21日、PM17:30
いつもよりも2時間以上早く仕事を終え、退社したオヤジは、会社からそのままS2000で旅に出た。
昨日迄の計画は平取町の向かって走れるだけ走り、疲れたらどこかのモーテルで宿泊。
そして翌日、義経神社を見てから、札幌に向かってどこかでまた宿泊。
そして最後は札幌のバンクシー展を見てから、高速で一気に帰宅。という予定であった。
が、今日は急遽予定を変更。(実はこの日の昼休みに、平取町の近辺を調べて、予定を変更したのだ。)
このまま一気に札幌に向かう事とした。
走り始めて1時間30分。7時ごろに遠軽から旭川につながるバイパスに乗りこんだオヤジであった。
S2000はスポーッカーであるから、足回りは硬い。
ここのバイパスは出来上がってからもうたいぶ経つので、白滝あたりから、かなり路面が悪くなる。
S2000の暴れる車体を抑え込んでオヤジは走り続けた。
時折、体が硬くなっていないか確認するため、ハンドルから軽くてを放して、何回か手首をブラブラさせながら、またハンドルを握り直した。
綺麗な路面であったら、ハンドルをがっつりと握らなくてもよいのだが、荒れた路面を走るときは、ハンドルをしっかり握っていないと、鼻先がどっちに向くかわからないのだ。
そして約1時間30分、走り始めて約3時間余りで旭川に到着。
ここから札幌までの高速道路は有料になるので、オヤジは宿代をねん出するために高速道路につながるバイパスを降りた。
PM:8:30
ここでオヤジは始めて休憩と夕食を食べるために、馴染みの食堂に向かった。
そこの食堂は「まいどおおきに食堂」という名前で、オカズを好きな物を好きな分だけ選べてて、その分を支払いすることが出来るので、1,000円前後で自分の好きな料理が食べれるので、大のお気に入りであった。
「今日は魚を食べたいなぁーー。」と、ルンルン気分で入店。
中の様子は変わっていた。
いままでおばちゃんの食堂の雰囲気が、何だか急にあか抜けた感じであった。
「あれっ??いっものおかずを選べるシステムは??」と、回りを見回した。
お品書きはトンカツのみである。
数分間。事情が飲みもめなくて、眼をパチクリとしていた。
「ご注文が決まりましたら、教えてください。」という店員の声で、初めてここはオヤジの求めていた食堂でなくて、とんかつ屋さんに変わったことを理解した。
ようやく目の前のメニュー表に気がつき、早速食べ物を注文しようとすると、どれもオヤジの目からしたら、高額な商品のみ。
最低でも1,800円。下手したら2,800円や中には3,000円代の料理もある。
(主夫のオヤジとしては、1食1,000円前後がボーダーである。)
やっとの思いで、最低料金の1,680円のトンカツセットを探し出して注文。
※このお店だけが決して高いわけでは無いのです。通常料金なのですが、なにせいつもはひたすら、すき家やなか卯を愛する身としては、やはり1食1,000円オーバーは高いと感じてしまう、ド・ケチオヤジなのである。
9:15
再び高速に乗らないで下道でひたすら札幌に向かうオヤジとS2000。
途中、大型貨物トラックと何度かバトルを繰り返して、AM:0:00少し前に札幌の厚別に到着。
ここでむすめを迎えに来る途中に何度か見たモーテル(要はラブホね。)を見つけて、今日の宿とすることとする。
お泊りは8,580円。
「ぎょぇーーーーーっっ!!」入るなりオヤジは奇声を発した。
何が悲しくて、ただ寝るだけで1泊9千円近くもする部屋に泊まれるか!!
「まあ、いいさ、モーテルはココだけでないしな。」
オヤジはS2000を転回させてモーテルから飛び出した。
今時間帯なら、ピンクとか、赤とか青色で派手にライトアップされた建物を探せばいいからだ。
走って20分ぐらいで、すぐに新しい場所が見つかった。
「ハハハハハ。ざまーーみろ!!モーテルなんか探せばすぐに見つかるさ。」
S2000から降りたオヤジは、着替えのバックを持って、開いている部屋に入ろうとすると・・・・
「ギャツ‼!今度は8,780円だ!!さらに高くなっている!!」と、叫んで再び玄関を飛び出した。
かくなるうえは、娘を迎えに行くときに使っていた場所だ!!
あそこなら7,700円で1泊できる!!という事で、今年の2月まで娘2号が住んでいた清田区まで足をのばした。
もう札幌に着いて、宿泊先を決めるまで1時間以上も札幌の街をさまよっているオヤジ。
ようやく清田区に着いたオヤジ。
しかしいつも使っている場所では芸が無いから、もう1件、別な場所に足を運んだ。
すると・・・なんと1泊6,500円となっていた。
「ざまーーみろ!!1泊6,500円だぞ!!オヤジは正しかったんだ!!」と、歓喜をあげながら、そこの場所に向かう。
6時間余りS2000で走っていて、半分疲れもあったのだろう。
何で相場よりも2,000円も安いのか確認しないで、迷わずにそのモーテルに入ったオヤジであった。
そして、このモーテルが今回の旅の最大の難関であったのは、今のオヤジには知る由も無かったのだ。
良かったら、今のオヤジの生き方に、多大な影響を与えてくれた、この二人のブログにも、遊びに行ってみて下さい。