我が次世代の愛機、レディ・イレブン(カタナ)が納車される事、数週間前。
オヤジは生まれて初めての危機に立たされていた。
「入院ですね。」
「えっ?先生。今、何ていったんですか??」
オヤジは病院の目に前にいる先生の言っている意味が判らなくて、聞き返した。
「だから、入院しましょう。あなたの心臓はもう限界に達しているのです。」
「今、心あなたの心臓は不整脈が起きています。心筋梗塞を起こしている最中のようなものです。今度、大きな血の塊が、あなたの血管の中に溜まったら、間違いなく、あなたは死んでしまいますよ。」
医者は固い顔をして、オヤジに告げた。
「ちよっと、待ってください。今、ご覧のように僕は、ピンピンしているし、第一、昨年かみさんが亡くなって、まだ、成人していない子供が二人もいるので、僕は簡単に入院なんか出来ませんよ。」
未だ事の重大さを理解できないオヤジは、何かの間違いだ。というように、医者に助けを求めた。
「どちらにしても、今度、造影剤を打って、心臓の様子をもっとはっきり見ましょう。それから、入院の手続きを行いましょう。」
事の起こりは、毎年行なわれる健康診断に、引っかかった事からであった。
胃のバリウム検査で、かなり胃の内部が荒れていて、、また、昨年からピロリ菌の疑いもある。という事で、いつもなら、毎度の事。ということで、ほっておくのだが、今年はかみさんもいない事なので、何かあってはいけない。と、再検査を受けたのが、最悪の状態となってしまったのだ。
血圧が高いというところから、心臓の心電図検査を行い、それがひっかかり、さらに別な検査を行ったとたん、オヤジの心臓は不整脈が起きている。という事であった。
その夜、子供たちにオヤジの起きている事を全部正直に話した。子ども達はかなりショツクを受けてはいたが、何とか平静を装っていた。
その日、遠方にいるたった一人の姉に、今、自分の起きている事を連絡した。
そして、万が一、自分がいきなり亡くなった時の事も考え、子供たちの面倒を見てもらうようにも頼んだ。
かみさんが亡くなった旦那は数年以内に急死する。という説がある。
(そうか、こういうことだったのか。なあ、かみさん。ごめんな。オヤジももうすぐそっちに行くかもしれないよ。だだ、唯一の心残りは、残される子供達の事だけだよ。)
その夜、仏壇のかみさんに、そう報告しても全然、涙は出なかった。
自分はもしかしたらこれからいきなり死ぬかもしれない。そう考えても、実感は全然わかなかった。
だってそうでしょう。今まで、特別、具合が悪くなるわけでもなく、胸が苦しい訳でもなく。年をとって体はだいぶ、ポンコツにはなってはいるが、まだまだ充分に働ける体なのだ。
それをいきなり、あなたの心臓はもう限界なのですよ。と言われても、はいそうですか。とは、言えないものである。
心臓の再検査は20日、そして荒れた胃の様子見るために、胃カメラを飲むのが21日と決まった。
そして、20日は網走が大荒れの天気の日であった。もちろん、ニュースでも、車での外出は控えてください。という警報が出ている日でもあった。
いつもなら絶対に行きたくない天気であるが、自分の命がかかっている検査である。半分、死ぬ気での病院へ向かった。
悪天候の為、検査を受けにくる人が大幅に減ったせいか、すぐに検査は終わった。
検査料、9,210円也。(た・高い!!だけど、背に腹は替えられないし・・・・)
と、オヤジは給料日までの残りわずかの、なげなしのお金を払った。
翌、21日。その日は胃カメラの日であった。
20数年ぶりの胃カメラである。看護婦さんは、当時よりだいぶ楽になりまた。と、言ったが、胃カメラこそ地獄であった。
なにせ強制的に太いパイプを飲み込むのである。
「ぐぇっ!!」
「ぐぇっ!!」と、何度も吐くのであるが、胃カメラは強制的にオヤジの胃の中に侵入してきた。
「ああっ。やっぱりいましたね。ピロリ菌。ここの爛れているのが。ピロリ菌のやられているところです。」
「あっ。ここに、ポリープが出来ていますね。一応、問題ないとは思いますが、万が一の事(胃がん)を考えて、検査に出しますね。」
「ピロリ菌の治療は2週間後の検査後という事で。」
「あのーーう?先生。そのピロチャンは2週間もほったらかしておいて、オヤジの胃は大丈夫なんでしょうか??」
「実は昨年の検査の時も、ピロリ菌の疑いがあり。と書かれていて、そのままにしていたから、このピロチャンが増えたのではないでしょうか?」
と、オヤジはおそるおそる聞いた。
「大丈夫!!大丈夫!!ピロリ菌自体は非常に弱い菌なんです。」
「このピロリ菌は、最近感染していたわけではないのです。あなたが子供の時に感染したのです。」
「えっ???子供の時??」
「あなたは50年もの間、このピロリ菌と一緒に暮らしてきたのです。」
「50年もの間ですか??」
「それでは先生。何故、昨年はピロリ菌の感染の疑いあり。と書かれていたのですか?」
「実はピロリ菌が発がん性の疑いがある。と分かったのはここ最近のことなんです。だから、うちの病院でも、ピロリ菌について、診断書に書き始めたのは昨年ぐらいからなんです。」
ピロリ菌の事や胃の中の荒れている様子は、自分の想定内のことであったので、かえって胃の中の様子が見れて安心したのであった。
胃カメラの検査代も9,330円。(ぐぇっ!!目玉が飛び出るぐらい高い!!)
こうして、オヤジはたった2日間で、全財産のお金をはたき、検査を終えたのであった。
そして、今日、20日に行った心臓の検査の結果を教えてもらう日であった。
目の前にいる先生は、難しい顔をしていた。
「結論から言います。」
(きたっ!!せめて入院は数日でありますように。)
「検査の結果、異常なしという事でした。」
「へっ?異常なし??」あまりのあっけない言葉に、オヤジの声は裏返った。
「そうです。あなたの心臓は異常はありません。」
「それでは、先生。なぜ不整脈が出たという診断だったのですか??」
「あなたが若い頃、心臓発作を起こしかけた。という事は、前回の診察で話しましたよね。」
「はい。」
「多分、その時の影響だと思いますが、あなたの心臓の血管は、他の人よりも遥かに太いのです。」
(太いなら、尚更、問題ないんでない??)
「たとえば、水道のホースをイメージしてください。細いホースなら、水ははるかに勢いよく飛びますよね。」
「はぃ・・・・・・」
「逆に太いホースなら、ジャバジャバと、すぐに下に落ちて、あまり遠くまで飛びません。」
「血管も同じで、普通の人の血管が5ミリぐらいで勢いよく血液が流れるのですが、あなたの血管は1cmぐらいあるので、血液が勢いよく流れないので、それが原因で、今回は不整脈という症状がでたのでしょう。」
「残念ながら今の医学では、あなたの血管の太さを正常にすることはできません。」
「その体をいたわって、これからも大切に使って下さい。」
「いや、いいんですよ。たとえ。ポンコツのこの体ですが、まだまだ大事に使えば充分に使えます。」
「それでは先生。入院はしなくても・・・」
「はい。大丈夫です。お大事にしてください。」
病院から出て、空を見上げたオヤジの目には、久し振りの真っ青な青空が映っていた。
日差しがやけに暖かい。
なんだか数週間ぶりに、自分は生きている事を実感した瞬間であった。
(そうか、まだお前の所には来るな。という事か。もう少し、頑張って生きてみるよ。)
そう、かみさんに答えたオヤジは、会社に向けて車を走らせた。

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