世界遺産の一つであるハルミテン遺跡では、地質調査が進んでいた。ハルミテン遺跡は、古代スターラブ文明の発祥の地である。標高3000メートルを越える山腹に位置するハルミテンは全体がフィヨルドに囲まれて、かつては来るものを拒んでいた。ここ数年の温暖化の進行により氷河が少しずつ解け始め、山肌の一部が川となり人が歩行可能な足場を作り、研究が進んだ。スターラブがどのような形で滅んだのかは、わからない。少なくともこの氷河で生活していくのは相当困難であっただろう。ハルミテン遺跡には、人々がいまのいままで暮らしていたような痕跡がある。忽然と姿を消したスターラブの民。この地球の謎の一つである。その謎を追って多くの研究者がこぞってこの地に訪れていた。
スターラブ文明は、宇宙と山を信仰する。万物はすべてのものに通じる。天を仰げば未来が予測でき、山々も多くのことを教えてくれる。スターラブの民は、山の恵みに感謝し必要とあれば、山から、いのちをわけてもらい、いただいた分だけ緑を植えてお返しする。自分に与えられた恵みをすべて独り占めせず、人々と分かち合い、100年先も200年先の人々にも恵みがありますように…そう願いつつ、山々を緑いっぱいに実らせた。ハルミテン遺跡には、数多くの植物の種が化石として発見されている。スターラブの民も口承伝承で彼らの知恵を未来に伝えた。その伝承で興味深い話がある。話は今から2000年前に遡る。自然とともに生きたスターラブ民にも、あるときその掟を覆す人物がうまれた。彼の名は、アールトン・リッツ。代々スターラブは、群衆の中から夏至の日に太陽が沈むまで、多くのクローザスを植え、多くの動物を従えることができたものを1年間、王として迎えることにしていた。ただ木を植えればいいというわけではない。クローザスには発育に適した場所がある。あやまった場所に植えてしまうと木は根付かず枯れてしまう。クローザスにとっての最高の環境は、1年間の天候によって左右され、毎年予想外の場所が選択される。ある年は、岩肌に、ある年には川面の中、そしてある年には砂場などとても風変わりな植物なのである。その年最高の場所にクローザスを植えるだけでは、木は根付かない。そのための方法は、山の動物が教えてくれる。動物たちは、言葉をしゃべる。ただし、本当に心を通わす事のできる人間にだけだ。それらの全ての課題がクリアできる人物は、宇宙と山々とつながってい人物。その人物こそ、王としてふさわしい。
リッツは弟イルマに嫉妬していた。間違いなく今年は、イルマが王となるであろう。長老のアズマは、もう高齢で視力が低下している。若きイルマは既に、多くの民からの信頼も厚かった。この夏至に彼以外が例の掟に参加する事はないだろう。リッツは、なんとしてもイルマが王になる事だけは阻止したかった。兄としての威厳を保ちたい。リッツも彼の跡を追った。イルマはすぐに野ウサギと言葉を交わした。イルマは、渓谷の方に向かった。クローザスには、今回は湖が適しているようだ。次にクマがイルマを手招きした。ありったけのドングリを彼に手渡した。ドングリか…。リッツはこの時期ドングリが手に入らないものであることを重々分かっていた。リッツはクローザスの実を握り締めた。硬いクローザスの実は決して割る事は出来ない。イルマは、駆け足で進んでいる。無理やり割る事をあきらめて、リッツは気づかれないように息を潜めて、追いかけた。するとまもなく湖畔に到着した。ほどなくして1羽の白鳥が彼に近づいた。白鳥が一声なくとドングリとクローザスの実が輝いた。二つは溶け合い神々しい光を放つ。そしてその光の中から、次から次に綿帽子が舞い上がる。湖畔いっぱいにその綿帽子が、浮かんだと思うと、一斉に芽を咲かせた。クローザスの芽吹きである。イルマは白鳥に促されて残りのドングリを湖畔に浸した。今度は湖面に浮かんでいるクローザスが、花をつけた。リッツは焦っていた。このままでは、イルマが王となる。伝説によると1羽の鷲がクローザスの上に舞い降りるとクローザスは虹色の種を放出するらしい。それが王の証である。上空を1羽の黒い陰が旋回した。リッツは、湖畔にたたずむイルマを跳ね除けた。
「兄さん!」
その叫び声を聞き、鷲ははるか天空に駆け上った。鷲が飛び去ると同時にクローザスは枯れ始めた。いまだかつて夏至の日にクローザスが根付かなかったことはない。その年、新王は誕生せず、アズマがそのまま任を引き継いだ。しかしアズマの身にはその激務は重すぎた。よる年波には勝てず秋の日に息をひきとった。その日、1羽の鷲が山頂で泣き叫んだ。その声は物悲しく響きつづけた。鷲は冬になるまで鳴きつづけた。その涙が山々を凍らせ、スターラブは、氷の国と成り果てたのだそうだ。