むこう側の世界。 | クラブ・ミッドナイト:正伝!! =Sの称号= 第2章

クラブ・ミッドナイト:正伝!! =Sの称号= 第2章

TYPE Rの称号を与えられなかったもう一つの悲運の車

 オヤジのバイクのバイブルである東本昌平のコミックの「キリン」

その中の有名なセリフである、こちら側とむこう側の世界。

 

何の事かはわからない人に簡単に説明すると。

 

 こちら側の世界とは、バイク乗りの世界であり、むこう側の世界とは、バイクに乗らない世界という事である。

 

 もちろん、オヤジは過去にバイクに乗っていたが、簡単にバイクから降り「向こう側へ行ってしまった人」である。そんなオヤジにしばらく連絡が無かった友人から、珍しくラインがきた。

 

 内容は中型のバイクの免許を取りたい。という事で、悩んでいるらしかった。

すかさずオヤジは「止めとけ。死ぬぞ!!」という返答をした。

 

 バイクに乗った経験のあるオヤジが何故、バイクの免許を取りに行くのを止めるの??と、不思議がる人は多いだろう。

 

 もし彼が「今年の春、バイクの免許を取りに行く。」という連絡なら、頑張んな。とか、ケガすんなよ。とか、実技でわからないとこあれば、相談にのるよ。と、答えるが、彼が免許を取るかどうか悩んでいる。と書いてあったから、もちろん止めろ。と反対した訳である。

 

 オヤジにとってはバイクの免許を取りに行くのは、取るかどうかではなく、いつ取りに行くかどうかだったのだ。

 彼には悪いがバイクに乗るという事は、人に相談して取りに行くのではなく、自分は何がなんでも取る。取りに行くにはいつ都合がいいか??だけであったのだ。

 

 彼はYOUTUBEで女性が大型バイクの900RSをカッコよく乗く、また気持ちよく乗っているから、自分もそう乗りたい。と思って欲しくなったらしい。

 彼の夢を壊すようで悪いがバイクに乗るなら、走らせるだけなら、ある程度練習すれば誰でも走らせることは出来る。

 問題は停まっている200kgオーバーのバイクを、簡単に取り回しができるかどうかなのだ。

オヤジが教習したCB750SF。このバイクは凄く軽く取り回しもよく、下手したら昔乗っていたZ400FXよりも扱いやすかった。

 

そして免許取得後、なめていたオーバー750ccの世界。

 

 あるいみ、毎回、毎回、公道での走りは恐怖の連続であった。

軽くアクセルを吹かすだけで、すぐに3桁の数字に飛び込むスピードメーター。

その割には全然効かない貧弱なブレーキ。

 わき道からいつ飛び出してくるかわからない、トマホーククラスの自動車。

普通に走っていても、軽自動車でさえあおってくる公道。(北海道は下手したら軽自動車でさえ常時、100km/hから80km/hで公道を走られる)ので、法定速度で走っていたら、後ろから散々にあおられ、ぎりぎり横をかすめて抜かされることもある。

 とどめは見通しの悪い一時停止。

停止車線できちんと止まっても、左右が見えずらいので(ガードレールが、ちょうど目線の位置とぶつかる。)少し前に出るのだが、やはりオーバー200kgの車重が否応にも、オヤジの腕や足を襲ってくる。

 交差点は恐怖の連続である。赤信号で止まって、右折をしようと、右足をつくと若干地面が低い場合は、いきなり重い車体がつま先たちの足に襲い掛かる。

あわてて、右足で強く地面をけって、ようやく左側にバイクを傾けて、止めることができる。

駐車場に頭から停めたら停めたで、端が低ければ、出るのにかなりの力でバックさせなければいけない。

だからオヤジは常に駐車場は、真ん中に停めていた。

 これがサーキット場なら気持ちよく走れるのだが、それなりの年齢になったオヤジのは、気持ちよく走る楽しみよりも、事故を起こさないで走るほうばかりに気がいっていた。

 

 そんなときに、別なある友人から向こう側とかこちら側つて、バイク乗りって面倒なんだねぇーーー。

どうして楽しいから車にした。とならないの??という一声に目が覚めた。

 

 それ以来、オヤジはあれほど、バイクバイクという思いかがすっかり抜け落ち、3年前に車のS2000に乗り換えた。

おかげで今は半年ほどで1万キロはしったり、休日はブラリと1日中S2000で走ることが多くなった。

 

 オヤジは自分はこちら側の世界ではなく、むこう側の世界の人間なんだと、改めて思い知った。

 

 つまり何が言いたいかというと、バイクに乗る。という行為は、ある意味、狂気の熱意が無ければ乗れないものなんだと思う。

 

 世の中(車)の不条理に耐え、それでも乗り続ける。さらには常に転倒の危険、下手したら手足の1本どころか、簡単に命さえなくなってしまう乗り物なのだが、それらの覚悟をしながら、常に自分で選んだ乗り物だ。というか覚悟を持った人だけが乗れる乗り物なんだと思う。

 

 そして、それらの覚悟を乗り越えた果ての最高の世界を知ることができる。それがバイク乗りの世界ではないかと、オヤジは思っている。

 

 ここ数年、急速に自分の体力の衰えを感じてきているオヤジである。

S2000を購入時はうれしくて、昼食もとらずに、何時間も乗っていられた。

が、最近は数百キロ走ると、疲れてシートを倒して横になりたいと思う事がたびたび出てきた。

が、残念なことにオープン2シ-ターのリクライニングはわずか数センチ後ろに倒れるだけである。

いくら疲れても、いやでも走り続けなければ帰ることは出来ない。

 

 4輪でさえそんな状況だから、バイクならなおさらであろう。汗だくになる真夏の太陽。急な雨、凍える夜。それでもバイク乗りたちは安全に帰路につかなければいけない。

 

 オヤジは彼には黙っていたが、そんな覚悟をできるか??という事を暗に言いたくて、「止めろ!!死ぬぞ!!」と答えたのだ。

 

 もちろん、そんな大それた考えなんかなくても、免許さえ取れれば簡単にバイクには乗れる。

 が、いったん免許を取り、バイクの乗れば、覚悟を持っても無くてもバイク乗りになるのだ。

残念ながらオヤジはそんな資格は無いと自ら悟ったから、バイクを降りたのだ。

 

 キリンの世界ではケガや病気でバイクを降りた人ではなく、単にバイクが怖くなって降りた人には、冷たい対応をする人もいるらしい。が、幸いなことに、オヤジの古くからの読者の方は、何一つ変わらずに、オヤジと接してくれている。

 

 それだからこそ、オヤジは向こう側の世界の人間でも、いまだ走ることは止めない人間だと、頑張っていたいのだ。

 

2020年3月8日。「キリン」に憧れた一人の男より。