弦楽四重奏のフロンティア - 2
ハーゲン弦楽四重奏団
【日時】
2017年6月29日(木) 開演 19:00
【会場】
いずみホール (大阪)
【演奏】
ハーゲン弦楽四重奏団
ルーカス・ハーゲン: 1727年製ヴァイオリン「パガニーニ」
ライナー・シュミット: 1680年製ヴァイオリン「パガニーニ」
ヴェロニカ・ハーゲン: 1731年製ヴィオラ「パガニーニ」
クレメンス・ハーゲン: 1736年製チェロ「パガニーニ」
【プログラム】
ショスタコーヴィチ:弦楽四重奏曲 第3番 ヘ長調 op.73
ベートーヴェン:弦楽四重奏曲 第16番 ヘ長調 op.135
ショスタコーヴィチ:弦楽四重奏曲 第14番 嬰へ長調 op.142
※アンコール
ハイドン:弦楽四重奏曲 第78番 変ロ長調 「日の出」 op.76-4 より 第3楽章 メヌエット
弦楽器というのは、奏者によって個性の大きく分かれる楽器のように思う。
そのため、私の場合、ピアノ曲では「ベートーヴェンならこのピアニストが好き、ショパンならこのピアニスト、ラフマニノフなら…」と作曲家や曲によって好みが分かれやすいが、弦楽曲では「ベートーヴェンだろうとチャイコフスキーだろうと何だろうと、結局この奏者が好き」というふうに好きな奏者が限定されやすい。
それが弦楽四重奏団ともなると、4人の奏者それぞれの個性があるし、なおかつアンサンブルとしての独特の難しさなどを考えると、私には好みがかなり限定的になってしまう。
そんな私が特に好きな弦楽四重奏団は、ハーゲン、キアロスクーロ、アルカント四重奏団。
その他、フォーレ、ドビュッシー、ラヴェルについてはエベーヌ四重奏団が好きだし、それ以外にも好きな四重奏団はもちろんある。
しかし、音程の確かさといい表現の統一感といい、総合的にみるとこの3団体の完成度はずば抜けているように思う。
中でも、弦楽四重奏曲の王様ともいうべきベートーヴェンの各曲については、私にとっては一にも二にもハーゲン!なのである。
ハーゲン四重奏団によるベートーヴェンの弦楽四重奏曲の録音は、本当にどの曲も決定的な名盤だと思う。
キアロスクーロやアルカントの大変すっきりした現代風の演奏に比べて、ハーゲンは昔ながらの四重奏団に通ずるような「豊潤さ」「厚み」のようなものをも兼ね備えているのが、彼らがベートーヴェンに適している理由である気がする。
そんなハーゲン四重奏団、実演では以前モーツァルトを聴いたことがあったが(素晴らしかった)、今回いずみホールでベートーヴェンの第16番を演奏する(それとショスタコーヴィチも)ということで、聴きに行ったのだった。
いや、もう本当に素晴らしい演奏だった。
ショスタコーヴィチの第3、14番ももちろん素晴らしかったが、何といってもベートーヴェンの第16番。
ベートーヴェンの最後の弦楽四重奏であるこの曲は、空前の名曲である。
それを奏するハーゲン四重奏団の、すごいこと!
ヴェロニカとクレメンスは、もう「完璧」という言葉しか思いつかない。
ルーカスは、完全に完璧ではなかったけれども、味わい深い音色、無理のない自然な表現、それでいて第1ヴァイオリンらしいある種の「華」、こういったことを考えるともう不満など出ようがなかった。
シュミットももちろん素晴らしかった。
そして、彼ら4人の、表現の繊細さとその統一感!
彼らはきっと、一つの曲を細部までとことん突き詰めないと、人前には出さないのだろう。
息が合いすぎて、4人なのに一つの総合体としか思えない演奏になっている。
第1楽章冒頭の、ヴィオラの何でもないひとくさりからして、すでに涙が出そうになる。
第1楽章の、各楽器の美しいかけあい。
第2楽章の、きわめて安定した、それでいて停滞しない推進力。
終楽章の序奏や再現部直前の、「こうでなければならないか?」の部分における不協和的な強音でも、全く耳障りにならず、充実した音になっている。
そして、圧巻の第3楽章。
序奏からして、何とも言えない香りが立ちのぼる。
第1ヴァイオリンにより奏される、シンプルでありながら大変美しい主題。
短調に翳る変奏では、ため息のような茫々たる、なおかつ4人の表現が完全に一体となった、幻想的としか言いようのない演奏が聴かれた。
そして、チェロによる主題の再奏と、その後の第1ヴァイオリンによるオブリガート、これらの美しさ!
それがいかに素晴らしかったかを具体的に書くことは、もう私にはできない。
このような演奏会を聴くことができて、感謝しかない。
そんな私の、贅沢な願い。
ハーゲン四重奏団の皆様、どうかベートーヴェンのラズモフスキー第3番を録音して下さい!
それ以外のベートーヴェンの主要曲は、彼らはすでにほぼ録音してくれている。
この曲の「真の姿」を知るには、他の曲と同様、彼らの手になる演奏を聴くよりほかないと、私には思われるのである。
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