8 それでも走り続ける。
1週間後の各クラブの集まる、バイク・ミーティングは始まった。
仁は朝早くからWR250に乗り込んだ。
左手の感覚がない今、休み休み会場に向かうつもりであった。
クラッチを切るごとに左手に激痛が走る。顔をしかめる仁。
「ヘヘヘヘ。のんびり、焦らずに行こうぜ!!どうせ俺は世界最遅を目指す漢(おとこ)さ。」
途中、高速に乗る。
前に125ccクラスの小型の黒いバイクがゆっくりと走っていた。
「やけに小さいバイクだな。高速は125ccは違反だろうが。」
その小柄なライダーの装備は、黒のシンプソンのヘルメットと全身、革のプロテクターを身につけていた。
しかもご丁寧に、腕と足にもプロテクターを付けていた。
「バトル・スーツ??」
仁はその装備が、昔、ニンジャとカタナの走り屋の間で流行った服装だと悟った。
「一体、どんな奴が乗っているんだ?」
急にそのライダーに興味が出た仁は、加速を行いそのバイクと並んだ。
その瞬間!!
ドゴーーーーン!!
図太い排気音を残し、黒いライダーは消えさった。
仁は昔、試乗会で乗った1台のバイクを思い出した。
「あいつはもしかして、ビューエルかっ!!」
250ccのフレームに1000ccの排気量のハーレーのエンジンを無理やり積み込んだ化物。
今でこそ高速はリッタークラスのSSバイクにはかなわないが、峠はその軽さとマスの重心化によって、無敵の存在と化する。
しかし、その代償に振動が激しく、乗り手を選ぶマシンと言われたバイクであった。
途中のPAでトイレタイムを行おうとした。
と、その時、先の黒いマシンが止まっていた。
「やっだ!!」
すぐに仁はPAに向かった。トイレからバトルスーツを着た男が出てきたところであった。
その男は50歳ぐらいの初老の男であった。
「こんにちは。」仁はその男に向かって声をかけた。
「・・・・・・」その男は無言ではあったが優しいまなざしで仁を見つめていた。
歩くと少し左足を引きずっている。
「その足・・・・」
「ああ。これか。昔、若い頃に自分の力を過信したときの名残さ。」
「若い頃は自分が無敵の存在に思える。有り余るパワーを自分のものに出来る。と思わず過信するのさ。」
「しかし、過信した運転にマシンはすぐに裏切ろうとする。」
「今では左ヒザをくだいたこの足には、重量のあるマシンは無理だからこいつに乗っている。」
と道路脇のビューエルを指差した。
「足を引きずる事故にあっても、バイクは止めないんですか?」
「ああ。それでも走り続けてるよ。」
「バイク乗りは誰もが悲しみを一つや二つ背負っている。しかし、それに立ち向かって走る奴らを、俺はキリン(バイク乗り)だと呼んでいる。」
「キリン・・・・」仁はその男見つめて呟いた。
「そう、悲しみを乗り越えて走る奴らの事さ。」
「君もそうだろう。今の君は自分の運命に立ち向かう為に走っているのだろう。」
「俺には、さっきの君の走りがそう思えた。」
「実は俺・・・・」 仁はその男に自分の今の想いを急に打ち明けたくなった。
男は左手で彼の話を静止し、
「それじゃーな。若きキリンよ。またどこかで会おう。」
軽く左手を上にあげて、仁と別れを告げた。
走り去る彼の革のジャケットの背中には、中世の騎士の姿と クラブ:ミッドナイト というマークが描かれていた。