177終了 | ぎっちょ31  

ぎっちょ31  

蒼き時代より共に生きる

たぶん若者は「177」すら知らないだろう

 

古いタイプの人間でも「117」と「177」、「どっちがどっちだっけ?」ってよくなっていたかと思います

 

その「177」サービスが終了するとのこと

まあ、そりゃそ~だわな

オレも昔はよく使ってました、行楽に行く前とか、釣りに行く前とかは特にね

たぶん、第一次産業の方などのほうが更に使っていたハズです

 

最近というか、オレのアンテナがそんなのに張ってるからということもあるだろうけど

なんかいろんなものの転換期かもしれないですね

最近、いろいろと消えて行くものが多い気がします

 

記事を見ても

サービス開始は「1955年」だってさ

終戦からたった10年しか経ってない

(終戦から間もない闇市)

 

ちなみにネットで「1955年」当時の街並みの写真を探しましたがコレといったのが無く

「1956年(昭和31年)」のものを見つけました

まあ、戦後から10年くらいじゃ大差ないわな

 

こんな当時に「177」サービスを提供ということのほうが先走ってる感アリアリです

TVすらまともに無かったでしょ、あってラジオ

そんな中で、天気予報は電話でいつでも知ることができる、というのは今で言うとスマホ持ってることと同じ性質です

そもそも、1955年(昭和30年)当時にどんだけの家に「電話」があったでしょう

携帯電話が少しずつ出始めた当時と同じようなもんでしょ

シモシモ~のネタのショルダーホンから少し小さくなった当時の携帯電話

コレでもほとんど普及はしていませんでした

持ってるのは承認欲求強めの成金趣味の社長とかヤクザの組長くらいなもんでした

保証金だの加入金だので持つためには30万くらいしてたし、毎月の基本料金だけで3万円、通話料金は1分100円・・・そんなレベル誰でも気軽に「持とうか」とはならない

 

じゃあ「固定電話」の歴史は?と思ってネット検索

今は手にはネットにつながる端末を誰しも持っている便利な時代、すぐに調べることができます

広辞苑も、知恵蔵も、なんちゃら百科事典も必要ありません

 

すると我が国、最初の「固定電話」は東京ー横浜間で開通(なんとなくそんな記憶はありました)

1890年(明治23年)とのこと

加入者は東京側で155件、横浜側で42件だったとのこと

今の価値に換算すると月額10万円ほどとのこと

 

しかし、そこから急速に加入者も増え

1909年(明治42年)には10万件超えたとのこと

しかし、当然、まだ誰しもは持てない、その件数の多くは軍や警察、一部の商売人など限られた組織で使われ、家庭の中にある家など財閥のような家しかなかったことでしょう

明治末期の銀行員の初任給が40円だった頃に、電話は月の基本料金、基本料金が66円だったとのこと

 

1925年(大正14年)14年ってことは末期です、昭和初めに近い頃、月額基本料金が45円まで下がるが

電話を引く架設料(工事負担金)が非常に高額で「1520円」とされたものもあったとのこと

当時は東京で一戸建ての家が建てられる金額だそうだ・・・金持ちじゃないとムリですね

 

終戦当時、ウチの親父も東京に出た頃があった頃に「当時、1000円あれば東京駅前に土地が買えた(100坪って言ったかな!?面積はうろ)。あの当時、1000円持ってればな。でも商売失敗した(戦争もある)直後で金無かったから」と似たような話を聞いた覚えがある

そんな時代だ

 

1944年(昭和19年)戦争末期、加入100万件を超し、翌年1945年(昭和20年)終戦の年だ、年間基本料金が60円になる

 

肝心の戦後の普及の歴史を探したがなかなか無かった

 

1968年(昭和43年)には加入1,000万件を超す

しかし、コレだってほとんどは国や県の官公庁の主要機関、会社や店舗などから先に普及していってるので「各家庭の普及率を反映した数」というワケではなハズです

 

ちなみにオレんちに電話が来たのは1972~73年頃じゃなかったかと思う

同世代の人には「黒電話」といったら

ダイヤル式がすでに出ていたらしいのでダイヤル式の黒電話でしょうが

たぶん「離島」なのもあったんでしょうね、島に設置する電話交換局のシステムも離島ならではってのもあったんでしょうね

近所の家に電話を借りに行ってた当時も、オレんちに初めてやってきた電話機もコレでした

使う際に、くるくるくるぅ~~~と回して、いわば発電させてから使う黒電話

すると交換局のおねいさんが出て「何番をお願いします」と言っていた

 

スマホの時代からしたら、どんだけ大昔やねんと思いますが

お爺ちゃんや、ひいお爺ちゃんとか100年や200年前の話ではない

50代のオッサンが子供の頃に使ったモノの話です

 

こんなスマホの時代が来るなんて想像もつきませんでした

 

たぶん、これから50年先も想像もつかない世の中になってることでしょう

 

「177」のサービスが終了するのもアタリマエでしょう

 

「タウンページ」も無くなるってね、昔はぶ厚かったけどね~

新しい土地での暮らしの際にはタウンページでいろんな店を覚えて行きました

今はコレもスマホで解決するからね

 

番号案内の「104」も無くなるそうです

まあ、オレも104を最後に使った記憶なんていつだったか覚えてません

昔は無料だったよね、そして有料化されて金額もどんどん上がっていったよね、その頃くらいから使わない&使う必要も無くなっていったような記憶です

 

「177」サービス開始が1955年

そして来春2025年3月でサービス終了

「70年間」も使われたサービスというか技術というか

70年も使われたらある時代の役目を終えるには十分の期間かと思います

 

こうやっていろんなものが時代の流れと共に、現れ、消えて行き、また違う新しいものが現れが繰り返されます