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黒田清輝『摘草』1891年、三菱一号館美術館。Kuroda Seiki, Gathering Herbs, 

1891, Mitsubishi Ichigokan Museum, Tokyo. ©Wikimedia.

 

 

 

 

 



 

【53】 「天壌無窮」対 近代的「時間の専制」

 


 分刻みの近代的「[時間]によって管理され、〔…〕時間]を能動的に管理することもできる自立的な経済主体の形成は、明治日本の国家事業であり、〔…〕「一身独立して一国独立する事」 (『学問のすゝめ』)と福沢諭吉が謳った[独立した個人]育成の」《啓蒙》主義思想も、明治政府の近代化方針「から、さして隔っ」たものではありませんでした。

 

 「ただ、人は物理的時間そのものから「独立」することは不可能であり、〔…〕それを自己の意図や欲望に」合わせて「主体的に管理」することができたとしても、「依然として[時間の支配]に従属している」ことに変わりはない。その矛盾のために〈近代人〉は、人格の統合が脅かされる危険に絶えずさらされている。そこで、「たとえ仮初のものであれ救済の避難所を用意しておくことが、」近代化政策を推し進める国家にとっては必須の社会政策措置となるのです。いわば、〈「効率」のみを求める「時間の専制」〉からの避難所:「そこでは「時間の支配」がいっとき〔…〕弛み、その専制から解放されたかのごとき幻想を人々が享楽でき」る「精神と身体のアジール」を、国家は人々のために用意しなければならない。

 

 近代化政策を進める国家の下では、「学校や軍隊や工場や会社が〔…〕現実原則の圧力で民衆の精神と身体をぎりぎりと縛り上げる一方で、その抑圧にふと倦んだ民衆が、嗜好品のもたらす酩酊や、[文学]的感傷や、芝居小屋の興奮や悪所場のスリルといった〔…〕快楽原則が全面化する数々の情緒的アジールに逃避し、そこに束の間の自由と安息の幻影をみいだす」ことが、必須の日常生活ルーティンとなる。そこでは、「快楽現実は両者一体となって一つの装置を構成しているのであり、〔…〕権力は決して快楽に敵対しない。むしろ、快楽の契機を自らのうちに取り込み、それと一体となって機能することで、自身の全能性を〔…〕補強しようとする」のです。

 

 外観のうえでは、麻薬はもちろん、酒・煙草とも感傷的な文芸とも演歌ともまったく懸け離れているかに見える『教育勅語』もまた、〈時間からのアジール〉として、「時間の専制」に倦み果てた民衆にたいして、権力が差し出す・いっときの避難所であったのです。なぜなら、『勅語』は、「天壌無窮ノ皇運」という「物理的時間からの絶対的逸脱の表象」を含むばかりでなく、それをその強迫的浸透力の根幹としているからです。『勅語』が、明治権力の差し出す他のアジール〔アヘンなど〕と異なるのは、「臣民」全員に対して・個々人の嗜好とは無関係に服用を強制する点、およびその「無時間」への陶酔が、「時間」とは異なる新たな緊張を精神にたいして強いる点にのみあるにすぎません。

 

 「天壌無窮」という国学の幻想もまた、「本質的には快楽原則に帰属するファンタスムである〔…〕。天孫降臨以来栄えつづけてきた皇運は、未来永劫きわまりなく日本の民を寿ぎつづけることだろうとそれは語る。[天壌無窮]の幻想に自分を溶け込ませるとき、人は自分の周囲の生活空間が、[一つの夢想にも似た][本当に精神的な]場所へと変容するさまを目撃する。〔…〕分刻みで進行する日常生活の時間割からいっとき超脱し、[日蝕の間の逸楽の夢](ボードレール「二重の部屋」:福永武彦・訳『パリの憂愁』,岩波文庫,2008改版,p.18.)に身を浸す体験なのである。」(『明治の表象空間 中』,pp.251-255;⇒:(18)【45】)

 

 

時間の訓育装置である学校の式典で、御真影拝礼と勅語奉読の儀もまた、「時間の支配」の下〔…〕粛々と進行する式次第に則りつつ行われた』。が、そこで『読み上げられる勅語の言説の内部で、「皇祖皇宗」の偉業〔…〕への〔…〕遡行と「天壌無窮〔の未来――ギトン註〕への展望〔…〕が一挙に花ひらくとき、列席者は〔…〕永遠性の夢想に慰撫される〔…〕一刻を享受』したのだ。

 

松浦寿輝『明治の表象空間(中)』,2024,岩波現代文庫,p.255.  

 

 

 

Pierre Bonnard, The Parade Ground, L'exercice, 1890.

ピエール・ボナール『教練』1890年。 ©Wikimedia.

 

 

 

【54】 『教育勅語』の人間観 vs カントの《理性》

 

 

『『教育勅語』に示された人間観から最も遠いものは、「汝の意志の格率〔行動方針――松浦註〕が、つねに同時に普遍的立法の原理として通用しうるように行為せよ」〔『実践理性批判』〕というカントの「定言命法」であろう。他の何ものにも依拠することなく、みずからの内なる道徳律にのみ自発的に服従する〔…〕ところに、自立し自律する理性的存在者としての個人がかたちづくられ、また〔…〕個人は他の何ものにも屈しないみずからの自由の根拠をみいだすのだとカントは言う。

 

 この「自律」もこの「自由」も、「爾 ナンヂ 臣民」には求められていない。

 

 第1には』、『教育勅語』は『お上の説諭する教誡』『ひたすら従順に』従え『という「他律」原理の強要にほかならない〔…〕。第2には、その教えに』『普遍妥当性への顧慮が無く、それはただ〔…〕特異性の主張』、すなわち「特異」であるという一事を根拠に「特異性」を「優越的価値」に読み換える倒錯したトートロジーによって正当化された『教訓群の羅列であるにすぎない。〔…〕その2点において、教育勅語カント的「定言命法」の対極に位置する〔…〕勅語の勧奨する徳目群は、「内なる道徳律」ではなく「我カ國體ノ精󠄀華」から発した外なる規範であり、その「國體」じたい、〔…〕自閉した地方性の顕揚でしかない。』

 

 もっとも、ここで同時に注目しておかなければならないのは、この明治初・中期にヨーロッパでは、『人間の意志の確率をめぐるカントの「定言命法」を根底から動揺させる事態が起きていたことである。フロイトとともに〔…〕登場した「無意識」の概念は、意志に基いて行為がなされ、〔…〕意志と〔…〕行為によって個人の自律的自我がかたちづくられるといったカント的前提に亀裂を入れずにはおかなかった。』かくして、人間の内にあって『「思考されぬもの」の不在の現前が、カント的主体の「自律」と「自由」をともどもに脅かすことになるのである。

 

 その場合、カントの「定言命法」とは完全に背馳する〔…〕教育勅語の人間観は、 むしろ「思考されぬもの」の側にある〔…〕。「國體ノ精󠄀華」に意志と行為の基準を預け、また自身の悟性を自身の責任で使用することも免れている「爾臣民」は、〔…〕アイデンティティの核に「思考されぬもの」を抱えこんだ存在にほかならない。〔…〕「思考されぬもの」とは「爾臣民」にとって、決して不気味な他者ではなく、むしろきわめて馴染み深い彼自身の鏡像なのであ』る。

松浦寿輝『明治の表象空間(中)』,2024,岩波現代文庫,pp.256-258. .  

 

 

 つまり、西洋の「近代人」が気味悪がって恐れた・人間の内なる「無意識」は、『教育勅語』にとっては、富強国家建設のために必須のミクロの装置だったのであり、『勅語』と「日本帝国」国家は、かかる無意識(フロイトの「エス」)を号令と状況に応じて作動させる仕組みを、「臣民」ひとりひとりの体内に仕込んだのです。私はこれまで何度か、「日本帝国」の野放図な膨張も、戦場における残虐行為も、それらに何らの呵責も覚えない無感覚さも、『教育勅語』が刷り込んだ〈良心の空洞化〉がもたらした「精華」であった、と指摘してきました。それは、ここで松浦氏が述べていることにほかなりません。

 

 

Japanese General Kuroki and his Chief of Staff Shigeta Fujii. ©Wikimedia.

日露戦争。黒木為楨大将と副官重田、藤井。

 

 

『脱=時間化されたユートピアとしての天壌無窮」とは、〔…〕臣民の内面に沈殿する「無意識」の鏡像なのである。〔…〕それは「超自我」でも「自我」でもなく、「エス」 のうちに浮遊するファンタスムにほかならない。だとするなら、そこで機能しているものが快楽原則であるのは当然だろう。〔…〕


 「エス」の権威〔「天壌無窮」――ギトン註〕によってのみ機能を許された倫理の教え〔『教育勅語』――ギトン註〕、それがカント的な道徳律とはまったく異質なものであるのは当然として、ではそれはいったい何なのか。〔…〕たしかなことは、「エス」への撤退がもたらす快楽とは一過性のものであり、人はいずれは客観的な「時間」の支配する〔…〕現実に――日本の「国体」の優越性など鼻先で嗤う他者たちに囲繞された過酷な「歴史」の現場に目覚めなければならないという〔…〕一事だろう。』

松浦寿輝『明治の表象空間(中)』,2024,岩波現代文庫,pp.259,261.  


 

 

【55】 『教育勅語』と「社会進化論」

 

 

『明治初期・中期における〔…〕特徴的な現象として目を引かずにいないのは、社会進化論という説明システムの跳梁跋扈であろう。「開化」の論理に疑似学術的な装いをまとわせ、国権論の側にも民権論の側にも有用な理論的枠組みを提供してくれるかに見えた社会進化論は、多くの人々から歓迎され、「優勝劣敗〔優秀な者が勝ち残る――ギトン註〕」「適者生存」は流行語となった。〔…〕


 「社会進化論」を、反証可能な科学理論としてではなく超越的「天理」〔反証を許さない疑似宗教的ドグマ――ギトン註〕として受容する精神の態勢が、システム論の合理主義と本質的に背馳するものであることは言うまでもない。「明治の表象空間」には、システムを裏切り、歴史的時間を無化し、システムの外部に投影された無=時間的ユートピア天壌無窮――ギトン註〕のファンタスムで精神と身体を安らわせてくれる言説〔皇国イデオロギーの様々な与太話――ギトン註〕もまた、おびただしく産出され流通し人々の消費に供されなければならなかったのである。その決定的ヴァリエーションの一つが〔…〕教育勅語という『近代天皇制の中核をなしたこの「非合理的」テクスト』である。

松浦寿輝『明治の表象空間(中)』,2024,岩波現代文庫,pp.263-264.  

 

 

 文京区小石川にある現「東京大学理学部附属植物園」は、幕府の「小石川薬園」が維新後に「文部省博物館附属」となり、明治8年に「小石川植物園」に改称して、治療目的の実用科学である「本草学」から、体系的自然分類(博物学)と真理の探究(生物学)へと、その存在目的を変更しました。実際に園内で行われている栽培管理と標本作成にさした変更は無かったにもかかわらず、それが大きな転換を意味したのは、実用的経験知の蒐集から体系的「植物学」へ、という知の《パラダイム・チェンジ》であったからです。「植物学」に限らず、明治初期には、このような西洋近代科学への《パラダイム転換》が各分野で起こりましたが、この転換を「合理的な分類秩序の導入」という面で把えるならば、同様のことは、言語学ないし国語学においてはさらに顕著に見られたのです。そこで「植物園」に相当するのは、大槻文彦の『言海』『語法指南』という2大著作です。この大辞典と文法書によって大槻は、「[日本普通語]の総体を一応綻びのないシステムとして記述し遂げ」ました。「言語をめぐるシステム論的な[知]の誕生」です。

 

 

Paul Gauguin, Adam et Ève, ou Le Paradis perdu, ca.1890, 

Yale University Art Gallery.  ©Wikimedia.

ポール・ゴーガン『アダムとイヴ、または失われた楽園』1890年頃

 

 

 このように、明治初期~中期には、「システム論的思考」への強い欲求が存在しました。「社会進化論」は、そうした思考の社会への適用として受け取られ、明治の日本で大いに流行したのですが、その〈科学性〉は実のところきわめて怪しいもので、「植物学」のような自然科学とは決定的に異なる点がありました。植物とは異なって、社会を標本にして観察することはできないので、「科学」の生命と言ってよい〈事実をもってする反証〉がきわめて困難で、実際には全く顧慮されなかったことです。「優勝劣敗」「適者生存」というダーウィニズムから借りてきたテーゼだけが、不可侵の教条として跋扈し、たとえば「国権論」の場合には、帝国主義戦争・侵略や弱小民族に対する支配の正当性を根拠づけるために援用されました。逆に、「啓蒙」と民権論の側では、議会政治や進歩的西洋思想を擁護するために援用したのです。いずれにせよ、そこでの援用のしかたを極論すれば、自らの主張するところを「優」とし、批判の対象を「劣」として、自然の趨勢として「優」が勝利するという、根拠のないオプティミズムの提示だったと言えます。それによって、明治日本の「社会進化論」者は、「自説に学問のオーラをまとわせ、それが自然科学によって解明された普遍的真理であるかの〔…〕外観を取り繕」ったのです。(『明治の表象空間 中』,pp.4,12,262,131.)

 

 

『その「右」への展開』『一症例としての加藤弘之の言説は、〔…〕「優勝劣敗」「適者生存」「生存競争」といった煽情的なモットーに還元されたパワー・ポリティクスの正当化と、』天賦の自由と権利という観念の否定である。従って、〔…〕当然、〔…〕国家の強権化に奉仕する。対外的には、大日本帝国のあられもなくエゴイスティックな国益追求を正当化し、また国内的には、淘汰の思想〔…〕から、万人の平等を掲げる自由民権運動の弾圧の理論化に寄与』した。

松浦寿輝『明治の表象空間(中)』,2024,岩波現代文庫,p.137.  

 

 

 その一方で、たとえば徳富蘇峰は、世界においては「武備主義=貴族主義=腕力主義」と「生産主義=平民主義=平和主義」が相争っているとし、その「競合関係の帰趨」は「優勝劣敗」の理によって決定している。すなわち、「貴族主義」はいずれ衰微し「平民主義」がこれに取って代わるのが「大勢」の「成り行き」だと主張します。しかしながら、彼の主張の根底にあるのは、「大勢に従え、従わない者は亡ぶだろう」というシニックな「宿命論」であり、「大勢」は、蘇峰のあらゆる文章に繰り返し現れる「最重要のキーワード」なのです。

 

 そうであればこそ彼は、「日清戦争をきっかけに〔…〕『大日本膨張論』を発表」し、「平民主義」は「天皇の心、国民の心と一致し、尊王心、愛国心と一致し、帝室国民と一致し、茲 ここ に始めて三千年来、世界無比の大日本国体を発揮するを得る也」と謳うのです。蘇峰の用語から明らかなように、この時点で社会進化論は『教育勅語』イデオロギーと絶妙の合体を遂げていた。〕


 つまり、西洋でのスペンサーらの「社会進化論」はともかく、日本で流行したそれは、社会変動の現場における「因果律」も「法則性」もまったく無視し、2つの非連続な「静止画像の交替」を見せるだけの「紙芝居」でしかなかったのです。「そこでは、民衆の身体によって具体的に生きられた時間の連続もその厚みも取り逃がされてしまっている。」ここに欠けているのは、「因果律」と「法則性」を科学的に検証する合理的態度であるのみならず、〈科学〉以前の「生きられた持続としての歴史感覚」なのです。(『明治の表象空間 中』,pp.160,171,166,179-181,-238)

 

 


 

 

 

 

 


 こちらはひみつの一次創作⇒:
ギトンの秘密部屋!


 

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