大阪フィルハーモニー交響楽団
第514回定期演奏会
【日時】
2018年1月18日(木) 開演 19:00 (開場 18:00)
【会場】
フェスティバルホール (大阪)
【演奏】
指揮:角田鋼亮
ヴァイオリン:竹澤恭子 *
管弦楽:大阪フィルハーモニー交響楽団
(コンサートマスター:崔文洙)
【プログラム】
コルンゴルト:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品35 *
マーラー:交響曲第1番 ニ長調 「巨人」
※アンコール(ソリスト) *
ヴォーン・ウィリアムズ:あげひばり
大フィルの定期演奏会を聴きに行った。
コルンゴルトとマーラーという、19世紀末~20世紀前半に活躍した2人のユダヤ系大作曲家を取り上げたプログラムである。
前半の、コルンゴルトのヴァイオリン協奏曲。
この曲で私の好きな録音は
●ハイフェッツ(Vn) ウォーレンスタイン指揮ロサンジェルス・フィル 1953年1月1日セッション盤(Apple Music/CD)
●五嶋みどり(Vn) カンブルラン指揮 読響 2016年10月19日東京ライヴ(動画)
あたりである。
この曲の初演者ハイフェッツは、往年の巨匠にありがちな「味わいはあるけれどテクニック的には難あり」では決してなく、現代の多くのヴァイオリニストたちが及びもつかないほどのテクニックを持っている。
ほとんど1世紀も前の人なのに、驚くべきことである。
安定した音程、豊かでムラのないヴィブラートで、この後期ロマン派の末裔の甘美な協奏曲を情熱的に歌い上げる。
ただ、全体に音の出し方が激しく、男らしくはあるが繊細さには欠ける印象がある。
その点では、彼に勝るとも劣らぬ完璧なテクニックを持ち、なおかつよりすっきりした室内楽的な精緻さを有する五嶋みどりの演奏が絶品である。
ハイフェッツと五嶋みどり、それぞれ20世紀と21世紀を代表するヴィルトゥオーゾである(と私は勝手に考えている)この2人は、コルンゴルトの協奏曲の演奏を非常に高いクオリティで残した。
今回の竹澤恭子の演奏は、この2人のうちではどちらかというとハイフェッツに近い、すっきり繊細にというよりは豊かなヴィブラートでたっぷりと奏される、甘美なものだった。
ハイフェッツほどの安定した音は聴かれないにしても、不安定というわけではなかったし、激しく情熱的な「ハイフェッツ節」は和らげられ、聴きやすかった。
10歳代の頃から多くの名曲を書き「モーツァルトの再来」としてヨーロッパ中に名をとどろかせたコルンゴルトは、40歳頃にハリウッド映画音楽作曲家として遠いアメリカの地で成功したのち、50歳頃から再びヴァイオリン協奏曲などの純音楽作品を書いたものの、それらが彼の生前に評価されることはもはやなかった。
そんな彼の心の内に思いを馳せながら、聴いた。
後半の、マーラーの交響曲第1番。
この曲で私の好きな録音は
●ワルター指揮コロンビア響 1961年セッション盤(Apple Music/CD)
●ブーレーズ指揮シカゴ響 1998年5月セッション盤(Apple Music/CD)
●ネゼ=セガン指揮バイエルン放送響 2014年6月26、27日ミュンヘンライヴ盤(NML/Apple Music/CD)
●カンブルラン指揮 読響 2017年4月8日東京ライヴ(ラジオ放送エアチェック)
あたりである。
カンブルラン&読響の演奏は実演でも聴いたが、忘れがたい名演だった(そのときの記事はこちら)。
今回の角田鋼亮&大フィルの演奏は、割合スタンダードな演奏だった。
下手に凝った妙なクセがないのは好印象で、全体によくまとまっている。
ただ、逆に言うとやや薄味というか、これといったインパクトが少ないといったきらいもあった。
第1楽章の低弦による第1主題、これはさわやかな森の朝を思わせるメロディだが、演奏はなんだか淡々としていて、あまり心が浮き立ってこない。
第2楽章も、舞曲らしい躍動感があまりなく、どちらかというとのっぺりしている。
第3楽章や終楽章も、これぞというほどの特長はつかめなかった(最後の最後での追い込みはなかなか良かったけれど)。
上で挙げたワルター盤の優しい情感とくっきりしたリズムだとか、ブーレーズ盤の透徹、ネゼ=セガン盤の繊細さ、カンブルラン盤の柔らかさのような、何らかの個性・強みがあればいいのだが。
ただ、今回は彼の大フィル定期演奏会デビュー公演とのことである。
まだ始まったばかりであり、きっと今後、ひと皮もふた皮もむけてくれることだろう。
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