「社長、少しお時間いいですか」

いつもより固い表情の社員に呼ばれて、会議室に入ったときのことです。テーブルをはさんで座った瞬間、なんとなく予感がしました。

「来月いっぱいで、辞めさせていただきたいと思っています」

頭が真っ白になりました。長く働いてくれていた、頼りにしていた社員でした。小さな会社にとって、ひとりの社員が辞めることは、大きな会社の何倍もの重みがあります。仕事は回るのか、取引先にはどう説明するのか、他の社員は動揺しないか。不安が一気に押し寄せました。

先に結論を言います。社員の退職は、会社にとってつらい出来事です。でも、その向き合い方しだいで、会社が変わるきっかけにもなる。今日は、社員の退職を通して私が学んだことを書いてみます。

最初にしてしまった「引き止め」

正直に書くと、退職を告げられた直後、私は必死に引き止めようとしました。

「給料が不満なら考える」「仕事の量を減らすから」「今辞められると本当に困るんだ」。今思えば、どれも会社の都合ばかりを並べた言葉でした。

その社員は、静かにこう言いました。「社長、お気持ちはありがたいです。でも、もう決めたことなんです」。

その言葉を聞いて、ようやく気づきました。彼は、何か月も悩んだ末に、覚悟を決めて話してくれたのだと。それなのに私は、彼の決断の理由を聞く前に、自分の不安をぶつけていたのです。

退職を告げられたときに私がしたこと

少し時間をおいて、改めて話をする場をつくりました。そのとき、次のことを心がけました。

  • まず「話してくれてありがとう」と伝える
  • 辞める理由を、責めずに最後まで聞く
  • 引き継ぎの計画を一緒に立てる
  • 取引先への説明の仕方を一緒に考える
  • 最終日まで、それまでと同じように接する

特に大切だと感じたのは、辞める理由を最後まで聞くことでした。その社員は、新しい分野に挑戦したいという前向きな理由と、もうひとつ、会社の中で自分の意見が通りにくいと感じていたことを話してくれました。耳の痛い話でしたが、それは社長の私にしか直せないことでした。

引き継ぎで見えた「属人化」の怖さ

引き継ぎを進める中で、改めて気づいたことがあります。それは、その社員に仕事が集中しすぎていたということです。

取引先の細かい事情、作業の手順、トラブルの対応。多くのことが、彼の頭の中にしかありませんでした。彼がいなくなると、会社が回らなくなる。それは、彼が頼りになる社員だったからこそ起きたことでもありますが、同時に、会社の仕組みが整っていなかったということでもあります。

引き継ぎの期間を使って、彼の仕事を一つひとつ書き出し、マニュアルにまとめてもらいました。この作業は、残った社員にとっても大きな財産になりました。

退職から学んだ3つのこと

この経験から、私は3つのことを学びました。

1つ目は、「辞める理由」は会社への大切なメッセージだということ。退職の理由には、会社の課題が隠れていることがあります。耳が痛くても、そこから目をそらさないことが大切だと思いました。

2つ目は、仕事を一人に集中させすぎないこと。頼れる社員に仕事が集まるのは自然なことですが、そのぶん、その社員の負担も、会社のリスクも大きくなります。日ごろから仕事を共有し、記録に残す仕組みが必要だと痛感しました。

3つ目は、最後まで気持ちよく送り出すこと。辞めていく社員も、会社にとっては大切な仲間です。気持ちよく送り出すことで、残った社員も「この会社は人を大切にする会社だ」と感じてくれます。そして、辞めた社員が、いつか取引先やお客さまとして戻ってきてくれることもあるのです。

▶ あわせて読みたい:「すごいね」では社員は育たなかった|零細社長が失敗から学んだ、社員の本当のほめ方・伝え方残った社員との向き合い方

ひとりが辞めると、残った社員には負担がかかります。そして、「自分たちも辞めたほうがいいのでは」と不安になることもあります。

私は、残った社員一人ひとりと話す時間をつくりました。「今、困っていることはないか」「負担が大きすぎないか」。そして、辞めた社員が話してくれた「意見が通りにくい」という課題についても、正直に共有し、改善していくことを約束しました。

その後、毎月一度、社員が自由に意見を言える時間を設けるようになりました。最初はなかなか意見が出ませんでしたが、少しずつ、社員の声が会社を動かすようになってきています。

退職を防ぐために、今できること

退職をゼロにすることはできませんが、「辞めたい」と思わせてしまう原因を減らすことはできます。今、私が心がけていることを書いておきます。

  • 定期的に1対1で話す時間をつくる:業務の話だけでなく、「最近どう?」と聞くだけの時間も大切です
  • 意見を言いやすい雰囲気をつくる:社員の提案をすぐに否定せず、まずは「なるほど」と受け止める
  • 成長の機会を用意する:新しい仕事に挑戦したい社員には、できる範囲で任せてみる
  • 負担が一人に偏っていないか見る:頼れる社員ほど、無理をしていることがあります

どれも、特別なことではありません。でも、忙しい毎日の中では、つい後回しにしてしまいがちなことばかりです。社員の小さな変化に気づける距離にいることが、小さな会社の社長の大切な仕事だと思っています。

採用のときに伝えるようになったこと

退職を経験してから、採用のときにも伝えることが変わりました。会社の良いところだけでなく、大変なところや、まだ整っていないところも正直に話すようにしたのです。

入社してから「思っていたのと違った」と感じるのは、社員にとっても会社にとっても不幸なことです。最初に正直に伝えておくことで、入社後のギャップが少なくなり、長く働いてもらえるようになったと感じています。

人は去っても、残るもの

社員の退職は、今でも経営者として一番つらい出来事のひとつです。でも、あの日の経験がなければ、私は会社の課題に気づけないままだったと思います。

人は、いつか会社を離れていくものです。それは、どんなに良い会社でも避けられません。だからこそ大切なのは、一緒に働いている時間の中で、どれだけお互いを大切にできるかなのだと思います。そして、その人が去ったあとにも、残してくれた知恵や仕組みが、会社を支え続けてくれます。

辞めていった彼とは、今でもときどき連絡を取り合っています。新しい仕事でがんばっている様子を聞くと、うれしくなります。送り出した社員の活躍を喜べる会社でありたい。今はそう思っています。

人を育てること、チームをつくることについては、先輩経営者の本から学ぶことがたくさんあります。忙しくて読む時間が取れないときは、ビジネス書の要点を1冊10分ほどで読める本の要約サービス「flier(フライヤー)」で、気になる本の中身を先に確かめるのもひとつの方法です。

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まとめ

  • 退職を告げられたら、引き止める前に「話してくれてありがとう」と理由を聞く
  • 辞める理由は、会社の課題を教えてくれる大切なメッセージ
  • 引き継ぎは、仕事の属人化を見直すチャンス
  • 残った社員と向き合い、課題の改善を約束する
  • 最後まで気持ちよく送り出すことが、会社の信頼につながる

小さな会社は、一人ひとりの存在が大きいからこそ、一人ひとりとの関係を大切にできる会社でもあります。その強みを、これからも大事にしていきたいと思っています。

もし今、社員の退職に悩んでいる社長さんがいたら、まずは深呼吸をして、相手の話を最後まで聞いてみてください。その時間が、きっと会社を少しよくするきっかけになるはずです。

別れは、次の出会いの始まりでもあります。退職をきっかけに整えた仕組みが、次に入ってくる社員を迎える土台になります。

皆さんは、社員の退職とどう向き合ってきましたか。よかったらコメントで教えてください。

 

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