【88】視線の先には | 〈 追 憶 の 向 こ う 側 〉

〈 追 憶 の 向 こ う 側 〉

筆者のリアル体験物語。「社内恋愛」を題材にした私小説をメインに、創作小説、詩を綴っています。忘れられない恋、片思い、裏切り、絶望、裏の顔―― 全てが入った、小説ブログです。


仕事に没頭した。
急ぎの用件は無かったが、先の納期の受注まで見直したり、ずっと溜めていた雑用を処理したり。
次々に起こる出来事から、気持ちを離したかった。

そうは言っても、この狭い会社の人間関係が絡み合っているのだから、関わった誰かに必ず会ってしまう。
会ってしまっては、気持ちを切り離すのも、無心になるのも難しい。特に、物事をあれこれと考え込んでしまう、私の性格としては・・・。


「椎名さん、ちょっといいかな?」


ふいに、右横から女性の声がした。
机の引き出しを開けたり、下を向いてゴソゴソとやっていた私は、返事をする前に顔を上げて右に向いた。

・・・そこには、田浦さんが立っている。


「え・・・ あっ、はい。何ですか?」


滅多に話すことのない田浦さんに声を掛けられて、動揺をしない方が難しい。
どうにか表情を作って、彼女を見上げる。


「あのね、先月の売り上げの――・・・」


経理で使う、印刷された売上データを一枚抜き出して持ってきていた。
私の受注ミスで、数字が少し狂っていたようだった。

ここは会社で、今は仕事中で・・・。
仕事中にいきなり、彼との事を大勢の前で切り出して来るはずもないのに、身構えてしまった。
動揺の上に焦って・・・胸が痛いくらい。


「――すいません。すぐに訂正します」
「うん。お願いね」


落ち着いた声で言うと、紙を私に手渡した。

彼女の去り際、ふと目を上げると、岩田さんと田浦さんの視線が合っていた。
互いを視線で追うような、無言で何かを交わすような視線。そんな二人を見たくなくて、顔を背ける。

同時に、周囲から視線が注がれていることに気付いた。
さすがに、もう・・・居た堪れない。

私は立ち上がると、丁度目についた、一課専用の不要書類ボックスを取り上げる。
“不要書類ボックス”とは、廃棄処分が必要な書類を入れる箱で、ある程度溜まったら、事務の誰かが裁断機へと持って行く事になっていた。

事務員の誰かが・・・といっても、大ベテランの中井さん以外の誰かだが、大体が私か多部井さんで行っていた。


「倉庫に行ってきます」


裁断機は、一階倉庫の片隅。
立ち上がり、廊下への扉へと歩きかけて・・・


「椎名くん!」


加藤さんが、元気に駆け寄ってきた。
私の様子を気にして、わざと元気よくしてくれているのだと判る。
左腕に飛びつくような勢いで、抱えていた箱が揺れる。


「落ちるってば・・・!」
「かなりの量じゃん。私も行くよ」
「一人で大丈夫だよ。私、ヒマだしさ」
「あー・・・ だよね」


加藤さんが、そっと一課へ振り返る。
岩田さんに目を向けて、


「どういうつもりなんだろうね」
「さあね・・・。私が知りたいよ」
「でも、そんなにいい男かなぁ~」


良さが全然解らないという言い方に、私は小さく笑ってしまった。
一緒に廊下へ出ようとしたところで、加藤さんに声が掛かった。取引先からの電話に、渋い顔を見せる。


「えー、またぁ? 椎名くんと行こうと思ってたのに」


電話を取り次いでくれた多部井さんに振り返り、面倒くさそうに言っている。
ついさっきまで、心が小さくなっていたのに、私はもう笑っていた。
元気な人っていいな・・・。その明るさで、心を救ってくれる。

ブツブツと言いながら、電話に手を伸ばす様子を、笑顔で見ていた。




・「この人誰?」と思ったら → 登場人物
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