ハーゲン・クァルテット
【日時】
2019年10月4日(金) 開演 19:00 (開場 18:30)
【会場】
いずみホール (大阪)
【演奏】
ハーゲン弦楽四重奏団
第1ヴァイオリン:ルーカス・ハーゲン
第2ヴァイオリン:ライナー・シュミット
ヴィオラ:ヴェロニカ・ハーゲン
チェロ:クレメンス・ハーゲン
【プログラム】
ハイドン:弦楽四重奏曲 第77番 ハ長調 op.76-3 「皇帝」
バルトーク:弦楽四重奏曲 第3番 Sz.85, BB93
シューベルト:弦楽四重奏曲 第13番 イ短調 op.29-1, D804 「ロザムンデ」
※アンコール
ハイドン:弦楽四重奏曲 第76番 ニ短調 op.76-2 「五度」 より 第4楽章 Vivace assai
ハーゲン四重奏団のコンサートを聴きに行った。
前回彼らの演奏を聴いたのは、2年余り前(その記事はこちら)。
その記事にも書いたが、ハーゲン四重奏団は、歴代のカルテットの中でも3本の指に入る団体だと私は考えている。
前回のベートーヴェンは忘れがたい演奏だったが、今回も同様に素晴らしかった。
最初のプログラムは、ハイドンの弦楽四重奏曲第77番「皇帝」。
この曲で私の好きな録音は、
●ブダペスト四重奏団 1954年5月3-14日セッション盤(NML/Apple Music/CD)
●コンコード四重奏団 1978年セッション盤(NML/Apple Music/CD)
●クイケン四重奏団 1996年2月14-17日セッション盤(Apple Music/CD)
あたりである。
今回のハーゲン四重奏団の演奏は、これらにも勝る出来だった。
ハイドン後期の名作にふさわしい風格を備えた演奏。
音楽評論家の吉田秀和ではないが、これこそまさに、あらゆる第77番四重奏曲の演奏の中の皇帝である、と言いたくなる。
第1楽章のスタッカートや付点音型といい、第3楽章のメヌエットといい、軽快で流麗で、決して重くならないのに、名状しがたいどっしりした安定感と気品があって、聴き手は安心して身をゆだねられる。
第2楽章は、変奏曲とは言いながらも、有名なメロディがあまり変化を受けず各楽器に奏されていくシンプルな曲だが、そのぶん彼ら一人一人の気品あふれる美しい歌心が堪能できた(特にヴィオラの名手ヴェロニカが主要な旋律を弾く機会はなかなかないだけに貴重)。
これほどの気品と安定感は、他の四重奏団からは聴かれない。
たった4人で、あのウィーン・フィルの大オーケストラの華やかさと風格を完全に体現している。
次の曲は、バルトークの弦楽四重奏曲第3番。
この曲で私の好きな録音は、
●エマーソン四重奏団 1988年セッション盤(NML/Apple Music/CD)
●ハーゲン四重奏団 1995年12月セッション盤(NML/Apple Music/CD)
●フェルメール四重奏団 2001年5月24-27日、2003年2月10-12日、2004年2月8-11日セッション盤(NML/Apple Music/CD)
●エベーヌ四重奏団 2006年頃セッション盤(NML/CD)
●ベルチャ四重奏団 2007年7月28日-8月2日セッション盤(NML/Apple Music/CD)
あたりである。
今回のハーゲン四重奏団の演奏も、これらに全く劣らぬものだった。
短くも充実した内容を持つこの曲において、彼らは民族色を前面に出すこともしなければ、前衛的な側面を強調することもしない。
ベートーヴェンの不滅の16曲を継承すべく生涯研鑽した作曲家バルトークによる、正統的な王道の弦楽四重奏曲の一つとして、彼らはこの曲を扱う。
鋭い不協和音の中にも堂々たる安定感と気品を失わない、かつおそるべき完成度を誇る、そんな彼らの充実した演奏で聴くと、この曲を「バルトークの大フーガ」とでも呼びたくなる。
特に、第2部アレグロの緊密なフガートや、熱狂的な堂々たるコーダでは、ベートーヴェンの大フーガを聴いているような感動があった。
最後の曲は、シューベルトの弦楽四重奏曲第13番「ロザムンデ」。
この曲の録音では、私は
●キアロスクーロ四重奏団 2010年12月セッション盤(NML/Apple Music/CD)
があまりにも好きなのだが、この盤に出会うまでは、
●ハーゲン四重奏団 1985年9月セッション盤(Apple Music/CD)
が最も好きだった。
もう20年近くも前、私が初めてハーゲン四重奏団の録音を聴いたのがこれ。
他の団体とは違う柔らかな音色に驚かされた、思い出の盤である。
今回の彼らの実演は、この録音をさらに上回る美しさだった。
第1ヴァイオリンのルーカスの音程がときにいまいちだったにもかかわらず、である。
第1楽章の冒頭、ヴィオラとチェロによるきわめて安定した伴奏の上に奏される、第1ヴァイオリンによる聴かせどころのメランコリックな主要主題が、何とも頼りなげな音程になってしまっていた。
しかし、この主要主題が長調に変わって繰り返される頃には、ルーカスの奏でるヴァイオリンの、オーストリアの香り漂う美しい音色に涙してしまうのだった。
かつて、音楽評論家の宇野功芳は、名ヴァイオリニストのクライスラーの弾くメンデルスゾーンの協奏曲の古い録音について、冒頭のメロディの音程の悪さを嘆きつつも、演奏全体のウィーン風の洒落た味わいには抗しがたいとしてこれを決定盤に推した。
今回のルーカスの件も、このエピソードによく似ている。
とはいえ、ルーカスの音程はクライスラーほど不安定ではない。
それに、メロディの丁寧な歌わせ方という点では、彼は余人にない才を持っている。
オーストリアらしい音色を持つヴァイオリニストの中で、丁寧な心からの「歌」を持つ点で彼の右に出る者は、私にはウィーン・フィルのかつてのコンサートマスター、ヴァルター・ヴェラーくらいしか思い浮かべることができない。
ハーゲン四重奏団において、他の3人に比しルーカスが劣るとして惜しむ向きもあるが、私はルーカスあってのハーゲン四重奏団だと思う。
他に、この曲で印象深かった箇所は、枚挙にいとまがない。
第2楽章、あまり遅くなりすぎない(あくまでアンダンテ)、それでいてきわめて味わい深い演奏。
第3楽章、冒頭の付点音型を弾くチェロのクレメンスの大きな存在感。
イ短調のこの楽章は経過句で転調した後、再現部で定石通りイ短調へ戻るかと思いきや、突如として嬰ハ短調というかなりの遠隔調へ至るのだが、ここでの黒光りするような暗く美しい「転調感」の出し方。
そして、オーストリアの美しい風景を思わせる終楽章。
彼らでなくては、このオーストリア風の味わいは出せないだろう。
短調のエピソード主題では、付点音型の軽やかさを出すために少しばかりテンポを速めるのだが、その速め方が、本当に4人の息がぴったり合っているのである。
まるで、4人で一つの呼吸をしているかのよう。
それも、誰かが引っ張ってそれに合わせるというよりは、4人各々が独立した自主性を持ち、なおかつぴったり揃っている。
まさに「王者のカルテット」だと思う。
(画像はこちらのページよりお借りしました)
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