ぐりーくらぶろぐ -20ページ目

SS『お姉さまのお友達…? 後編』(乙女はお姉さまに恋してる)

 聖應での日々は、それからも新鮮な驚きと楽しさに満ちていた。遼也と付き合っている(と装った)ことによって引き起こされたトンデモナイ騒ぎもいくつかあって、秘密を隠すという目的から見たら果たして良かったのか悪かったのかわからないけど、全然後悔はしていない。
 まりやや秦ちゃん、由佳里ちゃん、一子ちゃんといった寮の仲間達。
 貴子さんや君枝さんら、生徒会の人達。
 紫苑さん、美智恵さん、圭さんら、クラスメイト達。
 学園長や、緋紗子先生。
 そして、遼也という親友。
 最高の仲間達と、最高の一年を過ごすことができた。聖應に転入したからこそ得られた幸せに、心から感謝している。
 さて、色々と思い出深い聖應女学園を卒業して、かれこれ六年目。僕と遼也が今どうしているかというと……毎日全力で働いている。

   ◇◆◇◆◇◆

 社長・鏑木瑞穂。副社長・神崎遼也。
 大学卒業と共に二人で立ち上げた株式会社・鏑木テクスタイルプランニングは、起業二年目にして早くも業界に名を知られる企業となっていた。
「瑞穂。新入社員達からこういう企画が挙がってきたんだが、目を通してくれないか。結構イケるかもしれん」
「ん、わかった」
 鏑木グループの系列会社として会社を起こした昨年は、本当に目が回るような忙しさだった。決して軽い気持ちで始めたことではないけど、めげそうになったことは一度や二度ではない。
『鏑木』の名が持つ信頼感。おまけにグループ総帥の息子が社長ということで、初っ端から仕事がずいぶん舞い込んだ。これはある意味ありがたかったけど、実際は他人が想像するような特別な援助は全然受けていない。
 起業資金こそ父さまから借りたけど、それだってきちんと法的手続きに則ってのもの。誰か有能な相談役を付けてくれることも、オフィスを融通してくれることも、銀行に口利きしてくれることもない。親子だからといって甘やかしてなどくれない。父さまは僕に対してはとことん甘いけど、ことがビジネスとなれば話は違うのだ。……まあ、それは僕が望んでいたことでもあったんだけど。
 おかげで、能力を超える仕事を大量にこなす羽目になった。一度体調を崩して倒れてしまい、遼也に大変な迷惑をかけてしまったこともある。面白いものが見られたからいい、なんてニヤニヤしてたけど。
 ああ、そういえば彼女とはあの時に……。 
 とにかく、そんなふうに二人で奮闘した結果、鏑木テクスタイルプランニングは僕達自身がビックリするくらいの急成長を遂げた。
 それで、今年はオフィスも移転し、新しく社員を雇うことにしたんだ。会社が会社としてだいぶ安定してきて、自分達以外の人生を背負うだけの力をつけたという自信ができたし、何より従業員二人じゃどう頑張っても仕事が回らないところまで来ていたからだ。遼也は長い付き合いの僕でさえ信じられないほどに有能だし、僕だってそれなりにやっているんけど、無理なものは無理。
 そうして雇った彼らもだいぶ仕事に慣れてきたと判断し、先日彼らだけで企画会議をやってもらったのだ。我が社には悠長に下積みさせてる余裕なんてないので、彼らは入社当初から実戦の中で鍛えられている。この辺で仕事を『する』のではなく『創る』ことにチャレンジしてもらうのも、決して時期尚早ではないと思ったのだ。
 その会議から、早速企画書が上がってきたらしい。正直なところ、遼也のチェックを通るようなものがこんなに早く出てくるなんて思わなかったけど。
 遼也から渡された書類に目を走らせる。果たして……?
 うん、確かに面白い企画かもしれない。いくつか手直ししなきゃならないところはあるけど、採用して構わないだろう。
 遼也の目利きは正確だ。彼が反対した企画が上手くいったためしがないし、今みたいにそう強い調子ではないにしても積極的に勧めてくるような企画は、大抵が会社の成長に大きく寄与するものばかりだった。
 副社長である遼也には、社内業務を社長の僕よりもだいぶ多く任せている。
 その分お前は我が社の顔でいろ、というのが遼也の口癖で、その通り僕はあちこちに営業に出向いたり商談に臨んだり、あるいはメディアのインタビューを受けたりすることが多い。
 彼に言わせると、
「見栄えも中身も、ついでに家柄もいいんだから、そいつをフル活用しなきゃ損だろうが。思いっきり売り込んで来い」
 ということだった。
 ベンチャー企業の営業は大抵社長が担当するものらしいが、僕達の場合もその例に漏れなかったというわけだ。お前が顔出すと話がスムーズに進むからラクでいい、なんて言って遼也が褒めてくれるけど、それも後ろで化け物じみたスピードで仕事をこなす彼の存在があってこそ。
「しっかし、俺も大概付き合いがいいな。恋人のフリをしてみたり、会社立ち上げたり」
「あはは。感謝してる」
 そんな会話をしたことがある。
 本当に、感謝してもしたりない。なんてことを言うとまた遼也は文句を言うんだけど。水臭いことを言うんじゃない、って。
 いい友達を持ったな。もう何百回思ったかわからないけど、今日もやっぱりそう思うんだ。

   ◇◆◇◆◇◆

「……さて瑞穂、そろそろ休憩しろ。根を詰めすぎだぞお前」
「ええっと……そうだね。そうする」
 手を止めると、急に疲れが出てくるものだ。
 忠告に従って椅子にもたれてぐったりしてたら、遼也がコーヒーを淹れてくれた。二人でやっていた頃の名残で、社員が増えた今も僕のお茶汲みを遼也がやってくれることは多い。
 しばらく雑談。といっても内容が仕事からなかなか離れられないのは、まあ仕方がないと思う。場所も場所だし、立場も立場だし。でも、時々は学生時代みたいに全然関係ないことで話をしてみたいと思わなくもない。
 似たようなことを思ったのだろうか。ちらりと入り口の方を見やってから、遼也は突然話題を変えてきた。
「ところで瑞穂。そろそろ、結婚しないか?」
「……また随分と話が跳んだね」
「茶化すなよ。俺はいい加減、ちゃんとお前の気持ちを聞いておきたいんだ」
 また何かからかうつもりなのかと思ったから、さらっと受け流そうとしたんだけど、遼也は意外にも真剣な瞳をしていた。
 なら、僕も真剣に答えなきゃならないだろう。
「うん……。けど、もう少し先にしたいんだ。今はまだお互いに忙しいし、家族とのこともちゃんと整理できてるわけじゃないから」
「そうか。ちゃんと考えてくれてはいるんだな」
「当たり前じゃない!」
「……ああ、安心した」
 遼也は、笑顔でそう言った。
 真面目一本槍だったはずなのに、転校後再会した頃からは人をからかうことに至上の喜びを見出す、まるでまりやみたいな性格になっていた遼也。
 けれど、この笑顔だけは変わらない。中学の頃からの親友の、頼れる笑み。
 ……なのだけど。

「ねえ、さっきから入り口の方気にしてるけど。誰か来る予定でもあったっけ?」
「いやいや、特にそんなつもりはなかったが。たまたまだよ」
「あ、そうなの? じゃ、僕の勘違いかあ」
「ああ、そうに違いないさ。はっはっは。
 いや、正直な話。社内で噂になるたびにお前の美しい秘書殿に涙目で睨まれるのはいい加減ごめんこうむりたくてなあ。そろそろ安心させてやれよ」
「その噂を面白がって焚きつけてるのは遼也だろ……? この前貴子さん怒ってたよ? 『私の反応を見て笑うために入社を許可したに違いありませんわ。馬鹿にして!』って」
「ま、否定はしない」
 新入社員募集の時に、貴子さんは勤め先(厳島グループの系列会社だ)を退職してうちに来た。現在は僕の秘書として働いてくれている。
 採用には当然遼也も一枚噛んでいるわけで、聖應時代遼也に色々と遊ばれた貴子さんにしてみればそんな風に疑うのも無理はないと思う。

 クックッと笑う遼也。
 呆れまじりの苦笑でそれに返す僕。
 これが、僕達の今の日常だった。

   ◇◆◇◆◇◆

 翌日出社した僕は、いきなり社員達に囲まれた。理由もわからないのに突然周りを塞がれると、そんなに大した人数ではないにしてもちょっと怖い。
「え、ええと……何?」
 とりあえず聞いてみると、彼らは口々にヘンなことを言い出した。
「社長、ご結婚は早くなさるべきだと思います!」
「あんな素敵な人、絶対に逃しちゃダメなんですから!」
「社長のウェディングドレス姿、本当に楽しみにしてますからね!!」
「社長と副社長、とってもお似合いですよ!!」
 ──戸惑っていた僕だが、ことここに至って、何かが致命的におかしいということに気づかざるを得なかった。
 っていうか。僕の恋人は貴子さんで、そのことは皆暗黙のうちに察しているものだと思ってたのに。なんで相手が遼也だってこと、誰も疑ってないのさ──!?
「ちょっと、皆! 僕が遼也と結婚するわけないだろ。僕は男だってば!!」
 意味不明な熱狂に負けないように、精一杯の大声で主張する。
 すると、数ヶ月間苦楽を共にしてきたかわいい部下達は、みんなしてきょとんとした顔になった。
 ──何、その反応。
 僕の言葉の何に対してきょとんとしてるんだ君達は。
 まさかと思いたい。思わせてほしい……。
「あ、そういえばそうでしたっけ……」
「え? そうだったんですか!?」
「いやー、社長は美人だからついつい忘れちゃうんスよね」
 言われた。
 紫苑さんにしょっちゅう言われてたようなことを、ついに一緒に働いてる社員にまで言われてしまった。
 僕って一体なんなんだろう……。落ち込む。
 あははーと太平楽に笑う彼らを見て僕は絶望しかけ、
「でも昨日、副社長が社長にプロポーズしてませんでした?
 たまたま社長室の前を通りかかった時に聞こえてきたんですけど……」
 誰かが言ったそんな言葉に、昨日の記憶がフラッシュバックする。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 ちらりと入り口の方を見やってから、遼也は突然話題を変えてきた。
「ところで瑞穂。そろそろ、結婚しないか?」

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 そういえば昨日、遼也のヤツ。聞いただけだとそんな風にも取れなくもないような会話をしながら、

――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「……ねえ、さっきから入り口の方気にしてるけど。誰か来る予定でもあったっけ?」
「いやいや、特にそんなつもりはなかったが。
 たまたまだよ」
「あ、そうなの? じゃ、僕の勘違いかあ」
「ああ、そうに違いないさ。はっはっは。

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 妙にドアの方を気にしていたっけ──!

 またか。
 またなのか。
 またしても僕は遼也に遊ばれたのか。
「あのー、社長?」
 小首をかしげる女子社員の声も、今は耳に入らない。
 両手で作った握りこぶしが、ぷるぷると震えているのがわかる

「遼也のバカーーーーーーーっ!!」

 ──自分で言うのも悲しくなるけど。
 なんだかもう見事なくらいに、僕は遼也に遊ばれているのだった。
 
 これも、今の僕の日常の一つ。きっと大事にすべきものなんだろうけど、これを楽しめるようになってしまったら、何か大切なものを失ってしまう気がする……。
 複雑な思いを抱え、何やらこそこそ話をしている社員達のそばを離れる。
 あーきっと貴子さんは遼也のところに抗議に行ってるんだろうなー。
 それでもって、また遼也にいいように遊ばれてるんだろうなー。
 そんなことを考えながら、僕は朝からいきなり重くなった脚で、社長室へと向かった。

SS『お姉さまのお友達…? 前編』(乙女はお姉さまに恋してる)

 それは、ある土曜日の夕食。僕達は寮の食堂に集まって、いつものように楽しくおしゃべりしていた。
 それで、何かの拍子に話が寒い季節のファッションに及び、そういえばあまり秋冬用の衣類を持ってないなあと思ってふと口に出した時のこと。
「じゃ、明日は街へお出かけね。皆で瑞穂ちゃんの洋服選びをしよう!」
「へ?」
 まりやの鶴の一声。気持ちいいくらいに断言されても、あんまり唐突だったのでちょっと追いつかない。思わず素に戻ってヘンな声を出してしまった。
「わあ、いいですね!」
「瑞穂お姉さまとはじめてのお買い物、秦はとっても楽しみなのですよ~!」
 ぱちんと手を打ち鳴らす由佳里ちゃん、瞳をキラキラさせる秦ちゃん。
 僕の意志は、もはや関係ないみたいだった。まあ、別に異論はないからいいんだけどね。
「うぅ~。私も行きたいのですが学園から離れられませんので今回はお留守番ですね。残念です」
 むしろ、そんな風にしょげちゃった一子ちゃんのフォローをするのに僕は一生懸命だった。

   ◇◆◇◆◇◆

 早い時間から出かけた僕達は、まりやに引っ張られて開店時間と同時にファッションビルへ突入することになってしまった。そのパワーに面食らった僕は、それでもちょっと甘かったのだ。
 まりやが一番凄かったけど、由佳里ちゃんも奏ちゃんも大はしゃぎ。女の子の格好はしていても結局のところ僕は男なので、彼女達のテンションには唖然とする他なかった。もちろんそれは全然悪い意味じゃない。楽しそうな皆を見ていると、僕も嬉しかった。
 ……この買い物の目的を思い出してからは、ただひたすらに疲れたけど。三人が競うように僕に服を勧めて来るんだもんなあ。休む暇もなかった。
 女の買い物は長いと言うけれど、それを手持ち無沙汰に待ち続けるのとひたすら付き合うのと、果たしてどっちが大変なんだろう? そんなことを考えてしまった。
 お昼を挟んでさらにいろんなお店を見て回って、どっさり服を買い込んで(といっても、女の子の基準からするとごく普通の量らしいんだけど……)、僕達は帰途についていた。
 
 そんな中。
 事件は起こってしまったのだった。
「───ん? あれ、お前……」
 ──聞き覚えのある声にうっかりと振り返ってから、僕は自分の迂闊さ加減に愕然とした。
 街を出歩いていればこういうことだってありうる。当たり前のことじゃないか……っ! どうして何も気にせず出歩いていたんだろう。いくらなんでも考えなしすぎた。
 僕はパニック状態に陥り、激しく後悔していた。時間を巻き戻せたら、と本気で願ったのはこの時が初めてだ。
 目の前には一人の青年。声に聞き覚えがあるのと同様、顔にも見覚えがある。いや、見覚えがあるとかいう程度の話じゃない。ついこの前聖應に転入してくるまでは、しばしば目にしていた顔なんだから。
 彼はなんとも表現しがたい微妙な表情をその整った顔に浮かべ、僕の左右に視線をさまよわせてから、話しかけてきた。
「瑞穂、か?」
「や、やあ。あは、あはは……」
 こちらは今更とぼけることも出来ず、乾いた笑いが漏れるのみだった。
 ……ええと、どうすればいいんだろう。女装した状態で、かつての同級生と偶然バッタリ再会してしまったこの状況。

 彼の名は神崎遼也。
 特に誰かと関わろうとすることもなく、流されるまま過ごした開正時代。僕にとって、唯一親友と呼べる存在だった男だ。
 つまり当然、僕が男だってことを知ってるわけで。

 鏑木瑞穂、水泳の授業以来のピンチ。かも、しれない。

   ◇◆◇◆◇◆

「……ははあ、なるほど。祖父さんの遺言か。
 いきなり転校したから、どうしたんだろうと気にはしていたんだが。随分と妙なことになってたんだな」
「うん、まあね」
 咄嗟に機転を利かせてくれたまりやが、「積もる話もあるだろうし、あたし達は先に帰るね」と皆を連れて帰ってくれた。僕の様子を見て何か察してくれたみたいで、遼也の方も僕が男だとバレるような発言はせず、話を合わせてくれたんだ。
 沈黙が降りる。今の僕の事情を説明し終えたら、話すことがなくなってしまった。
 何故って、遼也と僕は、『あること』がきっかけとなってここ二年ほどは疎遠になっていたからだ。喧嘩別れというわけじゃないから、かえって気まずい。僕は結局、親友にすら理由を告げずに転校してしまったんだから。
 僕が話題に困っていると、遼也が口を開いた。何を言われるんだろう。自分の薄情を責められることは覚悟しているんだけど……。
「しかしまあ……何ともコメントに困るが。とりあえず、美人だとは思うぞ、うん」
「やめてよ、頼むから……」
 苦笑しながらそんなことを言う遼也に、僕はげんなりした。
 ……まりやにからかわれるのも、紫苑さんに僕が男だってことを忘れられるのももう慣れた。いや、そんなことに慣れたくはなかったんだけど、慣れてしまった。
 けれど、こうして旧友に言われると気力が根こそぎ奪われていく気がする。
 僕一人身構えてしまったのが、馬鹿みたいに思えた。

 あまり遅くなるわけにもいかないので、僕は少しだけお喋りしてから遼也と別れ、寮に戻った。
 半ば覚悟していたことだけど、奏ちゃん、由佳里ちゃんは勿論、一子ちゃん、さらにはまりやまで集まってきて質問攻めにあい、それが終わる頃には僕はへとへとになっていた。
 奏ちゃんが淹れてくれる紅茶が、こんなにもありがたかったことはない。感謝の余り思わず抱きしめてしまって、奏ちゃんは真っ赤になった。可愛いなあ。

 ──そんな呑気に構えている場合ではなかったらしい。

   ◇◆◇◆◇◆

 嵐は、週の終わりにやってきた。生徒会長である、厳島貴子さんの形を借りて。
「お、お姉さま? その、一つお尋ねしたいことが」
「なんでしょう、貴子さん」
 僕は答えつつ、首をかしげた。何か様子が変だな、と感じたからだ。最近貴子さんとは結構仲良くなれたと思っているんだけど、妙に話し方や動作がぎこちない。顔色もあまりよくないし、どうしたんだろう。
「お姉さまが、お、お、お、おと、おとっ……。
 おおおお男の方とお付き合いされているというのは本当の話でしょうか!?」
 正直なところ話の内容より貴子さんが心配だったので、貴子さんが何を言っているのかすぐにはわからなかった。
 わからなかったんだけど、うん。
 何か、ひどくトンデモナイことを言われたような──
「は、はい?」
「で、ですから、お姉さまが男性と交際していると──!」
「ちょ、ちょっと待ってください貴子さん! 落ち着いて話していただけませんか!」
 い、一体何の話なのさ!?
 僕はこんな姿でも本当は男だそれなのに男と付き合ってるわけないじゃないかもしそんなことしてたら正真正銘のヘンタイさんだいや待てよ女子校に女装して通うという現状からして客観的に見れば既にヘンタイさんなのだついでに言えば、今の僕はエルダーで聖應女学園全ての生徒の模範たるお姉さまなわけですると男と付き合うことも不自然ではないかもしれないわけで、
 
 そんなわけあるかーーーーーーーーっ!!
 
 心中大絶叫。
『宮小路瑞穂』として転校してきて数ヶ月。その間に身に付けた淑女としての振る舞いがなければ、もう僕の心の中なんかダダ漏れだったかもしれない。そうすると、エルダーに選ばれて常に注目に晒されてきたのもいい訓練になったということだろうか。
 いや、それは何か違う。本末転倒というか、目的と手段が入れ替わったというか、何かそういう感じの途方もない違いがある。
「す、すみません。私としたことが取り乱してしまいました。
 もう大丈夫ですので、その──お手を、お放しになっていただけませんか?」
「はい?」
 気がつけば僕の両手は貴子さんのほっそりした両肩に乗せられ、思いっきり彼女を揺さぶっていた。
 ……どうやら、全然動揺を抑えられていなかったらしい。なんか馬鹿みたいだ。
 振り回してしまったせいだろうか、貴子さんの顔が随分と赤い。
「す、すみません貴子さん。その、痛くなかったですか?」
「え、ええ」
「それで、その、僕が、何ですって?」
「それでは、ご説明いたしますわ。……コホン。
 事の発端は一人の女子生徒でした。お姉さまが男性と二人きりで喫茶店に入り、楽しそうにお話されていたのを見た、と彼女は主張しています。エルダーたるお姉さまのことですから、噂が広まるのはあっという間でした。
 おかげで学園は今、その噂で持ちきりなのです。誰も彼もが動揺したり悲嘆にくれたりと、とにかく浮ついてしまっていて手の施しようがありません。
 で、ですから、ここは私が生徒会長として、真実をお姉さまの口から直接伺いたいのです。
 お姉さま、お答え下さい。噂は本当なのですか!?」
「ええと、その……」
 折角お互いに落ち着く努力をしたのに、貴子さんは話しながらまたしてもエキサイトしてしまっていた。
 ええと、それってきっと遼也のことだよね?
 どうしよう。あまり正直に話すと問題あったりしないかな。ないかもしれないけどあるかもしれない、どっちにしろこんな急に言われたらうまく判断なんて出来ないよ……。
「す、すみません貴子さん! そのお話はまた今度!!」
「あっ! お、お姉さま!?」
 ──そんなわけで、僕はその場から逃げ出したのだった。

 なるべく人の目を避けて行動し、終業後即寮に駆け戻った。情けないことに完全に動揺してしまっていた僕は何をすべきなのかサッパリ思いつかない。
 なのでまりやが学校から戻ってくるなり部屋に引っ張り込んで、相談に乗ってもらうことにした。
「ね、ねえまりや! 僕、どうすればいいのかな?  っていうか、どうしてこんなことになってるの!?」
「んー……ごめん。それ、あたしの手落ちだ」
「えっ!?」
 まりやが歯切れ悪く説明するところによると、噂自体はもう月曜日には生まれていたらしい。ただ、それもほんの一部の生徒がこそこそ話しているくらいのことで、わざわざが自分が火消しして回るほどのことでもないとまりやは思ったのだそうだ。
 結果的にはそれが大きな勘違い。今にして思えば、『自分達の』お姉さまが男と付き合ってるなんて信じられないし、ありえないという生徒が大半だったのだろう、とまりやは言った。だから、それほどおおっぴらに語られることもなかったし、騒ぎにもならなかった。
 しかし、噂というのは尾びれ背びれをつけながら勝手に広まるもの。じわじわと浸透し、一定の真実味を持って語られるようになる。まりやが気づいた時には、もう手の打ちようがなかったらしい。
「とりあえず、その……神崎くんだっけ? 彼と話してきたら?
 流石のあたしも、色恋がどうこういう話はちょいと苦手なのよ」
「う、うん……」
「あ。なるべく聖應生に見つからないようにね」
 そんなこんなで、僕は遼也に電話をかけ、日曜に会う約束をした。
 事情説明のため、この前とは別の店で待ち合わせることに。
 ……何て説明すればいいんだろう。気が重い。

   ◇◆◇◆◇◆

 遼也が指定してきたのは、あるコーヒーのチェーン店の二階席だった。利用客はビジネスマンや大学生が中心で、間違っても聖應の生徒達が来ることはないだろうから、というのがその理由だ。
 僕は奥の席で待ち構えていた遼也に、聖應での僕の立ち位置や聖應での日々、そして現在広まっているうわさについて語った。二日たったけど、未だに何をどうしたものだかいい考えが思いつかない。
 遼也は小さく唸った。
「……妙に既視感を覚える話だな、それは」
「……ごめんね、遼也」
「ああいや、お前を責めてるわけじゃない。どうみても美少女にしか見えない今のお前を、喫茶店なんぞに誘った俺も悪かった」
 軽くため息をつき右手の指で額を揉み解しながら、遼也は言った。
 話の持っていきかた次第では、遼也にも迷惑がかかる。エルダーの地位は、思っていた以上に大変なものだったみたいだ。
「どうすればいいかな?
 僕にしてみれば友達に会っただけなのに、聖應の生徒の中では一大事になっちゃってるんだ。
 まりやからは『いっそ付き合っちゃえば?』なんてからかわれるし……」
 当初のすまなそうな顔もどこへやら。ニシシ、と笑うまりやを思い出して、僕はテーブルに突っ伏した。ひんやりとした天板が、混乱を少しだけ静めてくれるような──
 と、遼也がほうと息を吐いた。
「それは名案かもしれないな」
「───―――?」
 思わず、ぴょこんと体が跳ね起きる。
 ……なんだろう。今なんか、信じられない言葉が聞こえたような気がするんだけど……。
 名案、って。はい?
「今、何て?」
「名案かもしれない、と言ったんだが」
「……その、遼也? まさかとは思うけど、遼也って僕のこと……」
「阿呆」
 おそるおそる発した質問は、一言で否定された。遼也は露骨に呆れた目になっている。
 だ、だって……僕が男だって知ってるのに付き合おうとするなんて、そういう趣味の人なのかと思っちゃうじゃないか。
 まごつく僕に、遼也は言った。
「よく考えてみろ。
 男と付き合っているとなれば、万が一にもお前が女であることを疑う子はいないだろうよ。もしバレそうになったとしても、疑いを潰す材料の一つにはなるはずだ。
 まあ、お前のその姿を見る限り、疑う子は元々皆無だとは思うけどな」
「……あ」
「それに、いくら親しくなっても相手が女の子じゃ相談しづらいこともあるだろう。時々会って話すことを考えれば、付き合ってることにしといた方が後々面倒がなくていいだろうさ」
「ん……確かに」
 遼也の説明には説得力があった。
「ついでに言うとな。騒ぎになっているのは単純に真相がわからんからだろう。要は『付き合ってる』っていう『事実』を作って提示してやれば、騒ぎは収まるとみた。
 それでもなお追い掛け回そうとするような子が、聖應にいるとは思えないんだが」
「……いや、そうでもないんだけど。むしろ、女の子だけに噂好きな人が人が多いよ。娯楽に飢えてるんだと思う。そこへきてエルダーの交際騒動だから、かえって凄いことになるんじゃないかな」
「……そうなのか?」
「……そう」
「……まあいい。それならそれで対処しようもあるから、とりあえず付き合ってることにして説明しておけ」
 顔を僅かに引きつらせている遼也。
 いきなり説得力が落ちたなあ、なんてことを思ったのが僕の顔に出ていたらしい。彼は明後日の方向へ視線を飛ばした。
 それにしても、遼也の提案は受け入れてもいいものなんだろうか。
「でも……いいの? だって、」
「気にしなくていい。どうせ付き合ってる子なんぞおらんしな、俺は」
 遼也は僕の言葉を断ち切った。
 でも、僕は迷ってる。だって──。

 一年前。僕達は、日曜に二人で街へ遊びに出かけた。それ自体は別に珍しいことじゃない。僕も遼也も、理由は違うけど同級生の中でちょっと浮き気味なのは同じで、親しい友だちはあまりいなかったし。
 ただ、その時たまたま誰かが写真を撮っていたようなのだ。翌日の教室で貼り出された写真とその下に書かれた文句に、僕達は絶句した。

<神崎と鏑木、白昼の密会。禁じられた恋の行方は!?>

 ……僕が男だと見てもらえない容姿なのは、昔も同じだった。
 一方の遼也はと言えば、端正な、しかしどう見ても女の子とは間違えようがない顔立ちと、モデルみたいに高い身長、均整の取れた体つき。一年生の時からサッカー部のエースだったり、成績が学年トップクラスだったりで、女子生徒からの人気は抜群。にも関わらず浮いた話など一つもなく、親しくしてるのは僕だけだった。
 考えたこともなかったけど。客観的に見てみると、この悪趣味なイタズラが一定の真実味を持った噂として広まってしまうような状況が、そこにはあったのだ。
 遼也に申し訳なくって、けど噂をこれ以上刺激したらと思うとヘタに話しかけることもできなかった。
 遼也は遼也でこちらに気を遣ってくれたらしく、自然に距離を置くことになったんだ……。

 僕と遼也には、そういう過去がある。よりにもよって、カップルとして扱われ、からかわれたっていう過去が。遼也がさっき「既視感を覚える」と言っていたのは、そういうことだ。
 たとえフリだけとはいえ、僕と付き合うなんてイヤな気持ちがするんじゃないだろうか。開成時代のただ一人の親友である遼也に、こんな形で迷惑をかけたくない。
 ……だけど、ここまで騒ぎが大きくなってしまった以上、いっそそうした方が学園の生徒達から秘密を守るのがラクかもしれないのは確かだ。
 だから僕は、遼也の申し出をありがたく受けることにした。
「……うん、わかった。そうさせてもらうね。ありがとう、遼也」
「ああ。これからまたよろしく」
 遼也の笑顔は、男の僕から見ても相当にかっこよかった。女の子からもきっとモテるに違いないのに、僕の恋人役なんて面倒なことをやってくれる。持つべきものは友達、ってことなんだろう。
 僕は居住まいを正してから、深く頭を下げ──

「しかしまあ、生まれて初めて付き合う相手が実は男、ってのもなかなか複雑だな」

 ──ガツン。そのまま頭をテーブルに打ち付けてしまった。
 ……結構痛い。
 起き上がる気力も沸いてこないままの僕の耳に、遼也のクスクスという笑い声が届いた。罪悪感なんてもう欠片も残っちゃいない。
 ねえ遼也。君は一体、いつからそんなに性格悪くなったのさ?

SS『阿鼻叫喚』(乙女はお姉さまに恋してる)

 夏のとある日。その日は猛暑だった。日差しは強烈で、30℃を軽々と超えた気温は人々を苦しめずにはおかない。となれば、海やプールに客が大挙して押し寄せるのも無理からぬことである。
 都内某所にあるその巨大レジャー施設も、その例外ではなかった。
 10代、20代の若者や親子連れで賑わう、全天候型屋内ウォーターレジャーランド、ドキドキ・ザブーン。金にあかせて、巨大スライダーやら波のプールやら、様々な施設を広大な敷地にぶち込んだこの場所は、どこもかしこも若々しい喧騒に満ちていた。

 ──だが、しかし。
 そんな周囲の賑やかさとは裏腹に、不自然なほどの沈黙に支配された一角が、存在した。

   ◇◆◇◆◇◆

 喧騒は遠く、意識に生じた空白はまるで消えようとしない。
 ある者はぽかんと口を開きっぱなしにし、ある者はごくりと息を飲んだ。
 全ての意志を奪われた彼らの視線の先、一人の少女が歩いていく。
 その立ち振る舞いは優美にして高貴。思春期の少女らしさが可憐な美貌は、同時にドキリとするほどの艶を浮かべてもいた。ほっそりとした肩口から、折れそうな程に細い腰へと流れ落ちる豊かな髪が、一歩ごとにふわりと揺れる。
 この少女は本当に人間か。気紛れに地上に降りてきた天使だと言われれば信じてしまいそうなほどに、彼女の美しさは突き抜けていた。
 夏の日の雲のような真っ白いTシャツに、ごくありふれたブルーのジーンズ。そんな格好をしていてすら、彼女の品位にはいささかの曇りもない。やや広めに開いた首元から覗く、健康的な白い肌。優美なラインを描く鎖骨の艶かしさは、彼らの内のある種の情動を刺激せずにはおかない。
 常ならぬ沈黙は、唐突に終わりを告げた。
 ロッカーに荷を入れた少女が、自らの服に手をかけたことによって。
「ちょ、ちょっと待った!」
「……はい?」
 最も彼女の近くにいた青年が、泡を食って制止する。
 きょとんとした表情からは先ほどまでの近寄りがたいほどの気品が薄れ、腰砕けになりそうなほどに可愛らしい。おまけに少女は声までも完璧で、たった一言口にしただけで彼らを虜にしてしまった。
 声をかけた青年もまた、少女の魅力にノックダウン寸前であった。しかし彼は一種の使命感に駆られ、体に力を入れてなんとか立て直した。
 そうして彼は、早口で告げる。少女を直視することもできず、微妙に視線を逸らしながら。
 彼女がいるべき場所はここではない。いや、別に、こんな庶民の遊び場に来るのは場違いだから止めておけなどと言うつもりはないのだ。だが、もっと根本的な問題で、彼女がここにいるのは非常にまずかった。
 何故なら。
「ここは男子更衣室だ。女子は反対側だぞ」
 一体どこのお嬢様だというのだ。周りが男だらけなのだから、そのくらい気づいて欲しい。
 あるいは、庶民の男の視線など歯牙にもかけないということなのだろうか? たとえ本人がそれでよくても、周りが困るので勘弁してほしい。
 全く、冗談じゃない。こんなとんでもない美少女にこんなところで着替え始められたら、一目散に逃げ出すしかないではないか。
 ──それは、この場にいる男達全員に共通する認識だった。自分達の野卑な視線で汚していい存在ではない……などと、それこそ冗談のようなことを、彼らはこの時本気で考えていた。彼女の、大衆とは隔絶した高貴な魅力に、彼らは完全に参っていたのである。

 だから。

「……僕、男なんですけど」

「「「…………うそおぉぉぉぉぉぉぉっっっっ!?」」」

『彼女』が、悲哀と不満と羞恥を均等にブレンドしたような表情でそう言った時、室内が阿鼻叫喚の地獄絵図を描き出したのも、至極当然の成り行きであっただろう。

 男子更衣室を一瞬にして恐慌状態に陥れた要因たるその少女……否、少年の名は、鏑木瑞穂。
 初対面で男だと認識してもらえた経験がほぼ皆無であるという、喜劇だか悲劇だかよくわからない悩みを抱えた、鏑木家の御曹司である。
「失礼しちゃうな、もう」
 不満げに呟くその膨れっ面は、本人の憤慨とは完全に反して、やはりどこまでも可愛らしかった。

 これは、彼が『宮小路瑞穂』を名乗り聖應女学園へ転校する前年。灼熱の太陽が降り注ぐ、八月の物語。