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 東京都台東区「樋口一葉記念館」の展示によると、山梨県・塩山駅近くの「中萩原村」で生まれた一葉の両親は、1857年4月〔「安政5か国(不平等)条約」の前年〕、幕末ですでに崩壊し始めていた藩と幕府の農民監視の目をかいくぐって江戸に移住した。彼らが巡礼を装って甲州を脱出した「鎌倉往還・御坂 みさか 越え」ルートを歩いてみようという趣向。ちょうど季節も同じ 4月で、歴史的遺跡は残っていなくとも、自然の息吹は追体験できるのではないかと期待してみたい。

 

 

 

 

 シルエットは行程の標高(左の目盛り)。折れ線は歩行ペース(右の目盛り)。標準の速さを 100% として、区間平均速度で表している。横軸は、歩行距離。

 

 

 

 

 

 「石和温泉」駅からの路線バスを降りたのは「藤ノ木」バス停。白い雲を載せた「御坂」の山々が迫っている。

 



 

 

 

 樋口一葉記念館」の展示によると、この「藤野木 とうのき」には「口留番所」があった。「口留番所」とは、関所の小規模なものだったらしい。その遺跡は残っていないが、峠道を上がっていく前に、「藤野木」集落の旧道を、少し歩いてみよう。

 

 

 

 

 道標も石畳も残っていないが、道の両側に石垣が築かれているのが特徴的だ。どれだけ古い石垣か判らないが、石が不ぞろいなものは、近代以前の築造かもしれない。

 

 

 

 

 

 

口留番所 くちどめばんしょ とは、江戸時代に各藩が自藩の境界や交通の要所などに設置した番所のこと。江戸幕府の関所に相当する。また、江戸幕府が設置した施設でも裏街道に設置されたものなど、関所の要件を満たさない小規模なものは口留番所と称した。〔…〕

 

 主に藩に出入りする旅行者や商品の監視を任務としていた。前者には農民や欠落人(犯罪者)の逃亡防止・傷を負った者・女性、後者には専売品(各藩の特産品)の密輸防止や運上逃れ(脱税)の防止(品質や価格を維持するため)の目的とともに米などの穀物や金銀銅などを藩内に留めて必要な物資を確保しておく意図を有していた。〔…〕各藩において、通行する品物への税金、いわゆる「口役銀」(今でいう関税の様なもの)を徴収するのも口留番所の重要な役目でもあった。〔…〕女性の通行に関しては特に厳しく、番所を通過するには、「関所女手形」が必要で、藩によっては通行を一切禁止する場所もあり、不正な通行には磔等の厳しい処罰が下される。』

Wiki「口留番所」  .

 


 一葉の両親は、家族や村のおきてに逆らっての「かけおち」だったらしい。しかも若い母は身重。「関所女手形」は持っていたのだろうか? 藩の支配体制はがたがたになっていた時代だから、街道筋によっては、役人の「袖の下」,博徒集団の口利き、といった潜り抜け手段があったのかもしれない。

 

 集落の下端まで降りたので、石垣を見ながら引き返す。

 

 

 

 

 


 「藤野木」交差点まで戻ると、絵地図のついた案内板↓がある。この地図には、「藤野木」より手前の麓のほうに「駒木戸口留番所」跡というのが書いてある。そのあたりには、遺跡も説明案内もいろいろとありそうだ。次回来るときは、そのへんから見学を始めたい。

 

 

 

 

 

 

 「交差点」から「御坂路」に入ると、石垣も、立派なのが残っている。

 

 

 

 


 脇に赤塗りの鳥居があるので、ちょっと寄ってみる。

 

 

 


 

 

 「三星神社」とあるが、来る途中のバス停に「三星」というのがあった。地名なのかもしれない。「御坂路」に戻って昇っていく。はじめはヒノキ林もあるが、やがて大部分が広葉樹の自然林になる。

 

 

 

 

 広葉樹林、芽吹き始めた枯れ木の森だ。カエデの若木↓が、ほとんど展葉している。

 

 

 

 


 カナダの国旗の形をした葉のカエデ。「テツカエデ」「カジカエデ」など、種類が色々あって、細かい区別は分からない。「カジカエデ」と呼んでおこう。↓この株岐れした大木は、天然記念物の「オオバボダイジュ」だそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 なるほど、たしかに葉の形↑が「ボダイジュ」だ。こちらの樹↓も多かった。帰ってから調べてみると、どうやら「アブラチャン」らしい。春先に黄緑色の地味な花をつける樹木だが、まだ花穂は出ていない。

 

 

 

 

 

 芽吹きの森がつづく。ケヤキ,コナラ,ミズナラ。ところどころがスギ,ヒノキの植林になっている。

 

 

 

 

 

 雑木林には必ず混じるシデ類も見える。これはイヌシデ」のようだ:

 

 

 

 

 

 ↓先ほどと同じ「カジカエデ」。これも、ときどき現れる。

 

 

 

 

 道ばたに、クマの罠(捕獲檻)がある。効果はあるのだろうか? そろそろ冬眠から覚める時期だが、今年のクマ騒動は、どんな展開になるだろうか?

 

 

 

 

 

 展葉しかけの、「やぶれがさ」のようなカエデ↓。「ハウチワカエデ」だろうか。

 

 

 

 

 

 道は、「小川沢」という谷川に沿って昇っていく。2つ目の「砂防ダム」を過ぎる地点で、「峠道文化の森入口」という標識があり、道幅が狭くなる。

 

 

 

 

 谷川に、木片を並べた橋が架かっているのが見える↓。いままでの樹種に加えて、ホオノキ,ヤマモミジ,コハウチワカエデなども現れてきた。

 



 

 

 

 7つ目の「砂防ダム」の下で渡渉点になる。標高も 1100メートルを越えた:

 

 

 

 


 気になる植物のマットが点在する↓。

 

 

 

 

 


 ‥‥と思ったら猛毒の「ハシリドコロ」だ↑。渡渉点から先は斜面に起伏が出て、ようやく山路らしくなってきたが、じめじめした土地で、とにかく「ハシリドコロ」が多い。川沿いに多いトチノキ、山地帯では常連のハリギリも見える:

 

 

 


 スギ・ヒノキ林の中に、「行者平」という標識がある↓。

 

 

 


 

 赤い矢印のほうに何かあるのかと思って行ってみたが、何もない。「小川沢」の上流の涸れ谷があるだけだ。

 

 

 

 

 けっきょく、この平らな場所が「行者平」なのだろう。3体の・崩れかけた石仏が、「行者」〔役行者 えんのぎょうじゃ?〕の何かなのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

タイムレコード 20260425 [無印は気圧高度]
 「藤ノ木」バス停※[933mGPS]850 - 901「藤野木」集落下端[920mGPS]904 - 909「藤ノ木」バス停※914 - 926「三星神社」[954m]1440 - 934天然記念物「オオバボダイジュ」[974m]945  - 1003最初の砂防ダム[1034m] - 1015第2の砂防ダム[1080mGPS] - 1030第3の砂防ダム[1085mGPS] - 1054渡渉点[1166m] - 1115行者平[1259mGPS]1123 - (2) へつづく。