和佐さんのオリジナルメッセージで心動く | リフレーミングはちゃんけんさん@Googlebot

リフレーミングはちゃんけんさん@Googlebot

リフレーミングでは、当人が体験した実感した出来事や大したオモロない出来事を、リフレーミングしたらこんなにオモロいことにも解釈できるっていう、実証ブログ。読んだらなにかが変わっていることを「約束」します。疲れない程度に本氣で。


テーマ:
おつかれ様ですぎべです。

今回は、ぎべが講読してる
和佐さんのメルマガに
心が動いたので共有しますね。

和佐さん!
転載させて頂きました!


ここから転載------------------------------------------------


どうも、和佐です。

最近考えていることを書きます。
少し、難しく感じるかもしれません。

でも、しっかりと読めば必ず理解出来るはず。

そして、今から書くことは、これから僕らが本当の意味で
人生を自由に、豊かに生きていくための基礎となる考えです。

「どうやれば儲かる」とかではなく、
「どうして僕らは満たされないのか?」というもっと
ダイレクトに人生に影響する問題です。

多くの人に取っては、聞いたことも無い話しになると
思います。

でも、ぜひ読んで欲しい。これが僕の本音です。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
本当に人生を変えたいなら、今の自分には難しい領域や
理解出来ない領域に目を向けないといけません。

今見えている領域、今理解出来る領域、今考えられる領域、
今移動出来る領域、今関係出来る領域だけで、自分の人生を
変えようと思っている人は、

「白馬の王子様を待つ少女」

と、同じでしょう。

人生を変えるのは、そんな妄想ではなく、
いつだって、未知との遭遇です。

誰かがあなたの人生を変えてくれて、シンデレラのような
ストーリーに巻き込んでくれたら嬉しいかもしれませんが、
しかし、そんなことはほとんど起こらないでしょう。

シンデレラ/プリティ・ウーマン/花より団子...

空想の物語はいつでも、“自分の意志とは無関係に始まり、
ハッピーエンドに終わりますが”、現実は違います。

残念ながら、誰かがあなたをシンデレラにしてくれることは
ないのです。

魔法使いも、カボチャの馬車も、舞踏会も、王子様も、
どこにも存在しない。

ただあるのは、あなた自身の選択と行動、そしてその結果です。

1年後の未来、あなたはどうなっているでしょう?

余計なお世話かもしれませんが、
僕は心の底から心配です。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
お金を稼ぎたい、自由になりたい、人生を変えたいと思っている
にもかかわらず、99%の人は

何の変化も起こせずに時間を過ごします。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
いや、変化が起きないならまだいいですが、最近聞いた話では、
借金をしてまで高額なビジネス塾に入り、人生を大きく狂わせる
人もいるようです。

「まあ、所詮、自己責任だよね」と、
失敗した人をあしらうのは簡単です。

でも、僕にはどうしても、退職金を全て注ぎ込んだ人や
借金をした人に、そんな冷酷な言葉をかけることは出来ません。

とはいえ、「既に起こったこと」は変えられないので、
僕は「もう二度とそんなことが起こらないように」警告を発し
続けているのです。

どうでしょう?

あなたの1年後の未来を想像してみてください。

既に何かしらの、自分のオリジナリティを発揮した活動を
している人は、具体的に1年後をイメージ出来ると思います。

しかし、ほとんどの人が、
「自分が成功している姿」なんて想像もできないでしょう。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
恐らく、想像出来るのは、

「既に成功している誰かの姿」でしょう。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
自分ではない誰か。

僕はここに、決定的な問題が隠れ潜んでいると考えています。

結論から言うと、僕はこれまで何度も、


偽物では成功出来ない
~~~~~~~~~~~~~~~~~

と、言い続けてきました。

偽物とはつまり、誰かのマネであり、コピーであり、
テンプレート人間のことです。

これが真実です。

少し社会学的な話しになりますが、
「ジャン・ボードリヤール」というフランスの思想家がいました。

ポスト・モダンの代表的な思想家です。

彼の著作である、

「シミュラークルとシミュレーション」

は、映画マトリックスの基礎理論に強く影響しました。

僕は無類のマトリックス好きなのですが(笑)
この「シミュラークル」と「シミュレーション」という
言葉は非常に興味深いものです。

簡単に言えば、

シミュラークル  = 模倣品
シミュレーション = 模倣する行為

という意味です。

ボードリヤールは、資本主義の構造をこの2つの概念で
説明しました。

僕らは何か物を買う時、もはや「使用価値」というもので
判断することはありません。

商品を買う理由はそれぞれですが、そのそれぞれは、
「何かを変えるため」ということに帰結します。

例えば、パソコンを買い替えるのは、スペックの違いが
自分の生産能力を向上させたり、「重たい」というストレスを
軽減させるからです。

「必要だから買う」のではなく、「変えたいから買う」
わけです。

服も、食品も、家も、あらゆる消費は、必要なものに向けられる
のではなく、変化を起こすことに向けられています。

でも、これって本末転倒だと思いませんか?

昔は、

「おなかが減ったから飯を食う」

だったのが、

「もっと美味しい物を食べたいから飯を食う」

に、変わったのです。

この違いがわかりますか?

僕らは必要の無いもの、必要の無い変化を欲望するように
なったのです。

これは、

「成功」

も、同じことです。

「働かないと死んでしまうから働く」

のではなく、

「成功したいから働く」

に、変わった。

本来消費とは、必要だから消費するものでした。

なぜ「目的」と「行動」が逆転したのか?
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
この理由こそが、ボードリヤールが示した、
シミュラークルとシミュレーションでした。

ボードリヤール曰く、シミュレーション(模倣)には、
元となるモデル(オリジン)が必要不可欠です。

「おいしい食べ物」をシミュレーション(模倣)し、
シミュラークル(模倣品)を創るには、そもそもとして、
「おいしい食べ物」が必要です。

オリジナルモデルが無ければ、模倣することは出来ません。

で。

人類は数千年の歴史の中で、
ありとあらゆるオリジナルモデルを生み出してきました。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
そして、僕らはその生み出されたオリジナルモデルの
シミュレーション(模倣)である、シミュラークル(模倣品)を
消費して生きているのです。

例えば、「パソコン」は、誰かが最初に作ったものがあって、
僕らが使っているのは、それの模倣品です。

つまり、

世界のほぼ全てはシミュラークル(模倣品)になったのです。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
これを可能にしたのは、資本主義経済と機械化です。

資本主義経済はありとあらゆる聖域を犯し、元々は限られた
特権階級のみが手に出来た「オリジン」を、一般大衆の
消費対象としました。

わかりやすいのは芸術。

ルネッサンス以降、芸術は特権文化ではなく、大衆文化になり、
資本主義の範疇となりました。

「表現したいものを表現する時代」から、
「売れるものを表現する時代」に変わったのです。
※「売れる」のオリジナルを模倣する

そして、テクノロジーの進化によって、あらゆるものが
大量生産可能になりました。

絵や音楽でさえも、写真やCDとなって、
シミュラークル(模倣品)と化して行きました。

どうでしょう?

少し自分の部屋や持ち物に目を向けてください。

その中に、オリジナルはあるでしょうか?

恐らく、1つとしてないのです。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「お金で買えるもの」のほぼ全ては、シミュラークルとなり、
僕らはもはや、ありもしない理由で、その模倣品を買います。

なぜなら、

僕ら人間もまた、シミュラークルと化したからです。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
例えば、僕らが服を買うとき、その理由は「寒いから」ではなく、
「オシャレをしたいから」です。

そしてその「オシャレ」とは、雑誌やテレビで見る人達の模倣であり、
その雑誌やテレビに出ている人もまた、誰かの模倣なのです。

詰まる所、僕らの欲望は、
「誰かが、自分よりも、際立った違いを持っているから」という
“憧れ”や“妬み”によって生み出されているのです。

成功したい理由は何ですか?
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
誰かが羨ましかったり、誰かのようになりたいからですよね?

この価値観こそが、シミュレーションされた、
シミュラークルなのです。

本当は成功なんて必要ないかもしれませんよ?(笑)

特に、日本では、ホームレスでもなかなか死なない。

シカゴとか、ロシアのホームレスは、ガンガン凍死しますが、
日本は暖かいのです。

僕らは生まれた瞬間から既に模倣品であり、この世界そのものも
模倣品で形作られています。

そしてさらに、

インターネットが模倣を加速させています。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
日本は戦後から、教育によって「国民の大衆化」を進めてきました。

これは、簡単に言えば、

「よく憧れ、よく消費し、よく働く人間を生み出すこと」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
です。

自分が成功していないという不足感と、新しい消費をしなければ
どんどん取り残されて行くという危機感と、

その為には頑張って働くしか無いという固定観念によって、
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
見事に、日本は経済大国へと躍進しました。

ここまで資本主義的な、シミュラークル人間を生み出せた
教育は、歴史上他に無いでしょう。

そう。

日本はこれまでよく頑張ってきたのです。

偽物だらけの世界において、偽物を量産することで、
「一部のオリジン」がコントロールしやすい体制を
作り出してきた。

資本主義とは、簡単に言えば、
「憧れ」と「模倣」の2種類の要素によって成り立っています。

「憧れを生む側」が経済的な成功を収め、
「憧れを模倣する側」がひたすら消費を行う。

しかし、一見単純に見えるこのシステムも、
インターネットの登場によって、立場が逆転しようとしています。

インターネットによって、僕らは過度な模倣のサイクルに
突入しました。

模倣が加速するとどうなるのか?

それはつまり、「憧れの形骸化のスピードが上がる」という
ことです。

流行り、廃りのスピードアップです。

現在の日本の若者は、「無欲、無気力」だとよく言われますが、
そりゃそうなのです。

だって、インターネットにアクセス出来れば、そこには「違い」が
ほとんどないから。

誰もが平等にYoutubeを楽しめ、誰もが平等に映画や音楽を
楽しめる。

もはや、既にある模倣品だけで、十分に楽しいわけです。

だから別に、高級車とか欲しくない。

消費とは、憧れを模倣することによって、他の人との差別化を
行う行為です。

模倣の加速は、差別化を困難にしました。

それを、若者はよく理解しているのです。

「努力しても、人生はそれほど差別化されない」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「物の消費」によって、簡単に満たされていた差別化が、
もはや、インターネットで「無料」になり、簡単に満たされ
過ぎるようになった。

「過ぎたるは及ばざるが如し」

とは、よく出来た言葉ですね(笑)

そして、消費者の「憧れの消費スピード」が加速すると言う
ことは、憧れを生む側の人間にとっても、死活問題となります。

消費者が最低限の生活に満足し、
「憧れない、消費しない、働かない存在」となったら、
それこそ、日本の経済は破綻します。

新興国に簡単に負けることになるでしょう。

でも、実際問題として、今はそんな危機的な状況なのです。


・・・・


では、これからどうすればいいのか?
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
答えは実は簡単です。

「憧れを消費しない・させない」ということです。

これまでの資本主義経済は、ファッションや流行などの、
「消費を助長させる形」で、成長してきました。

しかし、もはやそれにも限界が見えてきた。

次の時代は、より本質的に、
「簡単には消費されない・出来ない憧れ」を生み出し、
それを目指すと言うことです。

僕は別に、

・憧れを生む側
・憧れを消費する側

の、どちらかが「悪い」と、言っているわけではありません。

「経済とはそーゆーものである」と、言っているわけです。

消費者にとって、憧れは活力です。

僕らのお父さん世代の人達は、
「夢のマイホーム」に憧れて、頑張ったわけです。

憧れは、人間社会にとって必要なものなのです。

でも、それが今、失われつつある。

いくら勉強して、いくら条件のいい企業に就職しても、
幸せとは限らない。

日本自体の未来が危うい。

こんな、憧れを失った、ニヒリズムに毒されているわけです。

だからこそ、僕らは何かに憧れるべきだし、憧れを生み出すべき
なのです。

そしてそれは、これまでのように、
「簡単に消費され尽くしてしまうもの」であってはいけない。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
僕はずっと、

「ライフスタイルを提案し、ヴィジョンを掲げ、共に歩め」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
と、色々な音声や教材で語ってきました。

そう。

究極的に言えば、

死ぬまで達成出来ない理想の中で生きる
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ということが、僕らに活力を与え、消費を活発化させ、
経済を成長させる、次の成長曲線となるのです。

もちろん、究極的なので、「死ぬまで達成出来ない」と
言うのはかなりマッチョな発想ですが、簡単に達成出来たり、
飽きられる憧れに意味は無いのです。


・・・・


本質的な憧れを生み出すことが成功すること。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
これが、インターネットが発達し、あらゆるものが
シミュラークルとなり、模倣が加速した世界で成功する
唯一の方法です。

成功とは、人生の差別化のことです。

なぜなら、憧れはその「差」から生まれるから。

お金、知識、経験、スキル、持ち物、人脈、あらゆるものの
「差異」を大きくして行くことで、初めて憧れは生まれ、
憧れられる人間のことを成功者と呼びます。

「お金持ち」だけが成功者ではないですよね?

しかし、残念なことに僕らは、長年の日本教育によって、
「大衆」として育てられてきました。

「誰かの模倣をすること」以外に、自分自身に変化を起こす
方法を知りません。

だから、インターネットでお金を稼ぎたいと考えるほとんどの
人達は、「成功者のマネをすること」で、成功者に近づけると
考えています。

・・・・

どうですか?

矛盾を感じませんか?

インターネットは模倣を加速させました。

つまり、「成功者のマネ」も加速させたのです。

「差異の大きさ」が「憧れを生む」のに、皆が同じように
成功者のマネをしたら、差異なんて生まれないと思いませんか?

いくら努力しても、大した違いは生まれないのです。

「成功する方法」は、学校で教えられてきたことの真逆です。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
テンプレートを売っている人達は、たぶん、それが長期的に
見れば自分の首を絞めていると言うことに気が付いていません。

現状の、インターネットビジネスの世界は、20年前の大学に
似ているでしょう。

「高学歴=高収入」

という幻想を追い求めて、短期的な消費に走った。

「高学歴だから成功したモデル」をシミュレーションし、
シミュラークルとして市場に投げたのです。

その結果、20年経った今では、それが偽物でしかなかった
ことが明らかになった(苦笑)

ネットビジネスも同じです。

「秘密の情報=成功」

という、シミュラークル(模倣品)を生み出し、消費させる
ことにフォーカスしている。

秘密は、誰も知らないから秘密なのに。

どうでしょうか?

少しずつ、成功出来ない人や、何年経っても一向に収入を
増やせない人の陥っている負のロジックが見えてきたと思います。

何度でも言いますが、


「偽物は成功出来ません」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

じゃあ、どうすればいいのか?

最も肝心なことですが、これも至極簡単なことで、
「憧れを生み出すオリジナルになれ」ということです。

これ以外に方法はありません。

そして、これも何度も繰り返しますが、
「簡単に消費される憧れを生み出すな」ということです。

「新しいライフスタイルを提案し、ヴィジョンを掲げ、共に歩む」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
これだけのことなのです。

これを、

ネット上に適切に表現し、広めれば、憧れが広がります。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
しかし、

「そもそもオリジナルとは何か?」

という問題が浮き彫りになってきます。

実は世界中の思想家たちがこの問題に頭を抱えていて、
「ポスト・モダン」という思想的な流れは、
脱・偽物なのです。

しかし、実際、誰にもその方法も答えもわかりませんでした。

要するに、

「じゃあ、文明を捨てて原始時代に戻りますか?」

ということです。

僕らが感じるもののほとんどがシミュラークルだとして、
大自然で生きればオリジナルの体験をすることができる
としても、誰もそれを望んでいません。

僕なんかはそんなサバイバル生活では生きていけませんからね(苦笑)

だから結局、僕らはこの模倣品だらけの世界を前提として
生きる必要があるわけで、

「モダン(近代)」

を、否定する形の生活がしたいわけではないのです。

じゃあシミュラークルの世界を前提とするなら、
どうやってそこからオリジナルを生み出せばいいのか?

答えはとても簡単です。

模倣 × 模倣 = オリジナル

です。

模倣の数と回数が増えれば増えるほど、いわゆる、
「本質」というやつは抜け落ちていくかもしれませんが、
でも、新しいものは生まれます。

例えば、日本のセーラー服は、もともとは海兵の制服です。

もともとの意味はもう無いけど、日本の文化としての
セーラー服は、世界に誇れるオリジナルです。

「メイド」とかもそうですよね?

本質や意味は、時代時代で決めればいいわけです。

だって僕らは原理主義者じゃないから。

「もともとの意味」よりも、
「今、この瞬間の価値」のほうが大事ですよね?

それでいいんです。

シミュラークルであるこの世界を一旦認めて、その上で、
もう1度自分で作り直していけば、必然的にそこには
自分のオリジナルが生まれるのです。

でも、ほとんど全てがシミュラークルである事を理解して
いなければ、浅はかなオリジナリティしか育たないんです。

だって、

「自分が如何に凡庸であるか?」

という事を正しく理解できていない、厨二病患者が育つ
だけですから(苦笑)

意識的にシミュラークルを超えて行こうとしなければ、
僕らはすぐにただのシミュラークルになってしまいます。

サラリーマン、とか、
大学生、とか、
主婦、とか。

典型的なシミュラークルですよね?

そこを越えるのは「意思」なんです。

で、意思を生み出すのは、「理解」ですから、
だからシミュラークルとシミュレーションという概念を
ちゃんと理解して欲しいんです。


・・・・


シミュラークルとオリジンの違いは何か?

それは、

オリジンは死ぬことが出来る
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ということです。

70億人いる人類の中で、差異を大きくし、唯一無二の
存在となったとき、その存在は「初めて死ぬこと」が
出来るようになります。

意味不明ですか?

だって、人間は死にますからね(笑)

でも、シミュラークルな人間は、「他にいくらでも代わりがいる」
という点において、死ねないのです。

「死」とは、「再生不可能な事象」だと言えます。

もう二度と繰り返せない。

だから、シミュラークルな人間は、その肉体が滅びようが、
「他の同じような人間」によって、再生されます。

ユニクロで大量生産されたTシャツを1枚破っても、
世界には何の意味もありませんよね?

これと同じことなのです。

しかし「世界最古の現存する衣服」は、破ったら死にます。

もう二度と再生出来ない。

僕ら自身も、極論を言えば、そんな人間になるべきです。

少なくとも、自分の生きているコミュニティの中では。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
あなたの家族や友人は、あなたの死後、その尊さを忘れない
でしょうか?

「誰かの死」を思い浮かべてください。

あなた自身、誰か身近な人が死んでから、その人のことを
語り継いだでしょうか?

子供に聞かせたでしょうか?

恋人に話したでしょうか?

オリジンとは、語り継がれるものなのです。

なぜなら、僕らはシミュレーションとシミュラークルの
世界を生きているのだから。

オリジンモデルは、必ず複製される。

僕ら自身が、オリジンモデルとなれば、それは語り継がれます。

例えば、「親戚の変なおじさん」の話をするように。

オリジンな人間は、死ぬことが出来るのです。

死によって、語り継がれる。

変な人や、常軌を逸した人ほど、語り継がれますよね?

シミュラークルな人間は、例え肉体が滅んでも、他に代えが
いくらでもいるから、語り継がれることはありません。

まるで、まだ生きているかのように、何の尊さも感じないのです。

残念ながら、ね。

まあ、流石に、家族には語り継がれるでしょう。

墓もあるし、仏壇もあるから。

でも、ほとんどの人は友達にさえ、語り継がれることは
ありません。

あなたの友達は、あなたの死を、自分の息子に語るでしょうか?

それほどのオリジンがあるでしょうか?

「ない」ということが、問題なのです。


・・・・


オリジンになる方法。
~~~~~~~~~~~~~~~~
それは、

死する時間を過ごすこと
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
です。

死とは、二度と繰り返されないことです。

つまり、「死する時間」とは、
「二度と繰り返すことの出来ない時間」のことです。

時間は流れますから、厳密にはどんな時間も繰り返す
ことは出来ません。

しかし、僕らはなぜか、毎日同じようなことをして、
毎日同じようなものを食べ、毎日同じようなことを考えます。

繰り返される時間を生きているのです。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
まさに、シミュレーション(模倣)と
シミュラークル(模倣品)ですね。

これではオリジンになることは出来ません。

僕らは「死する時間」に価値をおき、意識的にその時間を
過ごす必要があります。

つまり、

この瞬間にしか出来ないこと、感じられないことに意識を向けるのです。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
世界は常に死んでいます。

何でもない日常でさえも、そこには再生不可能な何かが
あるはずです。

「青春」という、何でもない日々が、振り返ると唯一無二の
再生不可能な時間であったように、僕らはその死に気が付かずに
生きています。

そして、繰り返しの中で、
時間はまだまだあるし、まだまだ繰り返せる、
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
と、錯覚して行きます。

今、この瞬間は、死んでいて、
その死から何も感じないとしたら、感受性を無くしているのです。

でも、少しだけ意識すれば、朝、セミの鳴き声がよく聞こえ、
右翼団体の街頭演説がよく聞こえ、道に落ちているゴミに
よく気が付くようになるでしょう。

それらは、毎日違うのです。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
あなたの生きている時間は、この瞬間にも次々と死に、
再生不可能なのです。

そこに意識を向けて、何かを感じ取らないと、
もったいないと思いませんか?

そして、もし、その瞬間にしか出来ないことがあるなら、
やりましょう。

例えば僕は、

・井上雄彦展
・ワンピース展
・大塚美術館

など、画展にたまに行きますが、なぜ行くのかと言えば、
「今行かないと二度と行けないから」です。

そして、ビジネスの活動も同じです。

「今しか出来ないこと」以外はやらないし、
「自分たちにしか出来ないこと」以外は興味ないのです。

生活のほぼ全てを「死する時間」として、尊く扱いたいと
思っています。

僕が東京に行くたびに思うことは、人ごみの中ではその時間の
尊さを忘れてしまうと言うことです。

周りを見渡せば、ほとんどの人が日常を繰り返し、
毎日の少しの変化にさえ気が付きません。

ゴミが落ちていても拾わない。

歩きながら音楽を聴き、情報を遮断している。

これは本当に異常なことだと思います。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
シミュラークルな人間の大群がそこにいるのです。

自分を個性的だと思っている人間すら、それは誰かの模倣で、
モード学園とかに通っちゃってる人達は、まさに、
モード(流行)に踊らされているのです。

あまりにも、もったいない(苦笑)

少しだけでいい。

意識を変えて行きましょう。

毎日電車に乗っているなら、奮発してタクシーを使いましょう。

毎日弁当を食うなら、奮発してフレンチのランチに行きましょう。

日常を少しだけ意識して、違いを生んだり、気が付くだけで、
「差異」はどんどん大きくなり、オリジンが現れます。

そしてそれは、憧れを生み、語り継がれることになる。

世界の仕組みは、実はこんなにもシンプルで、
自分自身の選択と行動で変えることが出来るものなのです。

間違っても、

「成功者のマネをする」

なんて、シミュラークルな選択と行動はしないでください。

「憧れを消費すること」は出来ても、
「憧れを生み出すこと」は出来ないですから。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

・・・・


思っていたよりも長くなりました。

でも、伝えたいことは伝えられたと思います。

「シミュラークルとシミュレーション」
ボードリヤールが1981年に出版した本ですが、
こんなにも「昔から」模倣が世界を形作っていて、
インターネットによってさらに加速したのです。

映画マトリックスで描かれた「仮想空間」も、
まさに、シミュラークルな産物です。

言ってみれば、誰が、どんな人生も再生可能。

SF映画ではよく取り上げられる題材です。

既に、色々なところで警告は発せられているのです。

「シミュラークルの終焉は、無気力な人間を生み出す」と。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
消費可能な憧れが、加速度的に模倣された時、もはやそこには
モチベーションなんてものは生まれません。

「カセットを入れ替えるだけで好きな人生が選べる」なら、
誰も頑張りませんよね?

究極の模倣です。

「アイ・ロボット」でも、「ブレードランナー」でも、
あるいは、「A・I」でも、荒廃した世界は大体が、
シミュラークルの行き過ぎなのです。

オリジンを取り戻しましょう。

そして、「困難な憧れ」を描きましょう。

それこそが、新しい活力になると、僕は信じています。

では、また。




和佐大輔

ちゃんけん さんさんをフォロー

ブログの更新情報が受け取れて、アクセスが簡単になります

SNSアカウント

Ameba人気のブログ

Amebaトピックス