亀岡~馬堀間を往く森の京都QRトレインとKYOTO SANGA TRAIN
馬堀駅を出て西へ進むと小さなガーダー橋とその先に踏切が見えてきます、
馬堀~亀岡間、西川踏切、
JR西日本共通の銘板デザインですがいつも見慣れたNo.○といった駅間何カ所目かのカウントが入っていません。
これまで記録した銘板を確認してみると
関西本線では単線非電化区間、複線電化区間(大和路線)ともに、またかつて同線の支線扱いであった阪和線でもNo.○が記されていますが、
嵯峨野線や京都線では何カ所目かの明記がありません。
南北で区分けされているのか、どこが有無の境界線なのか気になるところです。
そんな西川踏切から少し離れた位置から、
下り亀岡行き普通R202編成2巡目、
上り京都行き普通R02編成、駅で見た森の京都トレインの折り返し、
下り快速園部行き、阪和線帯のRS57編成2巡目、
上り快速京都行き、221系K15編成折り返し、
京都方先頭はダブルパンタ仕様、これまで散々見てきた221系ですが前パンを見るのは新鮮です。
下り普通亀岡行きR203編成2巡目、
上り普通京都行き、折り返しのR202編成、上りでは223も前パンに
下り特急きのさき7号、287系FA06編成、
そしてこの日4つめのターゲット、
上り特急まいづる8号+きのさき14号、
FC04編成+FA04編成が定刻より約15分遅れで通過、遅延情報などを調べながらかなり遅れているのかと少し不安になったところに登場、
前は普通の287ですが
後ろのきのさきFA04編成がKYOTO SANGA TRAIN(京都サンガFCラッピング)
323系試運転の日に山崎駅で見たのと同じ組成、
サイドには中間2両に森の京都、うしろ2両に海の京都の文字が、
(京都府観光協会HPより引用)
海の京都は日本海に面した北部の丹後エリア、
森の京都は総面積の74%が森林という丹波エリア(全国平均の67%よりも多い)、
お茶の京都は宇治茶など全国的に茶処として名高い山城エリア、
サンガトレインは山城エリア(JR奈良線および関西本線単線非電化区間)は走らないので森と海だけになっています。
そのあとこの日3巡目の下り森の京都の折り返しが来たところで
駅に戻ります、
踏切の名前にもなっている保津川の支流である西川を渡る小さなガーダー橋、
この位置で真横から写しても面白そうです。
併走する市道に架かる橋の名前は新西川橋、
駅前のロータリーまで戻ってきました。
明智光秀ゆかりのまちとあります、
唐櫃越え、本能寺の変の際に光秀の別動隊が辿ったといわれる道、
北から順に明智越え、唐櫃越え、老の坂越えの3つのルートをそれぞれ光秀本隊と別動隊2隊に分かれて進軍したとされています。
それより以前にも足利尊氏の六波羅攻めにも使われるなど都に向かう要衝としてたびたび歴史の舞台になっているところ、
近代に入ると亀岡周辺は太秦からほど近いこともあり時代劇のロケ地としてよく使われたといいます、
つい最近では一昨年話題になった侍タイムスリッパーで使用されたロケ地が何箇所かここから近いところにあり、列車撮影も兼ねてまたいずれ訪れてみたいと思っています。
駅の入口のところまで来ると
派手な紫色の郵便ポスト、
「亀岡市は京都サンガF.C.のホームタウンです」
厳密に言うと現在京都府内全市町村がホームタウン扱いなのですが、ひと味違うのはここにはホームスタジアムがあること。
ひと駅先の亀岡駅のすぐ近くにサンガスタジアムbyKYOSERAがあります、これまでたびたび見てきたサンガトレインは海の京都/森の京都の観光PRだけではなく、京都サンガF.C.のホームゲームの送迎の役割も果たしています。
ボールを蹴っているのは市の公式キャラでその名も明智かめまる、亀は長寿といいますが天正生まれで光秀の家来(設定)なのだそう。
駅の中にも京都サンガFCの棚、
再び改札を入って駅のホームへ、
普通亀岡行き、221系4連K15編成3巡目、
さっき踏切で見た森の京都、3度目の折り返しでは1両ずつサイドラッピングも、
こうやってまじまじと見るとなんだか朱塗りの重箱のようで手の届かない高級おせち料理を思い浮かべてしまいます。
287系FA04編成KYOTO SANGA TRAIN、はしだて7号+まいづる7号、
山を背に弧を描いて駆け抜けてくる鮮やかな紫、山紫水明パープルサンガ、
後ろ3両のまいづる号は白無地のFC04編成、いつか7両すべて紫になるFC02編成とのカップリング編成にもお目にかかりたいものです。
上りで遅れが出ていた当編成でしたが京都からの折り返し下りではきっちり定刻通りに来ました。
サンガF.C.ラッピングが通り過ぎたところで速やかに跨線橋を渡って上りホームへ
次に来た普通列車で京都まで、そこからはいつもの新快速に乗って帰りました。
瑞風、丹後の海、サンガトレイン、森の京都と当初の目標を達成、
嵯峨野線ならではの4種の列車を無事記録することができました。



















































