グローイングアップコンサート vol.3
石井楓子 ピアノコンサート
【日時】
2019年11月2日(土) 開演 14:00 (開場 13:30)
【会場】
北沢区民会館北沢タウンホール (東京)
【演奏】
ピアノ:石井楓子
【プログラム】
ブラームス:幻想曲集 作品116
リスト:巡礼の年 第1年 スイス より 「オーベルマンの谷」
ショパン:ノクターン 第2番 変ホ長調 作品9-2
ショパン:ピアノ・ソナタ 第3番 ロ短調 作品58
ガーシュウィン/ワイルド:7つのエチュード より 第2曲「Somebody Loves Me」
※アンコール
ブラームス:ピアノ・ソナタ 第3番 ヘ短調 作品5 より 第2楽章
好きなピアニスト、石井楓子のピアノリサイタルを聴きに行った。
会場は下北沢にある北沢タウンホールで、ここに来たのは今回が初めて。
演奏されたピアノは、ベーゼンドルファー。
最初の曲は、ブラームスの幻想曲集op.116。
もともとモーツァルトのソナタ第14番やシューマンの「花の曲」が予定されていたが、先日彼女がブラームスコンクールに入賞したことから(その記事はこちらやこちら)、せっかくなのでブラームスに変更されたよう。
ブラームスのop.116の全曲版で私の好きな録音は、
●坂本彩(Pf) 2018年3月高松コンクールライヴ(動画)
あたりである。
今回の石井楓子は、これにも勝る名演だった。
坂本彩のように力強くはないが、そのぶん大変に味わい深い。
坂本彩をバックハウスにたとえるならば、石井楓子はケンプといったところか。
ほの暗いドイツのロマンティシズムが、曲の隅々にまで行きわたっている。
終曲も、ブラームスにふさわしいデモーニッシュな暗い情熱が、誇張されることなく自然に美しく表現される。
なお、ケンプは当曲集の録音を残しているが、晩年のものであり衰えもみられる。
それもあって、今回の石井楓子の、ケンプ風の味わいがありつつ技巧的にも完全無欠な名演は嬉しかった。
op.119もそうだったが(その記事はこちら)、彼女はブラームスが本当にうまい。
次の曲は、リストの「オーベルマンの谷」。
この曲で私の好きな録音は、
●リヒテル(Pf) 1958年モスクワライヴ盤(NML/Apple Music)
●ホロヴィッツ(Pf) 1966年11月27日ニューヨークライヴ盤(Apple Music/CD)
あたりである。
これら2巨匠の演奏はかなり強い個性を持っているが、今回の石井楓子の演奏は、より自然体で正統的なものだった。
ドイツ音楽の系譜の一翼を担う作曲家たるリスト、といった印象を与える演奏(リストはハンガリー人ながら血筋はドイツ系で母語もドイツ語、またドイツのヴァイマルで宮廷楽長を務めた)。
ロマン的かつ思索的で、オクターヴ連打でもがなり立てることのない、形式美と情感表現とのバランスの取れた、穏やかで美しい説得力を持つ演奏だった。
技巧的にも大変鮮やかで隙がない。
演奏後には、客席から歓声が沸き起こった。
休憩をはさんで、後半最初の曲はショパンのノクターン第2番。
この曲で私の好きな録音は、
●コルトー(Pf) 1929年3月19日セッション盤(CD)
●コルトー(Pf) 1949年11月4日セッション盤(NML/Apple Music/CD)
●フアンチ(Pf) 2016年セッション盤(NML/Apple Music/CD)
あたりである。
今回の石井楓子の演奏は、コルトーやフアンチにも負けず繊細かつロマンティックだったが、こういった「ショパン弾き」たちの甘美なショパンとはどこか違った「ドイツ風」の印象を受けた。
ルバートのかけ方(テンポの揺らし方)がややさらっとしているからだろうか。
あるいは、タッチがどこか決然としているからだろうか。
彼女の、普通のショパンとは一味違った、まるでケンプが弾いたようなショパンは、とても新鮮で面白かった。
次の曲は、ショパンのピアノ・ソナタ第3番。
この曲で私の好きな録音は、
●フアンチ(Pf) 2010年10月ショパンコンクールライヴ(動画)
●古海行子(Pf) 2019年1月ショパンコンクールインアジアライヴ盤(CD) ※第1~3楽章は途中まで (その記事はこちら)
あたりである。
こちらも先ほどのノクターンと同様、今回の石井楓子はこれら通常のショパン演奏とは違っていた。
例えば、第1楽章の第2主題部途中に出てくる付点入り三連符が、通常よく弾かれるような四連符のシンコペーション風リズムにされることなく、しっかりと正確に三連符のリズムになっていた。
第2楽章も通常されるほど速くしないし、第3楽章もあまり遅くしすぎない。
こうした解釈は、ソナタに対する彼女の揺るぎない「ドイツ的感覚」のようなところから来るのかもしれない。
最後の曲は、ガーシュウィン/ワイルドの「Somebody Loves Me」。
来年の東京オリンピックでは、下北沢はアメリカ選手団の拠点か何かになるそうで、アメリカの曲を最後に1曲、との館長の要望に応えた選曲とのことである。
この曲で私の好きな録音は、
●ワイルド(Pf) 1976年10月20日セッション盤(NML/CD)
●グレイザー(Pf) 1994年頃セッション盤(NML/Apple Music)
●シャイン・ワン(Pf) 2010年頃セッション盤(NML/Apple Music/CD)
あたりである。
今回の石井楓子の演奏は、アメリカ風のジャジーな空気というよりは、やはりヨーロッパ風のクラシカルな雰囲気が漂っていて、これまた大変面白かった。
アンコールは、ブラームスのピアノ・ソナタ第3番より緩徐楽章。
彼女の「音楽上の故郷」に戻ってきたかのような安心感があった。
ブラームスから始まり、東欧を経てアメリカへと飛んだこの日のプログラムは、最後にまたブラームスへと帰着する。
なかなかニクい構成である。
(画像はこちらのページよりお借りしました)
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