静岡県の浜松市で開催された、第12回浜松国際ピアノコンクール(通称「浜コン」)が、終わった(公式サイトはこちら)。
これまで、ネット配信を聴いて(こちらのサイト)、感想を書いてきた。
とりわけ印象深かったピアニストについて、備忘録的に記載しておきたい。
ちなみに、第12回浜コンについてのこれまでの記事はこちら。
(第10回浜松国際ピアノコンクール 審査結果詳細を見ての感想)
67 佐川 和冴 SAGAWA Kazusa (日本 1998年生まれ)
第3次予選で選出されなかった日本人から一人選ぶなら彼か。
華美な効果を狙わず、実直に譜面を音にしていくタイプで、ハイドンやモーツァルト、ブラームスを得意とする。
ハイドンのソナタ第32番終楽章など、何気ないようでいて相当な指捌き。
15 デイヴィッド・チョエ David CHOI (アメリカ/韓国 2007年生まれ)
今大会の10代天才ピアニスト5人組(と私が勝手に名付けたのだが)の一人。
音色や歌わせ方に華があって、ぱっと花が咲くかのよう。
彼のヘンデルやR.シュトラウスを聴くと、彼が素直さと熟練とを兼ね備えていることがよく分かる。
プロコフィエフのような激しい曲でも、音に明るさがあって際立っている。
2次で個性を出しきれず落ちてしまったのは残念だが、1次の見事な演奏を思うとまだまだ伸びしろがありそう。
05 ロバート・ビリー Robert BILY (チェコ 1997年生まれ)
今大会の第6位。
クールなテクニシャンで、ブーレーズやヴァイン、デュティユーなど近現代作品を得意とする。
日本人作品最優秀演奏賞を受賞したのもむべなるかな、である。
ショパンのエチュードop.25-4やアムランの難曲も、涼しい顔で弾きこなしてしまう。
とはいえクールなだけではなく、情熱やロマン性を秘めているのが特徴で、デュティユーのソナタなどアグレッシブな熱演だった。
44 小林 海都 KOBAYASHI Kaito (日本 1995年生まれ)
今大会の第3位。
歌と様式感とのバランス感覚に優れた、本物の音楽家。
歌に満ちていながら、音楽は自然な流れを止めることがなく、どこを切り取ってもぎこちない瞬間がない。
また、タッチコントロールが抜群で、あらゆる音に気を配っており、無為に出てしまうような音が一つもない。
どの曲を取っても、完全にプロの仕事である。
彼は、アンドラーシュ・シフの音楽的後継者だと私は考えている。
現代最高の巨匠の一人として知られるシフは、チャイコフスキーコンクールで第4位、リーズコンクールで第3位だった。
華やかさよりも自然さ・緻密さを追求することは、何より困難な道であろうにもかかわらず、優勝への近道とはならないのかもしれない、けれども、きっと音楽の巨匠へと通ずる道なのだろう。
10 JJ ジュン・リ・ブイ JJ Jun Li BUI (カナダ 2004年生まれ)
今大会の第4位。
どんな曲にも、目一杯の情熱を傾ける。
スクリャービンのop.8-10のような練習曲や、ラフマニノフのコレッリ変奏曲のような地味目の曲でも必ず血が通っているため、聴きごたえがある。
ミスを恐れず全力で突き進み、ショパンの前奏曲集のような聴き慣れた曲もスリリングな表現で、新たな感動を与えてくれる。
華々しい演奏だが、カワイのピアノを使うことで音色に艶消しを施し、華美になりすぎないのも良い。
17 チュー・チェンシー CHU ChenXi (中国 2009年生まれ)
(1次)
今大会の10代天才ピアニスト5人組の一人。
静かなところからクライマックスへの振れ幅が大きくダイナミック、しかもそれは冷静に俯瞰してコントロールされており、最年少なのに未熟さを感じさせない。
大袈裟な身振りはなく冷静、かつ音色がやや暗めのため一見目立たない存在だが、相当な腕達者であり、ショパンのバラード第4番もリストの「雪あらし」も最良の演奏の一つと言っていい。
1次で落ちてしまったのが至極残念だが、近く頭角を現してくるだろう。
94 ライアン・ジュウ Ryan ZHU (カナダ 2003年生まれ)
第3次予選で選出されなかった外国人から一人選ぶなら彼か。
安定した技巧と、硬質で明瞭な音を持つ。
ロマン的はロマン的でも、JJ ジュン・リ・ブイのような正攻法とはまた違った、変化球のこだわりが随所に感じられるのが面白い。
21 ロマン・フェディウルコ Roman FEDIURKO (ウクライナ 2004年生まれ)
第2次予選で選出されなかった外国人から一人選ぶなら彼か。
東欧の煌びやかな美音と、すっきりした情感を持つ。
シューマンのソナタ第2番など、技巧的にも情緒的にも過不足なく、初稿のフィナーレまで付いて、これだけ弾けた演奏は他になかなかない。
38 カン・ドンフィ KANG Donghwi (韓国 2008年生まれ)
(1次)
今大会の10代天才ピアニスト5人組の一人。
燦々と降り注ぐ陽光のような、明るい音と情感を持つ。
グラナドスの「愛の言葉」など、スペインの太陽の輝きが浮かぶよう。
テクニック的にもかなりの洗練を見せる。
1次で落ちてしまったのは残念。
40 ルスタム・ハンムルジン Rustam KHANMURZIN (ロシア 1994年生まれ)
(1次)
第1次予選で選出されなかった外国人から一人選ぶなら彼か。
1次で落ちた中には、マーヴィン・ベリ、エルズビェータ・リアパ・ドヴァリオナイテ、ボグダン・ドゥガリッチ、テオティム・ジロー、ユアンファン・ヤン、ラファエル・キリチェンコ、ニコライ・クズネツォフなど、多くの才能ある演奏家がいたが、悩んだ末、「イゾルデの愛の死」の演奏が印象的だった彼を選んだ。
この曲では、私は鯛中卓也の2016年パデレフスキコンクールでの演奏が好きなのだが(動画)、それに匹敵すると思う(ピアニスティックな鯛中卓也に対し、今回のハンムルジンはオーケストラのようなどっしりした風格を持つ)。
01 ヨナス・アウミラー Jonas AUMILLER (ドイツ 1998年生まれ)
今大会の第2位。
淡々としたザッハリヒな表現の中に、ほのかなロマン的情感を含ませる。
相当なテクニックを持ち、パワーにも欠けない。
マルティン・ヘルムヒェン以後、若き才能の払底しかかっている現在のドイツにおいて、貴重な存在である。
東アジアには彼くらいの腕を持つ若いピアニストは昨今少なくないが、それでもアジア人にドイツ音楽の味が本当に出せるかというと、難しい面もある。
彼は、代表的なドイツの名手になっていくものと思われる。
52 イ・ジョンウ LEE Jeongwoo (韓国 2008年生まれ)
(1次)
今大会の10代天才ピアニスト5人組の一人。
異様なほどに情熱的で力強い打鍵を有し、聴く者に強いインパクトを与えずにはおかない。
ロシア・ピアニズムの強打とはまた音色の異なる、よりシャープで、かつ燃え上がるような、いわば韓国ピアニズムとでも言うべき強打である。
また、強打のみならず弱音も美しく、訴えかけるような力がある。
クライバーンコンクール(その記事はこちらなど)優勝者のイム・ユンチャンのような豪快さと、ショパンコンクール優勝者のチョ・ソンジンのような繊細さとを併せ持ち、さらにはスケールの大きさをも感じさせる、稀有なピアニスト。
1次で落ちてしまったのは、真に惜しまれる。
彼が2次以降で予定していた「クライスレリアーナ」や「夜のガスパール」は、どんなにか見事だっただろう。
そして、本選で予定していたのはラフマニノフやプロコフィエフといった華麗な大曲ではなく、意外にもショパンの協奏曲第2番、このロマンティックな曲を彼はいったいどのように弾いただろうか。
64 リード 希亜奈 REID Kiana (日本/アメリカ 1995年生まれ)
(1次)
第1次予選で選出されなかった日本人から一人選ぶなら彼女か。
1次で落ちた中には、佐藤元洋、中川真耶加、稲積陽菜、池邊啓一郎、黒岩航紀、今井理子、大沢舞弓など、多くの才能ある演奏家がいたが、悩んだ末、美しい音が印象的だった彼女を選んだ。
イタリアの明るい響きと、ドイツのしっとりした響き、二つの国で研鑽を積んだ彼女はそれらを共に体得していて、スカルラッティの冒頭から音の美しさが聴き手の耳を惹くし、リゲティも現代音楽とは思えないほどまろやかで親しみやすい。
27 グオ・スーチョン GUO Sicheng (中国 2006年生まれ)
(1次)
今大会の10代天才ピアニスト5人組の一人。
充実した力強い打鍵が印象的だが、情感が溢れ出るようなイ・ジョンウの強打(上記参照)とは異なり、乾いた情熱が聴かれる。
その意味では、スクリャービンを選んだイ・ジョンウ、プロコフィエフを選んだグオ・スーチョン、共に自身の持ち味がよく分かっている。
乾いたといっても決してぶっきらぼうではなく、確かな表現力を持ち、腹にこたえるような迫力あるクライマックスを作り上げる。
1次で落ちてしまったのは残念。
22 藤平 実来 FUJIHIRA Miku (日本 1999年生まれ)
第2次予選で選出されなかった日本人から一人選ぶなら彼か。
優しい音を持ち、ブラームスのヘンデル変奏曲がよく似合う。
ソレールやアルベニスといったスペインものも好んで選曲しており、上記のカン・ドンフィのような地中海の陽光に満ち溢れた感じはないが、慎ましい歌は彼ならでは。
68 コルクマズ・ジャン・サーラム Korkmaz Can SAĞLAM (トルコ 1999年生まれ)
今大会の第5位。
高度に洗練された技巧を持ち、完成度の高さでは今大会の出場者の中でもトップクラス。
タッチのムラがほとんどみられず、細部まで神経が行き届いている。
演奏スタイルは上品で正統的。
派手な効果を演出することがないため、カラフルな演奏ではないが、モノクロームの写真のようにシックな味わいを持つ。
といっても、ピンぼけした古写真の味わいではなく、最新式カメラによる高解像度のモノクロ写真のイメージである。
74 鈴木 愛美 SUZUKI Manami (日本 2002年生まれ)
今大会の優勝者。
また、私の中での個人的な今大会のMVP。
独自の魅力を持つ彼女の演奏を、何にたとえたらいいか。
私は、彼女の音は藤田真央に近いのではないかと考えている。
といっても、藤田真央の持つヴィルトゥオーゾ的な要素は、彼女からは感じられない(むしろ避けている印象)。
しかしながら、彼女は藤田真央と全く同様に、“歌う”ことにかけての感覚が、尋常でなく鋭敏なのである。
右手も左手も、いたるところに歌がある。
彼女のカンタービレはとても音が大きく存在感があり、そのぶん弱音部は人一倍繊細で、表現の幅が広い。
あらゆる音が角張ることのないよう丸く磨かれ、ペダルも決して濁らず純な響きを常に保ち、一音一音が白く発光し輝いている。
こういう音を出す人として、私には彼女の他にただ藤田真央のみが思い浮かぶのである。
音そのもので聴衆を魅了する、天才肌のピアニスト。
ただ、藤田真央が音の輝かしい光そのものを表現するのに対し、鈴木愛美は、“光”には必ず付き物の“影”のほうを意識して表現しているような気がする。
彼女の演奏は、その真っ白な音の輝きにもかかわらず、藤田真央のようには晴れやかでなく、どこか思索的である。
彼女のシューベルトやブラームス、シマノフスキがかくも美しく響くのは、そのためではないだろうか。
バッハやハイドン、モーツァルトやベートーヴェンも、彼女が弾くと、特段ロマンティックにデフォルメするわけでもないのに、典雅で古典的な作曲家というのとは全然違って聴こえる。
私は、作曲家の様式感を尊重した演奏を好むことが多いのだが、彼女のように様式を飛び越え、作曲家の心の内に深く共感し表現しようとする演奏家には、特別な敬意を払わずにいられない。
以上のようなピアニストが、印象に残った。
発足当初からレベルの高かった浜コンだが、今大会は特に第1次予選が異様にハイレベルで、普段なら地元枠かなと思うような人もちらほらいるのが、今回は全くと言っていいほど見られなかった。
欧米から一流のピアニストたちが参加し、普段なら少なからず残るロシア勢が全滅、韓国・中国の若き才能の数々がことごとく落とされ、日本人もごく一部の本当に個性の確立した人しか残らなかった。
これほどの第1次予選は、レベルの高さに驚かされたシドニーコンクール(その記事はこちらなど)にも勝るほどで、かのショパンコンクール(その記事はこちらなど)に匹敵するのではないか。
第1次予選の結果は私の期待したものとは少し違ったが、それ以降は結果に大きな異論もなく、演奏も素晴らしいものばかりで、本選までワクワクし通しの半月間だった。
この激戦を最終的に制し、審査員・聴衆の両者に支持されて浜コン史上初の日本人優勝者に輝いた鈴木愛美は、本物であると言わなければなるまい。
彼女はあと20-30年もすれば浜コンの審査委員長になるだろうし、これから日本のピアノ界を牽引していく存在となるだろう。
彼女の輝かしい未来を祝福したい。
↑ ブログランキングに参加しています。もしよろしければ、クリックお願いいたします。