ぐりーくらぶろぐ -19ページ目

SS『この世全ての○○』(アイドルマスター)

 俺は765プロダクションに勤めるただ一人のプロデューサーだ。
 特に目的もなくふらふらしていたところを高木社長に拾われた俺は、その恩義に応えるべく全力を持って仕事に取り組んできた。
 そう――アイドルプロデュース業に。

 そうしていくつものアイドルユニットを世に送り出し、今では業界でも一目おかれる存在となっている。765事務所もだいぶ大きくなり名を知られるようになったが、その立役者として第一に名前が挙がるのは、面映いことにこの俺なのだった。
 事務所の規模から見れば不自然なことに、うちには未だに俺一人しかプロデューサーがおらず全ユニットを俺が一手に引き受けているのだが、それも社長の信頼ゆえだと俺は解釈している。

 ……とはいえ素人のやることだ。もちろん最初はあれこれ失敗ばかりしていた。
 芸能界の持つ特殊性。世間一般から隔絶したこの世界には、テレビなどの媒体を通して見ていた時には想像もしなかったようなことがいくらでもあった。ロクな職についたことがなく、芸能界がどうとか言う以前に社会人として最低限の常識、慣例すら持っていなかった俺の苦労は、並大抵ではなかったと思う。また、犯した失敗の数々は、他の場所ならとっくにクビになっていてもおかしくない。
 そして、プロデュースする対象は、年も性格も様々な女の子たち。しかも誰も彼もがこれまでの人生でまるで縁がなかったレベルの美少女揃いとくれば、一体どう接してよいものやら……。困惑の一言では表しきれない。

 アイドル候補生たちの指導には、特に苦労した。
 最初の頃のうちの事務所は零細もいいところで、専門の指導者を雇う余裕などなかったのだ。そもそもプロデューサーからして俺みたいな素人を雇うような事務所なのだから、納得の話だった。かくして俺は、アイドルにレッスンをつけるという本来ならプロデュース業務には含まれないはずの仕事まで担当することになったのだ。
 ボーカル、ダンス、ヴィジュアルアピール……。アイドルに必要な能力はいくらでもあり、その分だけ俺の勉強量は増える。なんとか仕事を取ってこようと慣れない営業をこなす傍ら、図書館や本屋に赴いて膨大な数の専門書を読みこなし、指導の現場で試行錯誤する日々。時には候補生たち自身にダメ出しされ冷や汗をかきながら、なんとかかんとかやってきたのだ。

 ……今にして思えば、これは社長の深謀遠慮だったのかもしれない。
 レッスンすらも共にすることでアイドルたちとの強固な信頼関係を築き上げ、同時に『アイドルプロデュース』のすべてを俺に経験させる。俺がプロデューサーとして一流になれているとしたら、間違いなくあの頃の経験が生きているのだろう。
 俺はアイドルの歌の調子について今すぐにでもボイストレーナーと語り合うことができるし、ダンストレーナーの助手としてびしばし指導できる。請われれば模範として歌い踊ることだって難しくない。作曲家と曲の出来について討論することも可能だろう。

 今では指導の大半は信頼する専門家たちに任せている。プロデュースするアイドルが多くなり、本来のプロデュース業に専念しないととてもじゃないが時間が足りないからだ。
 それを寂しく思いつつも、最高の状態に仕上げられた彼女たちの歌やダンスを最初に見る栄誉を糧に、日々頑張っている。なにせ俺は、彼女たちのファン第一号なんだから。彼女たちを愛する気持ちなら、どんなファンにだって負けはしない。

 一方で、俺は彼女たちに深入りすることを注意深く避けていた。
 もっと具体的に言うなら、男として、女性としての彼女たちを見ることを最大のタブーとしてきた。
 シビアな言い方をすれば、芸能界においてアイドルとは夢の世界を作り出す『装置』であり『商品』だ。特定の誰かのためではなく、たくさんのファンのために在り続けることが、アイドルには求められる。だから、よりにもよってプロデューサーたるこの俺が彼女たちに手を出す、あるいは出したと疑われるようなまねをするわけにはいかない。
 嬉しくも困ったことに、事務所のアイドルたちは皆が皆とんでもなく魅力的な女の子なのだ(まあ当然だけどな)。で、社長と俺を除けば基本的に女所帯なので、どいつもこいつも俺が若い男であることを忘れている節がある。
 手作りのケーキを「どうぞ♪」などと言いつつ手ずから食べさせてくれようとしたり、
「今度のグラビア、こういうのどうでしょうか~?」とか言いつつ水着姿で寄ってきたり、
「へっへー。にーちゃん♪」とか言って飛びついてきたり。
 激しいレッスンの最中、「あっつ~……」などと言いつつ汗を拭こうとして、豊かさには欠けるものの十分に魅力的な胸がチラチラ見えてしまう時などは、本当にどうしてくれようかと思った。
 恥ずかしがりやで、ちょっとしたことですぐ真っ赤に頬を染める子もいて、そんな時はこっちまでドギマギしてしまう。
 自分ではやらないが、困ってる俺を見てニヤニヤとチェシャ猫じみた笑みを向けてくる子もいる。
 さらに、事務所の中ならまだいいが、外で、特に仕事先で不用意に甘えてくるのは本当に困る。女の子によっては直球もいいところで、「ハニー、ぎゅってして♪」っておい、せめて場所を選んでくれ!

 信頼してくれるのは嬉しいが、俺とて若くて健康な一人の男なのである。女子高のノリで接されるとたまったもんじゃない。煩悶する夜は少なくなかった。
 そしてこの年頃の女の子は、「男の」視線に敏感だ。たとえほんの少しでも俺が彼女たちを女として見てしまったら、以後ゴキブリを見るような目で見られることすら覚悟しなくてはならない。
 そんなわけで、この数年で鍛えられたもののうち最たるものは、男としての情欲を封印する理性なのであった。これには、俺は絶対的な自信を持っている。

 彼女たちの信頼に相応しいプロデューサーであり続けるために。
 それは、今やある種の信念となって俺を形作っていた。




 だが、
 その鉄壁の理性を持つ俺ですら、
 この衝撃には、耐えられそうにない…………っっ!!

「ど、どうでしたか? プロデューサー」
 恥ずかしいのだろう、真っ赤な顔をしてきょときょとと視線をさまよわせつつ、なんとか俺のほうを向く少女。スレンダーなその肢体は驚異的なまでの鍛錬の賜物であり、汗に濡れて光る艶やかな黒髪が、レッスンの激しさを物語る。

 ――765事務所きっての歌姫、如月千早。

「うっう~♪ プロデューサー、結構うまくいってましたよねー?」
 こちらは満開のひまわりを連想させるような、心底楽しそうな笑顔を浮かべている。小柄な身体は快活そのもので、見ているだけで周囲を元気にさせてくれる。少し高めに結ったいつもどおりのツーテールが可愛らしく揺れている。

 ――明朗快活、765事務所一の頑張り屋さんでムードメーカー、高槻やよい。

 俺がプロデュースしている、とある曲限定の特別デュオユニット。
 それを構成するのが、目の前の二人である。

 トレーナーに「振り付け、歌共に完璧に仕上がったわよ」と呼ばれ、いそいそと訓練室にやってきた俺は、二人の歌い踊る姿を数分間にわたって見せ付けられて完全に言葉を失っていた。

 一体何が俺を硬直させたのか。
 まずは「いえいっ♪」というあの掛け声。飛び跳ねる少女たちの身体、その瑞々しさ。
 初っ端からなんという破壊力だ。あれ一発で思考が完全に吹っ飛んだぞ。
 やよいの、曲の魅力を最大限に引き出す女の子らしさ溢れる声。
 千早の、普段の雰囲気からすれば意外なほどにキュートな歌いっぷり。
 そして――あの「わん、つー♪」だ。
 満面の、でもどこか照れくさそうな笑顔。しかもそれが二人分。クラリ、と視界が傾きかけた。おいトレーナー、お前俺を萌え殺す気か。してやったりと言わんばかりの表情をしやがって。
 ……よくやった。パーフェクトだ、トレーナー。

 正統派の可愛らしさを存分に発揮するやよいと、誰もが認めるクールビューティーの千早。
 まるで毛色の違う二人にユニットを組ませてこの曲を歌えば、きっと相乗効果で物凄いものが出来るに違いないと俺は見込んでいた。やよいの魅力を最高に高めてくれる曲であることはわかっていたし、ゆったりとしたバラードを得意とする千早が新境地を見せてくれれば、ファンにとっても嬉しい裏切りのはずだと大いに期待していた。

 二人の年齢もいい。
 14歳と16歳。もう子供ではない、しかし未だ大人にはなりきれていない、過渡期の少女たち。ティーンネイジャー特有の、「青い果実」とでも言うほかない不思議な色香が、決していやらしさにならないギリギリのバランスを保って曲自体の可愛らしさと絡み合うことで、男性ファンだけでなく女性ファンをも虜にすることだろうと画策していた。

 加えて彼女たちの普段の雰囲気をそのまま生かすため、あえて派手さのない、普段着に近いステージ衣装をチョイス。何かを足して飾るのではない、どこまで二人の魅力を引き出すかが、最大のポイントだからだ。
 トレーナーからも「いいものができるわよ~♪」と太鼓判を押されていたから、俺は完成を楽しみに待っていたんだ、が……。

 自分で企画したことだけど、こいつは反則だ。どう考えても反則過ぎる。まさしくこの世全ての萌え。
 この曲で一体どれだけの人が撃沈されるのか、まるで想像がつかない。
 老若男女を問わず、ひょっとしたら国籍すらも超えて人々を魅了するに違いない。

 今、理解した。
 俺は、なんてトンデモナイものを生み出してしまったんだ…………っ!!!

「ええと……プロデューサーさぁん……」
「あの、どうされたんですか?
 内心の激動を表に見せないよう最大限の努力を払った結果、俺は完全に硬直していた。さすがに不安になってきたのだろう、二人して眉をひそめ、こちらの様子を伺っている。ああ、しまったな、こんな顔させちゃプロデューサー失格だ。

 ――しかし、そんな彼女たちに俺が言えたのは、情けないことにただ一言。

「………………最高だよ、お前ら」

 史上最強の萌えを至近距離で堪能してしまった俺のHPはもうゼロだ。
 わが人生に悔いなし。あ、いや、まだ死なないけどな。でもとりあえずこの場はもう意識を手放してしまうとしよう――。

「「ぷ、プロデューサー!?」」




 ……あまりの衝撃に至福の表情でぶっ倒れた俺を、二人は大いに心配してくれたらしい。後で聞いた。
 いやあ、悪いことしたな。

 でもまあ、みんなわかってくれるだろ?
 あの二人が歌う『もじぴったん』の、筆舌に尽くしがたい可愛さを、さ。

******

<後書き>
 ニコニコ動画で千早とやよいのもじぴったん動画を見て書いたもの。
 懐かしい。

SS『こねこねこねこ』(舞-HiME)

 しとしとと降る雨。季節は梅雨、風華の地がその例外であるはずもない。
 戦いが終わって早数ヶ月。祭りの爪痕は、徐々に薄れていこうとしていた。
 そんなある日のできごと。
 静留と二人、夜の散歩に出かけた。

 なつきにしてみれば雨の中の外出なんて面倒で、できれば御免こうむりたいのだが。
「風情があって、ええと思わん?」とにこにこして誘ってくる静留を見れば、まあいいかと思えてしまうくらい、なつきは彼女に溺れていた。

 ──静留の想いを受け入れたのは、春の初め。
 二人が初めて出会ったあの時と同じ、桜の花咲く頃のことだ。
「なつきと一緒にしたいと思ってたことが、たくさんあるんよ」
 一緒に歩いていこう、そう告げたなつきに、静留はそう言って泣き笑いを浮かべていた。決して叶わぬ想いとわかっていても、「もし」を思い描くのは止められなかったのだろう。
 あの戦いで、秘めた想いゆえに壊れていった彼女を知っている。だから、静留の願いには可能な限り応えたいとなつきは思っている。それは知らず彼女を苦しめていた愚かななつきの罪滅ぼしであり──まあ噛み砕いて言ってしまえば、自分が何かすることで静留の喜ぶ顔が見られるならなんだってやろうという、シリアスに見えて単なる惚気に近い思考だった。

 ──が。
 問題は、それ以来舞い上がった静留のアプローチが……なんというかこう、実に乙女チックな方向に炸裂していることなのだった……!(いくらなんでも、相合傘なんてベタなマネができるかっ!!)
 それは、少し想像するだけで恥ずかしさが(なつき的に)限界を超える所業である。無言の笑顔でおねだりしてくるのに気づかないふりをするのは、結構な苦労だった。
 自分の傘を引っつかんで玄関を出るなつきの後ろで、「んもう。なつきのいけず……」とか呟いているのなんて聞こえない。聞こえないと思わせておいてほしい、となつきは切に願ったのであった。

 閑話休題。

 散歩は存外に楽しかった。なつき自身はまだまだ人と話すのは得意でないが、静留はなんといっても話し上手で聞き上手だ。絶妙なタイミングであれこれと話題を振っては、なつきが話すのを聞いてにこにこと微笑んでいる。
 そうして二人でおしゃべりしている最中、
 ──にゃあ
 何かの鳴き声が、聞こえた気がした。
「……ん?」
「どうしたん、なつき?」
「ああ、いや。なんでもない」
 思わず足を止めてしまったが、特にはっきりとした意志でそうしたわけではない。自然、静留への答えも曖昧なものになる。
 しかし、何だったのだろう。猫のように思えたが、この天気に外でにゃあにゃあ鳴いているというのはちょっと考えにくい。となると、単なる空耳だろうか。
「なあ、なつき」
「なんだ、静留」
 呼ばれて視線を戻すと、静留は耳をすますような仕草を見せていた。
「今、猫さんの声が聞こえた気がするんやけど……」
「……お前もか」
 二人して聞いたというなら、それは確かに存在するのだろう。静留と二人、顔を見合わせた。
「少し、探してみよか」
「ああ」
 先ほどまで静留との会話に向けていた意識を、外に向けた。すると、雨の音に邪魔されながらも確かに猫の声が聞こえてくる。
「どこやろ?」
「多分、この先だ」
 深優がこの場にいれば、たかが子猫、しかも人間の耳で鳴き声が拾えるくらいの範囲にいる個体の居場所くらい、不必要なまでに正確に割り出してくれただろう。
 なつきも静留も耳は十分にいいのだが、残念ながら──というか、当然ながら──そんな化け物じみた聴力を備えているはずもない。小雨とはいえその音にも邪魔をされる。加えて、重たく垂れ込める暗闇。探索は少々手間取ることになった。決死の覚悟で、というならともかくちょっとした思い付きで探しているだけなのだから、当たり前といえば当たり前の話である。
 だが、数分後。鳴き声の発信源を見つけたなつきは、なぜもっと早く気づかなかったのかと己を責めた。
 差していた傘を思わず放り出して駆け寄った彼女の行く先。
 か細い鳴き声は、ガムテープで封をされた小さな段ボール箱から発せられていた。

   ◇◆◇◆◇◆

 到底雨具にはなりえない箱の中、びしょぬれでグッタリしていた子猫は、しかし人に抱かれるのが嫌なのか精一杯暴れて抵抗しようとした。
 とてもじゃないが傘なぞ持っていられないので、自分の傘は静留に預け、二人で一つの傘に入る。結果的に相合傘になってしまったのに気がついたのは、妙に嬉しそうな静留を見てからだった。緊急事態なんだからと自分に言い聞かせながらも、照れと恥ずかしさは抑えられない。
 そうして、周りからの視線を(なつきだけが)気にしながら急ぎ足で歩くこと数分。ようやく(となつきは感じていた)、二人はなつきのマンションに戻ってきた。
 子猫は大分おとなしくなっている。なつきに慣れたのもあるが、むしろ抗う力すら残っていないという方が大きいように見えた。
「まずいな、早く体を拭いて、温めてやらないと……」
「なつき。タオル持ってきたえ」
「ああ、すまん」
 なつきは、一足先に上がった静留が持ってきたバスタオルで子猫を柔らかくくるんでやり、居間へと運んだ。そして、その小さな体を丁寧に拭ってやる。
 と。
「どうした、静留」
 暖房のスイッチを入れた静留が、なつきの側に寄ってきてじいっと子猫を眺めているのだ。いつもなら、さっき濡れたなつきの髪を甲斐甲斐しく拭いてくれているところなのに。
 静留は「ん~」と生返事をしながら手を伸ばし、
「にぎゃあぁぁぁぁぁぁっ!!」
「あら。女の子なんやね」
「お、おい、静留! その、いくらなんでもそんなに大股開きにするのは……」
「あん」
 慌てて手を離させると、子猫はどこにそんな力が残っていたのかと思うくらいに素早く逃げ出し、なつきの陰に回りこんでしまった。そのままフーッ! と唸り、静留を威嚇する。ぶっちゃけ可愛いだけだったが。
「嫌われたもんやねえ」
「あのなぁ……」
 それぞれ意味の違う苦笑を滲ませながら、子猫を世話する二人であった。

   ◇◆◇◆◇◆

 そこから先は、まるでジェットコースター。
 無理に体を動かして疲れてしまったのか、再びぐてっと子猫が倒れたのに焦り、慌ててヒーターを引っ張り出してきてスイッチを入れたり。
「ミルク、電子レンジで少しあっためてきたけど。こんくらいやろか?」
「ん……大丈夫そうだな」
 人肌に温めた牛乳を用意して飲ませてやったり。
「なつき? その子、お風呂入れんでええの?」
「ああ、そうだな。猫は大抵嫌がるものだが……これだけ濡れて冷え切っているなら、入れてやった方がいいかもしれんな。よしお前、一緒に入るぞ!」
「ふにゃあぁぁぁっ!」
 二人と一匹で一緒にお風呂に入ったり。
 来たときとはどうやら別の意味でぐったりしてしまった様子の子猫を抱き上げて、なつきはベッドへと向かった。静留と二人、横になり、間に子猫を座らせる。なつきも静留も寝相は良いので、潰してしまうことはないだろう。
 子猫は何やら暴れようとするのだが、静留が何気ない手つきで喉やら頭やらを撫でてやると、ふにゃっと力が抜けへたり込んでしまう。その様子に既視感を覚えたなつきは、どこで見たんだろうと考えこんだ。
 そして、閃いた。
 見たのではない。とんだ勘違いをしていた。
 それは、なつき自身が幾度となく身をもって体験した、静留一流の妖技に相違ない……!!
(静留のアレは、相手が人でなくても有効なのか……)
 どんな顔をすればいいかわからない気分を、なつきは存分に味わった。あまり嬉しくなかったが。
「あら、どうしたんなつき? えらい微妙な顔してはるけど
「うっ、うるさい! お前はそいつを撫でてろ!!」
 叫んで布団の中に緊急避難。静留に見つめられただけで、己の肌をつたう指先の感触がまざまざと蘇り、結果一気に顔に血が上ってしまったのだった。
 何を恥ずかしがっているのか思い当たったらしい静留が、くすくすと笑っているのが聞こえた。

   ◇◆◇◆◇◆

 子猫を撫でながら、ふと、寂しげな微笑みを浮かべた静留。
「どうした、静留」
「ん──何でもあらへんよ」
 静留としては、それで終わりにするつもりだったものらしい。でも、なつきは続きを促した。
 想いを溜め込むのは、静留の悪いクセだと思っていたし。
 その想いを受け止めるのは自分だ、と誓ってもいたから。
 静留はゆっくりと、言葉を零す。
「叶わん夢やけど。もしうちらに子供ができたら、こんな風に一生懸命お世話してあげるんやろうな、て思うたら……ね」
「静留……」
「うにゃぁ……」
 自分達は女同士で、だからどれだけ愛し合っても子供だけは望めない。静留がそのことをどれだけ気にしているか、なつきはよく知っていた。普通に男性に恋をして、普通に結婚して、普通に幸せな家庭を築く。なつきからそんな未来を奪ってしまったと、静留は自分を責めている。
 自分で選んだ道だと、静留がいてくれればそれで十分なのだと、いくらなつきが言ったところで、静留が罪悪感から解放されることなどないのだろう。それがわかるだけに、なつきは歯がゆく思いながらも黙り込むことしか出来ない。

 ……と。子猫が、ペロっと静留の手を舐めた。
 妙に神妙な様子で静留の顔を見つめ、みゃう、と小さく鳴く。
 二人の強張った表情も、それでうまい具合にほどけてくれた。重くのしかかっていた空気が消えていく。
「あら。なぐさめてくれはるん?
 あんた、優しいなあ」
「ふふ、そうだな。随分とお転婆な猫だと思ったが、なかなかいいヤツじゃないか」
 なつきも手を伸ばし、そっと頭を撫でてやった。先ほどまではやたらと拒絶されていたのに、今度は目を閉じてスムーズに受け入れてくれている。
 沈んだ雰囲気を払ってくれたこの子猫に、感謝を込めて。
「「おやすみ……」」
 示し合わせたわけでもないのに二人の言葉は重なって。
 なつきも静留も、クスクス笑いながら眠りについたのであった。

   ◇◆◇◆◇◆

「う……」
 なつきが目覚めると、部屋はまだ暗かった。季節柄朝日が差す方が稀であるとはいえ、この暗さはどうやらかなり早い時間のようだった。
 となると、まだ静留も目覚めていないかもしれない。よし、静留の寝顔を見る滅多にないチャンスだ。
 半ば眠ったままの意識で、普段なら絶対考えないようにする類のことを企みながら、隣に寝ている静留へと手を伸ばす。
 かろうじて開いた目に映るのは、愛する彼女のいつもと同じ、……同じ……紅い……髪…………?
 なつきは不満げに息を洩らした。
 静留のヤツ、いつの間に髪を染めたんだ。しかも、大分短くなってる。なんてもったいない事をするんだ、せっかくキレイだったのに。だいいち、染めたりなんかしたら髪が痛むじゃないか。
 ──なんてことを思う彼女の理性は、多分平常時の1割くらいしかまともに動いていなかった。
 そして、ごちゃごちゃと考えたことが刺激になったのか、ようやく普通に働き出す。
(……ん?)
 何かがおかしい。そう思い至った次の瞬間、なつきはカッと目を見開いた。眠気なんぞ、一瞬で吹き飛んでいる。
 ──自分と静留、二人の間に、一人の少女の姿がある。
 寝苦しかったのだろう、掛け布団が少々はだけられてあらわになった曲線は、少女からオンナへと変わりゆくまさにその途上。瑞々しい中に艶かしさが見え隠れする、思春期の少女のものだった。
 真白い肌が、目に眩しい。
 どこか安心したような、強張りの抜けたその顔を、この距離で見間違えるはずもない。
 この少女は、誤解のしようもなくなつきと静留共通の知人。
 色々と因縁があったものの今では和解し、それなりの交流をしている結城奈緒に違いなかった。

 それはいい。それはわかった。

 ──それで、だ。
 その奈緒がどうして、
 私の隣に、
 全裸で寝ているんだ──!?

「のわあぁぁぁぁぁぁっ!?」

 思わず全力で悲鳴を上げた。だって仕方がないだろう。拾ってきた猫を間に挟み、静留と二人穏やかに眠りについた記憶しかないのに、なんだって奈緒がここにいるのだ。
「ん……」
「うるっさいわね……なんなのよ」
 なつきの声があまりにも大きすぎたらしく、寝ていた二人も目を覚ました。
 上品に目元を拭う静留。
 体を起こし、くあぁ……っと伸びをする奈緒。かけていた布団が滑り落ち、なめらかな肢体があらわになる。
 そして、状況を把握した。
 ……して、しまった。

 間。

「……あら☆」
「いっ……イヤあぁぁぁぁぁっっ!
 みるな、みるなったらみるなーーー!!」


 ええもの見ましたわ(はあと)、な感じに漏れた静留の声。それで数秒間の自失から回復した奈緒は、物凄い早業で布団を体に巻きつけ、涙目になって絶叫した。
 真っ赤になって怒るその姿に、静留は瞳をキラキラさせている。何やらツボに入ったらしい。恋人のなつきが側にいるというのにずいぶんな反応だが、
(かっ、可愛いかもしれん……)
 なつきはなつきでちょっとときめいていたので、どっちもどっちであった。

   ◇◆◇◆◇◆

 隙あらば撫で回そうとする静留を抑えつつ、散々なだめすかしてなんとか奈緒を落ち着かせたなつきは、ここ最近感じたほどのないほどの疲労を溜め込んでいた。
「ふう……。それで、奈緒?」
「な、何よ」
「あー、一体どうしてこんなことに?」
 HiMEとなった時からまともな常識は破壊されている。人が猫に変じていたり、それが元に戻ったりしても、驚きはするがそれだけだ。
 だが、奈緒に猫に変身する趣味があるとも思えない。そもそもそんな力があるはずがない。一体誰の仕業なのか、なつきならずとも気になるところだろう。……静留はどうでもよさげだったが。
 静留をバリバリに警戒し、常になつきを盾にしながら、奈緒は話し出した。
 それによると、彼女は凪にイタズラで呪術をかけられたものらしい。何かを企んでいるようだったが、奈緒にはわからなかったそうだ。
 とにかくいきなりやってきたと思ったら猫にされ、呆然としているうちにすっげー楽しそうな凪にダンボールに詰められ、
「ここにいれば、きっとなつきちゃんたちが拾ってくれるからさ。安心してね、奈緒ちゃん♪」
 そう言われて初めて我に返ったのだが、もう遅かった。
「濡れるし寒いし力が弱すぎてダンボールは破れないしで、もう必死こいて叫んでたんだけど、誰も気づいてくれなくて。そしたら、あんたらが来たってわけ。
 ……ああ、思い出したらまた腹立ってきたっ! アイツ、次会ったら絶対殺す……!!」
 この上なく嫌そうに、奈緒は回想を終えた。

 凪のヤツは、ひょっとして最初からこうなることを計算していたのだろうか。なつきはそう思った。
 実際、奈緒は、普通の猫であると思った自分達(主に静留)に散々いじくりまわされることになったわけだし。いかにもイタズラ好きのヤツ好みの展開だ。基本的に観察者のクセに何を考えてこんなことをしたんだか知らないが、どうせロクな理由じゃないのだろう。奈緒は巻き込まれただけだ。
 なんかもう、思いっきり哀れみのこもった目で見つめてしまうなつき。
 ……彼女の視線の先には、音も立てず、気配すら遮断して奈緒の背後を取った静留がいる。

「うひゃぁぁぁぁぁぁっ!」
「つーかまーえた♪」
「あ、あんたいつの間に!?」

 文字通り跳ね上がる奈緒。
 なんとか抵抗しようとするも、抱きしめられ頬擦りされて、剥き出しの肩まで真っ赤になっている。力が入らないらしい。
(無理もあるまい。静留は、うまいからな)
 一人若干壊れ気味の思考でうなずくなつき。そんな彼女を余所に、静留の『攻勢』は続く。
「結城さん、昨日はなぐさめてくれはって、ほんとおおきに。
 うち、嬉しかったえ?」
 すりすり。
「あれは気の迷いよ! とっとと忘れ──ひぁっ!?
(あ、ナニかされたな)
 なつきは見物に徹することにした。こうなった静留を止めるのは危険だ。この二月で、そのことは文字通り身にしみて理解している。奈緒には悪いが、耐えてもらおう。

 ──それに。
 なつきには、静留に攻められ、羞恥に頬を染める奈緒の姿が可愛らしくもあったのだ。

「こっ、コラ玖珂ぁっ! 見てないで助けなさいよこの人でなし!!」
「──さて。それにつけても、凪のヤツは一体何を考えていたんだかな」
「無視すんなこらっ!」
「つん☆」
「んあぁっ!」
 妖しげな喘ぎ声、というかはっきりと嬌声が交じり始めたその悲鳴を受け流し、明後日の方向へ視線を向けるなつき。
 そのこめかみには、一筋の汗が伝っていた。かもしれない。

   ◇◆◇◆◇◆

「くくくくく……。あは、あはははははははっ! な、奈緒ちゃんもうサイコーっ!!」
 その頃凪は、なつきの部屋の様子を細大漏らさず観察し、腹を抱えて笑い転げていた。
 明け方に奈緒の変身が解けたのは偶然でも何でもない。彼がタイミングを計って術を解いただけの話である。
 ようやく発作がおさまりつつある彼は、懐から一冊の本を取り出した。
「いやー、堪能した堪能した。
 これはぜひともこの『裏風華学園史・第三章』に記録しておかないとなあ♪」
 もちろん彼が最初からそのつもりだったのは言うまでもない。たまには自分から動いてみたくなった、お茶目な少年・凪であった。年齢不詳だけど。
「まあでも、奈緒ちゃんにとってはいい機会だと思うよー?
 なつきちゃん達と仲良くしたいって気持ちが結構見え見えなのに、意地張っちゃってさあ。ほんとテレやさん。あ、違うか。ツンデレ、って言うんだっけ、こういうの」
 延々と独り言を続ける凪。傍から見るとかなり不気味なのだが、本人はわりと意識してそういう自分を演出しているのだった。
 そろそろ潮時か、と考えた彼は、立ち上がってぐうっと伸びをした。
「そんなわけで、折角だから楽しんでね、奈緒ちゃ……」
 ──その時。
 笑顔で遠見の術を解こうとした凪の表情が、凍る。
「え、ちょ、静留さん? 相手中学生だよ? なつきちゃん側にいるんだよ? そんなことまでヤっちゃうの!? えっと、仕掛けといてなんだけど、いくらなんでもそれはまずくないかな。
 ってうわ、え、いや、これは、うそ、うわぁ……」

   ◇◆◇◆◇◆

 ……彼がその時何を見たのかは、定かではない。
 後に舞衣が発見した『裏風華学園史・第三章』にも、その様子は一切書かれていない。
 ただ。
 その後静留がなつきに対するのと同じレベルで奈緒にも構いたがり、奈緒が以前にも増して静留を避けるようになったのが、一つの事実である。

「あ、あたしまでアブノーマルに引き込むんじゃないわよーっ!!」

 なつきが哀れみを込めて見つめる先、奈緒の魂からの絶叫が、風華の地にこだました。

SS『旅立つ日』(舞-HiME)

 戦いは終わった。理事長先生の力で、犠牲になった人たちも戻ってきてくれた。傷つけあった記憶はそう簡単には消えてくれないけど。それだけに、帰ってきた平和な日常が、とっても愛しい。
 もちろん拓海も生き返った。そのことを知りあの子の姿を求めて走ったあたしは、いざ見つけた時、拓海が困った顔をするのも気にせず思いっきり抱きしめて大泣きしてしまった。
 復活したその場所が、家に戻っていた晶くんのすぐ隣だったというのは正直寂しかったけど。今まで拓海のことにかかりっきり……と言うかべったりだったあたしとしては、姉離れしていく弟を見てるのは正直フクザツ。
 でも、きっとこれでいいんだと思う。蝕の祭りという異常な事態の中ではあったけど、あたしも拓海も一番大切に思う人を見つけた。その気持ちに素直になることの大切さを知った。そしてその上で、あたしと拓海がお互いを大事に思ってる気持ちには変わりがないんだから。
 あたしも、この新しい姉弟関係を受け入れていこうと思う。

 復活したといっても、あくまで元に戻っただけのこと。拓海の病が消えてなくなったわけじゃない。あの時話した通り、拓海はアメリカへ渡って手術を受けることになった。
 以前じゃ絶対に考えられないことだけど、着いていくのはあたしじゃない。
「晶くんと一緒に行こうと思うんだ」
 拓海がそう言った時、あたしは笑って承諾した。

 そして今日は出発の日。二人の旅費は新たに理事長となった二三さんがご好意で貸してくれたので、あたしが無理に頑張る必要はなくなった。
「いってらっしゃい、拓海。元気になって、帰ってきてね!」
「うん」
「晶くん。向こうでは、拓海のことよろしくね。あなたに任せる。
 いい機会だし、あたしも弟離れできるように頑張るわ」
「……はい!」
 うなずいて、拓海との軽いアイコンタクト。ほとんど意識すらしてなさそうなその自然さがニクいニクい。そんな晶くんを見ていると、この子なら大丈夫だと安心できる。
 あの戦いの中で、あれだけの絆を見せつけてくれた二人だ。なんにも心配していない。少し先の話になってしまうだろうけど、きっと二人揃ってまた元気な顔を見せてくれるはずだ。

 ──でも、そうした安心とはまた別に。
 それだけじゃなくて……なんていうか、うん。
 先輩としてそれはあんまりなんじゃないのとは思うんだけど。
 晶くんという子は、知れば知るほど構いたくなる。
 ぶっちゃけ今のあたしは、晶くんをつついてみたくて仕方がなくなっているのだ。

 そろそろ出発時刻が迫っていることもあり、二人は飛行機に乗り込もうとしてる。
 これはチャンスだろう。
 あたしは、晶くんを手招きして呼んだ。
「あ、そうそう晶くん。一つだけお願いしておきたいことがあるんだけど、いいかな?」
「あ、はい。何でしょう」
 目をぱちくりさせてる晶くん。そんな彼、じゃなかった、彼女の耳元に、なるべく真剣な顔つきを保ったまま口を寄せていく。


 そうして、一言。爆弾を投下した。


「──襲っちゃだめだよ♪」


 間。


「なっ!? ななななな、何言ってんだアンタ!?」

 あ、敬語が吹っ飛んだ。他愛もない冗談に、ほんとに慌ててる。
 一瞬で真っ赤な顔になって飛び退く晶くん。
 ふふ。顔がほころんじゃうのがわかる。
 普段はクールに振舞ってる子が、ちょっと色恋沙汰について話を振られただけで人が変わったように落ち着きをなくす。ああ、やみつきになりそうだ。千絵やあおいがいつか言っていた「萌え」って、つまりこういうことなのかもしれない。
「あはは。晶くんってほーんと、可愛いよねえ。ね、拓海?」
「うん」
 ついでに拓海もからかってみようと話を向けたら、ためらいどころか照れすらない、満面の笑みで答えてくれた。
 うわー。これはちょっと予想外。たくましくなったね、拓海。ごちそうさま♪
「っ!!!!
 お、お前ら! 姉弟揃って何考えてんだよ!
 ほ、ほら。行くぞ拓海!!」
「あっ、晶くん……」
 首筋まで赤く染めたまま、怒ったような顔で拓海の腕を取って引っ張っていく。そんな晶くんに、あたしはよろしくねーと手を振った。
 どうやってなだめようかと困ったような顔をして、それでも笑って手を振ってくれる拓海。
 うん。いつぞやの悲壮感がウソみたい。きっと手術は成功すると、あたしは信じられた。

   ◇◆◇◆◇◆

 展望台から、二人の乗った飛行機を見送ったあたしは、あらためて彼らについて考えてみる。
 見た目だけだとほんとに変なカップル。
 線が細くて頼りない感じの、男らしいとはお世辞にも言えない我が弟、拓海。
 女の子なのに男の子のふりをし続けてきたせいですっかりそれが身に染み付いちゃってて、拓海よりもよっぽど男の子らしい晶くん。
『男の子同士』が大好きな子達にとってみれば、格好の標的だった。いや、晶くんが「彼」じゃなくて「彼女」なんだと知れた今になっても、それはまだ過去の話にはなっていない。
 どっちが攻めでどっちが受けだのと、ああもう頭の痛い。

 ──けれど。
 自分がとことん弱いからこそ、いつしか包み込むような優しさを備えるに至った拓海と。
 幼い頃から忍者として、HiMEとして鍛えられ、守られることを知らないまま育った晶くんは。
 やっぱり、最高に相性がいいんだと思う。
 生まれたときからの付き合いのあたしでさえ、拓海の隣にいる人間としてまず最初に思い描くのは晶くんなのだ。二人の組み合わせは、もうそれくらいに自然なもの。
 羨ましいなあと思ったりもする。あたし達も、そんなふうに見られるような仲になりたいなあ、なんて。
 そうして浮かんできた誰かの顔を、恥ずかしさから強引にかき消して、あたしは駆け足で展望台を後にした。