考古学研究の第一人者、由貝教授もまたこの研究チームに参加していた。彼は遺跡に向かうとき決まってお香をたく。
「おじゃまさせていただきます。」
やすらかな眠りについている人々に悠久の時を越えたあいさつだ。彼は常に謙虚で、彼の大学の学生ひとりひとりを必ず名前で呼び尊ぶ。彼の口癖は、「なるほど、それはすばらしい。」人を敬うことが彼の哲学だ。人は何かしら個性がある。狭い視野では、一見欠点に見える部分も多方面からみると観点が違うというだけで、全ての人がすばらしい可能性があり生きているだけで価値がある。その姿勢が考古学にも生かされている。しなやかな柔軟性と先入観によって見落としがちな事実をひとつひとつ丁寧に見なおす洞察力がなければ、これまでの歴史を覆す大発見など見つからなかったであろう。彼はまた、古代の人々の魅力的な人間性が時代を越えて、現在にも息づいていること、そんな人間の持つ普遍性を見つけては、嬉しくなる。変わるものと変わらないものそのバランス。自然を愛する心、いきとし生けるものを愛する心。はるかなる想像力。無から有を生む神秘。歴史は忘れ去られた過去ではない。歴史を学ぶ事は今を知る事であり、未来を学ぶ事である。
「教授!」
研究生の声で由貝は我にかえった。
「この化石は何でしょう。耳を澄ましてください。こうすると音がするのです。」
研究生は、石を温めた。
「ほら、不思議なメロディーでしょ。なんというか太古のリズムですね。大地が振動するような不思議な感覚です。」
研究生はほほえんだ。しかし由貝には何も聞こえない。
「残念ながら私には何も聞こえない。」
由貝はスタッフから化石を手渡され、うながされるように抱きかかえた。するとどこからともなく、メロディーが聞こえてきた。とても懐かしい音楽だ。なんとも優しいメロディーだ。大地のゆりかごに揺られているようだ。
「なるほど、すばらしい。菊地君、すばらしいよ。これはどこにあったんだね。」
「氷河の中で洞窟を見つけました。そこで偶然大きな石につまづき手をついたら音が聞こえたのです。最初は空耳かと思いました。でもずっと鳴り響く。石から手を離すと鳴り止むのです。これは一体何なのでしょう。」
「面白い発見だよ。その周辺を重点的に調査してみよう。何か手がかりがあるかもしれない。」
由貝チームは、洞窟に向かった。その洞窟は思いのほか、広かった。
「不思議な形だ。これは雨水による侵食だね。」
奥に向かうと視界が開けた。
「これはすばらしい。なんという美しさだ。この青い鉱石はラピスラズリーだね。うん?」由貝は天井から光がさしている美しさに心が奪われた。
「菊地君、ライトを」
洞窟の壁に何やら文字がかかれている。そしてその側には大き絵が書いてある。由貝はその壁画の様子をこと細かく、紙に書き写した。これは大発見かもしれない。由貝チームは更なる調査をするため一旦、祖国に戻る事にした。
ヒカルは東の国に潜入する為のひとつの手段を考え付いた。それを実行するにはどうしても手にいれなくてはならないものがあった。彼女はアリシパンから南洋の国、キャルサンに渡った。キャサンは人よりも動物のほうが多い。キャルサンで唯一人が住んでいるのは、この港だけだ。ヒカルは情報を集める為まちを探索した。来る日も来る日も町中を歩きまわったが有益な情報を掴む事が出来ない。半ばあきらめヒカルは、温泉で旅の疲れを癒すことにした。ここは未開の土地なので、一般には知られていないがキャサンはいまだ火山活動が活発で各地に自然の温泉が沸く。ヒカルは、湯煙を頼りに道なき道を歩いてようやく温泉に辿りついた。そこは既に先客がいるようだ。ヒカルはゆっくりと足をひたした。足をマッサージすると身体の芯から疲れがとれるようだ。「疲れたな。ようやく肩の荷をおろせたよ。」独り言か…。
「それにしてもこれからどうしようか。国に帰りもっと研究したいのはやまやまなんだが、かなり危険そうだ。お前はどう思う?」
一体誰に離しかけているのか?ヒカルは不思議に思った。先ほどの人影は独りだったはず。「そうか、それもそうだな。いまはゆっくりと休む事が先決だな。おい、どこへ行く。」
ヒカルは身構えた。すると一匹のクマネズミが悠々と泳いできた。
「これはあなたのネズミ?」
ヒカルは興味深げにベリーを抱きかかえた。
「そうだ。それにしても驚いたな。こんなところで人に出会うなんて。あんたもキャルサンに来るなんて相当物好きだな。観光するならもっといいところがあるだろうに。」
「余計なお世話よ。ところであなたさっきから独りで何か言っていたけど、もしかしてこのネズミに話しかけていたの。」
ハヤテはとっさにうそをついた。
「ネズミと話などするものか。そんなこと思いつくなんてやはりあんた変わっているよ。」ベリーはその話しを聞いて湯船から飛び出し、草原にかけぬけて行った。
「おい、ベリー待てよ。悪かったよ。」
ベリーの姿は見えない。
「しまった。あいつまた臍を曲げてしまった。」
ハヤテは急いで身支度した。ヒカルはその慌て振りをみて確信した。
「あなた、やはりネズミと会話ができるのね。タリ族の末裔かしら。そうでしょ。」
ハヤテは何のことだか分からない。
「タリ族?そんなの聞いたことない。それよりも俺は先を急がなければ、ベリーを追いかけなくては」
ハヤテはベリーの消えた方向に走り去った。ようやく見つけた手がかりだ。ヒカルも彼らのあとを追いかけた。