例えば、だ。冬の夜空をふと見上げると、星が見える。南西の空にオリオンが浮かぶ。そんな情景を見て、あれ?なんで星って見えるんだろう?てか星ってなんだ?とか考えたりするような。
いわゆる知的好奇心とでも言うべきなのだろうか、周りの人が当たり前に興味を持ち知っていることを何一つ知らないし、この年まで知らなくてもいいな、と生きてきてしまったのだ。
私はホントに知らないことが多すぎる。常識がない。暗黙知が分からない。これは努力が足りなかった原因なのだろうか…?
周りの人達を見ていて不思議に思う。
この人達は何故そんなに周りのことに自然と興味を持てるんだろうか?、と
明治大学教授の斎藤孝はよく、「技化」という言葉を使う。これは、意識的に「技」として技術を身につけるという意味だ。
私の場合は周りのことに興味を持つことを「技化」しようとしている。実際はそこまで興味が持てない、しかしそう思い込むことによって、興味を持っている自分を技術として身につけるのだ。
いや、流石に私だって色々と知りたいことは多い。音楽は特に好きだし、映画だって、マンガだって、アニメだって大好きだ。そういう事柄はもっと知りたいと感じる。
ただ、新しいことを知ることは自分にとってストレスなのだ。だから、同じところに留まってしまう。この殻から出るのは中々苦労する。
これまで必要に迫られてない、というのは確かにあるだろうが。
村上春樹は、最新のエッセイでデビュー作「風の歌をきけ」について、「自分の中に必要なマテリアルは何もなかった。では、何もない、を書くしかないなということに至った」(本文ママではない)というような事を語っていた。
私は空っぽの人間だ。しかし、空っぽの器であるならば何でも入れる余地があるということだ。
様々なマテリアルを技として自分に取り込むこと。そして、その中で書くことを通して自分と向き合っていくこと…
何もない、を書くことをしていこうと思う。
思考のメモ 思考は続く。