三度(みたび)、ルパン三世の聖地!!霧多布へ。 | クラブ・ミッドナイト:正伝!! =Sの称号= 第2章

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TYPE Rの称号を与えられなかったもう一つの悲運の車

 話は遡る事、9月の初旬。


「お父さんたちは今日はどこに行ってきたの??」という娘2号の問いかけに、

「今日は根室とその帰りに霧多布だよ。」と答えるオヤジ。

「霧多布??」

「そう。ルパン三世の資料館があって、作者のモンキーパンチ先生の故郷さ。」

「えっ??ルパン三世の資料館??良いなぁーー。●●(娘2号ね。)も行きたかったなぁーー。」

 

「えっ??お前、ルパン三世が好きなの??」

 

「うん。好きだよ。」

 

「そうか、それなら、前回、第2資料館が見れなかったから、それも兼ねて、3人で今度の休みは見に行こう!!」

 


 と言う事で。23日はルパン三世の聖地!!霧多布へ親子3人で見に行く事とした。

 


 昨日の22日の快晴とは打って変わって、今日は朝から土砂降りである。霧多布はもう3回目なので、ナビなしでも充分に行けるので、ナビの案内は無しで行く。

しかし、それが間違いの元であった。


「確か浜中町の霧多布は別海町に入る前の道から曲がって、小学校前の道を走るんだったよなーー。」と、オヤジはうろ覚えの記憶をたどり、道を曲がった。


 記憶によると小学校前を通るのだが、何故だか校門には中学校となっていた 

「まあ、良い。要は太平洋に向かって行けば良いんだ。」と、オヤジは悪天候の中、陽気に走り続けた。


 そして・・・道はだんだん狭くなり。ついに農道に入り、更に自衛隊の演習場にたどり着いた。

「まずい!!これは絶対に間違っている!!」

 オヤジはようやく間違いに気がつき、ナビをセットして走り続ける事約30分。ようやくオヤジの見覚えのある道にたどり着いた。


霧多布はお祭りを行っていた。何だか街をあげてのお祭りみたいであった。


 今回は数分遅くて入れなかった第2資料館から入館。入館料は無料。




 
ここから先はもちろん、撮影禁止の場所であるが、オヤジの決死の撮影の為、ブログの閉鎖覚悟の画像UPである。


(ほんとかよ♪)












































ハハハハハ。冗談はさておき、1階を見てから2階に入った時である。係りの人から「1階は撮影されましたか??」と聞かれたので、

「えっ?撮影禁止ですよね??」と、オヤジは聞き返した。


 よーく聞くと、撮影禁止は2階の映画の資料館の所だけであったらしい。


 映画の版権のからみで、撮影は出来ないのだが、モンキーパンチ先生の原画は別に撮影しても全然、問題ないと言う事であったのだ。


 なんというおおらかな方であろう。モンキーパンチ先生!!あなたは北海道民の誇り!!です。


 オヤジは3度目にして、ようやくルパン三世資料館を制覇した。


続いて第一資料館。




































 

えーーーーーっ!!次元ってこんな顔していたんだ!!

これも3回来て初めて知った顔でした。意外と優しい顔ですねぇーーー。




 光の加減か??悪人顔のルパンです。
















 ご存じ、ルパンの愛用のワルサーP38。(しかし、フランス人と日本人の混血の割に、銃がドイツ製とは・・・・やはりドイツ製の銃はすぐれていたのでしょうか??)




 次元愛用のコンバットマグナムだと思っていたら、モンキーパンチ先生愛用のM19と言う事でした。(笑♪)


 漢(おとこ)はいつまでも、少年の心を忘れたらいけないんです。








 今回も大活躍のタントカスタム君。このタント君。オヤジに買われて、20万キロ近く走らされるとは思っていなかったでしょう。





 帰りに見つけたオープンしたばかりの、石川五右衛門の居酒屋。


これで、無事、今日のミッションは終了。帰りは台風の影響で嵐や、峠の霧で視界数メートルのなか、ゆっくり、ゆっくりと帰りましたとさ。



三度(みたび)、ルパン三世の聖地!!霧多布へ。-完-