昨日、今日とuncle-jamの曲作り。なんでも音楽集団だけど、僕たちの基本はここにある。今年は去年以上に曲作りに力を入れていこう。
昨日は新曲のメロディーをシャカシャカと割とスムースに形にし、いよいよ今日は作詞へ。
すごいのは黒沢君。どんどんと歌の頭から思いっきりよく言葉出ししてくる。
だけど僕はどうもなんとなく全体の枠組みとか、おぼろげな歌の形が見えてこないと言葉がでてこない性分。でも、この二人の作り方の違いをあーでもないこーでもないと時間をかけて擦り合わせていると、なんともいえない化学反応が起こってきて、一人じゃ絶対できない世界が生まれる。
あのとき「ウキウキmusic」のサビも最初は影も形もなかったのに、最後の最後に忽然と現れたんだからと、お互いを励まし合いながら、ひたすら無意識の領域をさぐって終わった一日であった。たぶん明後日ぐらいには、もやもやの中から姿を現わしてくると思う。
僕たちのように何もないところからメロディーや言葉などの無形のアイデアを生み出す仕事に就いている人にぴったりの本がある。全然厚くない本なのですぐ読めるのに、なかなか啓示的な本だ。煮詰まって投げ出したくなる時でも、この本を読むとまたやる気が出てくるのである。
アイデアのつくり方/ジェームス W.ヤング
¥816
Amazon.co.jp
初夢の話をするにはもう1月も中旬を過ぎてしまったが、みなさんは空を飛ぶ夢をごらんになったことがあるだろうか?たぶん一度くらいはどなたでもごらんになったことがあるのではと思う。
僕はよく見るのである。しかも夢の中での空の飛び方は3種類もあるのだ。
「サンデー銀次」2010年11月7日号の「イタリアへ行った夢を見た」で、こんなことを書いていたっけ。
「空を飛ぶ夢もよく見るのだが、この話は長くなるので次回にしよう。なぜなら飛び方が3通りもあるからだ。」
ここんとこ音楽話が続いたので、今日はその3種類の、空を飛ぶ夢のことを話そう。
初めて空を飛んだ夢を見たのはいつのことだったか?子供の頃だったような、大人になってからのような。長く生きてるのであまり記憶にないが、何度も見ているので、夢の内容だけは克明に覚えている。
初めて夢の中で空を飛んだのは、母校の小学校のグラウンド。校舎のあるエリアからコンクリートの何段かの段差の下に運動場がある。その段差はいつも運動会の時にご父兄の観覧席となる。
その校舎のあるエリアの段差の端に立ち両手を広げ、空に向かって地面を軽くけると、僕の体はグライダーか紙飛行機のようにふわりと浮かび、そのままゆっくりと飛び始めるのだ。手足を広げたまま空中をふわーり、ふわーり。まるでももんがか信天翁になったような気分でなんとも気持ちがいいのだ。
やがてグランドにやわらかく着地。これが生まれてはじめて見た空を飛ぶ夢だった。
たぶん小学生の頃友達と、ゴム動力のタケヒゴ飛行機や紙飛行機を風のおだやかな日に、その段差の端からグラウンドに向けて飛ばして遊んだ思い出が、知らずにすりこみになって、こういう形で夢になって現れてきたのではないかと思う。その後も何度かこの夢を見た。この夢を見るとき不思議なことにまったく無音なのである。てても静かでおちつく夢だ。
もうひとつの空を飛ぶ夢、それは比較的近年になってから見るようになった夢。
同じ空を飛ぶ夢にはちがいないが、この夢での飛び方を説明するのはなかなかむずかしい。
空を飛ぶというより、空を立ち泳ぎするといったほうがぴったり来る感じだからだ。
普通に地面に立ち、軽く地面をけったら、ちょうどヒゲ・ダンスのように、両手のひらで空気を地面のほうに押すようにすると、なんと体がゆっくりと浮いてくるのである。そのままその動作を続けていると、またたくまに、人の背丈よりも高度が上がり、屋外ならば家の2階よりも高いところまで浮き上がることができるのだ。
手の動きを止めるとゆっくりとだが下方に降下しはじめるので、ずっと浮いているためには常に、水中での立ち泳ぎの要領で、ヒゲ・ダンスをつづけていなければならない。
だがちょっと休んだからといってストーンと地面に落下することはない。ほんとにゆっくりゆっくり下りて行く。体重というものを全く感じない。体はまるで羽根のように軽いのだ。
空中で両足を引き上げ横座りのようなポーズをとり、ななめに蹴ると横方向の移動も可能なのだ。
眼鏡の少年ジョンの、1分22秒あたりの動きがイメージに近いかな?
夢を見終わった後も、空を飛んだ感が現実に起こったことのように残って、ほんとにできるんじゃないかと、起きてるときに試してみたが、あたりまえのように無理だった。それぐらいリアルな夢なのだ。
最後に紹介する空を飛ぶ夢は、この中では最も荒技。いままでの2つの夢が遊園地のコーヒーカップなら、こっちの夢は高速のジェットコースター感覚だ。
普通に立って、左足を前に出し、両手を軽く広げ、ちょうどサーフボードに乗るときのように立ったかたちで、夜の高層ビルのあいだを高速で飛び抜けて行くのだ。ビューッとかゴーッとかいう、ビル風を切りさいていく音まで聞こえる。
その夢の中に出てくる高層ビルは壁がガラス張りで、仕事中の人たちがみな目を見開いて驚いている姿も見える。中には驚いて持っていた書類を落とす人までいたりして、かなり痛快。たぶんこの映画の影響で見た夢ではないかと思う。
僕は山羊座。地の星だからいつも足が地に着いている。だからいつも潜在的に、飛びたい願望があるのかも知れない。高所恐怖症なのに夢の中では平気なのが不思議でならない。
昨日は新曲のメロディーをシャカシャカと割とスムースに形にし、いよいよ今日は作詞へ。
すごいのは黒沢君。どんどんと歌の頭から思いっきりよく言葉出ししてくる。
だけど僕はどうもなんとなく全体の枠組みとか、おぼろげな歌の形が見えてこないと言葉がでてこない性分。でも、この二人の作り方の違いをあーでもないこーでもないと時間をかけて擦り合わせていると、なんともいえない化学反応が起こってきて、一人じゃ絶対できない世界が生まれる。
あのとき「ウキウキmusic」のサビも最初は影も形もなかったのに、最後の最後に忽然と現れたんだからと、お互いを励まし合いながら、ひたすら無意識の領域をさぐって終わった一日であった。たぶん明後日ぐらいには、もやもやの中から姿を現わしてくると思う。
僕たちのように何もないところからメロディーや言葉などの無形のアイデアを生み出す仕事に就いている人にぴったりの本がある。全然厚くない本なのですぐ読めるのに、なかなか啓示的な本だ。煮詰まって投げ出したくなる時でも、この本を読むとまたやる気が出てくるのである。
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僕はよく見るのである。しかも夢の中での空の飛び方は3種類もあるのだ。
「サンデー銀次」2010年11月7日号の「イタリアへ行った夢を見た」で、こんなことを書いていたっけ。
「空を飛ぶ夢もよく見るのだが、この話は長くなるので次回にしよう。なぜなら飛び方が3通りもあるからだ。」
ここんとこ音楽話が続いたので、今日はその3種類の、空を飛ぶ夢のことを話そう。
初めて空を飛んだ夢を見たのはいつのことだったか?子供の頃だったような、大人になってからのような。長く生きてるのであまり記憶にないが、何度も見ているので、夢の内容だけは克明に覚えている。
初めて夢の中で空を飛んだのは、母校の小学校のグラウンド。校舎のあるエリアからコンクリートの何段かの段差の下に運動場がある。その段差はいつも運動会の時にご父兄の観覧席となる。
その校舎のあるエリアの段差の端に立ち両手を広げ、空に向かって地面を軽くけると、僕の体はグライダーか紙飛行機のようにふわりと浮かび、そのままゆっくりと飛び始めるのだ。手足を広げたまま空中をふわーり、ふわーり。まるでももんがか信天翁になったような気分でなんとも気持ちがいいのだ。
やがてグランドにやわらかく着地。これが生まれてはじめて見た空を飛ぶ夢だった。
たぶん小学生の頃友達と、ゴム動力のタケヒゴ飛行機や紙飛行機を風のおだやかな日に、その段差の端からグラウンドに向けて飛ばして遊んだ思い出が、知らずにすりこみになって、こういう形で夢になって現れてきたのではないかと思う。その後も何度かこの夢を見た。この夢を見るとき不思議なことにまったく無音なのである。てても静かでおちつく夢だ。
もうひとつの空を飛ぶ夢、それは比較的近年になってから見るようになった夢。
同じ空を飛ぶ夢にはちがいないが、この夢での飛び方を説明するのはなかなかむずかしい。
空を飛ぶというより、空を立ち泳ぎするといったほうがぴったり来る感じだからだ。
普通に地面に立ち、軽く地面をけったら、ちょうどヒゲ・ダンスのように、両手のひらで空気を地面のほうに押すようにすると、なんと体がゆっくりと浮いてくるのである。そのままその動作を続けていると、またたくまに、人の背丈よりも高度が上がり、屋外ならば家の2階よりも高いところまで浮き上がることができるのだ。
手の動きを止めるとゆっくりとだが下方に降下しはじめるので、ずっと浮いているためには常に、水中での立ち泳ぎの要領で、ヒゲ・ダンスをつづけていなければならない。
だがちょっと休んだからといってストーンと地面に落下することはない。ほんとにゆっくりゆっくり下りて行く。体重というものを全く感じない。体はまるで羽根のように軽いのだ。
空中で両足を引き上げ横座りのようなポーズをとり、ななめに蹴ると横方向の移動も可能なのだ。
眼鏡の少年ジョンの、1分22秒あたりの動きがイメージに近いかな?
夢を見終わった後も、空を飛んだ感が現実に起こったことのように残って、ほんとにできるんじゃないかと、起きてるときに試してみたが、あたりまえのように無理だった。それぐらいリアルな夢なのだ。
最後に紹介する空を飛ぶ夢は、この中では最も荒技。いままでの2つの夢が遊園地のコーヒーカップなら、こっちの夢は高速のジェットコースター感覚だ。
普通に立って、左足を前に出し、両手を軽く広げ、ちょうどサーフボードに乗るときのように立ったかたちで、夜の高層ビルのあいだを高速で飛び抜けて行くのだ。ビューッとかゴーッとかいう、ビル風を切りさいていく音まで聞こえる。
その夢の中に出てくる高層ビルは壁がガラス張りで、仕事中の人たちがみな目を見開いて驚いている姿も見える。中には驚いて持っていた書類を落とす人までいたりして、かなり痛快。たぶんこの映画の影響で見た夢ではないかと思う。
僕は山羊座。地の星だからいつも足が地に着いている。だからいつも潜在的に、飛びたい願望があるのかも知れない。高所恐怖症なのに夢の中では平気なのが不思議でならない。