すっかり、ご無沙汰しております。


就職活動が本格化し、連日面接面接面接面接・・・・。

業界職種を変えようとしているため、日々準備に追われ。

内定を頂き、また悩み。の連続です。


というわけで、余裕がなくて申し訳ございません。




B型さんとの最終逸話を、アップしなくてはなりませんね。



mimiちゃんのところでも書いたんですが

最近、ちょっと変化。


今まで、あまり感情表現をしない女だったのですが


「好きすきすきすきすき」


って、10回/日は言うようにしてます。



相手にも好きって言ってほしいわけではなく

何をしてほしいわけでもないのですが(いや、そうじゃないな。ハグやキスしてほしいな)。

せっかく、好きだと心から思える人に出会えたので、伝えないともったいない。

好きだって伝えたいじゃないですか。


かっこつけなくても、見栄張らなくても。手の内を見せてもいいかな、と思う今日この頃。

信頼を築くのは、大変な作業。一瞬で崩れちゃうのにね。



朝ランニングを始めたら、早速筋肉痛。弱虫。


今日も面接、行って来ます。


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突然ですが、わたくしただ今こんな感じ。行ってきます。

なーんちて。

がんばれ日本!!

今日はキリンを飲もうっと

Off会という名の、送別会。


そう、私がこの半年、おそらくは最も飲みに行ったであろうkomakennさんが、アメリカへと旅立つ。


暫しのお別れであります。そこで、気心知れたメンツで集まり、壮行会。

もはやOff会というより、普通の仲間の集まりと化している。



前回参加できなったので、どうしても行きたかった。


しかし、その日。私は会社の送別会を抱えていた。もちろん、自分の。

参加しないわけには行かない。何とかして、早く抜け出そうと目論む。



いつものメンツ。3人の美しくも賢いブロガー女子と共に、今回はじめてお目にかかる23歳!のMちゃん。



送れて参加した私は、某アニキにはお目にかかれず残念でしたが、みんなでダーツ、カラオケ熱唱。


しかし、Mちゃんだけが、世代が違う。我々の歌は、80年代。choiceが古いのだ。いわゆる懐メロ。

Mちゃん、ごめんね。合わせてくれてありがとう。おぢさんはその若さに心洗われましたよ。


Jのこと、B男さんのこと、お仕事のこと。いろいろみんなと話して元気になる。

相変らず、おもしろいAちゃんの話にみんな爆笑。みんな、ありがとう。楽しいひとときでした。



そして、会はお開きに。


思い返すと。彼こそは、私のMNPでありました。

恋愛のこと、仕事のこと。たくさん相談して、たくさん飲んで、たくさん美味しいものを食べて。

Jに電話した時、仕事をやめた時、彼と別れた時、B男への揺れる想いも。いつも一番先に話を聞いてくれた。


彼がいなかったら、他のみなさんと会うことも無かったと思う。


いったい、この先2年間。わたしは誰と飲みに行けばいいの・・・?


いやいや。しばらく会えないのは寂しいけれど、笑って送り出したいと思います。

学生生活、楽しんでくださいね!


ぼんぼやーじゅ飛行機


ううううううううううううううううううううううううううドクロドクロドクロドクロ



転職活動、うまくいかない。


ううん、違う。


いまひとつ、身が入りきらない。B型男のことを、考えてしまう。



なにやっちゃってんだろ。



集中しろっ!!!



一喝。今から面談にいってきまーす。


久々のジャケット、ちょっぴりきついわ。




B男さんとの振り返りをしていたら、何だか妙に切なくなってしまった。


しかも、お夕飯何が食べたい?と聞いたら、

「何でもいいは、バカのセリフ」と言う返答。ほんとにムカツク男である。



で、ちょっとブレイク。


彼から、「お前、やってみれば?頭鍛えたほうがいいよ。バカになるから」


DSと脳トレを渡された。



結果、28歳。



だったのに



2回目は38歳。



理由は明白。



前頭葉系、空間認識や音声認識は得意だが、記憶や計算がからきしダメ。


はぁ。バカと言われぬように、トレーニングします・・・・

さて。昨日は私の恋愛遍歴を辿り、振り省りをいたしました。

すべての素材の、洗い出しをかけているわけです。


先日、完全別離を遂げた彼との出会い・悩み・別れに関しましては、こちら「彼のこと」 に記載のとおり。


彼はとても素敵な人でした。背も高く、美しいお顔立ち。そして、とても暖かく、やさしく、ジェントルな男性でした。


読み返すと恥ずかしさと、複雑な気持ちが交錯。

いずれにせよ、こちらで私がどのように惹かれたのかを、手に取るようにご確認いただけますので、割愛。

そして、次に振り返りを実施するのは。おそらくは、ご心配いただいているのではないかと想像いたします



-B男さんとは、どうなってるの?


-J氏は、どうなったの



この2点でしょう。私の核心に触れるJとB。

このblogを解説した当初。昨年の今頃からお読みいただいている皆さまは既にご存知のとおり。

いくつか、削除したトピックスがございます。それがまさに、B男さんとの出会いを綴ったものと、Jとのもの。

だから、わかりにくくなってしまっているのです。ごめんなさい。


特に、B男さんに関するもの。ほぼ全てこちらにはありません。

彼を含む周囲の友人たちに、この存在が見つかってしまい。迷惑も掛かるであろうと許容できなかったためです。

(多分、悲しいかなB男さんは私と親密なことを皆に知られたくないのだと、思うので。)


それゆえ皆さんには、突如降って湧いたかのような存在に思えていらっしゃるかもしれません。

でも、彼は昨年から。その立派な躯同様、大きく私の中に位置し、気になる存在。ずっと、会っています。

そしてずっと、惹かれています。でも、彼は超マイペースで、おそらく私のことを特別とは思っていない。

だから、なるべく深入りしないように。なるべく、軽妙に楽しく過ごすようにしてきた。好きになったら、傷つくから。


Jの話は、どちらかと言うと皆さんへのサービス(笑)で、記載を続けています。

B男さんの話は、自分の恋心を認めないよう、隠蔽。共に出かけたことも、敢えて書かなかったりしています。


まぁ、よいです。諸々の言い訳は、単に見苦しいのでやめましょう。

結論から申し上げますと、私は去年から彼のことが好きでした。それは、元彼と出会う前の、お話。



落とした記事を再度あげることはいたしませんので、当時の記事から抜粋して振り返ります。



昨年の夏。私の友人かつ、彼の後輩の結婚式で数年ぶりに再会をし、すっかり盛り上がる。



>ぼんやりと集まる集団の中で、彼だけがはっきりと私の目に飛び込んできた。

> 2次会の後半から、3、4次会。殆どずっと友人そっちのけ、彼とだけ話していた。面白い話に、すっかり夢中。


そう。久々に会った彼を、なぜだか、とても気になったんです。その3日後、2人で飲みに行くこととなりました。



> 当初は正直、男性としての興味というより、いろいろお話をお伺いしたい気持ちを強く感じていたかもしれない。

> その折、仕事中にお誘いのお電話。気合で早く仕事を終わらせ、20:30、表参道にてお待ち合わせ。




> 薄給ではありますが、サラリーマンな私。彼がお手洗いに行っている隙に、こっそりと新しいお酒を頼み、

>お支払いを済ませました。

> 彼がお席に戻って、ゆっくりと手持ちのお酒をいただく。まもなく終電。

>

> 「じゃ、行きましょうか。」

>
> と。お支払いなく店を出る私。見送る店員さんに、彼は不思議顔。

> 笑ってごまかす。

> ええ、わかっております。可愛くない女。



実は彼は、とても律儀なところがありまして。

後日、現在に至るまで、このころ私がお支払いを持っていたことに恩義を感じているのであります。なんて素敵な人。



> お店を出まして。終電が既に間近に迫る私。その旨を告げると、彼は

>

> 「じゃあ、飲もうよ。次は俺が出すから」、とおっしゃる。

>

> 内心、「問題は飲み代でなく、帰りの方法であります。」と思いつつ、なんとなく人としての彼に興味津々。2軒目に。



当時、彼はMBAから戻ったばかり。就職活動の最中でした。

その最中、いろいろな話を聞くのがとても楽しく。さまざまな議論に花を咲かせたものです。

この日も、そう。白熱する話題。過ぎ行く時間は感覚の外。

今でもそうなのですが、彼は体が大きい。そして、かなりのハイペースでお酒を飲む。

いつも同量頼まれ、注がれる私はたまったものではなく。あっという間に酔っ払ってしまう。


>私はお酒なのか、彼なのか。すっかり酔ってしまった。なぜタクシーに乗り、渋谷に場所を移したのか分からない。
>彼はとても可愛くて、素敵で。楽しく留まるところを知らぬ話をしている間にも、テーブルを挟んでなぜかキスをしてくる。

>嫌な気持ちは皆無。10代のような甘酸っぱい気持ちになった。楽しかった。

>話題豊富で、奔放でまっすぐな彼に、男として惹かれたのかも知れない。

>

>2時、閉店。水曜。既に他の客はいない。お店を出てタクシーを捕まえる私に、「もうちょっと話そう」と甘える彼。

>

>タクシーから手を引かれて降ろされ、歩き出す。向かう先は、泊まるところ。

>躊躇する想いと、直球で飛び込んでくる無邪気なまっすぐさが交錯する。

>
>

>その夜は、どういうわけだか。奇妙なほど、情熱的な時を過ごす。



朝、すっかり寝坊をしてパニックを起こした私は、あわてて会社に連絡を入れる。

仕事のない彼は、相変わらずマイペースだった。


>その間、「大丈夫?」と、私の頭を撫でていた彼。メールが終わると、やおらまた求めてくる。

>
>「もう、行かなきゃ」 と言うと

>「だめだめ。手放せない。君は、なんでそんなにエロいの?」と言い出す始末。



そんな、再会とデートをした結果。

あっという間に親密な関係になってしまった私達。この先に待つ日々のことは露知らず。


しかし、なぜだか。彼はぷっつりと音信不通となったのでありました。


元彼氏と出会う飲み会の日までの数ヶ月、なぜ私が一時的に、元彼を選んだか?その後の気持ちの動き。

そして、ここまでの1年に至るまでの間は長くなるので、出会いの日と、ちょっと分けてお話したいと思います。


ふー。


あ、Jですが。今は、B男さんと向き合うために。全ての男性はサヨウナラ。一切何もありません。

期待させて、ごめんなさい。


クリティカル・シンキング。自分について自問自答、考えてみました。わが身の振り返り。


お別れした彼、B男さん、J氏。その関係と想いを整理するために。ひとつずつ、紐解きをいたしましょう。

ただし、この振り返り。相当みっともなく酷い私の四半世紀振り返りです。

同じような体験、共感を覚えてくださる方のみならず、ご立腹なさる方もいらっしゃるでしょう。

忌憚ない、個人の振り返りです。その辺り、ご承知置きくださいね。不愉快な方は、読み飛ばしてくださいませ。


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本日は、第一回。私の恋愛観の変遷について。


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まず、独白いたしますと。私お恥ずかしながら、

所謂ところの"どうしようもない女"だったのであります。

幼少の頃、私はちょっとかわいい子だったので、

街を歩けばスカウトや盗撮(?!)をされることしばしば。

TV雑誌等のメディアに露出したり、ナルシスティックなダメ女街道をまっしぐら。

厳しい学校に通っていたことと、ごくコンサバティブな両親の元に生まれ育ったのが幸いし、

泡の世界からあっという間に市井の人(笑)となりましたが、それでも、ちやほや傲慢人生が続くのです。



そんなわけで、なんとも低俗下品なものとも気づかず。

学生時代、男性に甘やかされること、愛されることは当然だと思っている節がありました。

懐かしの「アッシー車」「メッシーナイフとフォーク」「本命ドキドキ」「大蔵省王冠1」「知恵蔵メモ」等々。男は、用途で使い分け。

フタマタミマタなどは、罪悪感のかけらもなく、自己弁護の詭弁を放っていたわけです。


そりゃあもう、ひどいものでした。


新車audiで現れた男子に、「この車キライ。あっちがいいわ」とSAABを指差し、結果買換えさせてしまったり。

免許を持っていなかった私。7時から始まる練習場まで、荷物が大きいので、ほぼ連日送っていただくのも習慣。

また、当時、部活の朝練がハードだった私。車に乗ると、彼らは即、私のシートを倒してくださいます。

そう、私は目的地に到着するまで、そこで仮眠を取る習慣がありました。


ある時は、男の子「何が食べたい?」女の子「。。。何も。強いてあげるならソフトクリーム」と言って夢の世界へ。

目覚めると、そこは清里。次の予定に!門限に間に合わない!!と烈火のごとく叱咤したことも。最悪ですね。


そんなわけで。私を取り巻く男性は、自分を好きで当然だと思っていた寒い過去があります。

なんという、馬鹿女だったんでしょう。みなさま、今まで隠蔽していてごめんなさい。



前置きが長くなりましたね。

さて、そんな空恐ろしい過去から脱却、したはずの私ですが、やはりその後もこんなことを言って憚らずした過去が。



「肉体と精神は乖離することもある」


 体の相性が悪いが、愛する男。肉体的欲求は満足だが、心許せぬ男。話題は面白いが、恋愛対象にならぬ男。

 これらは、並立、同時進行することで、個々と自らのストレスを軽減し、潤滑油としよう、と考えたり、



「美を保つためには、緊張感が必要である。これ即ち、日々是恋愛推奨」


 愛情が生活に変わった時、人は緊張感を失い、幻滅、衰退が始まります。

 スウェットで一日過ごしたり、髪型肌艶、ボディラインに無頓着になったら、フェロモンの分泌は減少します。

 よって自らに緊張感を課し、いつも潤み目ばら色の頬、細い腰を保つためには、恋愛が必要なのです(極論)。

 恋は、実らぬものでなくてはならず、リスクの少ないものでなくてはなりません。

 ですから、身近かつ実らぬ恋の種蒔きを、日々欠かさぬようにしましょう。



等、数々のおバカ発言を繰り返してきたわけです。


しかし、元来不器用な私。しかも嘘のつけない体質。いくつものお付き合いをパラレルで動かすことは到底無理。

ストーカーに遭ったり、元彼女に逆恨みを買ったり。垣間見るだけの母にも「いつか、刺されるわよ」と言われる始末。


さらには、自ら招いたことですが。

自らの気持ちを捻じ曲げ、手の内を見せない。「好き」と悟られたら、言ったら負け!と信じていたような。


これが、恋愛・幸せ不感症に至る恐ろしい導火線であることなど、当時は知る由もなく。


そして、25歳。切れ目なく彼氏を作り続けた後(リレーのバトンエリアの如し、リードタイムがありましたから汗)。

今の私の原点を形成した彼と、お付き合いを始めました。これが、元婚約者です。

実は、その前に彼の友人とお付き合いをしておりましたので、彼とも数年前から友人として親しくしていました。

その前の彼(マザコン君)とお別れした際、一番近くで支えてくれたのが、この元婚約者だったのです。

マザコン君の、元彼女(結局元鞘に戻ったのですが)から激しいストーキングと嫌がらせが続き、

すっかり疲れていた私の気持ちを、そっと傍らで支え続け、丁寧に解きほぐしてくれたのです。

私は、長いこと元婚約者を友人以上には感じ得ず、何度も、何度も求愛を断り続けました。およそ1年近く。

それでも変わらず愛情を湛えてくれた元婚約者に心を打たれ、お付き合いを始めました。


この期間、この彼に、私は人を愛すること。愛情を惜しまず表現することの楽しさを教えてもらったように思います。



その後、29歳。既に双方の両親も親交を深め、互いの実家を行き来するようになっていた時。

2人は結婚へすることを決めました。

いつも共に過ごし、双生児のように気持ちを共有し。互いの機微すら、手に取るようにわかる2人となった頃。

それは、2人が歩んできた道の先に、当然のように辿り着く場のように思えました。


両親・友人から見ても、私たちは仲睦まじく、あったかいカップルだったのです。


しかし、結婚式の具体的な準備を始めた頃。

元婚約者の転職が訪れました。これは、私の両親に結婚の挨拶をした際、

収入があまりに少ない彼に、父が苦言を呈したことが契機だったと後日知りました。


ここから、私たちのすれ違いは始まってしまったのです。


正直、当時は私もあまりに薄給な彼の収入だけで暮らせる自信も覚悟もなく。

私が仕事を辞めたら、食べることすら危うい彼の状況に不安を感じることがありました。

結婚するからには、母になることを望む私には、絶望的な状況のように感じてしまったのです。


今は、お金を得る手段など、いかようにもなると思いますけれどね。甘かったんです。

どっかりとおんぶして頂き、指揮をとりつつ幸せゴールまで連れて行ってもらおうと思っていたのかもしれない。



結果、その半年後。

彼は、都心にマンションを所有し、お料理上手で心身共に母親のような女性に惹かれ、私から去ったのです。


そして、結婚目前にして婚約破棄。しかも、浮気とフタマタ。もしそ訴訟になれば、彼に勝ち目はありません。

彼を追い込んだわけでも、非難したわけでもないのですが、自らの輝く未来に曇りを残したくなかったのか。

その彼が採った方策は、私の人格を全否定すること。私の、家族も。

生命の危機を感じるところまで追い詰められたものは、生物学的にも、捨て身の反撃に出るのは当然。


そこから、真の私の恋愛地獄が始まりました。



当時の私は、元婚約者と過ごす時間が、ほぼ生活のすべてになってしまっていました。


そこに、ぽっかりと、抜けた穴。

なにも、ない。


街中で、日常で起きた面白いこと、悲しいこと、腹を立てたこと。共有する人がいない。


そして、その悲嘆にくれる日々において、私に降りかかるWパンチ。

当時、自転車通勤をしていた私。まだようやく暗くなりかけた時刻の自宅付近で、暴漢に襲われたのです。


不幸中の幸い、ちょうど犬の散歩で通りかかった親切な方が助けてくださったため、大事に至ることはなく。


しかし、男性不審のみならず。人間不信。対人恐怖症。

表に出ることすら、できなくなってしまいました。


日々、Amazonで10冊本を買い、一睡もせず、一食もとらず、自室で本を読み続ける。

家族は、どれほど心を痛めたことでしょう。


今振り返ると、これまでの自分のKarma。天誅なのだと思いますが、当時は本当につらかった。


その孤独と不安の淵に落ちた時、周囲がほんとうにあったかい愛情で包んでくれたから、今があるんです。


いつも眠れるまで傍にいて、何も言わずに旅に連れて行ってくれたり、話を聞いてくれた家族。

姉、母、父、弟。叔父、叔母。


そして、私を愛して、求めていると言って。送り迎えをしてまで、連れ出してくれた大切な友人たち。

兄、妹、Yuka、taeco、Nori、Mie。chica。Tom。Tina。みんな。


環境と人に対する感謝、今まで素直に言えなかった「ありがとう」に気づいたのです。


「そんなの、当たり前。だって、私だって努力してるもん」→「ありがとう」となったのです。



しかし、それだけでは私はまだ歩き始めることができませんでした。


彼に言われた「お前は、ダメなやつだ」

その一言を、乗り越えなくてはならなかったから。


まずは、「やりたい」と思っていたことを片っ端から片付けることにしました。

免許、サーフィン、旅行、そして、転職。


当時の私は、製作業=自由業だったため、自分の時間が持てました。結婚するなら、ちょうどいいと思っていたのです。

でも、自分の足で立って歩いてゆくために十分な収入と、安定した立場は保証されていませんでした。



空っぽ、身一つになった私にできることは。

日々感謝をし、がむしゃらに努力をすることだけ。



そう思った矢先。最も信頼して、助けられていた姉親子は海外へ。そして、母が突然病に倒れました。

父は、折りしも仕事で重要な局面にあり、海外。弟は、目前に受験を控えてナーバスに。


またも、私の眼前には大きな障壁。

当時の仕事を辞め、一人で、日々憔悴し悪化してゆく母の病床に就き、介護をするしかなく。

まだまだ、人にやさしくなれず、余裕がなく、甘えた自分を、否応なしに気づかされることとなりました。


幸いにも、母は奇跡的な回復を見せ、生命の危機から脱すると、驚異的な快方に向かいました。


この時、両親の存在と愛情の大きさをひたひたと感じ。側にいて、可能な限り感謝を伝えていこうと思いました。



愛情とは、与えられて当然ではありません。

でも、与えるのは至極当然の成り行き。溢れ出る筆舌に尽くせないものなのだと。


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ふー。すっかり長くなりましたね。延々とお付き合いいただき、ありがとうございます。



その後、転職をし、超仕事人間。アーンド、自暴自棄となった30歳を経て。

2年以上のブランクの後に出会ったのが、J氏、B男、元彼の3人なのです。


次回は、この恋愛を振り返りしましょう・・・。

行ってまいりました、大阪。


挨拶できずに退職してしまった後輩たちに会え、自分の担当したカウンターを見て満足。

会いたくて、会えなかった人もいましたが、またの機会に。



今回はB男さんと一緒に行っていたわけですが。


恐れていた喧嘩もなく、穏やかに(殴られましたが)つつがなく、仲良く行ってまいりました。

幸運なことにお天気に恵まれ。穏やかな時の経過と、非日常の世界。

平素東京ではしない他愛もない話をしたり、海山をのんびりお散歩をしたり、ゆっくり2人で過ごすことができました。


彼が大阪に住んでいたのは、もう数年前のことですが、いろいろと案内してもらえました。

私が普段接しているのは、彼と彼の学生時代の友人たち。

大阪で会ったのは、元会社の同期や後輩たち。やはり普段とは少し違う顔を垣間見たように思います。




さて、私の楽しみその2は、食い倒れ。食べたいものは山とあったのですが、2日間はやはり短く。

可能な限り、わがままを聞いてもらい、楽しんでまいりました!


1日目--朝:車中 昼:卵焼き定食(明石焼)@蛸の壺  おやつ:ワッフル@OLD POTT'S   夜:焼肉@請来軒


2日目--朝:なし  昼:イタリアン@Osteria Enoteca   夜:シュウマイ@焼賣太楼



ホルモンは、どうしても私が食べたかったもの。

彼の元同期が、調べておいてくださり来店!

(要するに、彼がちゃんとアレンジしてくれた)。

思わず「き、キレイ!!」とうなってしまうようなお肉。


やっぱりおいしかった!そして、安かった!!

今回はあまり珍しいものは食せず残念。

次回また大阪来訪の際には、

店主お勧めの上肉にチャレンジせねば。





イタリアンは、以前から彼が「食べさせたい」と話してくれていたお店。

苦楽園口駅付近、彼のおばあちゃまのお家のほど近く。

家族やご親戚でいつも利用していた、お気に入りの一軒だそう。


土曜日立ち寄ると、すでに満員。

日曜に予約し再トライ。コースランチを彼にご馳走していただく。

このオステリア、後で調べてみると、とっても名店だったよう。



サーモンのマリネ・蟹のそぼろトマトソースパスタ・自家製タリアテッレきのこクリーム・子牛のステーキ・ドルチェ。

ワインを2杯頂き、お料理もゆっくりじっくり味わいました。

味は淡白ですがしっかりとした風味が生きていて、美味堪能。

ただ、グラスワインが1800円、高い!


ランチだから、とご馳走してもらってしまったけれど、

ちょっと悪かったかなぁ。


食後腹ごなしに坂を上り、彼の家と、その周辺の豪邸探索。近隣は超大企業の創業者さんの家々が立並ぶ圧巻な一帯。

私設警備員さんを横目に、ゆっくりとお散歩。



その後、電車に乗り須磨海岸を散歩したり、山手をぐるり歩いたり。本当にのんびりと、よく歩いた大阪旅行でした。


そして、普段は激情家ハードコア筆頭のB男さんですが。

今回はあったかい気遣い+楽しませようとあれこれ手を尽くしてくれました。

ありがとね。楽しかったよ。いろいろな子供時代、大阪時代、ご家族の話に触れ、嬉しかった。ますます、惚れました。



ただ、彼の親しい数人の友人にもお目にかかったのですが、いったい何と言って紹介されたのかいまだ不明。

そこは、突っ込めず突っ込まず、触れずにおいておきました。



そんなわけで、

ちょっとまじめに就職活動再開。


この場を借りて、お店をいろいろ教えてくださった皆さまに、お礼申し上げます!ありがとうございました。


またいろいろご報告いたしますね。


お天気が優れぬ日が続くからといって。生活がたるみ、身体もたるんではいけません。


一時期、あれほど情熱を傾けたDietも、美肌も、ボディ作りも、最近おろそかに。


美が先か、恋が先か。ニワトリタマゴの議論はさておき。女子たるや、美しくなければいけません。


面接を終え、久々に前職の友人と話す。

そこでご縁あってご紹介を頂いたので、どーんと贅沢に1日こちらで過ごしてみました。


伊勢丹Beauty Park2にある、ゲラン直営サロン (ソシエの提携サロンではありません)。


朝11時に入り、終わったのは17時過ぎ。途中ランチをはさみましたが、しっかり、1日フルに。

なんとも贅沢に、3つのボディートリートメントコース のすべてを、個室で受けて参りました。

しかも、今回はフランスから来日した大御所に施してもらうと言う贅沢さ。



左端のガラスに映っているのは、

全裸ですが汗わたくしの影です⇒


施術台から、ぱちり。

写真が綺麗じゃなくて、ごめんなさい。



ちょっと、リンパの流れが整ってスッキリしたような。




しかし、人前で全裸になるのはやはり抵抗があります。

2階のプレミアムルームは、ゲランカラーのタイルのお部屋。

お風呂もお手洗いも、ガラス張り。落ち着きません。


実際のトリートの感想ですが、じ、実は熟睡してしまいまして・・・・。

今ひとつきちんとレポートできず、ごめんなさい。

ただ、全てのコースはGerlain製品を贅沢に駆使した施術。

各25,000円ですが、お値段の価値はあると思います。



午前施術を受けたインペリアル:

熟睡のため不明。ただ、ジェントルマッサージ主体です。Surfaceを優しくマッサージする雰囲気です。

実際はリンパの流れに沿っているので、血流を促進、とても健康に良いのだとフランス人の説明でした。



午後1のドレイニング:

こちらも半分眠っていましたが、少しマッサージは強めです。最後の海藻全身パックが、異常に冷たく思わず叫び声をあげてしまいました。


続いてはファーミング:

かなり強め。ハンドエンダモロジーという、ユニークなマッサージメソッドも。

私はやはりアジア人なので、このくらい強めのものが好みかな。

最後の石膏パック?は、やはりこれまた冷たいですが気持ちよく。パックオフ後はかなりすべすべ肌。

サイズダウンは、帰りに飲んで1晩寝たら、すっかり元通り・・・・。


帰りにはフルメイクを施していただき、すっかり「オンナノコ」気分満喫。

PrincessDAYとなりました。


綺麗になって、どこへ行こう。誰と会おう。うふふ。

せっかく、スローライフ満喫!と、勇み自転車で出かけるも。雨に降られる始末。

さらにありえないことに、出先でバッグの中に猫がウンチをドクロ嘘でしょ?!


そんなわけで最悪な火曜日。


気分を変えて、しました。そう、模様替え。(Yukariさん、香月さんは、あれ?!と思われたのではないかしら)。


そう。裏と同じにしたんです。


ブロガーさんとお目にかかることがあったり、

周囲の知人に(しかもここに登場するメンバー)に、しっかり読まれていることが判明したり。

(おそらくは、頻繁に登場する、かの男性も、読んでいるに違いないのです爆弾


私的備忘録として書き始めたものですから、広く世に向けて発信していることを、ついつい忘れがち。

こんなつたないblog、そうそう読まれてはいないだろう!と、高をくくっていたのですが、甘かった。

ググってみると、かなりのワードが引っかかって。そこから来てくださる方も多いと気づく。実に恐ろしいことです。



画面の中の世界と、現実の世界が完全Synchroしてしまっている状況。現実と虚構の境界線が無くなり。

すると当然ながら、赤裸々に書くことに躊躇することが、しばし発生。

ちょっと悩みましたが、まぁ、いいや。私の存在そのものが、適当で赤裸々だということで、どーんと開けっぴろげにします。



まぁ、そんなわけですので。

やはり、内なる秘めた思いを、つらつらと書いていこうと思います。

よってここに書いたこと、読んだことによって、私を白い目で見たりするのはご遠慮くださいね、皆様。


明日は、また面接です。あと2時間対策で読書&分析をし、寝まーす。

コメントのお返事が遅くなっていて、ごめんなさい。

(そう、今日言いたかったのはこれです↑)


時間があるのをいいことに、旬の地物の中鯵を大量に裁きました。


みょうがとしそを巻いて、小川づくりを。

ちょっと、大きくて、いただけませんね・・・。失敗。


空豆ご飯は、私の大好物。


あとは、鶏胸肉の涼味と、ごもく椀。

自分のお箸が行方不明。子供用・・・・