古河 鉱業 大峰 炭鉱 | 鶴嘴さんのブログ

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全国の旧鉱山や旧炭鉱の調査を行っております。

今回は 旧島廻 炭鉱のお隣の炭鉱、
旧古河 鉱業 大峰 炭鉱の調査へ向かいます。


(旧古河大峰炭鉱 選炭 積込場 風景)

古河 鉱業(現、古河金属(株)

旧大峰炭鉱かなりの痕跡が残ると聞く。


先ずは 現地へ、

巨大な施設遺構です。

先程の選炭 積込場風景 写真の現在である。

後方には シックナーが残る、

建屋が無くなり 基礎部分が残っている形となります。

数年前までホッパーなども残っていたようだ。



裏側の様子を見ましたが…

冬でも このような感じ。


昔は こんなにもひらけていたようです。

この場所を空撮してみた、

(選炭場)

(シックナー)

うちのコミュニティ 映像編集部の撮影です。



これだけ巨大な遺構が残っているのならばと、
調査の足取りも軽くなります。



広範囲に足を進める。

付近の小山の中に2つの遺構が残っているといるとの事で 調査に入ります。


なかなか 険しい所でありました。




これは 隧道ですね。

この上にあたる高台には、

煉瓦の遺構ですね。



これが 限界かも…


煉瓦造りのアーチですが何の遺構だったのか?



詳細は わかりませんが昔の写真は ある、

現在 少ししか見えていない遺構ですが かなりの大きさのようです。

そして 今 自分が歩いているのは 左側に見えている 福田隧道の上に位置する。

聞いたところによれば 1度も使用さらなかった鉄道の隧道であるとかないとか…

今後 反対側の隧道入口を調査してみましょう。



そして、
最後に自分がこの調査で 実際に目にしたかった場所だが、
先程の遺構の脇に道があり その道をボタ山方向に登って行く。

日向墓地という墓地があり この日向墓地にまつわる話しを聞きました、


(墓地の写真は 許可をいただいてないので載せません。)

ここにもまた、
聞き取り調査では 目を覆いたくなるような歴史があり自分は 詳しい資料を探しました。



1944年、
大峰炭鉱では リンチにより韓国人労働者の方が殺害されたという記録がある。

この時代は、
リンチは 多く強制労働者が逃亡をすると連れ戻され裸にして革のベルトなどで殴打してたと記載。

その他の記載では、
強制労働者が炭鉱で殉職すると企業はその方々の供養もせず放置したとの事です。



韓国人労働者の仲間の方々も当時は 貧しくお墓も建てられず、山に埋葬しボタ石で目印をつけたと記載がある。

現在もこの日向墓地には その墓地が残っています。

この墓地を見ると、
このまま日本に埋葬したままでいいのだろうか?

と感じる。

故郷に帰さなくてこの方々達は 本当に成仏できるのでしょうか?

色々な事を考えます。

この資料を調べる中ある記載を目にしました。

坑内事故で瀕死をおった強制労働者の方を、

「もうじき死ぬから、」

と勝手に判断し生き埋めにした。

記載あり。




ある国の言葉で、

「悪魔より人間の方が怖い…」

という言葉があり正しくその通りだと感じる。


激動の時代という言葉がありますが時代が時代でも 人間には 人の道というのがあると思う。

過去にこのような歴史事実があるならば、
自分は これからもこのような歴史はを詳しく調べていきたいと思います。



理不尽な労働や暴力などで亡くなられた方々の御冥福を御祈りします。