中川真耶加 新春リサイタル
― イタリア・イモラからの初春の風 ―
【日時】
2020年1月11日(土) 開演 14:00 (開場 13:30)
【会場】
アコスタディオ (東京)
【演奏】
ピアノ:中川真耶加
【プログラム】
モーツァルト:ピアノ・ソナタ 第10番 ハ長調 K.330
ショパン:ポロネーズ 第5番 嬰ヘ短調 Op.44
ショパン:舟歌 嬰ヘ長調 Op.60
ショスタコーヴィチ:24の前奏曲とフーガ 第3番 ト長調
ショパン:ピアノ・ソナタ 第2番 変ロ短調 Op.35
スクリャービン:ピアノ・ソナタ 第4番 嬰ヘ長調 Op.30
※アンコール
モーツァルト:ピアノ・ソナタ 第5番 ト長調 K.283 より 第2楽章
ショパン:マズルカ 第22番 嬰ト短調 Op.33-1
下記リブログ元の記事に書いていた、好きなピアニスト中川真耶加のコンサート。
悩んだ末に、結局行くことにした。
イタリアのイモラ音楽院に留学中の彼女、今回の帰国もごく短いもので、明日にはもうイタリアに戻る予定とのこと。
日本でのコンサートの機会は、最近はなかなかない。
今回はプログラムも好きな曲ばかりであり(特にスクリャービン)、これは行くしかないと思ったのだった。
最初の曲は、モーツァルトのピアノ・ソナタ第10番。
この曲で私の好きな録音は
●ヘブラー(Pf) 1963年9月セッション盤(Apple Music/CD)
●ピリス(Pf) 1974年1-2月セッション盤(Apple Music/CD)
●シフ(Pf) 1980年セッション盤(Apple Music/CD)
●井上直幸(Pf) 1981年11月セッション盤(Apple Music/CD)
●藤田真央(Pf) 2019年6月19日チャイコフスキーコンクールライヴ(動画)
●藤田真央(Pf) 2019年10月31日モスクワライヴ(動画)
あたりである。
今回の中川真耶加の演奏は、上記の各演奏とは少し違う。
真面目でかっちりとした解釈で、一つ一つの音をくっきりと明朗に鳴らしつつ、その中にほのかなロマン性の込められた、そんなモーツァルトだった。
いわば、若き日のマウリツィオ・ポリーニのようなモーツァルトである。
愉悦や遊び心のようなものはあまり感じられないけれど、それでもこうしたモーツァルトも良いな、と思った。
藤田真央のようにテンポを軽く揺らしたり、左右の手を少しずらしたりと自由に飛翔する演奏とは違って、もっとかっちりと真面目で折り目正しいのだけれど、音の粒はよく揃って美しいし、それにこの折り目正しさが何とも誠実な印象をもたらすのだった。
次の曲は、ショパンのポロネーズ第5番。
この曲で私の好きな録音は
●古海行子(Pf) 2016年11月9日パデレフスキコンクールライヴ(動画)
●アガーテ(Pf) 2019年5月26日仙台コンクールライヴ(動画)
あたりである。
今回の中川真耶加の演奏は、これらに匹敵する名演だった。
上記2盤を知る前に好きだった、ポリーニ盤にやはりよく似たアプローチである。
彼女のポリーニ的な性質、すなわち真面目さ(かっちりとした構成感や明晰な音作り)とロマン性との絶妙なバランス感覚は、やはりショパンにおいて最高度に発揮されると改めて感じた。
ともすると冗長に聴こえがちなこの曲が、彼女の手になると力強くも引き締まった、なんと充実した佳曲となることだろう。
中間部のマズルカも、さらりと自然な解釈なのに情感豊か。
次の曲は、ショパンの舟歌。
この曲で私の好きな録音は
●山本貴志(Pf) 2005年ショパンコンクールライヴ盤(CD)
●プーン(Pf) 2015年ショパンコンクールライヴ(動画)
あたりだが、中川真耶加の得意曲でもあり、彼女の演奏(ショパンコンクールライヴ動画)もこれら2盤に迫るくらい好きである。
今回の演奏も実に素晴らしかった。
この曲の感傷的すぎない爽やかな性質が、彼女の音楽性によく合っている。
以前彼女の実演を聴いたときと同様(その記事はこちら)、今回も再現部直前の、水面に反射して煌めく光のような高音部のパッセージがあまりにも美しかった。
休憩をはさんで、次の曲はショスタコーヴィチの前奏曲とフーガ第3番。
この曲で私の好きな録音は
●ジャレット(Pf) 1991年7月セッション盤(Apple Music/CD)
●メルニコフ(Pf) 2008年5、12月、2009年3月セッション盤(NML/Apple Music/CD)
あたりである。
今回の中川真耶加の演奏も、これらと同様にハイテンポによるフーガの鮮やかな演奏が聴けた。
次の曲は、ショパンのピアノ・ソナタ第2番。
この曲で私の好きな録音は
●山本貴志(Pf) 2005年ショパンコンクールライヴ盤(CD)
●フアンチ(Pf) 2010年10月ショパンコンクールライヴ(動画)
●チョ・ソンジン(Pf) 2015年10月ショパンコンクールライヴ盤(NML/Apple Music/CD)
あたりである。
また、実演では小林愛実の演奏も忘れがたい。
今回の中川真耶加の演奏は、第1楽章がやや雄大な感じを目指しすぎているような印象を受けた。
特に展開部のクライマックス部など、かなり大きくテンポを落とす。
もしかしたら、ロシア系とのことである今の音楽院の師匠の影響なのかもしれないが、彼女にはもっと引き締まったソナタらしいいつもの演奏スタイルのほうが合っているように私には思われた。
それに対し、第3、4楽章はよく引き締まった充実の名演だった。
第3楽章の中間部のメロディなど、「崩し」や「泣き」を入れない正攻法の弾き方で、こんなにも心を打つ演奏となるのは、不思議なほど。
第4楽章は風変わりな音楽だが、例えば小林愛実がこの楽章の暗さ、不気味さ、不安定さを表出するのに対し、中川真耶加はもっと安定した「ソナタの終楽章」に仕上げてくる。
どちらのアプローチも甲乙つけがたく素晴らしい。
最後の曲は、スクリャービンのピアノ・ソナタ第4番。
この曲で私の好きな録音は
●キム・ユンジ(Pf) 2018年9月6日リーズコンクールライヴ(動画)
●中川真耶加(Pf) 2019年ロベルタガリナリコンクールライヴ(動画)
あたりである。
今回の中川真耶加の演奏も、大変に素晴らしいものだった。
彼女の「知」と「情」とのバランス感覚は、私の考えるこの曲のイメージよりも、わずかに「知」のほうに傾いている(スクリャービンは、ショパンよりも半世紀以上後の作曲家であり、「ソナタ」においても「幻想曲」的要素がより強まっていると思う)。
とはいえ、それはきわめて贅沢な次元での話。
この曲の演奏において聴かれがちな、ソナタであることを顧みないファンタジー風のだらだらした数多の演奏に比べると、どんなに良いか。
それに、演奏の完成度も高い。
第1楽章再現部、美しい左手の主要主題の浮き立たせ方と、右手の和音連打の繊細さ。
重くなりがちな第2楽章も大変に軽やかでスクリャービンにふさわしく、再現部での左手の主題もかなりのテンポでありながら自然に美しく歌われ、コーダでの節度ある盛り上げ方も申し分ない。
この名曲を、彼女の実演で聴くことができた幸福。
(画像はこちらのページよりお借りしました)
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