招かれざる客
小池さんほどではないが、ぼくはラーメンが好きだ!![]()
昨日もとんこつしょうゆのスープがおいしい
某ラーメン店に行ってきた。
新メニューとしてチャーシューの代わりに味付け豚バラ肉が
入ったラーメンがおすすめになっていたので、
そのラーメンとごはん+ギョーザを注文![]()
「少し食べ過ぎ?」
そんな心配をよそにペロリと完食。
お腹一杯になったところでお水を飲もうとしたところ、
一瞬視界に黒い影が横切りました。
「ナニ?そのはやてごとく素早い、黒い影はもしや!?」
オーマイガッ!・・・ゴキちゃんではないかい!
その姿を見るや否や、
「う゛わぁ!Σ(~∀~||;) 」
絶叫とともにその場から離れていました。
それこそはやてのごとく・・・
ぼくが一番好きなものを食べている時に
この世で一番嫌いなものが
すぐ近くで身をひそめていたと思うと、
全身サブイボが出てきます(((( ;°Д°))))
まわりの人は何事や?と思っていたでしょうね(^_^;)
帰り間際、他の客に聞こえないよう店員さんに
「ぼくの席のところにゴキいましたよ。」
・・・と小声で耳打ち。
すると店員さん、顔色が変わって、
「大変申し訳ありませんでした!」
・・・とレジを打つ手がブルブルと震えていました。
飲食店ではゴキちゃんは招かれざる客ですからね。
・・・っていうかどこにおっても招かれざる客ですね(^▽^;)
あ~あ おいしい店やったのになぁ~( ̄ー ̄;
サヨウナラ
二上山と檜原神社
前回記事 で二上山(にじょうざん)登山口がある葛木倭文座天羽雷命神社まで
行きながらも、天候悪化の為、二上山の登山は残念ながら断念しました(>_<)
・・・それから数日後の秋分の日。
またもややって来ました!二上山。![]()
![]()
向かって右側の少し高いコブが雄岳(517m)。
左側の低いコブが雌岳(474m)です。
約2000年前には噴火活動をしており石器の材料となるサヌカイト原石を
噴出しました。近畿各地で発掘される石器のほとんどが二上山産の
サヌカイトで作られたものと推定されています。
入り口はイノシシよけの柵がしてありますが、
柵の扉を開けて山頂めざします
そこには天武天皇の子、大津皇子のお墓があります。
そして、葛木坐二上神社(かつらぎにいますふたかみのみやしろ)。
【ご祭神】 豊布都霊神、大国御魂神
こちらの豊布都霊神は石上神宮に、そして大国御魂神は
大和神社に勧請されたという伝承がある。
二上山は大阪方面からも奈良方面からも気軽にハイキングが
できるので人気があります。
しかし、そういった背景には心ない人が社殿を壊したり、
落書きをしたり、燃やしたりと山が荒らされてきているようですo(TωT )
昭和49年に本殿は焼失し、今はブロック塀で囲まれた社殿の中に
神籬(ひもろぎ)があります。
ブロックで囲まれた社殿はなんだか趣が無い感じですけど、
神籬は古代祭祀の姿に戻ってこの山にふさわしい感じがします。
雄岳から雌岳へ行く途中で大阪平野を望むことができます。
二上山を下山し次の目的地へ向かう途中で、二上山に神々しい光が降り
注いでいる光景を目撃![]()
次の目的地到着。
どこかわかりますか?
・・・ここは大神神社(おおみわじんじゃ)です。
なぜ大神神社?
それは、この日は秋分の日。
秋分の日といいますと、昼と夜の長さが同じになる日。
そして三輪山から昇る太陽が真西の二上山に沈む日なんです。
三輪山山頂に祀られる太陽神「天照国照彦天火明櫛玉饒速日尊(あまてる
くにてるあめのほあかりくしたまにぎはやひのみこと)」を拝したあと、
山の辺の道を徒歩で約20分の距離にある檜原神社に向かいました
大神神社摂社檜原神社(ひばらじんじゃ)
【ご祭神】 天照大神若御魂神(あまてらすおおかみのわかみたまのかみ)
伊弉諾命(いざなぎのみこと)・伊弉冉神(いざなみのみこと)
<由緒書きより>
第十代崇神天皇のご御代、それまで皇居で祀られていた
「天照大御神」を皇女 豊鍬入姫命に託してここ檜原の地(倭笠縫邑)に
遷しお祀りしたのがはじまりです。
檜原神社には古来より拝殿も本殿も無く、大神神社と同じように三つ鳥居が
ある。そしてその奥には、神籬(ひもろぎ)がありこれまた古代祭祀の形を今に
残している。
檜原神社は少し小高い丘にあり、大和の国を一望できます。
以前、檜原神社に来る途中の道から大和を一望した時、
古代の人達もここから大和を一望し沈みゆく太陽を崇拝して
いたような気がした。
それをもっと感じるべく落陽をしばらく待った。
17時40分。
檜原神社境内 注連柱(しめばしら)の中に写る二上山と夕陽。
檜原神社から真西は正確には二上山ではなく少し北の麓の穴虫峠になります。
この檜原神社穴虫峠を通る北緯34度32分は『太陽の道』と呼ばれ、
東は伊勢斎宮から西は淡路島の石上神社に至ります。
このライン上には太陽祭祀の神社や遺跡が多いことからそう呼ばれるように
なったそうです。
太陽が沈み赤く染まっていく二上山の方向はきれいであり、どこかもの悲しい、
まるで黄泉の国思わせるような光景です。
遠い昔の人はこの景色を見て、死者の魂は二上山の彼方へ去り、
そして三輪山からの日の出とともに生まれ変わると信じていたのかも…
そういった太陽信仰、祖霊信仰が現在のお彼岸のルーツになっているん
でしょうね。
太陽の恵みに感謝です。
ありがとうございます
虹とゼロの偶然
前回記事の桃尾山 を下山した後、奈良と大阪にまたがる金剛山地の
北部に位置する二上山(にじょうざん)に向かいました。
奈良県當麻町加守に葛木倭文座天羽雷神社という古い神社があり、
その横に二上山登山口がある。
扁額には『倭文神社』の文字。その横に小さく加守神社、二上神社と書かれている。
正式名は葛木倭文座天羽雷命神社(かつらきしとりにいますあめのは
いかづちのみことじんじゃ)という長い社名で、日本各地にある倭文神社の
根本の神社です。
【ご祭神】 天羽雷命(あめのはいかづちのみこと)
天照大神の荒衣・和衣の衣を織り、天孫降臨の時、御衣職としてともに
降臨、機織の術を授けられた神です。
そういえば今年の5月に鳥取の神社をまわっていた時に、
伯耆国一之宮の倭文神社を訪れていた事を思い出しました。
摂社として右殿に加守(掃守)神社(かむもりじんじゃ)
【ご祭神】 天忍人命
豊玉姫命が鵜茅不合葺命を産もうとした時、彼女の周りに蟹が沢山
集まってきたので、側に仕えていた神が蟹を掃いて命を守った。
これに大層喜んだ豊玉姫は、その神に「蟹守」の名前を与えたのがいわれです。
蟹守、加守は祓いの意味があるそうです。
摂社として左殿に葛木二上神社(かつらきふたかみじんじゃ)
【ご祭神】 豊布都霊神、大国御魂神
二上山雄岳山頂に葛木二上神社がありここはその遥拝所。
ちょうど神職の方が拝殿の掃除をされていたので、二上山山頂までの時間などを
訪ねてみました。
その方がおっしゃるには、
「山頂まで結構な勾配があり、早くて約1時間。ゆっくりで約1時間半ほど
かかると思います。そろそろ雨が降りそうなので気をつけてください。」
と優しい口調でおっしゃってくださいました。
そしていくつかやりとりしている内に、この神社の歴史や二上山について
語りはじめられました。
機織りの倭文氏のこと。
日本古来からある神社が仏教伝来により縮小されてきた話。
二上山は古来神奈備として崇められていたのだが、
いつのまにか、山に登られるようになり、本来そこに無い植物が生えて
いたり、山頂の社殿が登山者によるタバコの不始末で全焼したりと
山が荒れてきているという話など。
そうこうしている内に雲行きがあやしくなってきたので、
登拝するのは、後日にまたあらためることにしました。
普段聞けない話を聞かしていただき、
「今日はこの話を聞きに二上山に来たんや。」
と思いつつ、家路へ向かっていると遠くの町の上に変わった虹を発見![]()
普通の虹のようにはっきりと弧を描いてなく色の境もなく、空気に
少し色がついている感じ。(表現が難しい
)
写真ではちょっとわかりにくいんですが、真ん中にあるふたつの鉄塔の間が
ぼんやり色づいているのがわかりますかー?
こんな虹初めて見たので、
「ラッキー!なんかいいことありそう( ´艸`)」
な~んて思いながら、この後に自動販売機でコーヒーを買ったら、
なんと!『当たり』が出てもう1本買う事が出来ました![]()
虹パワー炸裂!ヽ(゜▽、゜)ノ
この自販機。4つの数字がそろえば当たりなんですが、
そろった数字は「0000」
前日の夜、家で何気にふと見たデジタル時計に表示されていた時間が
「00:0000」 12時ピッタリ。
よっぽどゼロに縁があるんでしょうかね(°∀°)b
なにか始まりの予感…

















