ちょっとにゃんたっちゃぶる -4ページ目

記憶に残る印象とは

不思議だな、と思うことがある。

絶対忘れない、一生忘れない、そう涙を流しながら心に誓ったようなことを振り返るとあまり覚えていない。うっかりするとそんなことがあったかとも。
じゃぁそんなに大した事ではなかったんじゃないかとか、それくらいのことなんでしょうとか、そんなわけは無い。
心理状態がもっと表面にすぐに出せる人なら家出をしたり、暴力沙汰になったり、最低でも泣きわめいたり自傷行為に走ったりしても不思議ではないそのくらいなのだが。私は、そんな時ほど妙に冷静になってしまう。まるで幽体離脱市立みたいに自分と相手を静かに傍観してしまう
アグレッシブになりたい。
でも、判断してしまう。ここで正当に言葉を重ねても、何も伝わらないとか。悪くはなっても良くはならないとか。
相手がまともな状態ではなかったり、恐喝とか恐怖や勢いでねじ伏せよーとか、畳み込むような言葉や論調で、こちらが反論できないようにするとか。
恐怖とか、ハイオクとか、納得とかそんな類ではない。いない、わかってもらえそうにない、諦め、残念、むしろそんな感じ。
どちらが正しいではない、素人言うことを理解しようと言うことを大事に思うこと、それらをひとかけらも感じない。あと1つ2つこちらが言葉を重ねたら攻撃的な言葉を攻撃的な勢いで叩きつけられるだけでは済まなそう。次はきっと殴られるなと感じたので、そこで終わらせるように努力した。相手が正しいと認めたわけでは決してない。そして相手に従うつもりも開けない。ただこれ以上の実質的なトラブルになるとお互いの胸にしこりを残すだけでは済まない。
とてもとても残念。
これまでもほんとにたまにトラブルがあったいつも相手が強い言葉を強い勢いでぶつけてきたのが.だった。それで誰も反論せず何も話し合おうとせず。
よく、人間関係特に夫婦は小さな行き違いや小さな喧嘩はしたほうがいい食べると取り返しがつかなくなる、と言うだったかな?
私たちの場合はそれは無理だった。インソール結果となると、経済家庭いろんな事に確実に支障が来たされるからだ。インソールじゃなくて、意味沿わない。
 
もう長くはなかったけども、結果としてここしばらく築きあげていた良い人の印象が、あーそういえばこういう人

今住んでいる家の年齢

この家は、ここに家を建てて住んでいた老婦人から購入したものだ。

子供たちが巣立ってから旦那さんと2人でずっと住んでいて、年老いてから旦那さんが急に体調崩して亡くなり、その後1人で暮らしていたけれども、高齢になり中央に住んでいるお子さんが一緒に住もうとこの家を手放してこの家を手放すことになったらしく、それを私たちが購入したと言うもの。
家は相当古く壁も外壁も床も痛んではいたけれど土地は広く、庭中をいろんな種類の花で埋め尽くして素敵に暮らしていたようだ。かなり申し訳ないが私にはそれを維持する力はなく、庭中の花をそのうちに雑草で埋め尽くされ、花壇も何もかもきれいになくしてしまって今は植えてあった気が肌寒そうに立ちすくんでいるだけだ。立ち枯れしたのも虫に食われていそうな状態になったのもあったりして申し訳ない限りだけれども、ごめんなさいとしか言えない。
この家を買った時は旦那さんが相当体を悪くして、介護ベッドを入れるとか手すりがいるとか車椅子が通れるようにフラットな床面にするとか、してあったのでお風呂場も比較的新しくとてもきれいだった。しかし手を入れていないところは押し入れは隙間風が入るし炎しまえない、畳もその下の床もこれ以上人が住むには無理と言うほど凹んだりいろいろでなかなかに無残な状態ではあるけれども、そのまま今に至っている(笑強い風が吹いたり、ちょっと入れたりするだけで壊れそうでとても怖いけれども建てたときに良い材料で作ったらしく思いのほかがっちりしている。でもあとどれだけもつだろう?
さて、本題のこの家の年齢だ。
実はこの家を買い受ける時に登記されていなかった。だからこの家がいつだったのかは本当のところはわからないが、役所の方が判断するにその時で60年以上は軽く超えていたようだ。言ってそれから17年くらい経つ今は80年は超えているんじゃないかなと推測される。
かつてどこかで、築80年位の家が何もなくて自然に倒壊したと言う話を聞いたことがある。今は病気の母が一緒に住んでいて、娘も住んでいて、夫もいる。けどそれだがもしいなかったら私1人はこの家に潰されるのもなかなか乙なのではないかと思ったりもする。

あと1週間位で再入院と思うとしみじみしちゃう

去年末に癌で手術して、それで終わりそうだったのに追加の治療を必要と言われてしまった夫が、あと1週間位で再入院となるわけだ。

次は抗がん剤治療と数10回にわたる放射線治療が予定されている。今度は2月位では帰れない。

頬から唇にかけてと首のリンパ節2つを切ったので、神経や筋肉も割とダメージを受けたみたいだし、とりあえず話すことはできるのだけれど、口が開きにくくなってしまった。要するに顎の関節が硬くなっている感じなのかな、ものを食べようとしても、唇が2センチ位開いたらいいかなって感じじゃないかな。退院の少し前には頬の傷のあたりが増殖してそれが柔軟性がなくて、口が開きにくくなってきたみたいで一番開いた頃は3センチちょっとになっていたのに徐々に開きにくくなってきているみたい。

本人がブログで書いているようだが、家族にはあまりどんな感じだかを話さない。でも本人は、もう良くはならないほど悪くなるしかないと思っている。実際それは誰にも否定できない。現実を見ないようにしてはいけないが、それでも大切なのは気力だと思う。なので、割ともしかしたら、何とかなるんじゃないかとか思っていてくれたりすると嬉しい。


それにしても、癌人は、こんなにも早く進行するものなのだろうか?

早い、とにかく早い。診断が下されてそれからひと月後に手術となったわけだが、診断がステージ4のえーで、それから1-1ヵ月にどれだけ進んだか、当時もかなりハラハラしたが、今振り返ると恐ろしい限りだ。なぜならきれいに聞いとったと言ってひと月もたたないうちに明らかに増殖しているようにしか見えない。そして手術前と同じ痛みがどんどん増していてそれが広がっている。

とても大変な手術をして失うものもこれからの障害ももたらされたのに、また和同じことが繰り返されるような予感しかなく、今まで殴ろうと必死で耐えてきたことがまるで無駄になるような喪失感虚無感脱力感、本人はさぞかし大変な体調と心理状態なのではないかと憶測できる。頑張って英語に保っているのはアルコール依存傾向は無い分何とかなっているのだろう。私の親族は皆呑平なので、もし彼らがこんな状態だったら酔いつぶれて暴れて大変なことになっただろう。そこだけは御の字だ。


本人はこれから予定なら週間の治療を受けて元気に帰ってこれるとはさすがに思えないらしい。そして、あと1週間でその入院に入る。音声入力で書いているから、うまく入っていなかったみたい。7週間の予定入院である。

本人は前から調べられることを調べて最新の治療の本を購入したり、知っていたほうがいいのか知らないほうがいいのかわからない知識を蓄え込んでいる。

私は実際のところ、恐ろしくて調べる気にもならない。それなのにこうやってブログとかで癌の単語を記したりするとそんなような内容の記事が届けられたりしてドキドキしたりする。

で、つい読んでしまったりして愕然である。