応できるのは、やはり自助できる人間だと思う。

 

だから、どんなに社会が便利になっても、その精神は持ち続けなければならないと思う。

 

 



建築の仕事に携わっている中で、日に日に思いが強くなっていることがある。

 

それは『建物は建物だけにあらず』ということだ。

理想の家、理想のお店…

日々向き合う顧客は、そのことで頭がいっぱいだ。

 

もちろんそれは当然のことだ。

だけど、いかにして美しい建物ができあがっても、それが周囲と調和していなければ、その価値は半減する。

 

建物はできあがった瞬間から、古びてくるものであり、5年、10年すれば、目新しさもなくなっていく。

 

でも、経年変化していく中で、それでもやはり美しさを醸し出すのは、雑草が生えず、丁寧に整えられた周囲の庭先であったりするのだ。

 

私は、何も周囲に庭をつくれと言っているのではない。もちろん経済的に余裕があれば、しないよりしたほうがいい。

だが、それよりも何よりも大事なのは、歩道の端から伸びきっている雑草を放置しないことだ。

 

そうやって手入れするだけで、そこはすごく輝く。

 

私は、会社の前の道路敷地も草を刈る。目の前を通るのは、県道や、町道であるにもかかわらずだ。

夏に一度だけ、県土木が草刈りをしてくれるが、その一回ではやはり不十分なのだ。

 

会社内の敷地にあわせ、年に4回から5回ぐらい行う。

そうすると、不思議と建物と周囲になんともいえない雰囲気が醸し出されていく。

 

地域の人みんながそこを意識できるようになると、家はおろか、地区に美しさが醸し出され、それがどんどんと広がっていく。

 

『なんだかしらないけど、ここの地域は居心地がよい…』

 

そう思わせるのだとしたら、道の前の雑草の生え具合を見るといいだろう。

 

 

 

 

 

 
前豊岡市長の中貝さんが、ジェンダーギャップの解消を重要な政策として掲げていて、テレビのニュースでも取り上げられて話題になったことを思い出した。
 
地方の人口減少は著しいのだが、豊岡市が調査した結果によると、高校を卒業し、次の進路を選択するとき、大学や専門学校で、一旦自分の町を離れる人は多いのだが、その後学業を終えたときに、男性に比べ女性のUターン率が極端に少ないということがあって、その原因は、田舎が男性中心の社会でなりたっているということにあるからだと確か結論づけていたように記憶する。
 
私のまわりでも、コミュニティが男性中心の社会であることは間違いなく、それが人口減少の原因なら大きな問題だなと感じるようになってきた。
 
私は、うづかの森という宿泊施設を経営していて、その運営の中心は妻が担ってくれているのだが、昨年からコロナ禍の影響で宿泊が壊滅的なダメージを受けるようになり、その打開策として、パンを製造販売することになった。
 
水曜日から土曜日までの週4日の営業をすることになり、製造と、販売のリーダーである妻はパンを販売するようになってしまってから、帰宅がだんだんと遅くなってしまって、夕食も準備ができない日もたびたび出るようになってしまった。
 
私はそれまで、亭主関白を貫き、家事の一切を妻に任せていて、ほんとに家では何もしてこなかったのだが、さすがに、それでは家が回らなくなり、週のうちの何日かは、私が夕食、洗濯、掃除などをする時間が増えてきた。
 
これまでまともに家事をしてこなかった私にとっては、毎回あたふたするばかりだし、今までは会社で働くことだけを考えてきたので、家事をやってもまともにできたためしはなく、女性の大変さの、ほんの一部分だけを理解したような気分になっている。(妻に言わせれば、まったくのダメなのだが…)
 
身内で言うのも何だが、その新しくはじめたパンの事業に精力的に取り組む姿をみて本当に頭がさがる思いだ。
 
同時に、家事をする機会が増えて、時々妻の帰りを待ったりしながら、あーー、これが世間でいうところの男女平等な社会なのかなと思うようになってきた。
 
女性を解き放つとこんなに力を発揮するのかなぁと感心している。
 
もしかすると、主夫に徹して、会社を回すのは全面的に妻に移行いたほうがよいのかも…と思うこともあったりする。
 
田舎の男性中心社会を切り崩すのは、なかなか一筋縄ではいかないが、一番身近な家庭からがまずは最初の一歩なのだろうと身を持って感じている。
 
若い人たちが自分のふるさとで生活をしたいと思える地域をつくるためにジェンダーギャップを壊すためには先ずは男の意識の変化というのを肌身で感じている今日この頃である。
 
 

先日、2年目を迎えた田んぼの収穫を終え、今朝、籾摺りを行い、ようやく新米を手に入れた。

うちには、籾摺りの機械がないので、地元のN氏の機械をお借りて作業を行った。

 

作業をN氏に手伝ってもらいながら、彼がぽつりとつぶやいた。

「あと、5年もすると、このあたりの田んぼはどうなっちゃうんだろうね…」

そんな投げかけがあって、うちの村で稲作をしている人を頭に描いていると、あることに気づいた。

 

うちの村で、田んぼをやっている最年少が45歳だということだった。

その次が、49歳、54歳…若い人で稲作を誰もやっていないという事実。

 

私の村は典型的な中山間地にあり、小さくしかも、法面が広いので、草刈の量も膨大だ。

自分のところで食べる米ぐらいは自分で作ろう…というのが、このあたりの百姓のモチベーションで、それで稼ごうという人はほとんどいない。私も、自分で米作りをし始めて分かったのは、ビジネスとしてのコメ作りでは、驚くほどもうからないということだ。(もちろん、知恵や工夫で儲けている農家もいるのだが、この地域ではそれは本当にわずかだ)

 

だから、普通に考えれば、今作っている人が引退すれば、その場所を引きつぐのは、自分の家族ということになるが、それを引き継げる人がどれだけいるかというと、儲からないのに子どもが引き継ぐということにはなっておらず、それを近所の人が補ってくれることもない。5年後の姿は、今のままでいけば、耕作放棄地だらけになり、極端な話、この村から農業がなくなってしまうかもしれない…

 

そんなふうに想像してしまった。

 

実はその前日、中田敦彦のyoutube大学で、『google式仕事術「やらないことリスト」』編を夜な夜なみていた。

 

 

中田氏はyoutubeの中で、成功するためには、「やらなければならない」ことをとにかく減らせ…とその著書を引用して語っていた。

 

おそらく、それは真実だろう。

 

では、この村でがんばることなく続けることができるのか…つまりは、自分の気持ちを奮い立たせることなしに、この景観を守り、この地で暮らしていけるのか…

 

そんなことが頭をもたげた。

 

googleといえば、世界で最も株式時価評価の高い企業の一つであり、世界の最先端を走っているところであることは周知の事実だ。

そういうところは確かに、やらないことを決め、最も価値があると思われることだけに集中しなければ、競争優位を保てない。

 

しかし、それが、この辺境の地にまったく当てはまるのか…というとそれは違うと思う。

ローカルの経済、文化というのは、ある意味その対極にある場所だと思う。

 

むしろ、やらなければならないことだらけだ。

草刈りや田んぼの維持などは、やらなくてもいいのであれば、やりたくないと多くの人は思っているだろう。

 

やりたくないことを受け入れつつ、その中から喜びや楽しみを見出して、地域を回す…そういうことなんだと思う。

 

日本の多くの地域は、危機に瀕している。

地域が滅びれば、いずれ国は亡びるだろう。東京や大阪だけの都市部だけで世の中が回るつづけることはない。

世界の中心とはまた異なった世界観をもちながら、もう一つ高い何かをみつけなくはならない気がする。

 

 

 

 

 

私が住む田舎には、会社組織ではないさまざまな組織がある。

 

代表的なのは、業界の団体だ。

また、JCなどに代表される社団法人的な組織もある。

 

私の経験を一つお話したい。

私はJCに20年間在籍したが、入会した当時、40名ほどのメンバーだったが、私が卒業する数年前には、存続が危ぶまれると事態まで人数が減少した。

 

当初は、人数が多いこともあって、事務局員をおいていて、その方が会議の案内などの事務を担ってくれていたし、また、物理的な事務局があったことで、会議はそこで行われていた。

 

JCは、補助金などを一切得ず、会員だけの会費だけで成り立っている。そうなれば、当然、事業費は会員の会費からのみで運営されることになる。

 

人数の減少に伴い、事務局員などを雇う費用の割合が増えて、事業費が減少していった。

そして、あるとき事業費がまったくないという状況に陥ることとなった。

 

それを機に非常に優秀な事務局員さんだったが辞めていただき、事務局の賃貸もやめた。

そうなれば、当然事務局機能は、メンバーの誰かが担わなければならなくなった。


10年前ぐらいの話だ。

しかし、インターネット環境が整っていたことで、なんとか事務局機能を維持することができるようになった。

 

今はどうかというと、さらにオフィス環境は進化し、会議は、リモートでできるようになり、資料はクラウドで保存できるなど、いわゆる物理的な事務所というものが不要でもことがすすめられるようになっている。

 

先日、美方JCの現役たちに聞くと、年会費は、6万円ほどだという。

私のころは、12万円だったが、さきも述べたように、事業費が捻出できなかったが、今は固定費がなくなり、年会費が少なくてもさまざまな事業ができる状況にある。

 

私の身の回りを見渡してみると、特に地方は、人口の減少が激しく、諸団体が固定費の圧迫て存続できなく、本来の機能が果たせていない組織はけっこうあるように思う。

 

もちろん、事務局すべての存在を否定するものではないが、オフィス環境が劇的に変化しているという事実は大いに認識すべきだ。