【81】無 視 | 〈 追 憶 の 向 こ う 側 〉

〈 追 憶 の 向 こ う 側 〉

筆者のリアル体験物語。「社内恋愛」を題材にした私小説をメインに、創作小説、詩を綴っています。忘れられない恋、片思い、裏切り、絶望、裏の顔―― 全てが入った、小説ブログです。


引越しの話が出てから、約一ヶ月。
もういい加減、引っ越しも済み、落ち着いていても良い頃合いだろう。

しかし、岩田さんからはプライベートの連絡が一切無い。
会社では仕事の話しかせず、デートは一度も・・・。

いい加減に痺れを切らした私は、席を立ち廊下へ出た彼を追いかけた。
社内で何度か、楽しそうに話す岩田さんと田浦さんを見たことがある。私と付き合い始めの頃や、その少し前に見せていた顔だった。
今、彼に背後から声を掛けたところで、以前のような表情が返ってくるなど、思ってはいない。・・・でも、ほんの少しの期待は持っていた。


「岩田さん!」


呼びかけに返ってきたのは、溜息まじりの怠そうな視線だった。
彼の目からは、“面倒くさい”と読み取れる。

足を止め、振り向いてくれただけマシだったのかもしれない。


「なに?」


苛々とした口調で、用件を急かしてくる。
すぐには言葉が出て来なくて、もごもごしてしまう。


「用事、ねえの?」


本当はあるのに、それを言ったら、聞いたら怒られるのではないかと、怖さが半分あって、なかなか出てこない。
私の様子が、彼を更に苛立たせたのだろう。

無言で私に背を向けて、階段の方へと歩いていく。


「・・・!・・・ あのっ、引っ越しは終わったの?」


階段を下りる彼に、一言だけを投げかける。
しかし、聞こえなかったのか、無視するように行ってしまった。

聞こえないはずはない。

私、いつの間に、無視されるほど、疎ましい存在になっていたんだろう――。




・「この人誰?」と思ったら → 登場人物
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