当時セネカは国政を学ぶ為エアーロからマリーズタウンに留学していた。セネカの父は、その国の宰相で息子達にも自分の地位を継いでほしく、彼らが幼い頃から治世の表舞台立つべく様々な教育を行った。
「あなたは確か、まちでフルーツを売ってらっしゃるフラーさんの娘さんですね。あなたの家のフルーツは、どれも甘美で私は大ファンです。何度かお店にお邪魔したこともあります。ここには何かご用が?この宮殿は王様のお住まいです。むやみに立ち入られますな。場合によっては厳重に罰せられる事もあります。」
「父から役所に届を出すように頼まれたのですが、道に迷ってしまいました。」
ティアラはセネカに見つめられて顔を赤らめた。
「お役所ですか。それなら私もこれから所用があるので、ごいっしょに参りましょう。」
ふたりは談笑しながら、役所に向かった。セネカの優しい眼差しにときとぎ触れて、ティアラの鼓動が早くなる。別れ際
「よろしかったらお時間のあるときに、またうちのマーケットにいらしてください。お礼をさせていただきたいのです。」
彼女は、深々と頭を下げて、足早にたちさった。セネカは彼女の姿が見えなくなるまでその後姿を見送った。
それから数日して約束通りセネカがマーケットを訪れた。ティアラは、先日のお礼にとオレンジを差し出す。午後のひととき、ふたりはしばらくカーニバルでにぎわう街中で散歩を楽しんだ。コバルトブルーの空と海。流れる白い雲。素足で歩くと石畳がヒンヤリとして気持ちいい。二人は時がたつのも忘れて、語らった。その日から毎日セネカは彼女のお店を訪れるようになった。ティアラもセネカの学校が終わる時間が近づくと時計を何度も見て、そわそわしている。フラーは一人娘のそんな様子に複雑な心境だ。若い頃に妻をなくした彼にとって、ティアラは目に入れても痛くないほど大切な宝物だ。このところ、妻の面影がより一層はっきりとしてきて、ふいに胸が痛くなることかある。いつまでもそばに置いておきたいが、彼は彼女の幸せを心から望んでいる。立派に成長した彼女を誇らしくも感じていた。カーニバルの最終日、町はより一層華やかになる。この日1日は、若者達にとっても重要なイベントがある。カーニバルのフィナーレを飾る舞踏会が開かれるのだ。この舞踏会は、公式なものでこれに参加できるのは、永遠を約束した男女のみである。セネカがいつものようにマーケットを訪れた。
「フラーさん、今日は娘さんを舞踏会にお連れしてもよろしいですか。」
フラーは内心いよいよこの日が来たかと動揺したが、ティアラがセネカに見せるあの笑顔を思うと断る理由など見つからなかった。
「娘を一生大切にしてくれ。何があろうともあいつをひとりぼっちにはさせないでくれ。それが守れるなら認めてやる。」
ぶっきらぼうな物言いだが、娘を思う気持ちが痛いほど伝わった。
「一生大事にします。」
フラーの許しを得て、セネカはティアラを誘いに浜辺に来た。
「ティアラ、今日はあなたにお願いがあるのです。聞いてくれますか。」
ティアラはうなずいた。
「私は、あなたにいつもそばにいてほしい。一生そばにいてくれませんか。」
ティアラは突然の事で戸惑った。セネカは言葉を続けた。
「あの日、あなたが王宮にいたときとても驚きました。いつも街でお見かけしていた美しい女性が目の前にいて、私はときめきを隠すのがやっとのことでした。こうしてあなたと言葉を交わす事ができるようになり私はますますあなたに惹かれました。私にはやりたいことがある。とても難しいことです。どんな困難に直面するのか、それはきっと想像以上のことだと思う。私はあなたにいてほしい。どんなときでも私を明るく照らしてくれるのは、あなたのその笑顔です。あなたがそばいることが私の幸せです。私にはあなたが必要なんだ。」
「……。」
ティアラの心にセネカの情熱がヒシヒシと伝わってきた。彼女は感動で胸がいっぱいになり、言葉が声にならない。ティアラはやっとの思いで微笑を浮かべて
「はい。」
と答えた。セネカはティアラを強く引き寄せた。王宮の方向に花火が上がる。舞踏会の開幕の合図だ。二人は、夜空に咲く大輪の花をいつまでも寄り添いながら眺めていた。
『ティアラ、私は最後の最後まで大統領として国民の幸せを願い、平和による統治を守る。ティアラ、私はもしかしたらあの日の約束を果たせないかもしれない。しかしいつも私の心はお前のそばにいる。どうか私の太陽、いつまでも輝いておくれ。そしてまたその笑顔を見せて欲しい。私は、またいっしょに暮らせる日々を願っている。どうか無事に生き延びてくれ。必ず迎えに行く。その日を信じて待っていてほしい。親愛なるティアラへ。愛をこめて、セネカ。』
ティアラは、セネカとの出会った日々を思い出し、瞳からは大粒の涙がこぼれ落ちた。
「セネカ……。」
ティアラはその晩一睡もすることができずに夜明けを迎えた。
小鳥のさえずりでハヤテは目を覚ました。もうじき朝日が昇る。急いで岩肌をかけおり、川の水で顔を洗った。ベリーが懐から顔を覗かせる。
「ベリー、お前がいると心が軽くなるよ。」
もう迷いはない。ログハウスに戻るとすぐさま荷物を抱え、出発の仕度をした。ハルワンが非常食を準備してくれていた。
「先生、行ってまいります。」
ハルワンはハヤテのすがすがしい笑顔を見て、安堵した。ティアラもまた心を決めたようだ。「ハヤテ、私はお父様のご意志を尊重します。さあミーディアともに参りましょう。」
3名は、朝日を真横に受けながらルピナス大陸から大海原に出航した。