午前10時開店直後、オヤジの携帯に1通のメールが届いた。
(そういえば、今日は娘1号の高校の合格発表日だったなぁーーー。無事、受かっていると良いけど・・・・・)
と、オヤジは恐る恐るメールを開いてみた。
メールの内容は・・・
サク・ラチル・・・・・・・
(ノД`)・°・・・・・・
あっ!!間違った!!
サクラ・サクのほうでした。
無事に合格したようでした。
いや。失礼いたしました。まったく冗談の好きなオヤジである。
まあ、普通の家庭の特別優秀な子供でもないので、普通の一般的な高校を選んだのであるが、最近のオヤジはごく普通の当たり前の何気ない生活が幸わせと感じているので、これもまた良い人生でないかと思われる。
昔、あるマンガの本で読んだことがあるのだが、地獄と天国は同じところにあるというのである。
地獄にいる人は自分達の真ん中に大きな鍋があり、おいしい食べ物が沢山あるのだが、自分達が持っているハシが異常に長すぎて、食べ物を自分の口に入れる事が出来なくて、地獄にいる人は常に餓えているそうである。
天国にいる人は同じ長いハシを持ち、まず、あなたから。と、長いハシを常に反対側にいる人の口に料理を入れるので、お互い満ち足りている。という事である。
要するに、幸福も不幸も、自分の考え方次第ということである。
これから、娘1号にも今までと違い、新しい友人が出来、色々な事が降りかかると思う。楽しい事ばかりでなく、中には嫌な事も多いと思う。
そんな時でも、常に自分の考え方一つで、幸福にも不幸にも感じ方がとれるという事を知ってもらいたい。と一人の親として感じるばかりである。
さて、高校1年生。といえば16歳。
16歳といえば、バイクの免許が取れる年齢である。
自分がリターンしたのにもかかわらず、やはり子供達にはバイクには乗ってもらいたくない。という考えのオヤジである。
本当に自分の考えが矛盾していて、身勝手な考えであるのは百も承知であるが、やはり子供達にはなるべく危険な事には関わってもらいたくないという気持ちである。(この気持ちは多分、バイクが好きな人には理解できないと思うが・・・・・)親心とはそんなものである。
ちょうど、あいつとララバイで出てきた井田さんが、ボンバーのおやじさんに同じことを言ったように、やはりバイクは危険なものであり、一歩間違ったら簡単に死と向かい合わせになる乗り物であるからだ。
特に若い制御できない心で、バイクの力が自分の力だと勘違いをした時に、しっぺ返しは唐突にやってくる。
現にこの50を過ぎた年のこの年寄りでさえ、バイクや車の力が自分の力だと勘違いをしていることがある。
それでも何とか今まで無事に生きてこられたのは、自分が人よりも人一倍臆病だから。だと思っている。
前に子供たちに言ったことがある。
「おとうはバイクに乗っているが、できればバイクは君達には乗ってもらいたくないな。」
と、いうと、子供たちは「あんな危険なもの誰も乗るわけないじゃない。」
「じゃー。おとうがもし死んだらバイクはどうするの?」
「邪魔だから、さっさと売り飛ばす。」
そうですか、バイクは邪魔ですか?
_| ̄|○ ガックシ!!
ちなみに、オヤジも小さいころは母親にバイクは怖いから死ぬまで絶対乗らない。と宣言していたらしい。
その為、FXに乗り始めたときも、よく母親からその話を聞かされました。