ギトンのパヴィリオン


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そこにはいつも きみがいた。。。。。



※ 「詩文集」は順不同です。1回ごとに完結してますから、どの回からでもお読みいただけます。
「詩文集」は、すべて "Hermann Hesse Die Gedichte", hrsg.von Volker Michels, Insel Taschenbuch 2762, Insel Verlag, 6.Aufl. 2013. のレビューです。





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ミヤケンとBL週記 ≪ギトンのあ~いえばこーゆー記≫

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  • 20Sep
    • 詩文集(52)――荒れ狂うヘッセ、冷笑するヘッセ

            ぼくは星 ぼくは天空の一箇の星 地上をつぶさに見まわして地上の世界を侮蔑する この身は永遠(とわ)の灼熱に焼かれつつ。 ぼくは海、夜ごと荒れ狂う 嘆きの海、罪深き生け贄 古き罪に新しきを重ねつつ。 ぼくは貴方らの世から締め出された者 自惚(うぬぼ)れに育てられ、自惚れに騙されて 国無き王となった者。 ぼくは愚かな情熱そのもの 家に竃(かまど)無く、戦(いくさ)に刃(やいば)無く 己れの力は病んでいる。 今回から2回にわたって、ヘッセの詩に曲をつけたものをご紹介します。もちろん、クラシック歌曲もあります。有名どころでは、リヒャルト・シュトラウスの『ヘッセとアイヒェンドルフによる4つの最後の歌曲』。 しかし、それらは次回にまわして、今夜はロックから始めたいと思います。題して:  荒れ狂うヘッセ、冷笑するヘッセ――ユーロ・ロックのなかで 私たちが日本で見る・お行儀のよいノーベル賞作家とは一味違った、“もうひとりのヘッセ”を聴いてみようという趣向‥‥ヘルマン・ヘッセ「ぼくは星」(作曲:アネッテ・ロキッタ,ギター&プログラミング:ティモ・デュグリュン)『ヘルマン・ヘッセ 荒野の狼――音楽と詩による耳で聞く本』より。  この詩は、ヘッセ 19歳の時のもので、若々しい情熱と反逆心にあふれている‥‥ ロックで歌うにはもってこいの作品かもしれません。 ヘッセの詩に曲をつけたユーロ・ロックは、youtube には、ほかにも出ていましたが、これがいちばん、作曲も演奏もととのっていたので、とりあげました。 ロックにしては静かだとおっしゃるかもしれませんが、大陸のユーロ・ロックは、こんなもんです。重い調子のメロディーが、ヘッセの詩には合ってるかも。。。 え? この程度じゃ、つまらない? そいじゃ、↓これはどーでしょ? 同じ詩を、オーストリアのブラック・メタル「ドルネンライヒ(棘の国)」の弾き語りで!!ヘルマン・ヘッセ「ぼくは星」(「ドルネンライヒ」Gitar/Vocal エヴィーガ Violin イーンヴェ) つぎの曲も、はじめにヘッセの詩の翻訳を掲げますが、ちょっとこれは長いです。しかし、長い詩をそのまま全部歌詞にして歌ってますから、あらかじめ全部読んでおく必要があります。 ‥しかも、読んでみるとなかなか宗教的で、ごつい内容なんですが、これをロックにすると、いったいどんなことになるのか、まずは想像しながら読んでみてほしいと思います:          夕べの雲 そんなにもひとりの詩人が思いと工夫をこらすこと 韻と詩行を彼の手帳に書き込むことは 本質をはずれたことと人には思われようけれど 神は理解し甘んじて見まもり給(たま)う. 世界を秤量し給う神ご自身も ときには詩人となられるのだ 夕べの鐘が鳴りわたるとき 夢見るように神は虚空に手を伸ばし 晩の宴(うたげ)をかざる祝祭劇 やわらかな黄金(きん)の群雲(むらぐも)を美しく編みあげ それらは山の端(は)を縁どりし 夕べのひかりに朱(あか)く泡立ち かくて御許(みもと)に達した多くのものを 神はみちびき永らく守護し給う ほとんど無から生じたそれらのものが 天にかかり至福にほほえんでいるように. そして語呂合わせのガラクタと見えたそれらが いまやひとつの魔力となり磁石となって ひとびとの魂を惹き集め 神への思慕と祈りに向かわしめるのだ. 創造主は微笑み、つかのまの 夢から目覚め、落日の祭りは燃え尽きて、 冷えきった遥かの地平から やすらぎに満ちた夜がひろがってくる. たとえ戯れの劇ともせよ、どの映像も、かつて どんな詩人も成しえなかった完璧と美と至福にみちて 神の清き御手(みて)から湧き出(い)づるのだ. よしんばおまえの地上の唄が 速やかに消えゆく夕べの鐘にすぎぬとも それを超えて、光のうちに燃えあがる 雲は、神の御手から吹き寄せる.  夕べのひとときに、胸の底から自然とあふれ出てくる、心洗われるような静逸な祈り。 燃え尽きようとする陽の最後のひかりの中で、詩人のノートに記された覚束ない文字も、この世のものとは思えない光芒につつまれ、それらはまるで、天上の世界から吹き寄せてきたかのように耀くのです。 さて、この詩に曲をつけたのが、↓次なる動画なんですが‥‥、アッハッハ たまげずに聴けたら、たいしたものです... ヘルマン・ヘッセ「夕べの雲」(ルカス&ロベルト・ベッカー)  正直言いまして、ギトンは、↑これには、ほんとにビックラこいたんです。 言葉がわからないかもしれませんが、↑上の詩を一字一句そのまま歌ってるんです。「神は見守りたまう」だの「清き御手から湧きいづる」だの、全てが全てそのままです。咥えタバコでお祈りしてるようなもんだw ただし、誤解してほしくないんですが、この曲、悪いと言ってるんじゃありません。軽快なリズムの中に、そこはかとない哀愁をたたえた、いい曲だと思いますよ、歌詞さえ↑こうでなければ‥‥ww ちなみに、この節回しをつけたのは、シロウトのいたずらでもパロディーでもありません。『耳を澄ませば――言葉と音のなかのヘッセ』という、レッキとした真面目なCDなんだそうです。 いやいや‥‥ こんなもんで驚くのはまだ早いw おつぎは、2016年に、ヘッセの生まれ故郷カルプ(Calw)で開かれた『ヘルマン・ヘッセ・フェスティヴァル』のひとこま。これまた、催し自体はすこぶる真面目なもので、カルプ市の市長(Oberbürgermeister)も出席しています。 カルプ市は、バーデン・ヴュルテンベルク州カルプ県の県都(Kreisstadt)で、フェスティヴァルが開催されたヒルザウ↓は、市の街区(Stadtteil)のひとつ。カルプ市ヒルザウ町ってとこでしょうか。 ウド・リンデンベルク「ジジイはホットだぞ」(2016年ヘルマン・ヘッセ・フェスティヴァル in カルプ-ヒルザウ)  山高帽に、ピンクのジャケットで歌っているのが、ウド・リンデンベルク。どうやらバンドのリーダーで、このフェスティヴァルの主催者らしいのですが‥‥ よく見れば、相当お年の方らしいです。ちなみに、「ジジイ」と訳した原語(グライス)は、「非常に高齢の老人」と辞書には出ていました。この歌↑の歌詞は、ヘッセの詩ではなく、リンデンベルクの作詞だそうです。 バンドもなにやらオジサン・バンドで、‥しかし、観客は、けっこう若い人ばかり。 ともかく、決していいかげんな乱痴気騒ぎなどではなく、現地の市も後援する(らしい)レッキとしたコンサート。ユーチューブには、ウド・リンデンベルクが、舞台の上で、市長から「ヘルマン・ヘッセ賞」メダルを授与されている録画も出ていました。――“授与したければ、勝手にやってろ”って調子でねww そのリンデンベルク翁、さかんに股間を突き出してボッキン山脈を強調しながら、踊りまくってます。あんなにマイクロフォンを振り回したら危なくないだろうかと‥、歌よりもっぱら、そっちのほうが気になってハラハラしますたw  いったい、これのどこがヘッセなんだと言いたくなるでしょうが、‥‥それでも、ホンモノの(˚ヘ˚)市長が出て来て「ヘッセ賞」を授与しているあたり、これもまた、現代ドイツで“ヘッセ”を象徴する公式の場のひとつなんだと、思わないわけにはいかないのです。 ドイツの人たちの中に今も生き続ける“ヘッセ”が、ここにあるのだと。。。 ウド・リンデンベルク「ホンキー・トンキー・ショウ」(2016年ヘルマン・ヘッセ・フェスティヴァル in カルプ-ヒルザウ)  うむうむ‥‥、たしかにこういう一面もヘッセにはあり‥ ありましたんでしょうかねえ??! ともかく、上の『夕べの雲』と言い、このフェスティヴァルと言い、現代ドイツでのヘッセ受容の一面を見る思いです。私たちがイメージしてきたヘッセとの、あまりの違いに、もう愕然!! ヘッセを愛読する日本の紳士淑女の皆さん、いかがでしたでしょうか?w そういえば、ヘッセはヌーディストだったそうですよ。日本で出てる伝記には、そんなこと書いてないんですけどね。全裸で写した写真が何枚も、ユーチューブで公開されてました。(ホモセクシュアルの写真がないのは残念だ‥ ˚_オィ) よかったらギトンのブログへ⇒:ギトンのあ~いえばこーゆー記 こちらは自撮り写真帖⇒:ギトンの Galerie de Tableau

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  • 15Sep
    • 詩文集(51)――砂に刻まれた風の詩(うた)

            砂に書かれた 美しいもの、心を奪うものは みな一時(いっとき)の気配か雨でしかなく たぐい稀なもの、うっとりさせるもの、 優美なものは長つづきしないのだと: 雲や花々、しゃぼん玉、 花火と子供の笑い声、 鏡を覗きこむ女の眼、 その他多くのすばらしいものは 見つけたとたんに消えてしまう 瞬きする間(ま)のできごとで 風にただよう香りにすぎぬことを われらは嗚呼、悲しみとともに知る. 長つづきするもの、硬いものはみな われらにとって内的価値あるものでない: つめたく燃える高貴な石 重くかがやく黄金の地金 数えきれぬあの星々さえ 過ぎゆくわれらには遥かに 縁遠く、魂の奥底に ふれることはない. そうだ、われらのうちの美しきもの、 愛にあたいするものすべてが 滅びに向かい、つねに死と接している なかでももっともたぐい稀なもの あの音楽のひびきは、生まれでた 瞬間に過ぎ去り消えてしまう 流れ、追いかけ、吹きすぎるもの、 かすかな悲しみの渦をのこし われらの鼓動のあいださえ ふみとどまることはないのだから 音また音が鳴りひびきつつ 消え去ってゆくのだから.  長い詩なので、ここでいったん切ります。 内容は、ひとことで言ってしまえばどうということはない、↑この前半部分を見るかぎり、一瞬にして消え去ってゆく音楽のひびきのような、“うつろうもの”への限りない愛を、くり返し唄っているように見えます。それは洋の東西を問わず言い古され、歌い古された詩歌の紋切りのテーマとも言えます。 しかし、この詩の本領は、テーマそのものよりも、その進行のリズムと意外さにあります。意外さのほうは、↓後半を読むとわかってくるでしょう。 言葉のリズムに乗った意外さは、原詩の語順にも関係するので、翻訳ではなかなか伝わらないかもしれません。なんとか再現できるように努めているのですが。。。       砂に書かれた  (承前)  こうしてわれらの心は過ぎ去るもの、 流れゆくものに、生命(いのち)に、 忠実に兄弟のように付き従う 確固として継続するものにではなく.―― 動かざるもの、巌(いわお)、星ぞら、宝石は まもなくわれらを飽きさせる われらは恒(つね)なき風と泡沫の魂、 永遠の変化を追いつづけ 時間を無二の伴侶とする者; 薔薇の花弁のしずくさえ、 一羽の鳥の羽ばたき、 雲のいたずらのような死滅、 雪のまたたき、消えた虹、 飛び去ってしまった蝶の影、 耳をかする通りすがりの 笑い声さえ、われらにとっては 祝祭であったり、愁いをもたらすもの であったりする.自らと似たものを われらは愛す、われらが解するのは 風が砂のうえに書いた文字.  さて、この詩は、さいわいユーチューブに朗読がいくつか出ていたので、2本だけ拾ってみました↓ まず最初に聴いていただくのは、ヘルマン・ヘッセ本人の朗読です。ユーチューブを探しまくって、やっと見つけました(^^)ノ ただ、この朗読動画、はたして多くの人に楽しんでもらえるだろうかという不安はあります(youtube の視聴回数、そんなに多くないですw) 意味が解らなくても、音とリズムで楽しめる‥とは言っても、これだけ長い詩になると、ぜんぜん意味わからずに最後まで聴きとおすのは、しんどいかも‥ おおよその意味でも聴き取れれば、内容の進展につれてヘッセの語調が変ってゆくところなど、たいへん味わい深いのですが... せめて、自分の知っている単語のひとつや2つ、聞こえてくるんでないと、ちょっとこれは難物です。 しかも、ヘルマンさん、この詩では、一語一語を噛みしめるように、ゆっくりと味わい尽くして読んでいるのです。各語に籠められた著者の思いが、手に取るように聴きとれます。意味さえ分かれば、これほどすばらしい著者朗読もないのですが‥ カラオケみたいに、画面に日本語の字幕を入れられるといいんですがねえ← なので、聴いてみて、だいたいふんいきが解ったところで、切って次へ行くようにお勧めしますw ちなみに、一般的に言うと、作者以外の人が朗読する場合には、“味わいながら、ゆっくり朗読”は、かえって禁物です!! とくに、シロウト朗読のばあい、感情をこめてる本人は有頂天ですが、聞かされるほうはたまらないw 自作朗読でない限り、シロウトは棒読みに限る!とギトンは言いたいのです。それが、多くの人に嫌がられずに聴いてもらえるコツだと思います。 自作詩ならよいのです。作者の肉声は、詩の一部と言ってもよいのですから。しかし、他人の詩、‥とくに有名な詩を読む場合に、それはいけません。有名な詩は、読者それぞれが自分のイメージを持ってしまっています。そこに、朗読者の“有頂天”を押し込もうとするのは、デリケートな神経を逆なでするものです。 自己個人の枠を離れて、パーフォーマンスの効果を冷静に計算できるプロであれば格別、それ以外の方は、どうか、ぜひぜひ“ひたりきり”をおやめになって、感情をこめずに、棒読みで淡々と読んでほしいものです。みんな、そう思わないから、ひたりきって朗読するのでしょうけれどもね‥‥ 最近は日本語でも、ミヤザワ・ケンジとか、作者以外のシロウト朗読がハヤってまして、‥‥聴いていて気持ちよくないのでw くわえて、ミヤケンの評判を落としてほしくないのでww ‥‥ いつかこのことを、“あ~いえばこーゆー記”あたりに、しっかり書いておきたいと思ってるほどです。。。ヘルマン・ヘッセ「砂に書かれた」(作者朗読) 次の動画↓は、女声による職業的朗読者のものですが、声がBGMに隠れてしまって、よく聴き取れないのが残念です。しかし、棒読みに近い読み方は、良いと思いました。この詩は、このように、ある程度の速さをつけて淡々と読んでゆくのがよいように思います。 声が小さいので、言葉の意味が解っても解らなくても、あまり違いはないかもしれません←。その点では、むしろ多くの方に聴いていただけるかも。音楽・風景動画とともに、ことばの響きを楽しんでもらえればと思います。 ヘルマン・ヘッセ「砂に書かれた」(アネット・ルイザン朗読)  よかったらギトンのブログへ⇒:ギトンのあ~いえばこーゆー記 こちらは自撮り写真帖⇒:ギトンの Galerie de Tableau

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  • 08Sep
    • 詩文集(50)――【½C記念】秋のはじめ

        こんばんは(^^)o まだまだ蒸し暑い日がつづきますが、おかげさまで 50回目を迎えた《詩文集》です。 セミ・チェント記念は、ヘッセ詩の朗読をお届けします。↓あとのほうには、ヘルマン・ヘッセ本人の朗読テープもあります。 ともかく、まずは視聴してください。意味はぜんぜん解らなくてかまいません。画像を見ながら、原詩のひびきを聴いていると、なんとなく意味が伝わってくるのが感じられるはず。。。 ほんの2分間です。さぁ、とにかくトライ!! ヘッセ「秋のはじめ」(朗読)      秋のはじめ 秋の発散する真白な霧: いつまでも夏ってわけにはいかないんだ! 暮れどきがランプの光でわたしを誘惑する 寒いからはやく家にお入りと。 やがてからっぽになって立つ樹々と庭 野生のワインが家のまわりをしばらくは 照らしだし、それもやがては消えてしまう いつまでも夏ってわけにはいかないんだ。 まだ若かったころ私を歓喜させたもの そこにかつての楽しげなかがやきは いまは無く、わたしを歓喜させることもない―― いつまでも夏ってわけにはいかないんだ。 おお愛よ、不可思議な光よ、それは 何年もの歓びと労苦とをつらぬいて いつもわたしの血液の中に燃えていた―― おお愛よ、おまえも消えてしまうことがあるのか?  ↑ギトンの翻訳を読んで、‥あれっ? さっき耳で聞いたのとフンイキがちがうゾ! と思った方が、もし居たら、それはあなたの耳が良いせいですw ホンヤクなんて、しょせんは不完全なマネゴトにすぎません‥‥  つぎは、ヘルマン・ヘッセ本人の朗読テープを聴いてみたいと思います。 職業的な朗読者とは異なって、途中で声がかすれたり上ずったりしますが、それも含めて詩そのものなのです。 やはり、先に朗読を聴いてもらおうと思います。先に日本語訳を読むと、なにかとてつもない悲観的な内容に思えてしまうでしょう。それは誤解なのです。作者自身の声を聞いて、誤解だということを知ってほしいと思います。 翻訳のあとに解説を付けて、千万言をついやして理屈でわかってもらおうとしても、はたして通じるかどうか、心もとない気がします。それよりも、ことばの音とリズムと、そこに広がる世界に没入してもらうことによって、作者の言いたいことを感得してほしいのです。 あらかじめ、ひとことだけヒントを述べさせてもらえば、‥‥霧の中で“だれもがひとりだ”ということは、歩いている人がひとりしかいないことを意味しません。ヘッセ「霧のなかで」(作者朗読) この詩の訳は、すでに一度出しましたが、あらためて訳し直しました。すこしは、訳文がわかりやすくなったでしょうか?      霧のなかで ふしぎな心地だ、霧のなかを歩くのは! どの繁みも、どの石も孤独のなかに沈む 樹々たちは互いのすがたを見ようとしない だれもがひとりなのだ。 わたしの人生がまだ明るかったとき わたしの世界は友達でいっぱいだった 霧のとばりがおりてしまったいまは もうだれのすがたも見えなくなった。 じつに、闇を知ることのない者は 賢き者とはなりえない 逃れがたく、また音もなく ひとを他の皆から切り離すその闇を。 ふしぎな心地だ、霧のなかを歩くのは! 生きるとは孤独であることにほかならぬ ひとはみな己れ以外の者を知りはしない だれもがひとりなのだ。 よかったらギトンのブログへ⇒:ギトンのあ~いえばこーゆー記 こちらは自撮り写真帖⇒:ギトンの Galerie de Tableau

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  • 03Sep
    • ”光の季節”――大いなる川の岸辺

       「琥珀の海」ってどんな海だろう……などと考えながら読んでいたら、さいごの連で、「大いなる川の岸辺」に出遭って打たれた。ここで「大いなる川」に思い至る感性を、ぼくは知らなかったから。 そういえば、「大河」を見たことがないかもしれない。ライン川もセーヌ川も、たしかに水量は豊富だったが、すごく大きいという感じはしなかった。 行ったことはないけど、ヴォルガ川(中流,マリ共和国)を貼りつけておきます。

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  • 01Sep
    • 詩文集(49)――風に吹き消された一枚の壁画

          アルプスの向こうには それはひとつの山の旅: アルプスの稜線の雪がつめたく 光るとき、もうイタリアの青い海が 視界のはてを限っている! 高みの風と渋い顥気が ほのかな菫の香り、陽に みたされた南の海の 甘い予感をはこんでくる。 そして眼にははるかフィレンツェの あかるい伽藍がうかび たたなづく丘のむこうには幻のように ローマの街がかがやいてみえるのだ。 くちびるはもう無意識に美しい 異国の言葉のひびきを口ずさむ はれやかな快楽の海、その青いしぶきが きみを温かく迎えようとしている。  イタリアといえば、ギトンはどうしても忘れられない1枚のフレスコ壁画があるのです。‥と言っても、じっさいに見たわけではありません。映画の中に出て来た‥‥いや、‥出て来た気がするのです。たしか、『フェリーニのローマ』という短い映画の中だったと思うのですが、それももう、たしかなことではありません。 最初に見たのは、パリの場末館で見た『サテュリコン』の中でした。いや‥これも、記憶違いではないと断言できる自信すらありません。 同性愛の青少年たちが、局部を惜しげもなく見せびらかして縺れ合うノーカットのフィルムは、日本からやってきた“1日10ドル旅行”の未成年者には新鮮でした。そんな濃厚な場面をさんざん見せられたあとで、海岸に停泊しているゴンドラのような舳先の黒い船に乗りこもうと、青年たちが集まって来る清らかに晴れ上がったシーンがありました。エンコルピウスとギトン少年が、おおらかな衣の裾をなびかせて、並んで歩いています。これがこの映画のフィナーレで、それまでに繰り返されたどの縺れ合いシーンよりも強く、印象に残りました。 『Satyricon Ⅰ』というタイトルで上映していましたから、フェリーニのもとのフィルムの前半分だけを上映していたのでしょう。『サテュリコン』の原作テクストを見ると、たしかに第1部の最後で、2人は船に乗ってナポリから逃げ出すことになっています。 記憶では、『Satyricon Ⅰ』のラストは、エンコルピウスとギトンが、船に向かって歩いてゆくところ、その画面のストップモーションが、そのまま静止したフレスコ壁画になって終るのです。 “永遠の愛”などと言ったら、いかにもわざとらしくて、そんな言葉はどこかに消えてしまえ!‥と言うくらい、はるかに超越した憧れを、この場面から深く、深く感じとってしまったのが、いま思えば、“この道”のはじめなのでした。 その同じ場面を静止させたフレスコ壁画が、『フェリーニのローマ』では、現代ローマの地下鉄工事の現場で発見されるのです。 頭にヘルメットを着けた工事の人たちが発見したとたん、壁画は外気に触れたせいなのか、見る見る剥げて崩落してしまうのです。エンコルピウスもギトンも、その晴れやかな表情を静止させたまま、ぽろぽろ崩れて無くなってしまいます。それが、このフレスコ画を2回目に見た『フェリーニのローマ』でした。  外気に触れて剥げ落ちる地下のフレスコ画   映画『フェリーニのローマ』より。      いま、Youtube を探って、ようやく↑これだけ見つけ出しました。 しかし、エンコルピウスとギトンの“壁画”は、どうしても見つかりません。 映画『サテュリコン』より。    『サテュリコン』のラストシ-ンに、↑これがありました。壁画にはちがいないんだけど。。。 けっきょく、ギトンの記憶は、勝手な思いこみだったんでしょーかねー?? それとも、フェリーニの映画ではなかったのか?! フェリーニの『サテュリコン』だったとしたら、音声はイタリア語、字幕はフランス語だったはず。どっちもギトンにはチンプンカンプンで、見ながら頭の中で勝手に物語をこさえていたのかも... しかし、今も記憶の中にしっかりとある鮮明な画像と人物の動き‥ もうこーなったら、フェリーニとも、ペトロニウスの古典とも違うサテュリコンを、自分で書いてしまおうかしら...w      サント・ステファノ教会の回廊 ヴェネツィア       壁の四角いかどに色あせ黄いろく古びたもの かつてポルデノーネの手になった この絵画を時が蝕んだ;きみはわずかに ここにかすかな輪郭とそこに洗いのこされた 絵具の痕跡を認めうるのみ:一本の腕と脚―― 消失した美形のひとの幽霊にも似た会釈を。 楽しげに見上げてほほえむ子供の眼 それは見る者をふしぎな悲しみに誘うのだ。【ポルデノーネ】(Giovanni Antonio da Pordenone: ca.1484-1539):イタリアの画家。教会のフレスコ画や聖壇画を多く手がけ、ティツィアーノ、ティントレットらに影響を与えた。ヴェネツィアにあった彼の壁画作品の大部分は、剥げたり崩壊してしまっている。〔英語版・独語版 Wiki〕 ヴェネツィア,聖ステファノ教会,廻廊  よかったらギトンのブログへ⇒:ギトンのあ~いえばこーゆー記 こちらは自撮り写真帖⇒:ギトンの Galerie de Tableau

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  • 25Aug
    • 詩文集(48)――人は惑い、それでも時は流れる

      リヴォルノ,イタリア fotolivorno.net       オデュセウス リヴォルノ付近      視界のはずれで夕陽にかがやいて 黒いマストの船が水平線を往く その強い魔力はわたしのまなざしを 視えない世界の縁(ふち)に固定させる。 ――わたしは想う、船の舵を握るのは 神のごときオデュセウス、名づけようもない 郷愁が、海また海の脅威を越えて 彼の遠い故国へと誘(いざな)う 彼は運命(さだめ)に屈することなく夜もすがら 鋭き眼差しもて空の星を測る 百たび押し流され脅されてもなお 希(のぞ)みをすてず不安と死とをかいくぐり 嵐にみまわれ先のみえない航海に 目的地と成就の時をきっと見据えている。 いま船はわたしの視界をはずれ 蒼く暗い海へ消えてゆく:彼の運命(さだめ)に わたしの想いはいっぱいになり、かぼそい問いかけとともに 彼の夢ものがたりは空の青に沈んでゆく 運命に堪える者の船の往くてには わたしの希求する幸せがあるのか? ――たぶんね!――では、そこへ連れて行ってくれるのはどの船だ? ――心よ、とりあえず錯誤するがよい、そして苦難に堪えよ! リヴォルノは、地中海に面したイタリア中部の港町で、ルネサンスのメディチ家時代にはトスカナ大公国の主要港として繁栄しました。また近代では、ファットーリ、モディリアーニ(絵画)、マスカーニ(作曲)ら多くの芸術家を輩出しました。 フィレンツェに近いこの港町に、ヘッセが特別な想いをもっていたことはたしかでしょう。でも、どうしてオデュデウスが出てくるのか? 芸術家以外に、リヴォルノを含むトスカナ地方は、イタリアの中では労働運動、左翼運動のさかんな土地だったそうです。リヴォルノでイタリア共産党が結成されたのは、ずっとのちの話ですが、この詩が書かれた 1901年の時点でも、社会党の重要な地盤だったと言えます。ヘッセがそれを意識しているかどうかは、わかりません。しかし、その関連があるとしても、「運命に堪える者の船の往くてには/わたしの希求する幸せがあるのか?」とヘッセは問いかけ、“正しい船を選べば、幸福な未来へ連れて行ってくれる”という安易な期待に疑問を投げかけています。 ヘッセは、労働運動や革命運動を、頭から否定してはいないのです。しかし、活動家が約束する未来を無批判に信じて、“団結”という名の思考停止をすることに対しては、根本的な不信を向けているのだと思います。じっさい、この時点でイタリア社会党の幹部だったムッソリーニは、まもなくファシスト党を結成して、ドイツのヒトラーと並ぶ独裁政権を成立させているのですから。  【付記】ちなみに、最近のイタリアの情勢は、私たちにも暗い影を投げかけているようです。欧州ゲイサイトの新着によると、北イタリアでホモセクシュアルの排除を呼びかけるポスターが拡散しているとか... いわく:「自然を守ろう!」――環境保護のためにホモを無くせと!! なにせサイトがフランス語なので、よく読めなくてごめんなさいw もっとわかったら続報します。 オデュセウスは、トロイア戦争のあと、ギリシャの故郷に向かって船出しますが、途中嵐や、怪しげな精霊の誘惑や、さまざまな困難に逢着して、ほとんど漂流状態になってしまいます。それでも故郷に向かうことをあきらめず、航海を続けるのです。 ある時、船が漂着した島には、この世のものとは思えない美味な蓮の実がたくさんあって、船人たちは、そのあまりのおいしさに、もうこの島から離れる気を失くしてしまいます。ハスの実――中華の月餅にも入っている食材で、たしかにおいしいですが、航海をやめてしまうほどとは思えませんねw しかし、西洋では珍しい植物で、西洋の人は、なにかこの世のものではないような想像をしてしまうらしいです。 そこでオデュセウスはどうしたかというと、ハスの実をむさぼっている船員たちをつかまえて、無理やり暴力的に船に戻して、船出するのです。彼にこのような行動をとらせたのは、“故郷に帰る”という目標があるからにほかなりません。目標があるからこそ、星の位置を観測して正確な航路を求め、船員たちを強制してまで航海を続けるのです。それは、たしかに目的意識につらぬかれた合理的な行動です。 しかし、その目標そのものの合理性はというと、はっきり言って疑わしいのです。じっさい、迷走航海のあと故郷のイタカ島にたどり着いてみると、妻ペネロペは、おおぜいの男たちにかこまれて、言い寄られている真最中。オデュセウスは、男たち全員を殺戮し、男たちを屋敷に入れた侍女たちも全員殺戮して、ようやく安心することができるのです。彼が、片時も手放さなかった目標――幸福な故郷とは、皆殺しをすることだったのか?! 「運命に堪える者の船の往くてには/わたしの希求する幸せがあるのか?」――ヘッセには、オデュデウスの往くてに幸せがあるような気がするのです。目的が正しいかどうか問う前に、オデュデウスの不屈の目的意識と合理的な行動が、そう信じさせるのです。 しかし、オデュデウスは答えます。どの船に乗るか自体が試行錯誤だ。まちがった船を選んで、まちがったほうへ行ってしまう可能性がむしろ大きい。それでも、きみは船に乗るがよい。苦難に堪える航海をするために!!  ヘッセにとって“ふるさと(ハイマート)”とは何なのか? “ふるさと”という言葉が、ヘッセの詩にはしばしば出てくるのですが、それが何を意味しているのか、もうひとつ解るようで解りません。ずっと注視しているのですが。。。 失われた幼年時代、なつかしい幸福な生活――といったイメージも無いことはないかもしれませんが、それ以上に、めざす未来、めざしている幸福の地、‥といったイメージが大きいように思います。 人はいつも“ふるさと”に向かって歩いている。流れる時間そのものが、“ふるさと”をめざしている。しかし、それがどこにあるのかは、誰も知らない。時間じたいが、目的地を知らずに流れてゆく、蛇行してゆく‥‥ ↓下の短い詩に、そういうヘッセの“ふるさと”観が、まとめて表されています:      巡 礼 そして日々は歩きつづけ あっというまに老いてしまう 彼らの最後の者が来るのもまもなくだ わたしが立ちどまって問いをたてているあいだに。 彼らとわたしは手と手をたずさえて 兄弟のように歩いて来た わたしたちを国から国へと駆りたてたのは いつも変らぬ故郷(ふるさと)への渇き。  よかったらギトンのブログへ⇒:ギトンのあ~いえばこーゆー記 こちらは自撮り写真帖⇒:ギトンの Galerie de Tableau

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  • 18Aug
    • 詩文集(47)――旅の技術

            旅の技術(テクニック) 目的のない旅は若者の歓び 若さとともにそれは色あせた そしてただ離れることがわたしの旅になった 目的と意志とを自覚するようになったからだ。 しかし目的ばかりを追求するまなざしから のどかな旅のあじわいは締め出されている 森と流れとあらゆるかがやきが 旅路のどこにでも待ち設けているというのに。 いまあらためて、わたしは旅を習うことにしよう 天空の星々にあこがれるあまり この瞬間の無垢のかがやきが色あせることのないように。 それは旅の技術(テクニック):つぎつぎにやってくる 世界の連なりとともに逃れ去ってゆくこと、憩(やす)んでいるときも 愛すべき彼方にむかっていつも途上にあると知ること。  「技術」という訳語に「テクニック」と英語のルビまで振りましたが、原語は「クンスト(Kunst)」、つまり「芸術」と同じ語です。 天衣無縫の旅人のように、足の向くまま気の向くままに旅ができたのは、若い時のこと。年を取ると、移動の目的地やら、一貫した「意志」やらが目の前にチラついて、そんなあてもない“むだな”ことはできなくなってしまいます。それは、“気ままな旅(ワンダー, Wandern)”のほうから見れば、もはや旅ではなく、単に自分のいる場所から離れて遠ざかることにすぎません。 それでも、あらためて“気まま旅”の良さを取り戻そうとするには、思いめぐらして緻密に練り上げた旅の「技術(テクニック)」が必要なのです。たとえば、できるだけ乗り物を避けて、脚で歩くこと、自動車を使うとしても、アウトバーンは避けて古い小道を行くこと、できるだけ旅の計画を持たず、ホテルの予約をしないこと‥ そういったさまざまな要諦が必要になるのです。 計画的でラクな旅行をしたがる伴侶や子供や友達を連れて行かないことも、要諦の一つかもしれませんねw なにかある一定の目的をもって、それを実現してゆくことが人生の目的であるかのように生きること、それが私たちの社会での“オトナの生き方”なのでしょう。それは、目的のない“気ままな旅”とは正反対の歩き方です。 自由経済、株式会社、官僚制、‥‥といった近代の社会システムが、こうした生き方を不可避にしてしまったのかもしれません。しかし、それは、あらゆる人間の社会において当然な“オトナの生き方”であったわけではありません。そうでない社会は、近代以前にはいくらでもあったのですし、こんにちでも、地球の表面の半分以上の面積を占めているにちがいありません。 そこでは、たとえ休息している時でも、「愛すべき彼方にむかっていつも途上にある」ことを自覚した、“賢者”の生き方が尊ばれるのです。  私たちは、どこに向かっているのか? 現代の私たちは、いつも不安です。豊かな生活、日夜増え続ける膨大な知識とテクノロジー、世間なみの安定した家庭と社会的地位、あるいは心から信ずることのできる宗教や政治思想‥‥そうしたものはみな、ほんとうは不安で不安でたまらない私たちが、その不安を埋めようとして、“補償”を得ようとして、追い求めるものにほかなりません。しかし、どんなに追い求めたところで“補償”は“補償”でしかない、不安がなくなるわけではありません。なぜなら、私たちには、豊かさでも地位でも宗教でもない大切なものが欠けている、そのために不安が起きているのだからです。 古い社会の人々は、おそらく、私たちとは違っていました。かれらには行く手が、彼方が、いつも見えていたのだと思います。たとえ物質的には不十分で、精神的にも、狭く限られた乏しい境遇の中にあったとしても、めざす世界だけはいつもはっきりと、疑いようもなく見えていたのです。それは“進歩”とはまったく別のものでした。      夜の歩行 どこへゆくの? どこへゆくの? やわい夜が湖の畔(ほとり)で、なまぬるい睡眠を 眠る;岸にひろがる平野(ひろの)の森と河と人間たちを すっかり憔悴させてしまった。 ひとつの響きがいま 鈍い地の底から湧きあがり 気圏のなかにしなやかに ひろがっていった:竪琴(ハープ)のように やわらかく、吊鐘のように重々しく。 どこへゆくの? どこへゆくの? ひとつの音が鈍い地の底から わたくしを呼んでいる;それは まっくらな階段を上へ上へとわたくしを 昇らせさらに憧れの彼方へとみちびく… そしていきなり止んだ、音は消えてしまった。 夜の鳥がさわがしく 羽ばたいて過ぎた 向うの丘のうえはすっかり 沈黙の闇に溶けこんでしまった、もはや さわめくことも問うことも誘いかけることもない。  よかったらギトンのブログへ⇒:ギトンのあ~いえばこーゆー記 こちらは自撮り写真帖⇒:ギトンの Galerie de Tableau

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  • 11Aug
    • 詩文集(46)――生きるとはこんなにも軽やかな歩み

      イワギキョウ,加賀白山       リンドウの花 夏の歓びに浸りきり至福のひかりのなかで 息もしなくなって、おまえは立っている そらはおまえの杯(さかづき)の底に沈んでしまったかのよう おまえのうぶ毛を吹く風が この魂のあらゆる罪と痛みを 吹きはらってくれるなら ぼくはおまえの兄弟になって しずかな日々をおまえとともに過ごすだろう 世をわたってゆくぼくの旅は かろやかで幸せな目標を見るだろう おまえと同じく、神の見る夢の庭園を 夏の青い夢となって歩むのだ  ヘッセの詩は、ドイツ語としてはかなりやさしいほうで、初学者でもよくわかる易しい言葉で書かれています。教科書類に採用されたのを見たことがないのは、ふしぎです。カフカの作品はしばしば見かけるのですが‥ 大意を読みとろうとして逢着する困難の多くは、語学的なものではありません。内容を読みとる難しさなのです。上の詩も、すぐには意味が通じなくて、原書に印をつけたまま、何度も折りにふれて読みかえしていたのですが、ひっかかっていたのは、第3連にある「目標(Ziel)」という語だったことがわかりました。入門の 500語の中に入るほどやさしい単語ですし、「目標」という訳語も、辞書の最初に書いてある意味で、どうということはないのです。 「世をわたってゆく……旅」、つまり人生の「目的」「目標」が、死後の“生き方(?)”――在り方だということを思いつかなかったために、理解できなかったのです。 それがわかったとたんに、第1連から第3連まで、この詩全体の印象が、すっかり変ってしまいました。 そして、死後に、どんな在り方をするか、ということを目標に生きてゆくということが、けっして何かとほうもなく偉大なことでもなければ、重々しい生き方でも何でもないことが、すんなりと納得できたのでした。それは、私たちのような凡人が誰でも夢見るような平凡なことなのです。ただ、私たちはふだんそれを意識していないだけです‥ 「神の見る夢」というのは、おもしろい発想です。“神がこの世を創造した”ということを裏返して言えば、この世界はなにもかも、神がまどろんで夢見ているまぼろしの風景の一部にすぎないのだ、とも言えます。私たちはみな、神の見る夢に現れた幻影にすぎないのだ、と。 それならば、「夏の青い夢」となって、神を惑わそうとたくらむことは、まさに人生の目標たるに価する、すてきな企画ではないでしょうか? アルプス・リンドウ(Gentiana alpina) ©Wikimedia Commons  リンドウは、野山に咲く花の中では、比較的じみな部類ではないでしょうか。そんなに珍しい花ではないし、草むらの中で、まっすぐに上を向いて咲いています。高山植物の花の赤やピンクのあでやかさも、可憐さも、あまり持ち合わせてはいないように見えます。 青空は「おまえの杯の底に沈んでしまったかのよう」だと言っているところをみると、ヨーロッパのリンドウも、まっすぐに上を向いて咲くようです。 Wikipedia で探してみた画像が↑上です。ヨーロッパには、リンドウ属はたくさんの種があるようですが、どの種の写真も上を向いて咲いていました。それにしても、あざやかな青ですね。日本でも、高山に咲くリンドウ属――イワギキョウなど――は、あざやかな青い色をしています。高山の空の深い紺青を吸収してしまったかのようです。 あざやかな色はトリカブトを思い出させますが、リンドウの根は毒薬ではなく、漢方の薬材になります。あざやかな色が岩間を彩るころ、高山はもう夏の盛りを過ぎて冬支度に向っているのです。      夏の夜 樹々から垂れているのは嵐がのこした滴(しずく) 濡れた葉叢にひかる月光の冷ややかな親しみ 眼には見えないが深い谷底から沢のせせらぎが 暗く、せわしなく響いてくる。 農場で犬がさかんに咆えだした おお夏の夜、宙吊りにされた星たちよ おまえたちの往く蒼いみちすじ、旅のざわめきのかなたに 私の心はどんなに遠く奪われてゆくことか。  よかったらギトンのブログへ⇒:ギトンのあ~いえばこーゆー記 こちらは自撮り写真帖⇒:ギトンの Galerie de Tableau

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  • 09Aug
    • ★ HIC ET NUNC

            HIC ET NUNC(いま・ここで) 世界はふるびてしまったから ひとは、いま、ここ、に執着している 世界はこちこちになってほころびてしまったから ぼくたちは覆いを閉ざし、いま、ここ、にとどまろうとする 古臭くなった世界にしがみつき称揚するひとたちは 塗りの剥げたテンペラ画を修復しようとあくせく働く 世界が泣いている;しずくに濡れた壁のまえに 安っぽい書割を置いてごまかそうとするやつらは 嵐に洗い流されて去るがよい ぼくらのまえにあるのはすべての植被を 剥ぎとられたはだかの曠野 偉大なひとびとが魂を籠めた壁画のかずかず―― いまむきだしになって 砂のうみに並ぶ よかったらギトンのブログへ⇒:ギトンのあ~いえばこーゆー記 こちらは自撮り写真帖⇒:ギトンの Galerie de Tableau

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  • 04Aug
    • 詩文集(45)――なつかしき少年の園(その)

      三ツ峠,山梨県.      蝶 ある時かなしみにおそわれて ひとり野はらを歩いていった ぼくはひとひらの蝶を見た 白と深紅のはねが舞い そらでは風がふいていた。 おお蝶よ!ぼくがまだ子供だったころ 世界は朝方のように澄んでいた あおぞらはぼくのすぐ近くにあった おまえが美しいはねをひろげるのを 最後に見たのはそのころだったか。 天上の園(その)からふきよせられた 色あざやかな柔らかい吐息よ、 ぼくはなんとよそよそしく、恥じ入りながら おまえの神々しい深いかがやきに かれはてた瞳(め)を向けているだろう! 白と赤とのそのひとひらは 畑のなかに見えなくなった そしてさらに歩いていったとき 夢見るような瞼(まぶた)のうらに 天上からの静かなかがやきが残った。  赤と白のチョウチョって、ほんとにいるんでしょうか? 白い羽根に深紅のもようがある蝶なんて、見た覚えがありませんよね?w 「赤」といっても、紫や焦げ茶に近い深い赤なのかもしれません。「赤」と白だけでなく、黒っぽいすじも混じっているのでしょう。そういう蝶なら、ありそうな気がします。 日本では珍しいこの種のハデな色の蝶は、夏の高山に行くと、よく見かけるようになりました。海を越えてフィリピンからやってくる“渡り蝶”だということを、山で会った方に教えていただきました。フィリピンといえば、ジェット機でも数時間はかかります。そんなに遠くから飛んでくる力が、小さなチョウチョにあるのだろうかと、ふしぎになりますが、強力な熱帯気団に吹き上げられて、自然に運ばれてきてしまうのかもしれません。それにしても、下はずっと海で、途中降りて羽を休める処もないのに、よくやって来られるものだと感心します。 ヘッセの住んでいたスイスでは、地中海・アフリカ方面から来る渡り蝶は、珍しくないのかもしれません。 ヘッセはそれを、「天上の園」から舞いおりてきたものと想像します。「天上の園」と訳したのはパラダイス(Paradies)です。死んだ人間が往くところというイメージは、この詩にはありませんが、やはり少なくとも“神の住まう世界”のイメージなのでしょう。 このように昔の人は―――ヨーロッパではヘッセあたりが最後の世代でしょうか?―――、この世とは異なる別の世界が、たしかに存在するという確信のようなものを持っていたのだと思います。ある人は何教徒で、ある人は無神論者だ‥といった個人個人の意識・考えとは別に、ある時代、ある地域の人すべてが無意識に持っている、理論以前の確信的なイメージがあるのです。 現代の、たとえば日本で、“もうひとつの世界”について無意識のイメージを持っている人などは、まずめったにいません。持っていたとしても非常に漠然としたもので、昔の人のような具体的なイメージではないと思います。あるいは、その人が信仰する宗派から習い覚えた表層的な公式的なイメージにすぎないでしょう。  ↓下の詩も、よく似た憧憬にみちた世界を謳っていますが、ここでの中心的なモチーフ‥‥塀で囲まれた庭園のイメージは、ヘッセの詩ではおなじみのものです。 “イメージ”という言葉は、夢であれ現実の像であれ、視覚の対象をおもに表す言葉なので、ちょっと意味が狭いように感じます。 たしかに、この時期のヘッセ―――上の詩は 1907年、下の詩は 1910年―――は、絵画的な方向に傾いていたかもしれません。『デーミアン』に、テンペラ画の練習に夢中になっているようすが書かれていました。しかし、ヘッセの描く絵画的な詩の“絵画”は、画面の向こうに、視覚の範囲をはるかにはみだしてしまう広く深い非視覚的“イメージ”の世界を持っています。ちょうど、印象派以後の絵画が、視覚的な描像の向こうに、視覚ではとらえきれないものを描くことに集中していったのと同じように。 たとえば、「老樹の厳(おごそ)かな蒼い影」――「厳かな蒼い」と訳しましたが、原語は“メルヒェン・ブラウ”。グリムのメルヒェン、あるいはハウフの怪談のような、暗い森の奥から湧き上がって来る、怪しい伝説の世界を想像してほしいと思います。歌劇『魔弾の射手』で、悪魔ザミエルを呼び出して魔弾を打ち鍛える、あの真夜中の森の底です。      少年の園(その) ぼくの少年時代は庭園のくに 銀の泉が草地のあちこちで迸り 老樹の厳かな蒼い影が ぼくの生意気な夢想の熱を冷ましてくれた。 いまぼくは渇いて焦熱の道を行く 扉を閉ざした少年期の園 塀の上で、紅い薔薇がからかうように ぼくのさまよいに合図を送る。 とおい遥かかなたで歌う、ぼくの庭園の 清(すが)しい木枝(こえだ)のざわめきを ぼくは内に籠って深く深く聴きとらねばならない かつてよりもさらに美しいそのひびきを。  よかったらギトンのブログへ⇒:ギトンのあ~いえばこーゆー記 こちらは自撮り写真帖⇒:ギトンの Galerie de Tableau

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  • 28Jul
    • 詩文集(44)――真夏の大地の憂鬱

      小川原湖,青森県.       夏の旅 見晴るかす黄金(きん)の海 風に揺すれる麦稈の穂波 遠くの村からきこえてくる 蹄のひびき、鎌打つ音。 蒸せかえるような重い季節だ! 陽の耀きに顫えてゆらぐ 稔りきった黄金の潮(うしお) 刈り入れの用意は整った。 広い大地に径(みち)も無く そぞろ彷徨(さまよ)う異邦の者に このわたしに、稔りはあるのだろうか 獲り入れの鎌が近づいたとき?  前回までの『地の糧』、いかがでしたでしょうか? ギトンにとっては、ほんとうにしばらくぶりの再読でした。最初に読んだのは高校生の時で、‥いや、読んだというほどではなかったのが今回、よくわかりました。 「ナタナエル、君に情熱を教えよう」(当時の翻訳は、そうなってました)―――くらいしか記憶に残ってません。その文句以外、ほとんど読んでなかったんだと思いますw 再読してみて、やっぱりジッドはすごいなと思うのは、目に見える世界、五感で感じられるものに、徹底してこだわって、そこに没入していることです。目に見えるものを無視して一気に飛躍しようとすると、‥‥それができる人はいいですけれども‥‥、できないのに無理をすると、頭で考えた理屈に依存することになりやすいし、その理屈を自分で考え出せないとなると、伝統や常識や、安っぽい先入見に引きずられてしまいます。 『地の糧』につづいて取り上げるものを探してるんですが、いまのところ適当なのがありませんねw ハーフィズは近くの図書館に無かったので、いま、他の館から取り寄せてもらっています。平凡社ライブラリーの『古典BL小説集』も読みましたが、‥‥んーいまいちですねw 勝手を言わせてもらえば、耽美性が足りないんです。同性愛に偏見がないのは、いいと思うんですけどね。 そろそろ“大御所”のジャン・ジュネに取りかかるかなあ‥‥という感じもしています。  ところで、この「詩文集」の掲載間隔ですけど、これから週1回にさせていただこうと思ってます。掲載を始めたときには、訳して貯めてあった分をかなり持っていたので、一日置きでも平気だったんですが、もうストックは底を衝いてますw でも、ヘッセの翻訳は、ゆっくりでも続けたいと思ってます。市販の翻訳本が数種あるのに、わざわざ自分流の翻訳をしているのは、詩の言葉の勉強になるからです。西洋人の書いた詩ですから、内容は、ほとんどすべてが自分の中には無いもの、思わぬ内容、思わぬ考え方、はっと思うような感じ方ばかりです。そういう内容を、どういう言葉で言い表したらいいのか‥、これは本当に“学習”になりますw とくにヘッセは、“敬虔派”のキリスト教徒の家に生まれて、そういう環境で育っているので、‥‥小説ではそれほどでもないんですが、‥‥詩となると、宗教的な環境の“刻印”が随所に見られますね。 「メメント・モリ(死を想え)」という言葉が西洋にはあるらしいですが、ほんとうにいつも――べつに危険な環境にいるわけではないのに――自分は“死”と隣り合わせに生きているんだ、という感覚をずっと持ってるんですね。 たとえば、今回取り上げた↑上の詩でも、「鎌打つ音」は、麦を刈り取る大鎌を鍛冶屋が鍛えているカーン、カーンという音ですし、「獲り入れの鎌」を、麦ではなく人間に対して向けるのは、もちろん死神です。「鎌」としか訳せませんでしたが、原文では、人間の身体でもまっぷたつにバサッと刈り取ってしまえるような、死神の大鎌(Sense)です。 ヘッセ以外に取り上げたいものがあったり、自作詩でマシなのができた時とか、日常生活、お料理などは、いままでどおり「詩文集」の枠外で出すつもりです。それで、週1回よりは多少多いペースになるんじゃないかと思ってます。       夏の夜 したたる滴(しずく)、よどんだ気配 風のそよぎもなく 酔っぱらいが唄いながら道を行く ふしははずれ、子供のようにもろい声。 酔っぱらいが急に押し黙る: そらが破れ 青白い閃光が 道をするどく照らし出す。 ざわめく白馬の群れのように 速足(はやあし)で近づく雨の列 すべてのあかりは消え、ものはかたちを失った 疾駆する大波がわたしをさらって閉じこめた。 よかったらギトンのブログへ⇒:ギトンのあ~いえばこーゆー記 こちらは自撮り写真帖⇒:ギトンの Galerie de Tableau

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  • 26Jul
    • 【告知】7月28日、都営新宿線・船堀でLGBTイベント!!

       ⇒:LGBTコミュニティ江戸川 直前のお知らせですみません。 都営新宿線・船堀駅から徒歩2分、タワーホール船堀で、区とオランダ大使館が後援するLGBT講演会が開かれます。 江戸川区で、こういうイベントは、今まであまりなかったんではないかと思います。東京の東半分と千葉県方面の方は、ぜひ行ってみてはいかがでしょうか。主催は「LGBTコミュニティ江戸川」、↓こちらでアメーバ・ブログも開設されている古川さん&七崎さん夫夫の運営している団体です。  ⇒:ゲイ夫夫♡良輔&亮介の日常 残念なことに、ギトンは他の予定と重なっていて行けないのですが、‥‥ん~ほんとに残念です。でも、今後また、こうしたイベントを開いてくださるそうなので、次回は参加したいと思っております。 七崎さんのお話では、オランダのLGBTは、70年にわたって運動してきた歴史があるとのこと。オランダは世界に先駆けて同性婚を法制化した国ですが、その背景には、市民権運動の長い歴史があるのですね。そのお話を、直接オランダの当事者の講演でお聞きできる機会ということで、都合のつく方はぜひ行ってみてはと、おすすめする次第です。 ↓開催費用のカンパも受け付けているそうです。ギトンは、きょう振り込む予定です。

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  • 24Jul
    • 詩文集(43)――絡み合う欲情の森、荒原と沙漠――『地の糧』(6)

      樹々の迷宮 白神・高倉森のブナ林       ぼくは知る、きみが歩いてゆくのを 夜おそく通りを歩いているとき、不安のあまり 眼をおとして足を速めるのはいつものことだ 唐突に眼の前に、きみがおし黙って立ちすくんでいる かもしれない:きみの悲しみのすべてをぼくは見るだろう きみの死に絶えた幸せをぼくから求めようとしているのを。 毎晩きみが戸外(そと)を歩いているのを ぼくは知っている;おどおどした足どりで、けばけばしい厚化粧 金を求めて歩くきみは惨めそのものだ! 靴には汚れがこびりつき 横柄な風がきみの絢爛な髪の毛を乱れさす―― 行けども行けどもきみは家に帰る道さえ見いだせぬ。 最初読んだ時は、夜の街頭で客をキャッチしようと待ち構えるコールガールか?‥コールゲイ(??)か‥と思いましたが、描写は象徴的です。けばけばしい衣装と厚化粧をして、稼ぎを求めて夜の町をさまよう姿は、私たちの誰にでもあてはまるような気がします。 しかし、いまは一歩下がって、私たち自身のなりわいを遠処から眺めてみましょう。 文明、社会、貨幣経済、‥そういった衣装を剥ぎ取って見たら、その“情慾渦巻く世界”は、それ自体が生命の横溢であり、“豊饒の海”そのものではないのでしょうか? もちろん、そう言ったからといって、それで私たちの悩みが解決するわけではありません。こういうことを、気休めで言うのは大きな間違えです。悩みは悩む価値があるのです。まして、社会問題に何かの足しになるわけではない。――ただ、こういう見方もあるのだ‥というだけのことですw そういうわけで、今回も『地の糧』のつづきです。じつは今回が最終回です:「君は言った。僕らは、春には、互いに相手のものになるだろう。僕の知っているあの木の枝の下で、あの木陰の苔むすところで。それは昼の何時ごろだろう、空気はこんな具合に肌にやさしいだろう、そして去年そこで鳴いていた鳥が鳴くだろう、と。――ところが、今年は春が遅く来た。冷たすぎる空気が別の歓びを提供した。      〔…〕 日が経ち、また別の日が経った。朝があり、夕べがあった。 〔…〕――おお、灰色の秋の朝よ! 〔…〕――明日になったら、私は、寒さに震えているこの田園を去る。草は霜に覆われているではないか。私は知っているのだ。パンと骨とを空腹に備えてこっそり土の中に埋めておいた犬のように、とっておいた官能の歓びをどこに見つけられるか、私は知っている。暖かい空気が川の曲がる窪みのところに少しは残っているのを、林を塞ぐ柵の上にまだ完全には葉の落ちていない黄金色の菩提樹のあるのを、学校に行く鍛冶屋の坊やにちょっとほほえんで撫でてやることのできるのを、知っている。〔…〕 いや、たしかに、出かけていくのは、他のものを見ようというよりは、自分にとって不可欠ではない一切のものから離れるためなのだ。ああ! ナタナエルよ、私たちはどれだけ多くのものをなしに済ませることだろう! 魂は、決して十分に身軽になっていない。そうしてこそ初めて十分に愛を容れることができるのに――愛、期待、希望、これこそが私たちにとって真の所有なのだ。 ああ! そこで生活することもできたであろうにと思われる、かくも多くの場所よ! 幸福が豊富に溢れ出るような場所。骨身惜しまぬ農場、褒め言葉もないような畑仕事、疲労、睡眠のもたらす広大な静謐…… 出かけよう! 止まるところなどは、行き当たりばったりに限る!」 『地の糧』「第五の書 一」より;二宮正之・訳.  「魂」が「身軽にな」るとは、どういうことでしょうか? 「そうしてこそ初めて十分に愛を容れることができるのに」。 よけいな所有物をいっさい持たないという物質的な「身軽」さだけでなく、精神的にも「身軽」ということなのでしょう。知識、習慣、常識‥‥、そういったものを棄てることを言っているのだと思います。私たちは、都会や文明社会の生活では、それらがないと生きていけないと思っている。しかし、住み慣れた土地を離れてみれば、絶対不可欠だと思っていた多くの観念が、じつはまったく必要のないものであったことに気づくのです。 「愛、期待、希望、これこそが私たちにとって真の所有なのだ。」私たちが失ってはならないものは、この3つ以外には無いというのです。 「ナタナエル、寝場所について何を語ろうか。 私は藁塚の上で眠った。麦畑の畝の間で眠った。草の中で、陽に曝されて眠った。秣(まぐさ)小屋で夜を過ごした。〔…〕遊び女が待ち構えている寝床も度々あったし、また、私の方が少年の来るのを待つ寝床も何度かあった。あるベッドにはいかにも柔らかい布が敷いてあって、私の体同様、すっかり色事と調和しているようだった。〔…〕 開け放した窓に向かって、直接空の下にいるような感じで眠る習慣を身につけた。七月の暑すぎる夜には、月に照らされて素裸で眠った。早暁から鶫(つぐみ) の歌に目が覚めた。〔…〕」 『地の糧』「第六の書」より;二宮正之・訳. 「――そしてまた、私は、お前、シーラーズの小さな茶屋を夢見る。ハーフィズが称えたあの茶屋だ。酌人の注ぐ酒と愛とに酔いしれ、薔薇がそこまで伸びてくるテラスの上にいる無言のハーフィズ、眠り込んでしまった酌人の脇で詩を作りながら夜通し日の出を待っているハーフィズが称えたところ。      〔…〕      * ナタナエルよ、私たちはまだ草木の葉を一緒に眺めなかったね。葉という葉のすべての曲線を…… 樹木の葉の繁(しげみ)。いくつも出口の開いている緑の洞窟。その奥底はそよ風にも場所をかえる。可動性。形の動揺。千々に砕かれた内壁、枝でできた弾力のある骨組み、丸みを帯びた往復運動、薄片小体と小孔質体……」 『地の糧』「第六の書」より;二宮正之・訳.  ハーフィズ(現代ペルシャ語音で「ハーフェズ」)は、中世ペルシャの詩人。ウィキによると:「詩の主題は『愛』で、俗世の愛とも神への愛とも解釈可能な抒情詩を500近くも残している。」 「恋と酒と自然の美などを主題とした作品が多く、民衆に広く愛され、現代でも『コーランなくとも各家庭にはハーフェズ詩集あり』とまで言われている。」  ハーフィズは 14世紀の人で、オマル・ハイヤームよりのちの時代の人らしいです。 上のジッドの文章で、ハーフィズといっしょに出てくる「酌人(サーキ―)」は、若い男性です。イスラム教では戒律が厳しかったため、飲み屋で女性に酌をさせることは禁じられていました。そこで、ホストが客の接待をしていたわけです。 ハイヤームの『ルバイヤート』に出てくる「酌人」は、よく読んでみると作者の同性愛の伴侶(つまり特定の愛人)としか思えない。↓こちらで、そのことを書きました。 【関連記事】⇒:《あ~いえばこーゆー記》ルバイヤート――中世ペルシャのBL詩 ルバイヤートの東漸 ルバイヤートと宮沢賢治(5) ルバイヤートと宮沢賢治(6) ハーフィズは読んだことがないのでわかりませんが、もしかしたらハーフィズも‥‥ と関心が湧いてきました。 その次の段落には、樹木の葉のふしぎな形について書いていますが、1枚の葉だけでなく、「いくつも出口の開いている緑の洞窟」は、密集した深い森林を思わせます。 葉や枝がたがいに絡み合って、しかも常に動いて、変化してゆく森のようすは、愛や情欲や感覚の快楽によって絡み合う人間と世界、世界のなかの人間どうし、万象の“無秩序そのもののような秩序”を思わせます。  ↓下の文章の「アトマン」は、山羊の番をする少年のようで、ジッドの年若い友人のようです。または、そういう設定の架空の少年でしょう。愛人の間柄を思わせます。 いつかまた会えば、何もかも忘れていっしょに歩ける――そういう仲もいいですね。愛を堕落させないでおきたいと思ったら、よけいな重荷をしょわせないことです。愛にしょわせてよいのは情欲だけです。 「ビスクラの庭    アトマン、お前は書いてきたね。『あなたを待っている椰子の木の下で僕は山羊の群れの番をしています。また来てくださいね。春は枝に宿っているでしょう。一緒に散歩をして、何も考えたりしないことにしましょう……』 ――アトマン、山羊の番人よ、もう椰子の木の下に行って私を待つことはない。そして、春は来ないのではないかなどと見守ることもない。私は来た。春は枝に宿った。私たちは散歩をし、頭にはもう何もない。      〔…〕 ……ある夏の雨を思い出す。――しかし、あれでもまだ雨だったのだろうか――どっと降りかかってきたあの生温かい水滴は。それは、あまりにもたっぷりとしていて、手ごたえがあり、実に重たかったので、緑と薔薇色の光に満ち椰子の生えた庭に降り注ぐと、それを受けた葉や花や枝は、愛を込めて贈られた花飾りの輪が大量に解きほぐされたように、水の上を転がっていた。細い流れが花粉を運んで、遠くまで肥沃にしようというのだった。その水は濁っていて黄色だった。泉水では魚が恍惚としていた。水面で鯉が口を開く音が聞こえた。      〔…〕 誰も歩いていない公園に入った。白いウールの服を着た子供が二人、私を案内していった。とても細長い庭で、奥に門がある。〔…〕生まれつつある細流。樹木の糧。重々しく恍惚とした受精。移動してゆく芳香。 覆いのある小川。(葉や花も混じっている)運河。――ここでは水の流れが遅いので『セギア』と呼ぶ。      〔…〕 (アラブ人の風習で白いウールの服をまとっているとても美しい子は、アズースという名で、最愛の者という意味だ。もう一人はウアルディという名で、これは薔薇の季節に生まれたという意味である) ――そして空気と同じく生温かい水、 私たちはそこに唇をひたした…… 暗い水――月がそれを銀色にするまでは、夜の底で見分けがつかなかった。それは木の葉の間から生まれ出るようだった。そこを夜の生き物がうごめいていた。」 『地の糧』「第七の書」より;二宮正之・訳.  「セギア」は、チュニジア・ガフサに特有の灌漑水路で、フィリピンの棚田、イランのカナートなどとともに、国連食糧農業機関(FAO)の「世界重要農業遺産システム」のひとつ。 砂漠の中でも、水のあるところには生命があり、「黄色」い「生温かい水」「暗い水」の中で、花粉と芳香が流れ、「恍惚と」して受精し、「夜の生き物がうごめいてい」ます。 「――もっと荒原の話がしたい。      〔…〕 石の荒原はかさかさだ。〔…〕 粘土の荒原。ここなら、少し水が流れさえすれば。何でも生きることができそうだ。雨が降るとすぐに、すべてのものが緑になる。乾きすぎた土地はほほえむ習慣を失ったようではあるが、ここでは、他所よりも、草がもっと柔らかく、もっとよい香りを放つようだ。種を結ぶ前に太陽に焼かれて萎れてしまうのを心配して、他所でより、急いで花を開き、急いで芳香を放つのだ。その愛は急かされている。太陽が戻ってくると、土はひび割れ、ぼろぼろに崩れ、到るところから水が流れ去ってしまう。〔…〕 砂漠――生命はそこから閉め出されている。そこには風の脈動と暑さしかない。砂は陰では微妙にビロード状になる。夕方には燃え上がり、朝には灰のようになる。砂丘の間に真っ白な谷がある。私たちは馬で通っていった。〔…〕 私はお前を熱愛したであろう、沙漠よ。ああ! お前のもっとも小さな砂粒が、それ自体の場において宇宙全体を再表現してくれるように! ――砂塵よ、いかなる生をお前は思い出すのか。いかなる愛が解体してこうなったのか。――砂塵は讃えてもらいたいのだ。」 『地の糧』「第七の書」より;二宮正之・訳.  砂漠は、永劫のむかしから砂漠だったわけではありません。数万年前には、草木の生い繁る平原だったり、何億年か前には生命の海であったりしたのです。“死の世界”のような砂漠で、砂嵐が激しく舞うのは、愛と生命が渦巻いていた豊饒の時代の記憶を反復させているのではないでしょうか。。。 砂漠よりも少しだけ湿り気のある「粘土の荒原」では、気まぐれな雨が落ちるたびに、「急かされ」た愛が、短い命の芳香を放つのです。 地球上どこにでも愛は入りこんで行こうとします。いつも、見えないところで、うごめいているのです。「眠られぬ夜    待ち焦がれ、待ち焦がれ、熱に浮かされ、往きて帰らぬ青春の季節(とき)、宗教上の罪と呼ばれるもの一切への熱烈な渇き。      〔…〕 私は往きて帰らぬ時を思い出す。石の床に裸足で立ち、額をバルコンの濡れた鉄柵に押し当てていた。月影に、私の肉体の輝きは、十分に熟したすばらしい果物のようだった。待て待てだって! それは私たちをしおれさせるだけだった。……爛熟した果実よ! 渇きがあまりにもひどくなり、焼きつく喉に耐えられなくなった時、そうなってやっと私たちはお前を噛んだ。傷んでしまった果物よ! お前たちは私たちの口を、毒を含んだ味気なさで満たし、私の魂を深く動揺させた。――若いうちに果物のまだ歯ごたえのある肉を噛み、愛の香り高い果汁をすすった者よ、君たちは幸せだ。無駄に待たず……果実を味わったら生き生きと路上を走り出すのだ。――私たちはそこで辛い日々を終えるであろうに。      〔…〕 今朝、私はいかなる墓から逃れ出たのか――(海鳥が何羽も水を浴び、羽を広げる)そして、ああ! ナタナエルよ、私にとって生のイメージは、欲求に満ちた唇に押し当てられる風味に満ちた果物なのだ。      〔…〕 ……飲むにつれて、渇きは刻々に激しくなった。ついにはあまりに強烈になり、欲求不満で泣きたいほどだった。 ……感覚は消耗しつくして透明になってしまった。朝、町に出て行った時、空の紺青が私の中に入った。      〔…〕 ……今、彼方では、日が暮れた…… ……おお、もし時がその源に遡りうるものなら! そして、もし過去が戻って来られるものなら! ナタナエルよ、君を私の青春の恋に満ちた時期に連れて行きたい。その頃、生は私のうちを蜜のように流れていた。――あんなにも多くの幸福を味わったことに、魂はいつか慰められるのだろうか。なぜならそこに私はいたのだ、あそこに、あの庭に、この私がいたので、他の誰でもない。私があの葦の歌を聞いたのだ。私はあれらの花の香りを吸い込み、あの子を眺め、その子に触れた。――そして、春がやって来るたびにこのような楽しみを伴っていたことは事実なのだ。――だが、かつて私であった者、あの他者に、ああ! どうしたら戻ることができるのだろう。〔…〕」 『地の糧』「第八の書」より;二宮正之・訳.       夜ふけに街の通りで 道路の濡れた敷石に 夜どおし街灯のあかりが映る―― こんな遅い時間に起きているのは 困苦と悪習だけだ。 目覚めている者、苦悩に沈む者、 わたしからのあいさつを受けよ、 涙ぐんで哂(わら)う者たち、すべて わたしの兄弟たち、あいさつを受けよ! よかったらギトンのブログへ⇒:ギトンのあ~いえばこーゆー記 こちらは自撮り写真帖⇒:ギトンの Galerie de Tableau

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      テーマ:
  • 21Jul
    • 詩文集(42)――秘められた悦楽、イチジクの恋――『地の糧』(5)

            夜 夜はぼくの親しい友だち 夜とは心を読み合える 同じ祖国、ぼくらの前世は 姉・弟のあいだがら。 そしていつか時が来て 夜はぼくをしっかり抱きしめる! 笑ってうなづき、ぼくの頬をなでながら 用意はできた?と問いかける。 「用意はできた?」とは、死ぬ用意ができたかということです。 メルヒェンのように軽く明るいこの唄も、その意味するところは、おそろしく重く深いのです。ちなみに、「姉・弟」なのは、「夜」が女性名詞だから。 このように、可視の世界の向う側へ、一気につきぬけてしまうところは、ジッドなどには真似できないヘッセの本領と言えるでしょう。 この詩ももちろん、セクシュアルな読み方ができないわけではありません。しっかりと抱きしめ合って、問いかける「用意」とは、その場合には身体で交わる心の準備でしょう。しかし、そう読んだ場合には、その交わり自体が、生と死の向こう側を覗き見るような面を持つことになります。真摯に体を重ね合うほどに心と心が近づいたとき、見える世界は、決してこの世だけではないのです。 さて、『地の糧』のつづきです。こんどは、イラス少年がシミアーヌを歌のかけあいに誘います。シミアーヌという名前は女性(やおい??)のようです。「――さあ、シミアーヌ、無花果(いちじく)を歌いたまえ。 無花果の恋は秘められているのだから。 ――では、無花果を歌います、とシミアーヌは言った。 無花果の美しい恋は秘められていて、 その花は内側に畳み込まれて咲くのです。 婚礼の祝われる閉ざされた寝室。 どんな香りも婚礼の様子を外に語り伝えはしません。 なにも発散しないからです。 香りのすべては豊かな果汁と味わいになるのです。 美しさを欠いた花、悦楽の実。 熟した花にほかならない実。 私は無花果を歌いました、とシミアーヌは言った。 さあ、今度は花という花を歌ってください。」 『地の糧』「第四の書 三」より;二宮正之・訳.  「熟した花にほかならない実」と言っているように、私たちが食べるイチジクの“実”は、じつは花と蕾です。花の香りは外に発散しないで、内にこもって、これ以上はなく豊かな悦楽を生みだします。披露したり、美しいだろう!と見せびらかしたりしない、つまり、秘められた恋です。 他人に気取られないように注意深く隠れてしたほうが、悦楽の中身はいっそう濃くなり、豊かになるというわけです。 「今度は花という花を歌ってください。」と返したシミアーヌに対して、イラスは、しかし、 「そういえば、ぼくらは果実という果実を歌ったわけではなかった(Certes, nous n'avons pas chanté tous les fruites.)。まだ歌っていない果物がある。」  と言います。シミアーヌの依頼をはぐらかしているのですが、イチジクの歌が気に入って、“秘められた悦楽”の歌をもっとつづけようとしているようにも見えます。 「詩人の天賦の才とは、スモモの実に感動する才能(celui d'être ému pour des prunes)のことだ。花は、ぼくにとって果実を約束するもの(une promesse de fruit)としてしか、意味はない。」  フランス語で「スモモの実」には、「なんでもない、つまらないもの」という意味があります。イラスは、2つの意味を掛けているわけです。 「花は、ぼくにとって果実を約束するものとしてしか、意味はない。」には、イラスの恋愛観、あるいは女性観が表れているかもしれません。美しく飾っているだけでは意味がない、快楽をもたらして情慾を満たしてくれなければ。 「詩人の天賦の才とは、なんでもないつまらないものに感動する才能のことだ。」  ↑これこそ、ジッドが繰り返し説いている、飽くなき欲求と感覚の「熱情」ということの、核心ではないでしょうか? イラスの求める「快楽」とは、ものすごいエクスタシーの快感だけではないのです。むしろ、ときには吐き気をもよおすようなことでも、また「なんでもないつまらないもの」にでも、「快楽」を求めてゆくのです。ふつうに生活していると看過ごしてしまう「なんでもないつまらないもの」の「快楽」を発見し、味わいつくそうとすることが、イラスの「熱情」なのだと思います。 「何でもしてやろう。何でも見てやろう。死ぬまでに、やれるだけのことをすべてやってやろう。」という考えを、『地の糧』から受け取る人が、日本には多いようですが(たとえば、『太陽の季節』の石原慎太郎氏)、じつのところ、ジッドの考えは、それとは対極にあるようです。。。 「さて生垣のリンボクの実は酸っぱいけれど、 冷たい雪で甘くなる。 セイヨウカリンは傷んではじめて食べられる。 そして枯葉色の栗の実は 火に近づけてはじけさせる。 『私はある厳寒の日に雪の中で採った山の苔桃(こけもも)を思い出す』」 『地の糧』「第四の書 三」より;二宮正之・訳.  「リンボク」と訳されているのは、「スピノサ・スモモ prunelle; prunus spinosa」のこと。セイヨウスモモ(プルーン)(prune; orunus domestica)の近種です。棘があるので、生垣にも使われます。実は酸っぱいですが、凍らせると甘くなります。⇒:wiki: スピノサスモモ 「リンボク(橉木)」は、化石植物の鱗木とは別で、ヒイラギに似た、棘のある硬い葉をもつ常緑樹。スモモと同じサクラ属ですが、スモモやスピノサ・スモモとはかなり隔たった遠戚になります。 しかし、「リンボク」という訳は、誤訳ではありません。仏和辞典に、そう書いてあるんですから、しかたがないw… 「コケモモ」は、高山植物。高山の岩だらけの地面に、へばりつくように生えている、草というより苔に見える植物ですが、じつは常緑広葉樹。小さな木なんです。きれいな赤い実をつけます。⇒:wiki: コケモモ サハリンでは「フレップ」と呼んで、ジャム、果実酒などにします。⇒:~ゆらぐ蜉蝣文字~ 7.7.13 ⦅ギャルリDEタブロ⦆【フレップ】コケモモ  『地の糧』には、アルジェリアでの“異国体験”だけでなく、フランス・ノルマンディでの農村体験も書かれています。アンドレ・ジッドの母方は資産家で、ノルマンディに城館と“領地”を持っていました。アンドレも、子どもの頃は、よくこの城館に滞在し、村の子どもたちと牛小屋で遊んだり、もっと年上の、牧場の草刈り作業をしている少年たちに混じったりしていました。『地の糧』出版の前年には、この村の村長に選出され、現地で村行政にたずさわっています。 「駅馬車の旅  私は町の生活の衣を脱ぎすてた。町ではよけいな体面を保たなくてはならなかったのだ。      * 彼はそこに居た、私に寄りかかって。心臓の打つ音でそれが生き物であることが感じられた。そして、その小さな体の温かさが私を燃え立たせていた。彼は私の肩にもたれて眠っていた。呼吸の音が聞こえた。吐く息の生温かい口臭が気になったけれど、目を覚まさせるといけないので身じろぎもしないでいた。すし詰めの馬車が大きく揺れるたびに、子供の繊細な頭は右に左に揺れ動いた。他の人々もまだ眠っていた。夜の残りを消耗しつくそうというのだ。 たしかにそう、私は愛を知った。さらにも愛を、そのほかにもじつに多くの愛を、知った。しかし、あの時のやさしいこころもちについては何もいうことができないのだろうか。 たしかにそう、私は愛を知った。      * うろつき回るすべてのものに接しうるように、自分もうろつき回ることにした。どこで暖をとったらよいのかわからない一切のものに対する愛情で、私は夢中になった。そして、放浪するもののすべてを愛した。      〔…〕 森を過ぎてゆく。それぞれに特有の香りを帯びた気温帯。もっとも生暖かいところは土の匂いをしている。もっとも冷たいところは、水にひたされて繊維だけになった葉の匂い。――私は両眼を瞑(つむ)っていた。その目を開ける。そう、これが木の葉だ。これが搔き回された腐葉土だ……      〔…〕散策    ……存在することが私にとって極めて官能的なものになってきた。私は生のあらゆる形を味わいたいと思った。魚の形、草木の形。五感の歓びのうちで私は触覚がもっとも欲しかった。      〔…〕 あの年頃の私は、裸足で、濡れた土、水溜りの跳ね返り、泥の冷ゃっこさや生温かさに触れるのが大好きだった。なぜ、水と特に濡れたものとを好んだのか、私は知っている。空気にもまして水はその様々な温度の差を直截に感じさせるからなのだ。私は秋の濡れた息吹が好きだった……雨の多い、ノルマンディの地よ。ラ・ロック    荷車はみな、薫り高い収穫物を積んで戻ってきた。 穀物倉は秣でいっぱいになった。 道路わきの斜面にぶつかり、轍(わだち)に落ちこんで跳ねあがる、重い荷車よ、何度おまえたちは私を畑から連れ戻してくれたことか、乾いた草の束の上に寝転び、秣干しの作業をするごつい少年たちにまじった私を! いつまた、ああ! 藁塚の上に寝そべって、夕べの来るのを待つことができるのだろう?……」 『地の糧』「第五の書 二」より;二宮正之・訳.  「ラ・ロック」は、ジッドの母方の城館があり、ジッドが村長をしていたノルマンディの村。 上の引用部分では、少年牧夫たちの草刈り作業に付いて行った幼い頃の思い出を、↓下の引用部分では、同輩の子どもたちと牛小屋に入りこんで遊んだ記憶を、物語っています。 下では「農家」を謳っていますが、この「農家」、他の国のふつうの農家とは、かなり違います。おそろしく規模が大きいのです。この「農家」は、各種の収穫物を豊富に貯蔵した倉庫や、大きな牛舎、チーズや、リンゴなどの果汁や、樹脂、蒸留酒などを製造する工場まで備えています。 じつは、北フランスの農村では、これがふつうでした。いちばん上層には、ジッドの母方のような、古い城館を所有する地主がいます。封建領主の子孫のこともありますが(先祖は、北欧から来てこの地を支配したノルマン・バイキング‥)、パリなどの都会で資産を貯めて、領地ごと買い取ったブルジョワも多かったのです。 地主の下に、“借地農(フェルミエ)”と呼ばれる農業企業家がいます。フェルミエは、地主と永年契約を結んで村の土地を一括して借り上げ、管理を一任されているのです。「農家」「農夫」とは、この階級のことですが、ふつうの農民とは比べものにならない大企業家なのです。“小作人”のイメージではありません。 フェルミエの下には、ふつうの小さな農民などいません。“小作人”もいません。みな、フェルミエの農場に雇われる農業労働者なのです。 下では、フェルミエが「農家」「農夫」と表現されていますが、言葉の内容は、このようにイメージする必要があります。「     農家        農夫よ! 農夫よ! おまえの家を歌え。 私はそこで一時(ひととき)休みたいのだ――そして、穀物倉の脇で秣〔まぐさ〕の香りが思い出させてくれる夏を夢見たいのだ。 鍵束を持って、一つ、また一つと、次々に戸を開けてくれ……      〔…〕 四番目の戸を開けると牛小屋だ。 ここは我慢ならぬほどむっと生暖かい。しかし、牛はいい匂いがする。ああ! 汗をかいた体がいい匂いをしていたあの百姓の子どもたちと一緒にいたあの頃に、皆で牛の脚の間を駆け回っていたあの頃に戻れたらどんなによいだろう! 私たちは秣棚の隅に卵を探した。牛の糞が落ちて、砕け散るのを見ていた。どの牛が最初に糞をするか、賭けたりもした。ある日、私は恐怖に捉えられて逃げ出した。なかの一頭が急に子を生むと思ったので。」 『地の糧』「第五の書 三」より;二宮正之・訳.  牛や馬は、いつでもどこでも糞をします。牛や馬といっしょにいる限り、糞の匂いはは避けられません。匂いそのものは“悪臭”ですが、小舎の干し草の匂い、土の匂いとまざって、その中にいると、「いい匂い」に感じられます。思い出の中では、もっと「いい匂い」になるでしょう。 先日、盛岡で子どもたちの乗馬行列“チャグチャグ馬こ”を見学したのですが、馬が落としてゆく糞を片づけるために、市の清掃局のトラックが数台、行列のあとに付いていました。ときどき停止しては、職員が急いで降りて来て、箒で道路を掃くのですが、糞を取り去っても匂いはどうしても残ります。 昔と違って道路がキレイなアスファルトですから、土の匂いと混じり合うことがありません。馬糞の匂いが嫌がられるようになったのは、都会化した人々の嗜好の変化だけではないようです。 男の子や、男の身体の匂い、汗の匂いも、ときどき、いい匂いに感じられます。男の同性愛の魅力のかなりの部分は、この匂いにあると思います。もっとも、個人ごとに匂いが違うので、合う、合わないがあります。いま、アメリカ、フランスなどのゲイのあいだでは、匂いが合うかどうか嗅いでみて、つきあう相手を決めることが多いそうです。じつに理にかなったやりかただと、ギトンは思うのですが。。。      しずかな屋敷 しずかな夜、大きな家がよこたわる 百姓屋敷:起きている者も、眠れぬ夜を 知る者もそこにはいない。 郷愁の魔力がおまえからやって来る わたしの思念に吹き入れてくる 名づけようもない平安を。  よかったらギトンのブログへ⇒:ギトンのあ~いえばこーゆー記 こちらは自撮り写真帖⇒:ギトンの Galerie de Tableau

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  • 17Jul
    • 詩文集(41)――苦くて甘い果実を求めて――『地の糧』(4)

      シモツケソウ、白山・釈迦新道,石川県.       彼は暗闇を歩き―― 彼は暗闇を歩くのが好きだった、黒い樹々の 影が折り重なって、彼の夢を醒ましたから。 それなのに彼の胸には、光へ!光へ!と 燃えるような欲求がうずいていた。 彼は知らなかった、頭上には、澄みきったそらいっぱいの まじりけない星がかがやいていることを。  ヘッセの詩をめくっていると、いつもそれとなく安心感を覚えるのは、“真実は自分の外にある”ということを彼が知っているからだと思います。 たいせつなものは、いつも人間の中ではなく、人間をとり囲む世界のほうにある。たった百年たらずしかこの世に存在しない“自己”なんかに、いったいどんな重みがあるというのでしょうか? さて、今回も、『地の糧』の続きを読んでいくことにします。前回は、ジッドの愛撫の対象でしかなかった同性愛者の少年が、今度は口をひらいて語りはじめます:「さてその夜、彼らは果物を謳った。メナルク、アルシッド、さらに集まった者数名を前に、イラスは次のように歌った。   石榴(ざくろ)の輪舞の歌      〔…〕 肉体の歓びは、草葉のように柔らかく、 生垣の花のようにあいらしい。 牧場の苜蓿(うまごやし)よりも、あるいはまた触るとすぐに葉の落ちる あわれな下野(しもつけ)草よりも、もっとはやく萎(しお)れて刈り取られるのではあるが。      〔…〕 おお! ナタナエルよ、君は自分の触れられるものを欲求するように。 そして、それよりも完璧な所有などは望まぬように。 僕の感覚にとってもっとも心地よい歓びは 癒された渇きだった。」 『地の糧』「第四の書 三」より;二宮正之・訳. 「ウマゴヤシ」: ウマゴヤシ属(ウマゴヤシ、アルファルファ)は、日本では帰化植物。牧草として栽培もされます。クローバー(シロツメクサ、アカツメクサ)に似ていますが、三ツ葉も花も大きいです。「シモツケソウ」: シモツケソウ属は、ふわふわした感じの細かいピンクの花をたくさんつける野草で、日本では、低山から高山まで、いくつかの種があります。最近の都市化の波で、低い場所には咲かなくなりましたが、高山のお花畑ではふつうに見かけます(↑写真参照)。西洋でも、いくつかの種があるようですが、赤花は珍しく、もっともふつうのセイヨウナツユキソウは白花です。 「触るとすぐに葉の落ちる/あわれな」というのは意味不明。乾燥してカサカサになってるとか?! ‥‥シモツケソウの葉は、触ったくらいでは壊れないふつうの葉ですが、たしかに、花穂の見かけはとてもふわふわしていて、飛び散って行きそうな淡い感じがします。「イラス(ヒュラス)Hylas」: テオクリトス『牧歌』に登場する同性愛者の少年。神人ヘラクレスの愛人。ヘラクレスは、ヒュラスを連れて、有名なイアソンの“アルゴス船の航海”に参加するが、途中、船がヘレスポントス(黒海とエーゲ海の間の岬)に立ち寄った際、ヒュラスは泉に炊事の水を汲みに行って、ニンフたちに襲われ、水中に引き込まれてしまう。ヘラクレスは、ヒュラスが戻って来ないので発狂したようになって探し回り、航海のことなど忘れてしまった。 この話は、ギリシャ・ローマでよく知られた物語だったらしく、ウェルギリウス『牧歌』では、賢人シレノスが、他のさまざまな神話伝説とともに物語ります。「イラス」はフランス語読み。 ところで、このイラスの『輪舞の歌』でも、「ナタナエルよ、君は自分の触れられるものを欲求するように。/そして、それよりも完璧な所有などは望まぬように。」と、夢のような望みや、支配欲に対する戒めが語られます。 “ぼくの身体に触れられるだけで満足せよ。ぼくを完璧に所有しようなんて思うなよ!”――ってことですw これって、同性同士のつながりを保つための要諦かもしれませんね。同性同士だと、相手と“同じになりたい”という欲求が、どうしても強くなりがちですが、だからって一方的に自分の思いどおりにしようとしたら、壊れるんだと‥‥「ナタナエルよ、私は君の唇を新しい渇きで燃え上がらせたい。そして、その唇へ清涼の溢れる杯を近づけたい。私は飲んだ。唇が渇きを潤おすことのできる泉を私は知っている。     〔…〕 泉には並々ならぬ美しさがある。また、地中に浸透する水もそうだ。それは後になると、あたかも水晶を通過したかのように、澄んで見える。それを呑むのは、類まれな楽しみだ。その水は空気のように淡く、存在しないもののように味もなく、色もしない。〔…〕  私の五感にとって最高の歓び  それは潤おされた渇きであった。」 『地の糧』「第六の書」より;二宮正之・訳.  ↓イラスの『輪舞の歌』のつづきです: 「快いものだった、水浴した時の泉の水は、 見知らぬ唇に物蔭で僕の唇が触れるのは…… しかし、果物は――果物は――ナタナエルよ、何と言おうか。      〔…〕 その果肉は微妙繊細で汁がたっぷりあった。 血を流す肉のように味が良かった。 傷から流れ出る血のように赤かった。 これらは、ナタナエルよ、特殊な渇きなど少しも求めていなかった。 金の籠に入れて供されたのだ。 その味はまず胸をむかつかせた。較べようもなく味気なかった。 僕の知っている土地のどの果物の味も思い出させなかった。 それは熟れすぎたバンジロウの実を想わせた。 果肉は熟しすぎているようだった。 そして口に渋い後味を残した。 それを消すには、もう一つ新しいのを食べなければならなかった。 享受できるといっても、ほんの束の間のことで、 果汁を味わう間だけのことだった。 そして、その瞬間は短いだけになおさら好ましかった、 食べ終わるとその味気なさはますます吐き気をもよおすものになったのだから。 果物籠はすぐに空になった。 最後の一つは分かちあったりはしないで、 そのまま残しておいた。 嗚呼! その後で、ナタナエル、誰が私たちの唇について語るだろう。 その苦く焼け爛れる感じがどんなものであったのかを。 いかなる水もそれを洗い清めることはできなかった。 この果物を食べたい一念で僕らは魂の底まで苦しんだ。 三日間というもの、市場で、それを探し求めた。 が、その季節は終わっていた。 どこにあるのだろう、ナタナエルよ、私たちの旅で、 また別の欲求を引き起こす新しい果物は?」 『地の糧』「第四の書 三」より;二宮正之・訳.  なにか気持ちが悪くなるような、おかしな果物ですが、ある種の性愛に似ているのかもしれません。男女のことはよくわかりませんが、ゲイの性愛にはときどきありそうな気がします。馴れてしまうと気にならなくなるようでもあります。 しかし、このイラスの歌は、こうした特別な・ひねくれた趣向を好きこのんで、わざわざそれを求めているように見えます。 ↓つぎは地の文で、つまりイラスでなくジッドの言として書かれている部分ですが、似た趣向が感じられます。もっとも、キノコは毒キノコが多いですから、ジッドが食べなかったのは正解だったでしょうw「今朝、レ・スルスの道を散歩していた時、奇妙な茸を見つけた。 それは、白い鞘に包まれて、橙色の木蓮の実に似ていて、灰色の規則正しい模様があるのだが、その模様は内部から出てくる胞子状の微粒によってつけられているのだった。割ってみると、中には泥のようなものが一杯に詰まっていて、中心は色の濃いゼリー状になっていた。吐き気をもよおしそうな臭いがするのだった。 この茸の周りにあるもっと開いた形のほかの茸は、古木の幹に見られるような平たく押しつぶした菌性ポリープのようなものでしかなかった。」 『地の糧』「第二の書」より;二宮正之・訳.  ↓ふたたび、イラス少年の『石榴(ざくろ)の輪舞の歌』のつづきです:「木に登って採る果物がある。 塀をめぐらして、他人は入れない庭で、 夏ともなれば日蔭で食べる。 小さなテーブルを設(しつら)えよう。 枝を揺すぶりさえすれば まわりじゅうに実は落ちるだろう。 そこでうとうとしていたハエも目を覚ますだろう。 実が落ちたら、いくつもの碗に集めよう。 その匂いだけでもう魅力満点だ。 皮が唇に染みをつけるので、ひどく喉の渇いたときにしか食べないのがある。 砂地の道を行ったときに見つけたのだ。 それは棘のある葉を通して光っていた。 採ろうとすると、手を傷つけた。 そのくせぼくらの渇きはあまりおさまらなかった。      〔…〕 果肉のいつでも冷たいものがある、夏でもそうなのだ。 ちいさな飲み屋の奥で 茣蓙(ござ)の上にしゃがみこんで食べるのだ。 思い出しただけで喉の渇くのがある。 見つからないとなると、すぐにそうなのだ。      * ナタナエル、君に石榴のことを話そうか。 オリエントの市で、二束三文で売っていた。 葦の簀(す)の子の上に山積みになっていたのが崩れたのだ。 埃の中に転がり出たのがあって、 裸の子どもたちが拾い集めていた。 その汁は熟していない木苺のように少し酸っぱい。 花は蝋細工のようだ。 実と同じ色をしている。 秘められた宝、蜂の巣のような仕切り、 風味の豊かさ、 五角形の建築、 皮がはじけ、実の粒が落ちる、 紺青の杯に血の粒が散る。 そしてまた、別の石榴は、琺瑯(ほうろう)びきのブロンズの皿に容れた、金の滴〔しずく〕。」 『地の糧』「第四の書 三」より;二宮正之・訳.    ザクロの花を見たことがあるでしょうか? 「花は蝋細工のようだ。/実と同じ色をしている。」と書いていますが、うまい言い方だと思います。たしかに、蝋細工の質感で、少し硬くて厚い“から”の中に花があります。子どもの頃には、キツネのようだと思ったものです。 そのキツネのようなものが、赤い実をぎっしり詰め込んだ“ふくろ”の先にも付いています。 でも、庭のザクロの樹は、花が咲くだけで、ほとんど実になりません。ザクロの花は、枝にたくさん咲いて、みんなキツネの顔で笑っているし、そのまま地面に落ちてしまっても、やっぱり笑っています。 咲くだけで実らないけど、ずっと笑ってる。笑ったまま死ぬ。――ゲイの友だちにこの話をしたら、にんまりして、ザクロの花が“キツネだ”って言うのはよく解ると言っていました。 その次の最後の連は、ザクロの実の詰まりかた――「五角形の建築」――はじけた実が容器に盛られた形、色の対照について書いています。「紺青の杯」「ほうろうびきのブロンズの皿」――この赤い雫のような粒は、たしかにそういったオリエント風の容器に合うかもしれません。 腐爛した果実の匂いにむせかえる狭い中庭、飲み屋の奥のゴザの上、はだかの子供たちが騒いでいる埃っぽい街頭、――そういった、食べる場所、手に入れる場所の状況も、色、形、匂いに劣らず、快楽の重要な要素なのだと思います。 「皮が唇に染みをつけるので、ひどく喉の渇いたときにしか食べない」実のように、葉に棘があって採りにくく、食べてもほとんど渇きをいやせない、味もない果実にも、イラスは大きな関心を寄せています。そうした実も、感覚の歓びにとっては、それはそれで価値があるのです。ひどく喉が渇いている、棘が手を傷つけるといった状況も快楽の要素です。なぜなら、重要なのは欲求の対象よりも、欲求それ自体だからです。 したがって、ザクロの実のように、ほんのり酸っぱいだけで、味気ない気がする果物も、それはそれで、価値ある快楽の形です。ぞんぶんに甘くて味の濃い桃やバナナのような果実と、対等の価値があるのです。それは果物だけのことではありません。↓下の宴席で、みなが「官能の歓び」と言っているのは、もちろん人間の性愛のことです: 「夜、フィエゾーレの丘の麓にある庭園に〔…〕シミアーヌ、ティティール、メナルク、ナタナエル、エレーヌ、アルシッド、その他数名のものが集まった。      〔…〕 『官能の歓びは、すべて良いものだ』とエリファスが言っていた。『どれも味わわれる必要がある』 『いや、すべてが万人に良いとは言えない』とティビュルが言った。『選択しなくてはいけない。』      〔…〕 そして、シミアーヌはイラスに、 『それは本当に小さな果実でしきりに食べたくなるんです』と言う。      * イラスは謳いあげた。 ――官能のちょっとした歓びというものがある。私たちにとっては、ちょうど、道端でこっそりつまみ食いする小さな果物のようなものだ。酸っぱくて、もっと甘ければよいのに、と思うのだった。」 『地の糧』「第四の書 四」より;二宮正之・訳.       船人(ふなびと)たちの祈りアドリア海    忙しく夜ふけの時が過ぎてゆく! 月も星も出ない空 われらの旅を見守りたまえ われらが主の母なるお方! 慌しく時は過ぎ、まぢかにせまる 砂洲と崕(きりぎし):夜ふけの嵐に 傾(かし)いだ船を、聖母よ、 故郷(ふるさと)の港に向けたまえ! 忙しく休みなく時は過ぐ 汝慈(いつく)しみの聖母 主を産みだされたお方 いつかわれらを永久(とこしえ)のやすらぎに導きたまえ!  よかったらギトンのブログへ⇒:ギトンのあ~いえばこーゆー記 こちらは自撮り写真帖⇒:ギトンの Galerie de Tableau

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  • 14Jul
    • 詩文集(40)――“違う世界”で自己を見つめる――『地の糧』(3)

      スマトラの森林       スマトラへの途上 毎晩のように、夢に浮かされたわたしの眼のまえに 故郷(ふるさと)がまぢかに立つ それはまだわたしのものであるかのように。 しかしまだ、わたしは旅をつづけなければならない 辺鄙(へんぴ)な離れ島の烈日の下で わたしの心臓を休ませなければならない きかない赤ん坊を揺らして、うたを唄って やすらかに寝かしつけるように: しかしわたしの心臓はすぐにまた不機嫌になって 寝かしつけるのは容易でない まるで子供のように荒く弱々しい。  ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━      原始の森を辞す 浜に出てトランクの上に腰かける 下のほうでは汽船にむらがる インド人、中国人、マライ人 大声で笑い、きんきらのがらくたを商う。 すぐうしろには熱をおびた夜と昼、 灼けつく森の生活がある、その思い出をわたしはすでに まだ原始の森の流れがかかとを浸しているうちに たいせつな宝物のように奥深くしまい込んでしまった。 まだ多くの国々、多くの町をわたしはいつか訪ねるだろう しかし原始の森の夜、ぶくぶくと澱(おり)を醸(かも)す あの太古の森の庭、あの華美絢爛がわたしを引き寄せ 驚かすことは二度とないだろう。 この果てしなくかがやく野生のただなかで いままでになくわたしは人の世を忘れた―― おおこれほどにも近くまた偽りなく おのれの魂の鏡像を覗いたことはなかったのだ。  ヘッセの“アジアの旅”は、スリランカからマライ半島、スマトラ島へと向かいますが、体調を崩していたようです。おそらく、スリランカの不衛生な水と酷暑で弱りきった内臓が、船酔いに耐えられなくなったのでしょう。伝記によれば、赤痢にもかかっています。 健康状態のせいか、道中に書いた詩は、インドネシア方面ではシンガポールの夜祭りぐらいが、めだったできばえで、ほかにはたいしたものがありません。 そして、ふたたびスリランカ・コロンボを経由してヨーロッパへ帰って行きます。 ↑おそらくコロンボ港での作品と思われますが、「原始の森の夜、ぶくぶくと澱を醸す/あの太古の森の庭、あの華美絢爛がわたしを引き寄せ/驚かすことは二度とないだろう。」と、まるで熱帯の風景に“訣別”を告げているかのような調子です。 “もう二度と来るもんか!!”と言っているように聞こえますw ヨーロッパでは、あてどなくさまよう旅も、野宿も平気だったヘッセが、気候風土の違うモンスーン熱帯では、すっかりやられて憔悴してしまったようです。 ジッドの訪れた“アジア”は、ヨーロッパのすぐ近くのアルジェリアで、しかもそこは当時、フランスの植民地で、フランス人もおおぜい住んでいました。しかし、ヘッセの訪れたのはインド、しかもその南端とインドネシアで、あまりにも条件が違っていたかもしれません。ヨーロッパ人は、乾燥した沙漠や荒野ならば耐性があるが、蒸し暑いモンスーン気候は苦手なのかもしれませんね。 しかし、“アジア旅行”がヘッセに何も残さなかったのかというと、‥‥とんでもない!! むしろ、大きな影響をこの作家に与えたのだと、ヘッセの伝記は云います。 「アジアの町々での雑踏とあふれる人々とその活気。原始の森林とその中の獣や鳥や昆虫。それらに深い印象を受けはしたが、しかし結局はヘッセにとっては異郷であった。〔…〕 それにもかかわらず、ヘッセはアジアの人々に心を惹かれた。アジアの風景や自然は美しく印象的であったが、彼がアジアの人間に見出したものはそれらよりも一層美しかった。〔…〕 しかもヨーロッパ人が共通なものを持ち、アジア人はアジア人として共通なものをもちながら、『そういうものを越えて共通の所属性と共同性、即ち人類が存在するということ、そのことを私は時おりあらゆる感覚を通じてじつに新鮮に経験し得た〔…〕本でそれを読むのでなく、全く他郷の民族と共に、目と目でそれを体験するということは、何といっても無限に新しく貴重なことである。』 それはヘッセにとって、この東南アジア旅行で得た最も大きな、貴重な体験であった。〔…〕 ヘッセはまた東洋人の宗教に深い関心と憧れとを寄せている。ヒンズー教徒、イスラム教徒、仏教徒、それらの宗教的礼拝と行事は美しく重要だという。献身的な真実の敬虔な宗教的感情、それがヨーロッパには欠けている、とヘッセには見えるだけに、それを東洋に見出したことがヘッセの心をうったのである。後のヘッセの仏教や儒教への深い関心と理解への努力の芽がここに本当に芽生えたといってよいだろう。」井手賁夫『ヘッセ』,1990,清水書院,pp.82-84.  『 』内は、旅行から5年後の『インドの思い出』(1916年)から引用されています。ヘッセは、帰国してしばらくして落ち着いてから、このように、旅行から得た深い印象と思索をまとめているのです。 人は、体験の衝撃が強すぎると、そこから得たものをすぐにはまとめきれず、さしあたってその場では、消化不良を起こしてしまいます。しかし、だからといって、呑み込んだものをみな吐き出してしまうわけではなく、“未知との遭遇”によって揺さぶられた感性と記憶は確実に残り、その後長い時間をかけて、その体験以前に持っていたものとの折り合いをつけながら、消化してゆくのです。 「アジアの風景や自然は美しく印象的であったが、彼がアジアの人間に見出したものはそれらよりも一層美しかった。」と、『インドの思い出』にそういう内容が書いてあるのでしょう、伝記作者は述べていますが、これはお世辞や外交辞令ではないと思います。ヘッセは、じっさいにそういう印象を得ていたのだと思います。ただ、その印象はあまりにも衝撃的にやってきたので、それらを目の当たりに受けた際には、どぎつく歪んで見えてしまったのではないでしょうか。 しかし、私たちが伝記とは違った方向から、ヘッセの書いた詩のほうから見ていることには、やはりそれなりのメリットがあります。 ヘッセは、↑上の『原始の森を辞す』の最後で、 「これほどにも近くまた偽りなく  おのれの魂の鏡像を覗いたことはなかったのだ。」    と記していました。“ふるさと”のヨーロッパ世界の生活では、その伝統や常識や、人々の日常作法にしたがった生活のなかで、虚飾におおわれて見えなかった、ありのままの自分。――その“偽りないすがた”を目のあたりにして、はげしく揺さぶられたことが、この旅の体験の核だったのではないでしょうか? 虚飾を剥ぎ取られた「おのれの魂の鏡像(meiner eigenen Seele gespiegeltes Bildnis)」――自己も他者も含めた、はだかの“人間”を発見した体験は、ヘッセの人間観を大きく揺さぶったはずです。外面はおそろしく違って見えるアジアの人間とヨーロッパの人間とのあいだに、「人間」という共通性、「人類」としての「共同性」を見ることにも、それはつながって行ったと思うのです。 自己を深く見つめ、とらえなおし、ヨーロッパという一社会の制約の中での生き方を模索する方向性は、この東南アジア旅行で植えつけられたと言ってよいでしょう。、『デーミアン』以後のヘッセの作風の変貌は、その結実にほかなりません。しかし、それが本格的に展開してゆくためには、このあと第1次大戦という、いまひとつの大きな衝撃を経なければなりませんでした。 さて、ヘッセはこのくらいにして、今回も、後半部はジッドの『地の糧』の続きを読んで行きたいと思います。 「完璧な行為というものは、いつでも官能の喜びを伴う。この官能の喜びを感じることによって、君はその行為がなすべきものであったと知る。〔…〕そして、ナタナエルよ、心から楽しめるということが、私にとって最も信用できる道案内なのだ。 私は知っている。自分の体が日毎に官能の喜びをもって何を欲求しうるか、そのうちで私の頭が何に耐えうるかを。その後で、私は眠くなるだろう。そうなれば、地も天も、私にとって、もう何の用もない。     〔…〕 ナタナエルよ、各人の不幸は、眺める主体が常に彼自身にとどまり、見えるものを自分に従属させてしまうことに由来する。それぞれの事物は、私たちにとってではなく、それ自体にとって重要なのだ。願わくは、君の目が眺められたものであるように。 ナタナエルよ、私は君の甘美な名前を喚起せずには、ただの一句も書き始められなくなった。 ナタナエルよ、私は君を生に蘇らせたい。」 『地の糧』「第二の書」より;二宮正之・訳. 「ナタナエルよ、君は私の言葉の帯びている悲壮な味が十分にわかるだろうか。私はもっと君に近づきたい。 そして、たとえば、蘇生させるために、エリシャがシュネムの女の息子の上に身を横たえてやったように――『自分の口を子供の口に、目を子供の目に、手を子供の手に重ねてかがみこんで』――私の光り輝く大きな心をまだ闇に閉ざされた君の魂に押し当て、君の上に全身を重ね合わせる。自分の口を君の口に、自分の額を君の額に、君の冷たい手を自分の燃えるような手に、脈打つ自分の心臓を……(『すると子供の体は温かくなった』と書いてある)、こうして、君が官能の歓びのうちに目覚め――次いで私を打ち捨て――胸ときめく常軌を逸した新しい生をはじめるように。 ナタナエルよ、これが私の魂の熱気のすべてだ――持っていくがよい。 ナタナエルよ、私は君に熱情を教えたい。 ナタナエルよ、君に似ているものの側〔そば〕に留まってはいけない。決して、留まらないことだ、ナタナエルよ。〔…〕」 『地の糧』「第二の書」より;二宮正之・訳.  上に書かれているエリシャと「シュネムの女」の話は、旧約聖書の『列王記』4章18-37節に書かれていて、突然「頭が、頭が」と言って死んでしまった男の子に、預言者エリシャが蘇生術をほどこして生き返らせる場面です。キリスト教では、この物語に対して宗教的な解釈が加えられているようですが(新約聖書『ヤコブの手紙』1章17節)、ジッドはもちろん、宗教的な蘇生術として書いているわけではありません。 むしろ、「脈打つ自分の心臓を」のあとを意味深に省略したりしていますw セックスの時に、こういう交わり方をする人は珍しいのでしょうか? 男女では、まずいないと思います。でも、同性同士ではどうでしょうか? ギトンは、とくに意識したわけではないのですが、ときどきこういう交わりかたをしてしまいます。身体のすべての部分を、同じパーツ同士でピッタリくっつけるのです。身体の大きさが違うと、全部いっぺんには合わないわけですが、身体をずらしながら一致させていきます。それで、なにか特別な快感があるとかいうことはないんですが、なんとなくやってしまってました。 『地の糧』に書いてあるのでやってみたとか、聖書を読んで知っていたとかではありませんよw。このエリシャの話は、今回『地の糧』を読むまで、まったく記憶にありませんでした。はじめて読んだんだと思います。 他の人からされた覚えがないところをみると、ホモなら誰にでもある性癖ってわけでもないんでしょうね。一種のナルシズムなのかもしれませんw ところで、ジッドは、「君が官能の歓びのうちに目覚め――次いで私を打ち捨て――胸ときめく常軌を逸した新しい生をはじめるように。」と言っています。「ナタナエルよ、君に似ているものの側に留まってはいけない。」とも言っています。 これをそのまま実践すれば、つぎつぎに相手を変えてゆくということになります。決して褒められたことではないし、こういうことを続けると、病気をもらう確率も高くなります。しかし、性愛が、もともとそういう性質を持っているということも、たしかだと思うのです。 水は高くから低きに流れます。それをそのままにしておいたら、水害が起きておおぜいの人が死にますから、人間は堤防を築いて自然に抵抗します。自然のままに生きることはできないでしょう。それは人間の性質に反します。しかし、自然とは――私たち自身が持っている自然も含めて――それが本来、どんなものなのかを知っておくこともまた、有意義なことです。 「ひとりの男の子が、塀に囲まれたこの庭園まで私の後を追ってきた。階段すれすれに伸びている枝にしがみついてやってきたのだ。階段はこの庭に沿って作られているテラスまで続いていた。入れるようには見えなかったのだが。 繁みの蔭で愛撫した小さな顔よ! どんなに蔭を重ねてもお前の輝きを覆いつくすことはできないだろう。そしてお前の額におちる巻き毛の影はいや増しに濃く見える。 私は、蔦や枝にしがみついてこの庭に下りていくだろう、そして網に囲まれた鳥小屋よりもさらに囀りに満ちているこの植え込みの下で、優しさ窮まってすすり泣くであろう――夕闇の近づいてくるまで、泉水の神秘に満ちた水が黄金に染まり、さらに深みを増して、夜を告げるまで。 そして枝蔭でぴたりと寄り添った華奢なからだ。 私は華奢な指でその真珠母色の肌にふれた。 その華奢な足先が 音もなく砂の上に下ろされるのを見た。」 『地の糧』「第三の書」より;二宮正之・訳. 「真珠母(しんじゅぼ)色」: 20世紀前半にパリでパスキンという画家が、アコヤ貝の貝殻の内側のような、神秘的な薄桃色で女性の肌を描いたのが評判になり、「真珠母色」と呼ばれたそうです。ジッドの独創かと思ったら、当時の流行語だったのですねw こちらに、展覧会の写真が出ています↓。絵は大きく映っていませんが、どんな色なのかは、だいたいわかると思います。  【参考】⇒:「真珠母色の肌 ~パスキン展~」 この「真珠母色」以外に、色っぽい場面を想像させるような言葉が、ここにはまったく使われていません。書かれているのは、「華奢なからだ」と「華奢な指」、小枝と巻き毛の影、そして、少年の「足先が/音もなく砂の上に下ろされるのを見た。」というだけです。それでいて、これほど美意識をそそる描写を、ギトンは見たことがありません。  よかったらギトンのブログへ⇒:ギトンのあ~いえばこーゆー記 こちらは自撮り写真帖⇒:ギトンの Galerie de Tableau

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  • 11Jul
    • 詩文集(39)――荒れ野の渇き、熱帯林の泥の河――『地の糧』(2)

      スリ・ランカ、ピンナワラ「象の孤児院」       原始林を流れる河 それは数千年にわたってこの森を拔き 褐色の裸の人間たちの樹と葭(よし)との編み細工 かれらの小屋が建ち、復た消えるのをずっと眺めてきた 褐色の水はたえず押しよせ葉叢や小枝、原始の森の暗いへどろを 巻きこみ、燃え熾(さか)る烈日をうけて醸される 夜になれば虎と象が蒸し暑く火照った身体(からだ)を 浸し、その粘(ねば)い情欲の咆哮が森に木魂する どんより濁った泥と葭の岸辺、巨体な鰐のざわめきは果てしない 千古の歳月をくりかえす;おずおずと汀(みぎわ)の蘆(あし)の間(ま)から ほっそりとした姿を現す野生のジャガー。 いまわたしは蘆の小屋に住み軽(かろ)やかな 丸木舟を操って森の静かな日々を過ごす ここではめったに人の世界のひびきが 眠りこんだ記憶を揺りうごかすこともない ところが黄昏となり、敵意にみちた気の早い夜が 近づくとき、わたしは河に下りて耳を澄ます ここかしこ、ちかくまたとおく 迷った叫び声が聞こえてくるのは 闇にひびく人の歌声だ: 小舟の上で日暮れを迎え 胸も縮まる激しい恐怖に襲われた漁師たち、また狩人らが 宵闇と鰐を子供のように怖れ 夜になると黒い流れの上に漂う 死者の霊を畏れて歌うのだ 聞きなれない節回し、なじみのない言葉 しかしその響きはわたしには ラインやネッカーの舟人たち娘たちが歌う 夕べのうたの響きと何ら異ならぬ わたしは彼らの怖れを吸い彼らの憧れを吐く この手つかずの森、異郷の暗い河すじは わたしの故郷と変らない、人の棲むところ 何処(いづこ)でも人のかよわき魂は神々を呼び 夜の恐怖を鎮めようとして歌うのだ。 わたしは小屋に戻って危うい庇護のもと 身を横たえる、夜と森の深みがわたしをとり囲み かん高く軋る蜩(ひぐらし)の声 やがて眠りがわたしをさそい、月が 冷たく輝いてこのおぞましい世界を鎮めてくれるまで。  こんばんは このところ忙しくて、更新が遅くなってしまいました。週2回のペースも、いつまでつづけられることやら。。。。 さて、↑この原始林と川の風景も、スリランカの内陸部での体験と思われます。 ヘッセは、「わたしは蘆の小屋に住み……森の静かな日々を過ごす」と言い、「この手つかずの森……は/わたしの故郷と変らない」と歌っています。まるで熱帯林での生活にも、すでに馴染んでいるかのようですが、それでいて、この詩全体のふんいきが伝えてくるのは、はじめて訪れた“異形のアジア”のナマの姿に、強い異和感と恐怖を抱いて戸惑っているようすではないでしょうか。 ヘッセにとって、書物や思想ではない“体験”としてのアジアは、ちょっと荷が重すぎたのでしょうか? しかし、きょうの詩は長いので、ヘッセはこれひとつにしておいて、前回からのジッドの『地の糧』の続きを拾ってみることにします。 「ナタナエル、私はメナルクに友情以上のものを感じていた。もう一歩で愛になる感情だった。私はまた彼を兄弟のように愛していた。 メナルクは危険だ。恐れるがよい。〔…〕彼は子供たちにもう自分の家庭だけを愛するのではなく、徐々に家庭を離れていくことを教える。彼は子供たちの心を野生の酸っぱい果実を求める気持で矢も楯もたまらなくし、常とは異なる愛に心をくだかせる。ああ! メナルク、あなたとは、もっと別の道も駆けめぐりたかった。しかし、あなたは弱さを憎み、あなたから離れることを私に教えるのだと言っていた。 どの人にも、常の自分とは異なるさまざまな可能性がある。〔…〕 可能な限りの人間性を敢然と引き受けること、これこそ良いモットーだ。  生のとるさまざまな形よ、すべてが私には美しく見えた(ここで言うのは、メナルクに言われたことだ。)      〔…〕 そして私たちの生は、私たちにとって、氷のように冷たい水をなみなみと湛えたグラスのようなものであった、ということになるのであろう。熱のある者は、両手でこの濡れたグラスを握り、それを飲みたいと思い、一気に飲み干してしまう。実は待つべきだとわかっているのだが、こんなにも唇に快いグラスを退けることはとてもできない。それほどにその水は爽やかで、それほどに熱に焼かれた身は喉が渇いているのだ。」『地の糧』「第一の書 一」より;二宮正之・訳.  ここでジッドは、メナルクという人物から伝えられたことを、ナタナエル―――ある解説によれば読者自身―――に伝えるという形式で書いています。メナルクは、ジッドの日記にも現れる人物で、実在の友人だったようですが、実在であれ架空であれ、あるひとりの人から受取ったことを、またひとりの人に伝えるという、この小説のとっている形式に注目してみたいと思います。 ジッドが著者として選んだこの形式は、ジッドがこれから語ろうとするものの性質を予示しているかもしれません。おおぜいの人の前での演説や説教のように、あるいは書物という形式で世間一般に対して開陳される一般的な知識としてではなく、ひとりの人からひとりの人へと伝えられる“知識”以前のものとして、著者は語ろうとするのです。 またこのへんから、前段では理論的に、哲学のように述べていた内容が、具体的に、感覚をともなって語られはじめます。 ジッドは、前段でも、「ナタナエル、私は今までに他の誰も与えたことのない歓びを君に与えたい。〔…〕私は君のためにしか書かない、そういう時刻のためにしか君に向かって書かない。〔…〕君自身の熱情の投影以外のものは何もないように見える本、そういう本が私は書きたい。君に近づき、君に愛されたい。」「メナルク、あなたは私に叡智を教えはしなかった。叡智ではなく、愛を教えた。」 と書いていました。それらは、いわば、著者が語ろうとする内容の予告であったのです。 そしてここでは、メナルクは「子供たちの心を野生の酸っぱい果実を求める気持で矢も楯もたまらなく」するとか、「私たちの生は、私たちにとって、氷のように冷たい水をなみなみと湛えたグラスのようなものであった、……熱のある者は、両手でこの濡れたグラスを握り、それを飲みたいと思い、一気に飲み干してしまう。」といった比喩によって、しだいに語りの内容が具体化してきます。 ジッドは、この文章のもとになったアルジェリア旅行で、はじめて同性との性愛を体験したようです。しかし、この文章は同性愛を中心にしているわけではなく、テーマを支える要素のひとつとして、同性愛にも言及しているのです。 テーマは言うまでもなく、実体験による感覚の、知識に対する優位ということです。このテーマをジッドは、ヨーロッパの精神的伝統からの大がかりな価値の転換として書いています。 ひとつには、理性や論理的思考の優位という伝統をくつがえすことです。また、欲求(欲望)は対象を所有(支配)することを目的とする、とか、愛は情欲を超えたものでなければならないとか、そういった欲望・所有と理性・信仰との二律相反を乗り越えることです。 西洋古代の伝統では、すべてを理解し把握している賢者の態度が尊ばれました。しかし、ジッドにとっては、「賢者とはあらゆる事物に驚く人」なのです。 伝統によって確立された知識・叡智を体現している人が「賢者」なのではありません。あらゆる体験を、何も知らない無知な者のように虚心に受け取り、一瞬一瞬を、生まれたてのような新鮮な感覚で味わい尽くすこと。それこそが賢者の態度であり、「叡智ではなく、愛」を学ぶということなのだと思います。 キリスト教の長い伝統によって“背徳”の色で塗られた同性愛を、まったく先入見のない心と感覚で、ありのままに描くことは、ジッドのこのテーマにふさわしい項目のひとつだったのです。 そういうわけで、きょうの引用部分には、まだ同性愛そのものはほとんど語られていません。しかし、まもなく、自然とか、一日の始まりと終り、果物の味わいなどといった他の項目とともに、同性愛についても“特別な色を付けることなく”語るための伏線が、ここに置かれていると見ることができます。 同性愛という項目を、予断なく受け入れるための“心の準備”を読者にさせている――と考えてよいのです。 「ナタナエル、さまざまな期待について君に語ろう。夏の野原が、待っているのを、私は見た。わずかな雨を待っているのだ。道の埃は軽くなりすぎて、風が吹くとすぐに土埃となって舞い上がる。それはもう欲求でさえなかった。恐ろしいほどの予感であった。地面は、乾き切って、できるだけたくさん水を飲み込もうというかのように、ひびわれていた。荒れ野の花の香りは耐えられないほどに強かった。陽光の下にすべてが絶え入らんばかりになっていた。私たちは毎日午後になると庭のテラスの下に行って、途轍もない日の輝きから少々身を隠して、憩いを求めた。それは、花粉をいっぱいにつけた針葉樹が悠々と枝を揺り動かして、遠くまで授精しようとする、そんな季節だった。空は雷雨をはらみ、自然全体が待ち構えていた。あまりにも荘重で胸苦しいような一瞬だった。鳥さえも、皆、黙ってしまったのだ。地表から、実に熱い、燃えるような風が吹き上がり、なにもかも萎えてしまいそうな感じだった。針葉樹の花粉は金色の煙のように枝から流れ出た。――ついで、雨が来た。 空が暁を待って震え立つのを、見た。一つまた一つと、星が淡くなっていった。牧草は露にしっとりと濡れていた。空気の肌ざわりは氷のようだった。しばらくの間、混沌とした生はまどろみ続けたい様子だった。〔…〕動物たちは日が必ず昇ると信じてそれぞれに活動し始め、喜びを取り戻した。そして、生活の神秘は、木の葉の縁のあらゆる切り込みから、ざわざわと存在を伝えはじめた。――ついで、日が出た。 もっと別の曙も、私は見た。――夜に対する期待も、見た…… 〔…〕やって来るものすべてを期待したまえ。しかし、やって来るものしか欲求しないように。君の持っているものしか欲求しないように。日々の一瞬一瞬に神をそっくり所有しうることを理解したまえ。君の欲求が愛にもとづくものであるように、君の所有が愛に満ちたものであるように。そもそも実効のない欲求とは何なのか。 何としたことか、ナタナエル! 君は神を所有しているのに、気づかなかったとは。〔…〕神を幸福と別のものと思ってはいけない。そして君の幸福のすべてを一瞬一瞬のうちに籠めたまえ。      〔…〕 夕べには日がそこで死に絶えるものと心得て、朝には万物がそこに生まれ出るものと思いたまえ。 君の視覚が一瞬ごとに新たなものをとらえるように。 賢者とはあらゆる事物に驚く人だ。」 『地の糧』「第一の書 三」より;二宮正之・訳.  ここでは、いよいよ具体的に自然の体験が描かれています。 しかし、前段までとは少し考え方が変ってきているのではないかと思われるふしもあります。たとえば、「やって来るものしか欲求しないように。君の持っているものしか欲求しないように。」  と言い、ここでは欲求(欲望)に制約の枷をはめているようにも見られなくはありません。 また、「どの人にも、常の自分とは異なるさまざまな可能性がある。…… 可能な限りの人間性を敢然と引き受けること、これこそ良いモットーだ。」  という前段での“テーゼ”は、「やって来るものしか欲求しない」ことによって放棄されているようにも思われます。「やって来るものしか欲求しない」ことは、「可能な限りの人間性」、つまり“何にでもなれる”こと、“何にでもなろうとする”こととは矛盾するからです。 しかし、ジッドのここでの基調は、自然に対して虚心に向かい、自然の与えてくるものをありのままに受けとることにあるのだと思います。自然の与えてくる条件が、どんな人間性を要求するか分からない、しかし、どんなものであっても「可能な限りの人間性を敢然と引き受ける」のがよい、ということなのでしょう。「やって来るものしか欲求しない」ということも、同じ意味に理解できるでしょう。 感覚が予感しないものを、書物や理性が押しつけてきたからといって、従う必要はないのだ、と言っているのだと思います。 ギトンとしては、ジッドのこの説を絶対視したいとは思いません。私たち東洋人にとっては、むしろ逆に“感覚主義”のほうが伝統として根づいているように思うからです。世界ではじめて、自然を描いた風景画が流行したのは、中国の江南で興った山水画だったと言われています。その流行を導入して、日本の水墨画から大和絵に至る伝統が形づくられました。 ですから、私たちにとっては、西洋の“理性と論理の伝統思考”にも学ぶべきところは多いのです。 しかし、ひとくちに“感覚志向”と云っても、いろいろあります。ジッドの“感覚志向”がたいへん好ましく思えるのは、それが心の内側ではなく、外部の世界を向いているからです。中国や日本の伝統が、内へ内へと向かう感覚主義だとすれば、ジッドの感覚主義はそれと対極にあります。 “人が世界を生かしているのではなく、人が世界に生かされているにすぎない。”――この自明な真理を忘れないことが肝要だと思うのです。「浜辺の砂は心地よいと読むだけでは私は満足できない。裸足でそれを感じたい……まずはじめに感覚によって捉えられたのでないような知識は、私には一切無用だ。 この世で艶に美しいものを見ると、自分の愛情のすべてを挙げてそれに触れたいと即座に願わずにはいられない。大地の官能に満ちた美よ、大地よ。お前の面が咲き初めるさまは驚くほどすばらしい。私の欲求の突き入った景観よ!〔…〕 諸々の現象の変幻極まりないこと。 その日以来、私の生活の一瞬一瞬は、絶対に表現不可能の賜物として新鮮な味わいをもたらすようになった。こうして私はほとんど常に情熱を帯びた茫然自失のうちに生きた。あっというまに陶酔に到り、一種の眩惑のうちに歩くのを好んだ。 そう、唇に浮かんだ笑いに出会えば、かならず口付けがしたくなり、頬に上る血、目に湛えられた涙は、飲みたくなった。枝の差し出す果物はすべて果肉をがっぷり噛みたくなった。〔…〕自分のさまざまな欲求を記すためにもっと別の表現がほしいと思った。  道が開けていれば、歩きたい  木陰が招けば、休みたい  深い水の縁に出れば、泳ぎたい  ベッドに出会うたびに、誰かと寝たい、あるいは眠りたい。 私は大胆にも出会うものことごとくに手をつけた。自分の欲求の対象なら、自分は何に対しても権利があると思ったのだ。(それに、ナタナエル、私たちが望むのは所有よりは、愛なのだ)私の前では、ああ、すべてのものが虹色に彩られ、すべての美が私の愛をまとい、私の愛で飾られるように。」 『地の糧』「第一の書 三」より;二宮正之・訳.  よかったらギトンのブログへ⇒:ギトンのあ~いえばこーゆー記 こちらは自撮り写真帖⇒:ギトンの Galerie de Tableau

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  • 07Jul
    • 詩文集(38)――すっぱだかに脱がして愛を注ぐ――『地の糧』(1)

      スリ・ランカの海釣り       セイロンに到着 背のたかい岸辺の椰子 かがやく海、はだかの男たちが舟を漕ぐ 年古き聖なる国よ 永遠に若い太陽の焔の恵み: 蒼い山々は霞と夢のなかに消えてゆき 頂きは陽の眩しさに姿を隠す。 わたしを迎えたのはぎらぎらした浜辺: 見馴れない樹々が烈しく宙を睨む 陽に灼かれてよろめくどぎつい色の家(や)並み 気まぐれに明滅する路地裏、とどろく喧騒。 感謝にみちて、私の眼は雑踏に注がれる―― いつ終るともしれない航海のあとで、なんとすてきな場面転換だろう! わたしの胸は息苦しいほど歓喜に踊る 幸福な旅のざわめきに、恋するように高鳴っているのだ。 前回は、ごく飛び飛びに抜粋引用したジッドの『地の糧』を、こんどは二宮正之氏の新訳で、じっくりと読みこんでみたいと思います。 “熱いアジア”を語るのであれば、この濃厚な讃歌を捨てておくことはできないですからね、ホモの感性をもつ者としては‥‥「他の人々が本を出したり仕事をしたりしているのに、私は頭で覚えたことを一切忘れようと三年の歳月を旅に過した。この脱知識には時間がかかり困難があった。しかし、それは他人に強要されるあらゆる知育よりも有効であり、たしかに、ひとつの教育が始まったのである。 〔…〕 考えてみると、選択とは、いかなる場合にも恐るべき行為だ。もはや義務に導かれない自由とは恐るべきものだ。それは、誰にも知られていない僻地で選ばなければならない一筋の道だ。そこでは各人が自分ひとりの発見をする、いいかい、自分ひとりのために発見するのだ。〔…〕実際、ある土地とは私たちが近づいて〔ギトン註――自分のイメージとして〕形成するにつれて存在するようになるにすぎないのだし、周りの景色は私たちの歩みにつれて少しずつひらけるので、地平の果てまで見とおすことはできず、近いところでさえも、変容をつづける一連の表象にすぎないのだから。〔…〕 ナタナエル、君はすべてを通りがかりに見るのだ。そしてどこにも立ちどまらないことだ。神だけがかりそめのものでないと、肝に銘じておきたまえ。 肝心なのは君の眼差しであって、眺められる物ではない。これこそ私が君に望むところだ。 君が異物として抱え込んでいる知識は、すべて、未来永劫に、君にとっては異物にとどまるだろう。なぜ、そのようなものに、それほどまでに高い価値を認めるのか。」 『地の糧』「第一の書 一」より;二宮正之・訳『アンドレ・ジッド集成』,Ⅰ,筑摩書房,2015.  私たちの体験は、つねに「自分ひとりの」体験であり、その自分にとっても常に初めての体験なのです。しかし、私たちは、人から教えられたこと、書物で読んだことを体験しているのだと思いこみたがります。これまでに何度も見たことを見ているのだと思いたがるのです。こうして、私たちは世界に対して目を閉ざし、習慣の映し出す像の中で生きていこうとします。 近代人の成し遂げた知識の発展は、あまりにも驚異的な目に見える成果を生みだしたので、私たちは、他人によって検証された知識だけが、――検証されうる体験だけが、私たちにとっての真実であるかのように錯覚してしまっています。「自分ひとりの」体験、「自分ひとりの発見」などは、何ものでもないのだ、他人に通じないことはすべて、間違った知識だ、そんなものは早く忘れ去らなければならない、‥‥私たちは、そう考えがちです。 私たちは、まるで天から与えられた権利であるかのように“自由”を主張するときでも、その“自由”とは掛け値なしの自由ではありません。私たちの主張する“自由”とは、たいていは何かの義務に命ぜられて、義務の物差しが指し示す方向に進む自由でしかないのです。アメリカ人が、「自由か、しからずんば死か」と叫んだ時、その“自由”とは、おのずから、彼らにとっては自明な一定の方向を持っていました。それは、暗黙のうちに強いられた義務であったのです。そのことは、彼らの歩んだ歴史によって証明されています。 しかし、いかなる人間も、ほんとうは「義務に導かれない自由」の上に乗って生きているのです。ほんとうは、各自が、誰にとっても未知の土地で、たえず「自分ひとりの発見」をしつつ生きるほかはないのです。それは私たちにとってあまりにも恐ろしいことですが、そのことを意識しつつ生きることによって、他の何ものにも換えがたい深い感動を日々新たにしつつ、生きることができるのだと言えます。「ある土地とは私たちが近づいて形成するにつれて存在するようになるにすぎない」「肝心なのは君の眼差しであって、眺められる物ではない。」 ジッドがこう言ったからといって、“世界は、自分が在ると思うから在るのだ”とか、“世の中は人の心次第だ。世の中を良くしたいと思ったら、自分の心を清くすればよいのだ”などといった唯心論を主張しているわけではありません。 私たちは、自分が生きてゆくことによって日々新たに「発見」する世界の姿を、予見することはできません。世界は、私たちにとって驚異の連続なのです。それがかりに、私たちの「眼差し」が形成するものであったとしても、そのことは、私たち自身の存在が内包している世界そのものが、“外部”世界と同様に無限の多様性を備えたものであって、とうてい私たちの浅はかな臆断が通用する世界ではないことを示しているのです。「欲求にはそれなりの利益がある、欲求の充足にも利益がある――なぜなら欲求は、 充たされることによってさらに強まるからだ。なぜなら、ナタナエルよ、よく聞いておきたまえ、私の場合、欲求の対象を所有したなどと思うのはきまって空しい幻想で、それよりも欲求そのものの方が私を豊かにしてくれたのだ。      * 甘美な数多くのことに、ナタナエルよ、私は愛を注いで自分を消耗した。それらの事物が輝かしかったのは、私がそのために常に燃焼していたからなのだ。私は飽くことを知らなかった。すべての熱情は私にとって愛の消耗、甘美な消耗なのであった。 異端者中の異端者、この私をつねに惹きつけたのは、常道からかけ離れた意見、極端に迂回する思想、相異なる見解であった。ひとつの精神はそれが他の精神と異なる点においてしか興味を引かなかった。私は、ついには、自分から共感というものを追放してしまった。〔…〕 共感ではない、ナタナエルよ――愛なのだ。 その行為が善いか悪いかなどと判断せずに行動すること。それが善か悪かなどと心配せずに愛すること。 ナタナエルよ、私は君に熱情を教えよう。          〔…〕 共感ではない、ナタナエルよ、愛なのだ。それが同じものでないことは、わかるだろう。〔…〕   (今日は書くことができない。穀物倉で脱穀機の輪が回っているのだ。昨日見たところ、油菜を脱穀していた。菜種の鞘が飛び散り、種子が地面をころがっていた。埃で息ができないほどだった。女がひとり、ひき臼を回していた。美少年がふたり、裸足で、種子を拾っていた。  これ以上に言うことがないので、私は涙を流す。〔…〕)」 『地の糧』「第一の書 一」より;二宮正之・訳.  前の段で、「肝心なのは君の眼差しであって、眺められる物ではない。」 と言ったのに対応して、ジッドはここで、同様のことは、欲求と欲求の対象についても言えると述べます。 肝心なのは、「欲求の対象を所有」することではなく―――そんなことは不可能だ。所有したなどと思うのは「空しい幻想」にすぎない―――、「欲求そのもの」なのだ。欲求の充足に意味があるのは、欲求を強めてくれるからだ。「なぜなら欲求は、充たされることによってさらに強まるからだ。」 「私を豊かにしてくれ」るのは、欲求すること、欲しいと願って求めることなのだ。欲望そのものが「私を豊かにしてくれ」るのであって、欲望の充足でも、欲望の対象をわがものとすることでもないのだ。 そしてジッドは、「熱情」と「愛」について語ります。ジッドにとって「愛」の対象が輝かしいのは、「私がそのために常に燃焼してい」るから――「飽くことを知ら」ぬ「愛」を注いでいるからなのです。「愛を注」ぐとは、「燃焼」によって「自分を消耗」することであり、あらゆる「熱情」は、「愛の」「甘美な消耗」にほかなりません。 「熱情」とほぼイコールであるような「愛」は、もっぱらエロスの愛だと思うかもしれませんが、エロスだけとは限りません。対象に向って、燃え上がる熱情を注ぎながら惜しみなく与える「愛」もまた存在するのです。 また、ジッドがここで言う「愛」は、同情、えこひいき、同感、協賛といったものとは、まったく異質です。人は、意見や感情が一致するからではなく、むしろ不一致であるがゆえに、自分に無いものを求めて愛することがありうるのです。ジッドは、それこそが人を豊かにする「愛」だと云います。なぜなら、肝心なのは、対象を所有することではなく、愛すること、求めること、熱情をもって愛を注ぐことだからです。 「ナタナエル、私は今までに他の誰も与えたことのない歓びを君に与えたい。どうやって与えたらよいのか、それはわからないのだが、その歓びを私は所有している。今までに誰もしたことがないほど親密に、君に話しかけたい。夜更けの一刻、〔…〕君の熱情が支えを感じられなくて悲しさに変じようという頃、そんな時刻に君のところに行きたい。私は君のためにしか書かない、そういう時刻のためにしか君に向かって書かない。いかなる思索も、いかなる個人的感動もないように君には見え、君自身の熱情の投影以外のものは何もないように見える本、そういう本が私は書きたい。君に近づき、君に愛されたい。 メランコリーとは燃え落ちた熱情にすぎない。 すべての存在は、すっぱだかになりうる。すべての感動は充足しうる。 私の感動はすべてひとつの信仰のように花開いた。わかるだろうか、感覚でとらえられるものはすべて無限の現存性を帯びている。 ナタナエル、私は君に熱情を教えよう。          〔…〕 私たちの魂が何らかの価値を持ったとするなら、それは他のあれこれの魂以上に熱烈に燃えたからなのだ。 広大な原よ、私はお前たちが曙の白々とした光を浴びているのを見た。青い湖よ、私はお前たちの波を浴びた。――笑いさざめく大気に愛撫されるたびに私はほほえんだものだ。ナタナエル、こういうことを私は飽くことなく繰り返して君に言うだろう。君に熱情を教えてやろう。          〔…〕 メナルク、あなたは私に叡智を教えはしなかった。叡智ではなく、愛を教えた。」 『地の糧』「第一の書 一」より;二宮正之・訳. 「私は今までに他の誰も与えたことのない歓びを君に与えたい」 と言ってジッドが与えてくれる「本」は、どんな「本」なのか、読んでみたい気がします。「いかなる思索も、いかなる個人的感動もない」、「君自身の熱情の投影以外のものは何もない」、そして、読んだら、「熱情」をもって愛さずにはいられないような「本」とは、どんなことが書いてあるのか? それは、ほとんど「メランコリー」に変ずるまでに「燃え落ちた熱情」が、まるで、大きく遠ざかった振り子が揺れかえすように、ふたたび烈しく燃え上がるエモーションなのでしょう。それによって私たちは、深い「充足」を得るのです。「すべての存在は、すっぱだかになりうる。」「感覚でとらえられるものはすべて無限の現存性を帯びている。」 ジッドの言説は、一面においてはエロスそのものだが、他面、エロス以外を指し示す比喩でもある――ということを思い出しましょう。 「夜更けの一刻、‥‥君の熱情が支えを感じられなくて悲しさに変じようという頃、そんな時刻」にやってきて、「他の誰も与えたことのない歓び」を与えてくれるとは、――これをエロスとして読めば、願ってもない憧れの人がいきなりやってきた夜這いにも思われます。(このさい、妄想を膨らましましょうw) 衣をまとった存在は、その事物そのものではありません。服を着たあなたは、ほんとうは、あなたではない。すっぱだかのあなただけが、あなたという人間なのです。あなたという存在がもたらす感動は、すっぱだかで見られ、さわられ、愛しつくされた時にはじめて確証されるのです。しかし、それはことがらの一面にすぎません。 ジッドが、「広大な原」「青い湖」「笑いさざめく大気」の例を出しているように、私たちが体験するあらゆる事物は「すっぱだかになりうる」し、私たちの接し方しだいでは、いつでも「すっぱだか」の存在をあらわにするのです。「すっぱだか」の存在に出会うことが、ジッドの言う「愛」にほかならないことは、もう説明するまでもないでしょう。       シンガポールにて、中国人の夜祭り 風に吹かれて灯りがながれる 綵花(さいか)にいろどられた高欄の桟敷 腰をおろしくつろぐ祭りの夜(よ) 朗々と詠ずるは遥かむかしの詩人たちのうた 駢々(べんべん)たる琵琶の唸りに陶酔する 娘らは眼を大きくひらき、かがやかす。 星のない夜(よ)を徹して、はばたく蜻蛉(とんぼ)の羽のように さわがしい管弦が玻璃の杯をふるわせる 褐色の瞳が無言の至悦に笑っている―― 眼に微笑みを湛えぬ者はない はるかに下では、千の明るいひかりの眼を見ひらいて きらびやかな街がじっと眠りもしないでいる。  よかったらギトンのブログへ⇒:ギトンのあ~いえばこーゆー記 こちらは自撮り写真帖⇒:ギトンの Galerie de Tableau

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  • 06Jul
    • ★ 散 文

                  散 文 生のとるさまざまな形よ、すべてが私には美しく見えた。        ―――ジッド     さまざまな生、さまざまな期待、唇と唇、腕と腕、体のすべての部分を重ねて。 世界の破片がさまざまであるように、愛はさまざまで、古い廃坑が吐きだした地球の透明なかけら、とがって光る生のさまざまな形。 ぼくらの見ない夜の高みから、星辰が見おろしている事実、永劫の真理、ぼくらの誰も知らないこの世界の秘密。 時間がぼくらを迷わせる:時間の流れを越えたとき、なにかのまちがえで厳然たる流れを端(はず)れてしまったとき、かけらとかけらは重なりあうことができる、いろとりどりのモザイクの聚体。 散文とは散った文だ、まいあがる字と劃、燃え尽きる魂が弧をえがいて光る、闇のなかで集合する、分裂する、集散する――そのいっさいをぼくらの識らぬ誰かが見ている。 ※ きょう 7月6日は、世界キス・デー――そんなのがあるのか←――だそうです。  よかったらギトンのブログへ⇒:ギトンのあ~いえばこーゆー記 こちらは自撮り写真帖⇒:ギトンの Galerie de Tableau

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  • 04Jul
    • 詩文集(37)――アジアへの旅

      スエズ運河を往く船(『アラビアのロレンス』より)       アフリカから故郷(ふるさと)を振り返る 故郷にあるのはよいことだ なじんだ屋根の下のまどろみ 子どもたちと庭と犬、ああそれなのに さすらいの旅から還ってまだいくらもたたないのに はるかな岸辺がまた新たな誘惑となっておまえに迫ってくる 故郷を想うことは在るにまさる 高き星空のもとで おのれの憧れとともにあることは。 故郷に憩うことができるのは いつも冷静沈着な心臓を持つ者に限る: さすらう者はつねに期待を裏切られ 労苦と旅の重みを担うのだ。 まことにどんな旅の苦しみも 故郷の谷での平安にまさる 故郷の喜びと気づかいの輪のなかで 賢者だけが幸せ築くすべを知る。 つねに求めつづけ、見いだすことは決してないのだとしても あたたかくきっちりと、おのれを傍らの杭に縛りつけるよりはよい、 なぜなら、この地上ではたとえ幸せの瞬間においても わたしはいつも客人(まれびと)、決して市民にはなれないのだから。  これから何回かにわたって、1911年の“アジア旅行”で書かれたヘッセの詩をとり上げたいと思います。 作品の日付を見ると、旅行は、この年9月初めから12月までの半年足らずのものであったようです。ヘッセの母方の祖父は宣教師として、生涯の過半を南インドでの伝道に捧げていること、また、父方の祖父は、ロシアで医師として生涯を過ごしたこと、こうしたヘッセの家系から見ると、ヘルマンの“海外体験”は、きわめてささやかなものにすぎません。 旅程を見ても、地中海からスエズ運河と紅海を通ってセイロン島(スリランカ)に渡り、スマトラ島、シンガポール周辺をめぐった後、またセイロン島に戻り、そのままヨーロッパに戻っています。旅行中に身体を壊したために、インド本土には上陸する機会がないままでした。 同じ時代のヨーロッパ人としても、たとえば“アラビアのロレンス”などは、アラビア半島で現地の人に混じって活躍したのと比べて、ヘッセの“アジア体験”はあまりにもつまらない気がしてしまいます。文学者でも、フランスのアンドレ・ジッドなどは、もっと濃厚な現地体験をしているように思います。 ジッドの『地の糧』↓には、南の国々の、あの濃厚な原色の緑、大きくて分厚い樹々の葉、苛酷なまでに雲一つない深い青空、乾いた崖と岩石だけがつらなる不毛の大地‥‥白い雲にとざされた私たちの温帯の世界とはまるで正反対の、何もかもを明らかにしないではおかない、あの熱帯の世界が影を落としているように思われます。 またそこには、肌の色濃い少年たち、若者たちとの性愛の交わりを、ギトンは感じとらないではいられないのです。 「行為の善悪を《判断》せずに行為しなければならぬ。善か悪か懸念せずに愛すること。 ナタナエル、君に情熱を教えよう。」「君の欲望をすべて瞬間のうちに置きたまえ。」「夕暮れを、一日がそこに死んでいくのだと思って眺め、朝明けを、万物がそこに生まれてくるのだと思って眺めよ。 《君の目に映ずるものが刻々に新たにならんことを。》 賢者とはよろずのものに驚嘆する人を言う。」「まず感覚を通して得た知識でなければ私には知識とは無用なものなのだ。」「ナタナエル、過ぎし日の水をもう一度味わおうと望んではならぬ。 ナタナエル、未来のうちに過去を再現しようと努めてはならぬ。各瞬間ごとに類いなき新しさをつかみたまえ。」「ナタナエル、すべての人の不幸は、みなが常に眺める側に立ち、またその見ているものを自分に従属せしめるというところから来ている。 一切の物が大切なのは、我々にとって大切なのではなく、物自身にとってなのだ。願わくば君の目が眺められた物であるように。」「ナタナエル、君の似ているものの傍らに《とどまって》はならぬ。けっしてとどまってはならない。ナタナエル、周囲が一度君に似通ったら、また君が周囲に同化したと気づいたら、君にとって得になるものはもう失われているのだ。 周囲を捨てなければならない。君にとって、《君の》家庭、《君の》書斎、《君の》過去ほど危険なものはない。一切の事物から、ただそれがもたらす教育だけを受け取りたまえ。そして事物から流れ出る悦楽がやがて教育を枯渇せしめるように。」「私の魂よ! いかなる思想にも恋々と執着してはならぬ。いかなる思想をも、沖を吹きまくる風に投げてしまうがよい。天国にまで思想を大事に抱えてゆく必要はない。」 (アンドレ・ジッド『地の糧』より)       紅海の夕べ 燃え立つ沙漠からのがれて よろめいて吹く毒の風 暗黒のなかで、微動もしない海が待つ そらを埋めるせわしない鴎(かもめ)たちが 焦熱の黄泉(よみ)を往くわれらのみちづれ そらの端(はし)で力なくよぎる稲妻 この呪われた地は、雨の恵みを知らぬ。 しかし、いま中天にかかる 明(あき)らけく清(さや)かな雲ひとつ、 それはわたしたちが望みを喪うことのないように この世界のなかでじっと孤独に耐えるように 神がそこに置いたのだ。 かぎりなく広がる荒涼の大地 最も暑い地上の場所でわたしが遭遇した 蒸し暑さの地獄をけっして忘れることはない; そこに浮かんでほほえみかけていたあの雲を 重苦しい焦熱の一点の慰めとしたく思う この人生の真昼どき、わたしに近づいてくる焦熱のただなかで。  よかったらギトンのブログへ⇒:ギトンのあ~いえばこーゆー記 こちらは自撮り写真帖⇒:ギトンの Galerie de Tableau

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