「行者平」の古い石仏。見たところ元禄以前か。幕末に通り過ぎた・一葉の両親をも、また、人目を忍ぶ事情をかかえたほかの多くの旅人をも、静かに見守ってきたにちがいない。
「行者平」を過ぎると斜面の勾配が急になり、道は、峠までつづく・つづら折れに差しかかる。それでも、鎌倉時代からの古道だけあって、つねに一定の道幅は保っている。
↑これは「石畳」だろうか? ‥‥まもなく、はっきりしてくる。まちがいなく街道の「石畳」だ。石の上面が平らに均 なら されている↓。
標高1420メートル圏に観音石仏が立っている。
斜面はさらに急になり、樹木は、葉の落ちた枯れ木ばかりになる。落ち葉から、ホオノキ,シデ,コナラ,ミズナラ,ハリギリ,クリなどと判る。
ハウチワカエデが「やぶれがさ」風の若葉をつけている↑。芽吹いたばかりなので、まだ葉緑素が少なく赤っぽい。
標高1500メートル圏。峠に近づいたので、平坦になってきた。イヌブナが現れ、しだいに増え、ブナも混じってくる。ミズナラと混淆している。
峠の建物が見えてきた。
「御坂峠〔旧御坂峠〕1520m」に到着。
下から見えていた建物は廃屋。茶屋の跡だろうか。
「御坂城跡」がどこにあるのか分からない。Yamareco に、2006年に撮した写真↓がアップされているが、いまは、この案内板は見当たらない。
峠の北側の↓この地形は、人工的に造成した平場に見える。略図↑とも一致する。たぶん、城郭の一部だろう。
稜線に小さな小屋があるので、行ってみると、天神の祠だった。「御坂天神社」とある。
菅原道真?の石像が置かれている。右の円筒形は、頭の部分が欠けているが「宇賀神 うがじん」像かもしれない。
南側へ下りていくと、稜線の並びの「御坂山」↑が見える。ミズナラ,ホオノキ,サクラ,ハリギリなど、みなまだ葉が出ていない。緑色はアカマツなどの針葉樹。右並びに「三ツ峠」も見える↓。
↑近くでツツジが咲いている。このあと、たくさん出てくるが、みな「ミツバツツジ」のようだ。こちらの南斜面も、上部はブナ,イヌブナが多い。
峠は薄い雲で覆われていたが、少し下ると展望が開けてくる。「河口湖」が下に見える。
「河口湖」の上に、「富士山」が、ぼおっと現れた。「富士山」は、標高1450メートルあたりから、見えはじめた。下に降りるほど見通しが良くなる。
ツツジは、こんなふうに点々と生えている。
このように↑少し白っぽい株もあるが、みな「ミツバツツジ」だ。葉が出てないので見分けにくかったが、雄蕊 おしべ が5本しかないのと、特有の色から、そう結論した。
ツツジに眼を奪われていると、↓こんな岩に出くわしてびっくりする。
まさに、ミツバツツジの饗宴。撮しても撮してもキリがない。
これは、接近できないのでよく判らないが、↓ヤマザクラのようだ。
「御坂山」と、その連なりの峰まで見えてきた。
「三ツ峠」の形も、はっきりと分かる↓。
樹木の枝がうるさいが、「河口湖」とその上の「富士山」も、いままでよりくっきりと見えている。
ツツジに眼を奪われていたが、森林の樹種は、ミズナラ,ホオノキ,アカマツを主体として、クリ,カシワ、が加わり、ヒノキ,スギも、下に降りるほど増える。
「ヒトリシズカ」が、道の真ん中に堂々と群落をつくっている。由緒は分からないが、石仏がある↓。
「三ツ峠入口」に下り立つ↓。ここは、「新御坂トンネル」の南出口。北側の「藤野木」の先
で山の下にもぐった国道137号が、ここに出てくる。
タイムレコード 20260425 [無印は気圧高度]
(2) から - 1115行者平[1259mGPS]1123 - 1228「旧御坂峠」[1522mGPS]1307 - 1452最初の砂防ダム[1094m] - 1500第2の砂防ダム[1058mGPS]1520 - 1537「三ツ峠入口」バス停[1007mGPS]。
踏査記録⇒:YAMAP














































































