(イブラギモヴァの新譜 ショスタコーヴィチ ヴァイオリン協奏曲第1、2番) | 音と言葉と音楽家  ~クラシック音楽コンサート鑑賞記 in 関西~

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クラシック音楽の鑑賞日記や雑記です。
“たまにしか書かないけど日記”というタイトルでしたが、最近毎日のように書いているので変更しました。
敬愛する音楽評論家ロベルト・シューマン、ヴィルヘルム・フルトヴェングラー、吉田秀和の著作や翻訳に因んで名付けています。

今回は演奏会の感想ではなく、別の話題を。

好きなヴァイオリニスト、アリーナ・イブラギモヴァの新譜が発売された(CD)。

曲目は、ショスタコーヴィチのヴァイオリン協奏曲第1、2番である。

詳細は以下の通り。

 

 

 

 

 

 

 


アリーナ・イブラギモヴァの新録音はショスタコーヴィチ!
ユロフスキー&ロシア国立響とのヴァイオリン協奏曲集


2018年度のレコード・アカデミー賞受賞後、フランク&ヴィエルヌ、ブラームスと大ヒットを飛ばしてきたイブラギモヴァの新録音は、なんとショスタコーヴィチのヴァイオリン協奏曲!
 注目の共演は、ヴラディーミル・ユロフスキーと彼が音楽監督を務めるロシア国立交響楽団(スヴェトラーノフ記念)という理想的な布陣。ピリオド楽器とモダン楽器の双方を自然に使いこなし、バロックから近現代までを深い感性で仕上げ、新時代を象徴するヴァイオリニストとしての道を華麗に歩むイブラギモヴァが、ダヴィド・オイストラフに献呈されたロシアの偉大な協奏曲を圧倒的なパフォーマンスで贈ります。
 また、ヴァイオリン協奏曲第1番は、2020年9月の来日公演で演奏予定(ブランギエ指揮、東京交響楽団)のため、尚更注目を浴びることは間違いありません。(輸入元情報)


【収録情報】
ショスタコーヴィチ:
1. ヴァイオリン協奏曲第1番イ短調 Op.77
2. ヴァイオリン協奏曲第2番嬰ハ短調 Op.129


 アリーナ・イブラギモヴァ(ヴァイオリン)
 スヴェトラーノフ記念ロシア国立交響楽団
 ヴラディーミル・ユロフスキー(指揮)

 録音時期:2019年2月7,8日(2) 7月3,4,7日(1)
 録音場所:モスクワ、チャイコフスキー・コンサート・ホール(2) ニューエルサレム博物館(1)
 録音方式:ステレオ(デジタル/セッション)

 

 

 

 

 

以上、HMVのサイトより引用した(引用元のページはこちら)。

 

 

ショスタコーヴィチのヴァイオリン協奏曲第1番で私の好きな録音は

 

●D.オイストラフ(Vn) ムラヴィンスキー指揮 レニングラード・フィル 1956年6月23日ウィーンライヴ盤(NMLApple MusicCD

●D.オイストラフ(Vn) ムラヴィンスキー指揮 レニングラード・フィル 1956年11月30日セッション盤(NMLApple MusicCD

●五嶋みどり(Vn) アバド指揮 ベルリン・フィル 1997年12月ベルリンライヴ盤(Apple MusicCD

●H.ハーン(Vn) ヤノフスキ指揮 オスロ・フィル 2002年セッション盤(Apple MusicCD

 

あたりである。

ロシアの大地のように豊かで分厚い音を出すダヴィッド・オイストラフ、室内楽的な精緻さと透徹した暗さを持つ五嶋みどり、ロシア・ロマンを排しストラヴィンスキーの協奏曲のようにからりとスポーティなヒラリー・ハーンと、三者三様の名演。

 

 

そして、今回のアリーナ・イブラギモヴァ盤も、これらに全く引けを取ることのない名演であった。

室内楽的精緻さという点では五嶋みどり盤に非常によく似ているが、解釈の方向性としては上のいずれの盤とも異なる。

曲の持つ苦悩や闘争といった性質に真正面からぶつかった、火花の散るような演奏である。

彼女の弾いたベートーヴェンの「クロイツェル」ソナタの、手に汗握る白熱した名演を思い出す(その記事はこちら)。

ショスタコーヴィチは、まさに彼女の解釈の通り、自分は20世紀ソ連におけるベートーヴェンであらねばならない、と大真面目に考えていた人であったように私は思う。

 

 

特に、第3楽章のカデンツァ。

ゆっくりとただならぬ雰囲気で始まるこのカデンツァは、強烈なアクセントをはさみつつじりじりとテンポを速められ、音もどんどん強められて、そのエネルギーが最高潮となったところで終楽章へ流れ込む。

このカデンツァは、他のどの演奏よりも雄弁かつ緊迫感に満ちた、当演奏の白眉だと思う。

その緊迫感は終楽章に引き継がれ、最後のコーダではさらに加速して熱狂的に曲を終える。

それが本物の勝利であるにせよ、社会主義リアリズムの苦い欺瞞の勝利であるにせよ、とにかく真正面から闘わねばならないというショスタコーヴィチの決意が伝わるような、そんな演奏である。

 

 

それにしても、イブラギモヴァと五嶋みどり。

この2人は細部の音楽表現へのこだわりと完成度の高さの点で、あらゆるヴァイオリニストの中でも抜きんでているばかりか、音の質も驚くほど似ているけれど、解釈の方向性はまるで違う。

今回のショスタコーヴィチにおいても、前者が熱い戦士なのに対し、後者は最後まで心の絶対零度から動くことがない。

どちらもショスタコーヴィチの特徴をしっかり捉えた、いずれ劣らぬ名演である。

 

 

余談だが、イブラギモヴァは普通とは違った版を用いている(終楽章冒頭の主題がオーケストラでなくヴァイオリン・ソロにより奏される)。

詳細は分からないが、もしかしたら1955年初演時の版(いわゆる作品99)でなく、1947/48年作曲当時の版(いわゆる作品77)を用いているのかもしれない。

こうしたところのマニアックぶりも彼女らしい。

 

 

また、ヴァイオリン協奏曲第2番のほうは、ダヴィッド・オイストラフ、ヴィクトル・トレチャコフ、アラベラ・美歩・シュタインバッハー、セルゲイ・ハチャトゥリアン、庄司紗矢香あたりがなかなか良いとは思うものの、これぞという録音はこれまで見つけていなかった。

今回のアリーナ・イブラギモヴァ盤は、一見地味な第1、2楽章での表現力といい、終楽章でのショスタコーヴィチらしい「チャッチャカ、チャッチャカ」のリズムのキレといい、図抜けた名盤と言っていい。

 

 

なお、アリーナ・イブラギモヴァのこれまでのCDについての記事はこちら。

 

イブラギモヴァの新譜 フランク&ヴィエルヌ ヴァイオリン・ソナタ

イブラギモヴァの新譜 ブラームス ヴァイオリン・ソナタ全集

 

 


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