最近はそんなこんなで、人と会うのがひどく億劫だ。
夫や親とすら、会ったり会話したりするのが鬱陶しい。
だからこんな雨の日は、なんだかホッとする。
これが引きこもりの心境なのか。
きっとこの子達も同じなのかもしれない。
だとするとやはり、時間がかかるのかなぁ。
小学生の子は、今日も言っている。
『〇〇小(以前の小学校)は最悪だよ!』
今、通っている小学校ではないのだが、
この子の意識はもしかして、
そこに置き去りのままなのかな。
『今』というより『過去』を見ている。
瞳に映っているのは以前の小学校と、
この子が育ってきた、その周辺地域なのだ。
不登校はそこから引き摺っている。
現在地ではなく、過去にいた場所から。
だから、思ったよりずっと根は深いのだろう。
中学生の子は何も言わない。
何ひとつ語ろうとしないから、
こちらはあれやこれやと勝手に、
憶測を巡らすしかないのだが、
記憶の糸を手繰り寄せるたび、
ぎゅっと胸が締め付けられる。
あのシーンも、このシーンも。
すべて、いじめだったんだと。
やっと私は認識したからだ。
だから、小学校最後の運動会にも出なかった。
練習の際にすでに痛めつけられていたから。
だから、突然泊りがけの行事を欠席した。
準備段階で常に嫌がらせをされていたから。
だから、5、6年生時のメイン行事の前にはいつも、
原因不明の腹痛に襲われた。
心と体は、小学校高学年時にすでに
ボロボロだったから。
医師から『仮病じゃないの?』と言われた時、
どうして気づいてあげなかったのだろう。
登校斑で一緒の同級生に、
蹴られたり、どつかれたりしたのを見た時、
『もしかして虐められてるの?』
と聞いたら、
『そんなわけないじゃない』
と軽く返していたから、
そうよね。そんなはずないわよねと、
あなたが虐めなんかにあうわけないと、
私がそんなニュアンスを含んだ言葉を
先に言ってしまったから、
この子は本当のことを言えなくなってしまった。
この子は真実を心の内の奥底に封印してしまったのだ。
担任の先生は知っていたはずだ。
それなのにあのひとはいつも、
何も言わずに笑っていた。
この子が私立中学を不登校になったことを伝えたときも、
『なにもお力になれませんが』と、笑っていた。
普通は、『なにかお力になれませんか?』と、
すこしは心配そうな顔をつくって、
例え社交辞令でもそう言うのではないだろうか。
地域ぐるみのいじめはある。
鈍い私が、今の今まで気付かなかっただけだ。