(ショパンコンクールはピアノのオリンピック) | 音と言葉と音楽家  ~クラシック音楽コンサート鑑賞記 in 関西~

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クラシック音楽の鑑賞日記や雑記です。
“たまにしか書かないけど日記”というタイトルでしたが、最近毎日のように書いているので変更しました。
敬愛する音楽評論家ロベルト・シューマン、ヴィルヘルム・フルトヴェングラー、吉田秀和の著作や翻訳に因んで名付けています。

今回は演奏会の感想ではなく、別の話題を。

先日のショパン展(その記事はこちら)で、ショパンコンクールについてのブースがあったのだが、そこに興味深い資料があった。

ショパンコンクールの歴代の応募者数と、そのうち1次予選に出場できた人数である。

 

 

なぜそんなことに興味を持ったかというと、先日行った藤田真央のピアノリサイタル(その記事はこちら)のトークで、今年のチャイコフスキーコンクールのピアノ部門では25人の1次予選出場枠に、1300人もの応募者がいたことを知ったからである。

1300人中25人というと、たった2%。

98%の人は、書類とDVDの審査で落とされたことになる。

この選考は、厳正に行われているのかもしれないが、実際のところはよく分からず、はっきり言ってブラックボックスである。

天下のチャイコフスキーコンクールで、98%がブラックボックスというのは、いかがなものか。

 

 

せっかくなので、今回のショパン展で知った、ショパンコンクールの各回の応募者数と1次予選進出者数とを、グラフにまとめてみた(暇人)。

 

 

 

 

青の線が応募者数、赤の線が予備予選進出者数、グレーの線が1次予選進出者数。

つまり、青とグレーの差(もしくは青と赤の差)が書類等による選考で落とされた人数、すなわちブラックボックスということになる。

 

 

第1回(1927年)の応募者数は不明で、第2回(1932年)と第3回(1937年)の応募者数はざっくりした値になっているけれど、この頃から200人を超える応募があった。

この頃は、書類等による選考の後、応募者の3割程度が1次予選に出場している(7割はブラックボックス)。

 

 

第2次大戦をはさんで、ポーランドが共産圏になったこともあってか、第4回(1949年)には応募者が激減しているが、その後はまた少しずつ増えていく。

その間、書類等による選考で落とされる割合を最小限にする努力がみられる。

第5回(1955年)と第6回(1960年)には約半数が1次予選に出場(半数はブラックボックス)、第7~11回(1965~1985年)には7割近くが1次予選に出場している(3割はブラックボックス)。

ブラックボックスは、かなり少なくなった。

 

 

しかし、冷戦の雪解けもあってか応募者数が徐々に増え、戦前のように200人を超えるようになると、ブラックボックスを少ないまま維持するには、1次予選進出者を増やさなければならなくなった。

参加者数が増えすぎて100人を超え、コンクールの運営に支障をきたしたのか、1次予選進出者は第12、13回(1990、1995年)には約半数へ、第14回(2000年)には約4割へと減らされ、ブラックボックスはまた増えてきてしまった。

そこで、第15回(2005年)からは1次予選の半年前に行う予備予選が導入され、書類・DVDによる選考が撤廃された。

実際にはトラブルがあって、応募者257人のうち180人程度しか予備予選に出られなかったようだが、それでも事実上ブラックボックスがなくなったのは画期的なことではないだろうか。

 

 

その後、応募者数は第16回(2010年)には353人、第17回(2015年)には445人と激増した(おそらくは東アジアの応募者が増えたのだろう、2015年には日本人だけでも88人が応募し、全応募者の2割を占めた)。

全員を予備予選に出場させるのは不可能になり、予備予選出場のための書類・DVD選考というものができて、ブラックボックスは復活してしまった。

ブラックボックスなんてそんなに気にしなくていいのでは、と思われるかもしれないが、2010年の優勝者アヴデーエワは書類・DVD選考の段階で落とされかけたとのことであり、決して看過できない。

 

 

ただ、ショパンコンクールはその他の努力も行っている。

例えば、2005年頃からか、予選のネット配信が始まり、2015年には予備予選を含む全参加者の全演奏がYouTubeに公開されるようになった。

また、以前の記事でも少し触れたように(その記事はこちら)、2015年から審査員ごとの採点点数が(審査員の実名入りで)公表されるようになった。

 

 

こうして軌跡を見てみると、ショパンコンクールができるだけ審査の透明性を高くしようと取り組んできたことが分かる。

政治的な問題も色々と指摘されてはいるものの、こうした運営サイドの努力は、世界最高峰・最先鋭のピアノコンクールにふさわしい。

「ピアノのオリンピック」あるいは「ピアノのワールドカップ」と称されることもあるショパンコンクールだが、その名に恥じないと思う。

ショパンのみという制限はあるが(ショパンはピアノにおいて特別な作曲家ではある)、ショパンコンクールの優勝者は、その世代の最高のピアニストと言っても概ね問題なさそう。

 

 

ショパンコンクールには、これからもぜひ最先鋭の取り組みを続けてほしい。

そして、チャイコフスキーコンクールも少しずつ重い腰を上げるようにはなってきているようだけれど、ぜひショパンコンクールをもっと見習ってほしいものである。

 

 


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