ニシムラマサキのブログ 【株式会社 西村工務店 代表取締役】【 SASAYA・うづかの森 オーナー】

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どうすれば地域を『素敵』に変えられるのか、誇るべき田舎になるのか、そんなことばかり考えています。

 
 

今年も地元開催のトレイルランニング大会kami100が終了した。

 

昨年まで使用していたコースに若干の修正が加えられた。

 

昨年までは、1週37キロを3周する大会だったので、100キロというタイトルがついているものの、実際には、111キロであったが、今年はほぼ100キロコースとなった。

 

スタートは午前8時で、トップ選手でも12時間はゆうに超える長丁場で夜に突入することは必至、僕のようなレベルでは夜中走ることは避けられない。

 

トップランナーをはじめ、多くのランナーは、夜通し走り続けることのできる人も多いのだが、過去何度トライしても、あの睡魔には勝てない。

 

今年は距離が少し短くなったこともあり、なんとか気合で乗り切ろうと思ったが、やはり3周目にどおしようもない睡魔が襲ってきた。

 

コースは最初の6キロで標高差約500mをひたすら直登するのだが、そのあたりから、猛烈な睡魔が襲ってきた。

 

前後に選手がいるのだが、ボンボン抜かされていく…。

 

そうだ、ここは、寝ながら走ろう…と意識モウロウとうつろうつろすることを受け入れて歩いた。

 

おそらく、ホントに寝ながら走っていたのだと思う。

1か所目のエイドがある10キロ地点ぐらいまで、ずっとそんな状況が続いて歩き続けるしかなかった。

 

しかし、もう眠気に勝てず、第1エイドのある『とちのき村』でさすがにたまりかねて、横になって寝ることにした。

 

仮眠10分と決めて意識は完全にすっ飛んで眠りについた。

わずか10分の睡眠だったが、これが驚くほど効果的だった。

 

頭はさえ、体もよく動いた。

前半10キロで抜かされていった選手にも、その後あっさりと抜き返し、割とよく走れた。

 

僕自身は少しの睡眠をとるほうが、どうやらパフォーマンスはよいようだ。そこで失った10分程度なら、この長丁場では取り戻すことは割と容易だ。トレイルランニングのレースは距離にもよるが、大会の内容によっては2夜を超す大会もある。

 

コース途中にはエイドステーションが設けられ、選手たちは水分や栄養を補給し、また椅子に座ったり、横になったり、休むこともレースタイムに含まれていて、どう休むかも重要な戦略の一つとなっている。

 

人によってさまざまなスタイルがある。

先に述べたように、トップランナーたちは、そのわずかな休憩もレースタイムのロスにつながるから、ほとんど休息はとならないが、それも含めてのレース戦略である。

 

私自身はトップランナーでもなく、時間内に完走できえばいいだけなので、休息時間もそれなりにとっているが、自分にあった休息を見出すことはやはり重要なのだと思った。

 

これはきっと、レースだけの話ではなく、生活全般にいえることなのだろう。

 

人間24時間ずっと戦い続けることはできない。

必ず休息は必要だ。

 

その休息をどう使うのかは人それぞれだろうと思うが、自分なりのベストな休息方法を見付け、実践することで、日々のパフォーマンスを最大限に発揮できるようにしたいものだ。

最近、ビジョン経営とか組織のパーパスとかそんな言葉を耳にするようになった。


どんな物やサービスを取り扱っているということももちろん大事だが、組織がなぜそのビジョンでもっているのかということがよく問われるようになった。


私が思うに、それ以上に大事なことはそのビジョンはどんなプロセスを得て作られるようになったかということだ。


ビジョンは『その会社を表すのに一言で言えば』という形でシンプルにまとめられていることが多い。


先日、群馬県前橋市のビジョンについて紹介している番組を拝聴していた。


前橋市では『めぶく』というのがビジョンである。

ビジョン= めぶく…?


私が聞いてもなんとなく首をかしげたくなる。


しかし、その策定に関わった人はそのめぶくという言葉にたどり着くまで、喧々諤々いろいろ 議論をしてきている。


だから関わった人たちは、この言葉一つで、そこにどんな意味があり、その言葉の背景にあるものをリアリティを持って頭の中に思い描くことができる。


前橋市が何を大事にし、これからどう歩んでいくのか の全体像 あるいは中身がしっかりと伝わっているということになる。


そのプロセスに至るまでに人々は何を思い、自分が何が大事で、また人が大事に思うことに対立もあったはずだ。

そういうものをバシバシと戦わせながら 一つの結論に導いたこと …そのことに最も価値があると思うのだ。


人が一人以外で何かを成し遂げろうとするなら、そういうすり合わせは欠かせない。


特に昨今、トップダウンの組織ではなく、ある意味フラットな組織が求められている。


トップダウン型組織だと下々はある意味何も考えなくても、上から下ろされたことを忠実にやれば事足りた。


しかし、フラットな組織においては、上からの指示ではなく、自らが考え行動する場面が幾度となく遭遇する。

だから、行動のよりどころとなるビジョンをしっかり理解しておくためにも、そのプロセスを経ておくということが重要になるのだ。






僕は、大学1年生から、ランニングシューズはアディダス以外買ったことがない。

世の中には、ナイキ教とか、ニューバランス教とか、さまざまな宗教が存在するが、アディダス教である。

最近では、アシックスのビジネスがずいぶんと注目されていて、その人気も高いようだが、しかし自分は一貫してアディダスである。

それは、ある一足の靴に衝撃を受けたからだ。
中高生の頃、多くはアシックスや ランバード(ミズノ)だった。
その頃は白のベースに、ブランドのラインに赤とか、青とかが入るのがスタンダードで、たまに赤とか青がベースに白とか黄色のラインもあったが、それほど派手ではなかったように思う。

そんな中にあって、アディダスのzx8000が登場した際は正直度肝を抜かれた。

色づかいが大胆でかっこよすぎて痺れてしまった。
当時一万円を超える靴はほどんどなかったが、ぶっちぎりの18,000円。

学生の僕にはとても見合うものではなかったとは思うが、ほしい!の気持ちを抑えることはできなかった。

小遣いの全部を投入し買った記憶がある。

当時はネット販売もなかったが、神戸までいけば、スポーツショップの靴コーナーにはラインナップされていて、ドキドキしながら買ったことを思い出す。

それ以来、アディダス一択。

最近はそうでもないだろうが、自分の足の形に合うシューズを選ぶのではなく、履いて自分になじませる。

そうやって履き続けてきた。

今となっては、選択肢がほとんどなく一択だから(ブランドの中ではいろいろラインナップもあるので、選ぶという行為は発生はするのだが…)買い物も5分ぐらいで完了する。

これからも僕にとっては特別な宗教になり続けるだろう。




先日、ある会合があり出席した。

約20名ほど集まったが、私が最年少だった。


和やかな雰囲気の会だったので、みんな思い思いに話をしていたが、かなりの割合で自身の健康についての話だったように思う。


どこどこ(の部位)が悪いとか、入院話とかそんな話が多かったように感じる。


幸い、私自身は今のところ身体に不調はない。


変態活動(超長距離のトレイルランニング)をかなり実践していることが、結果、健康管理にはかなり有利に働いているのだろうと思う。


ここ近年は食事、睡眠も、まあまあ良好だし、健康増進のために、それなりにお金も使っているように思う。


このあたりは自分の中では、病気の治療による費用や時間的損失でお金をロスするなら、先んじて投資をするというイメージだ。


40代の頃はそんな風に感じたこともなかったが50を超えてくると、以前のように 何もしなくても健康は維持されるということはない…健康を維持するためにはそれなりの努力をしないと体は維持されていかないのだということを感じている。


人間いつかは老いて、いつかは死ぬ。


だが、死ぬ直前まで、活動的に生きていくのが、大事だと心の底から思う。



今年も村岡ダブルフル・ウルトラランニング100kmに挑戦した。


数年ぶりに元のコースに戻り、今年こそは自己ベストを出したいという強い気持ちで臨んだ。 


7〜8月と酷暑の夏を迎え、なかなか練習するのも大変だったが、それでもそれなりに練習量は積んできたと思う。


そして何より今回はシューズに助けられた。

これまでは見栄を張ってトップランナーが使うようなシューズを選んでいたが、今回はクッション性の高いどちらかと言うとエントリーモデルのタイプを購入し本番で使った。


これが想像以上に優れていて、過酷な下りや荒れた路面でも膝や関節に負担をかけることなく走ることができた気がする。 


 また、十数年にわたり出場してきた経験から、コースのアップダウンは自分なりに理解できていたし、自分の実力の限界もわかっていた。


そのため、周囲に流されず淡々と距離を刻めた。本当はもう少し速いゴールを目指していたが、それでもこれまでで一番納得のいく走りができた。





やはりウルトラマラソンのような長距離では焦りは禁物で、1日の長い旅のように一瞬一瞬をかみしめながら走ることが大切なのだと改めて実感した。 


思えば20代の頃、何度挑戦してもゴールできず、4回目にしてやっとダブルフルの88kmを走り切った。


その翌年は100kmに挑戦したが、また3回続けてリタイア。


雰囲気に飲まれて周囲のペースに同調し、後半に撃沈するパターンを繰り返していた。今はスタートでも慌てず、ほぼ最後尾から歩みを止めずに一歩一歩確実に進む走り方をしている。


それが結果的に100kmのゴールにつながっているのだと思う。 


 地元のトヨシマさんが圧倒的な力で1位を獲ったが、彼と比べること自体がそもそも間違いだ。





ウルトラマラソンは誰かと競うものではなく、あくまでも自分自身との戦い。昨日の自分を超えることが最大の目的であり、だからこそ年齢や性別を問わず多くの人が挑戦する価値のあるスポーツなのだと思う。


もちろん、100kmを一人で走り切れるはずがない。沿道で声をかけてくださる方々、エイドで支えてくださるスタッフの皆さん、多くの人たちに囲まれているからこそ、自分の限界を超えて挑戦できるのだ。その感謝を忘れずに、また次の挑戦へとつなげていきたい。