長崎一人旅の続きです
出島を出て向かった先は、
長崎市街の観光としては一番の有名どころ!?
グラバー園と大浦天主堂
修学旅行先で有名で、私も高校時代に行きました♪
そのせいか、バス停から大浦天主堂・グラバー園までの坂道
修学旅行生が好きそうなお土産屋さんばかり
ココもやはり坂でした(笑)
長崎にあまりお土産屋さんってなかったので、ちょっとびっくりしちゃいました
水分ばかり摂ってて、お腹が空かなかった私
しかしこのお土産屋さんの中に、
非常に引かれるお店を発見
事前調査で、チェックしていたお店(笑)
角煮まんじゅうで有名な、岩崎本舗さんです
宿泊したホテルの近くにもあったり
JR長崎駅や長崎空港のお土産屋さん売り場にもあるので、
わざわざ食べに行くのではなく、通りかかったら食べようと思っていて
やっと出会えたお店です
ラインナップはこんな感じ♪
ノーマルな角煮まんじゅうは、店頭で試食もやってくれていますよぉ~
変わり種も良いですが、
やはり初めてなので、王道の一番人気いっちゃいます
角煮まんじゅう 500円
大きな角煮入ってます
これがめっちゃ美味しいの
美味しすぎて、実は長崎空港でお土産を買ったほど(笑)
そして、近々お取り寄せもする予定です
角煮を食べてから、観光に戻る予定が・・・
ビワ三昧のお店発見!!
フルーツガーデンアズタイムさんです
長崎は、ビワも有名なので
ビワの土産も非常に多かったんですよね
ビワジュース飲んじゃいます
美味い!!
疲れ切った体、またまた復活
まだまだ坂道登れます(笑)
この後のレポは、
かなりめんどくさく(笑)
自分の趣味に走って、
語っておりますので
お写真だけ見て、こんな場所が長崎にあるんだなって思っていただけたら幸いです。
食を楽しんだ後は、まずはコチラの見学
大浦天主堂です。
幕末の開国後、1864年(元治元年)に竣工。
日本に現存するキリスト教建築物としては最古の教会です。
正式名は日本二十六聖殉教者聖堂。
その名のとおり日本二十六聖人に捧げられた教会堂で、
殉教地である長崎市西坂に向けて建てられています。
1953年に、国宝に指定。
この大浦天主堂は、250年間のキリシタン弾圧の中
隠れキリシタンたちが、信仰を告白した「信徒発見」の地としても有名です。
2018年には、「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」として
世界文化遺産に登録されています。
「天主堂」と書かれているのは、竣工当時
キリシタン弾圧の中で、日本人にも教会だとわかってもらえる様に漢字表記したそうです。
※写真はお借りしたものです。
創建当時の大浦天主堂。「天主堂」とやはり書かれています
大浦天主堂での信徒発見を記念して、フランスから贈られた聖母マリア像です。
台座には「日本之聖母 慶長三年三月十七日 信徒発見記念」と記されています。
創業当時、天主堂の中央には、バラ窓と呼ばれるステンドグラスがありましたが、
改修の際に小祭壇へ移動されました。
そのお陰で、原爆で難を逃れ、創建当時のステンドグラスが今も保存されています。
教会入り口です。
ここから先は一切撮影禁止となっております
なので、観光協会よりお写真をお借りしましたσ(^_^;)アセアセ...
中を見学させていただきましたが、帰ってきてから公式サイトを見て
いろいろと見落としていた部分があり
やはり、もう1度行こうと心に誓った次第です(笑)
レンガ造りの建物は、旧長崎大司教館。
大正4年(1915)に竣工したものです。
大浦天主堂の横にあって、旧長崎大司教館と連なって建っているのが、
旧羅典神学校。国の重要文化財に指定されています。
明治政府のキリスト教禁教令廃止を機に、
羅典神学校設立を計画し、1875年に完成しました。
1926年に浦上神学校ができるまでは、神学校の校舎兼宿舎として使用されていた建物です。
現在は、大浦天主堂キリシタン博物となっています。
入場料は、大浦天主堂の入場料に含まれています。
館内撮影禁止となってるので、気になる方は公式サイトをご確認ください
大浦天主堂の近くには、
今も居留地時代の石の住所表記が残されていました。
さて、お次の観光地!
旧外国人居留地にある、グラバー園突入です
こちらも、高校の修学旅行以来37年ぶりに行ってきました
グラバー園は、山の斜面に歴史的建造物が保管されているため、
高低差がとっても激しい
でも、安心してください(笑)
上りのみですが、エスカレーターあります
一気に上まで上がります
長崎港が一望できる場所に、グラバー園があります。
では、主な建物をご紹介♪
一番頂上に保存されているのが、
旧三菱第2ドックハウスです。
明治期に建てられた、外国人乗組員用の宿舎だったものです。
1896年(明治29)に竣工。
グラバー園には、1972年(昭和47)に移築されました。
工事中で見学できませんでしたがσ(^_^;)アセアセ...
旧長崎地方裁判所長官舎です。
1883年(明治16)竣工。
洋風の意匠がある建物部分のみ、1979年(昭和54)グラバー園に移築されました。
旧リンガー住宅です。
フレデリック・リンガーとは、英国人の貿易商で
グラバー商会で製茶と輸出の監督業務を行い、
グラバー商会を退職したのち、ホーム・リンガー商会を設立。
グラバー商会の茶葉貿易を引き継いだり、
長崎における英字新聞の刊行やホテルの経営のほか、
長崎市内の上下水道敷設にも尽力した方です。
1868年(明治元)頃にこの地に竣工。
国の重要文化財に指定されています。
リンガーの次男・シドニーが1965年(昭和40)まで家族と暮らしていたそうです。
なお、長崎ちゃんぽんリンガーハットの名前は
このフレデリック・リンガーから来ているそうです。
- リンガーハット公式サイトよくあるご質問から
- Q「リンガーハット」という社名に込められた意味や由来などお尋ねします。
- Aリンガーハット(RingerHut)のリンガーは、長崎で広く貿易商を営んでいたフレデリックリンガーという英国商人の名前にあやかったものです。
長崎にグラバー園という有名な公園がありますが、ここにはグラバー邸とともにこのリンガーさんの邸宅「リンガー邸」が建っています。「長崎ちゃんぽん」という長崎の郷土料理を販売するにあたり、郷土にちなんだこの大商人の名前をつけさせていただきました。ハットは小屋とか小さな家という意味で、通して訳すと「リンガーの小さな家」となりますね。
こちらは旧自由亭の建物です。
日本人初の西洋料理店シェフとなった、草野丈吉のレストランで
自由亭廃業後は、検事正官舎として使用されていたため、
現在の内装は、検事正官舎当時のものだそうです。
1879年(明治11)に完成。
1974年(昭和49)に洋風の意匠の部分のみグラバー園に移築されました。
現在は、喫茶室として活用されています。
こちらが、グラバー園のメインどころ(笑)
旧グラバー邸です
スコットランド出身の商人トーマス・グラバーが、親子二代に渡り暮らした家で、
現存する、日本最古の木造洋風建築となっています。
建築年は、1863年(文久3)で、国指定の重要文化財となっています。
2015年(平成27)には、「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」の構成資産として、関東近郊では静岡県伊豆の国市の韮山反射炉と共に、世界遺産に登録されています。
グラバーは、貿易商人として主に茶や生糸を輸出し、
西南諸藩の需要に応じて布類や香辛料、鉄材などのほか、
中古の蒸気船や武器を輸入品として扱っていました。
武器販売のお得意様の中には、坂本龍馬もいたそうです
また、「キリンビール株式会社」の前進会社である
ビール会社「ジャパン・ブルワリー・カンパニー」の設立にもかかわったことでも有名です。
グラバー邸内にある温室
こういうのにめっちゃ憧れている私
宝くじ当たった際には(笑)
温室付きのおうちを、建設するぞ!!
洗濯物の干し場になりそうだけど(笑)
当時のお部屋が再現されていました。
高校時代みんなで撮った写真
当時は短いスカートってなかったなぁ~(笑)
私立、通うときはみんな真面目です←だってすぐ退学になっちゃうからwww
同じように撮りたかったのに失敗した(笑)
グラバー邸の石門が、今も残されていました。
グラバー邸前の展望台
眼鏡橋に続いて2つ目!
今調べたら、グラバー園にはあと2つあるらしいσ(^_^;)アセアセ...
そんなにあったんだ(笑)
若い子たちが撮ってるのをマネして撮ったので、知らんかった
歴史的建造物を見て回って、帰る場合は
長崎伝統芸能館を通って、出口に向かうことになります。
長崎伝統芸能館は、長崎くんちで奉納される、
曳物、傘鉾、担ぎ物などが展示されています。
これ!以前来たとき記憶にある!!
一度は、長崎くんち見てみたいけど・・・
凄い人なんだろうなσ(^_^;)アセアセ...
この時点で、16時半
しかも雨まで降ってきた(笑)
でも私の散歩は終わりません
その続きはまた後日