前回 つづき
いろんな受容者のケースをつらつらと書いています。![]()
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今日は、トランジション前後について。φ(.. )
ケース4
(理解、受容: 様々)
ケース4では、トランジション前後における受容者との関係性について考えてみます。
先日も記事 (「理解者?」)にしたとおり、トランジションは見た目の変化だけではなく、社会的、法的な変化でもあり大変なことですよね。
そしてそれらは、周囲の関係性を再構築する問題ももれなくセットでついてきます。
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(残念ながらというか当然というか)
治療前から付き合っていて、治療後、関係が変化することは、あります。
ホルモンの作用でFTMの性欲があがったり、いらいらしたり、疲れが酷かったりもするでしょう。
(男性ホルモンについてはこちら[ホルモンの勉強 ]をどうぞ)
そんなとき、そばにいる人は、その影響をモロに受けてしまうわけで。。
治療について理解と受容がなければ、「彼は変わってしまった」とすれ違いかねない。。
個人差はありますが、作用・副作用が強かった人は、コントロールするまで結構時間がかかります。
受容者の方は短期的にケンカしたりするのではなく、長い目でみていただければと思います^^;
一方で、FTMは、「彼女だったら受け入れて当然
」という感覚はもたない方がいいです。φ(.. )
もしかしたら、目の前で笑ってくれている存在を失うことになるかもしれない。。と覚悟したうえで、治療には臨んだ方がいいと思います。
実際、FTMの変化についていけず、再び惚れ直すことができず、別れるカップルは存在するのですから。
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トランジションにおいて、決定的に関係が壊れるケースもあります。
それは、結婚していた者が、配偶者に治療について相談しないまま、勝手に治療をはじめてしまった場合です。(離婚訴訟などで裁判にまで発展するケースもあり
)
(特例法)--
第三条 性別の取扱いの変更の審判
一 二十歳以上であること。
二 現に婚姻をしていないこと。
三 現に未成年の子がいないこと。
四 生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること。
五 その身体について他の性別に係る身体の性器に係る部分に近似する外観を備えていること。
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*特例法には、受容者が関連してくる要件では、「現に結婚していないこと」の他に、昔はいわゆる「子なし要件」というのがありました。(現在は改定され「現に未成年の子がいないこと」となっています。)
中高年のMTFさんの場合、男性としてご結婚されている方も多かったりします。
(MTFの例に比べると少数とはいえFTMで結婚、出産経験がある方もいます)
昔は「性同一性障害」という言葉すらなく、そして今よりもずっと、男は男らしく、女は女らしくと言われていた時代でした。
平成生まれの人には想像しづらいと思いますが、フリーターも存在しない、終身雇用の社会というのは、平日に男がぶらぶら歩いていると不審者のような目で見られたものです。結婚への圧力も今の比ではなく、GID当事者達も皆必死で生きたのだと思います。
ご結婚され、子供もいる中高年MTFさんたちは、そんな時代の過渡期に巻き込まれた人達だと思っています。
では、そんな当事者たちと人生を共にしてきた奥さんやお子さんたちも同じく巻き込まれたのだと、今は正規に治療もでき、戸籍も変えられる。だから絶対に応援すべきしょうか?
・・私はそう簡単には言えないです。一当事者として、言ってはいけないだろうとも思っています。
そもそも、治療に際して、“配偶者がいる場合は配偶者の了承を得ること”はブルーボーイ事件の判決でもありました。
だからこそ、ブルーボーイ事件の判決内容を担保するためにつくられたガイドラインのなかでも、「家族・パートナーへの説明」は明記されてきました。(グレー色部分、2013.1016追記)
子なし要件撤廃運動が活発化した際も、“子の福祉”の視点を軽視してはならないという議論はあったと記憶しています。
弁護士会の見解としても、その点を指摘していました。
↓資料:「日本弁護士連合会(日弁連)の見解 」より参考まで
>これに対し、子がいないことは、それ自体を要件とすべきではなく、「子がいる場合には、子の福祉を害しないこと」を要件として求めるべきと考える。
いつのまにか、ザ・シンプルな要件になったわけですが。。![]()
それに、配偶者や子と関係を崩壊させる当事者ばかりではないです。
私が知るMTFさんでも、奥さんに治療することを理解され、受容され、応援してもらえて姉妹のようなカップルもいますし、二人のお母さん(MTFさんのことは、名前で○○ちゃん、と子は呼んでいるそうな)という家庭もいます。自分の勝手で治療をするからと、離婚し、慰謝料を払いながら治療している人もいました。
人は、一人で生きているわけではありません。
「性自認」という、自分では選び取ったわけではないことで苦しんできたからといって、
別の苦しみを他者に押し付けていいものか。。
常にすべての人がハッピーなんて、現実には無理ですが、
せめて自分自身が選択した結果は、引き受けなければいけないと思うのです。
治療における自己責任が及ぶ範囲は、自分のことばかりではありません。家族、友人関係、会社、社会...
自分自身の苦しみに囚われていると、他者の苦しみに鈍感になりますよね。。
私がこれだけ苦しんでいるのだから、お前もがまんしろ!とか。。理不尽極まりない。。orz
「当事者の権利・心情」と、「受容者の権利・心情」がぶつかるときは、
公共の福祉のもと――
客観的で、“双方に”平等な判断が求められる。
いち当事者として、忘れないようにしたいです。
(つづく)