二上山と檜原神社
前回記事 で二上山(にじょうざん)登山口がある葛木倭文座天羽雷命神社まで
行きながらも、天候悪化の為、二上山の登山は残念ながら断念しました(>_<)
・・・それから数日後の秋分の日。
またもややって来ました!二上山。![]()
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向かって右側の少し高いコブが雄岳(517m)。
左側の低いコブが雌岳(474m)です。
約2000年前には噴火活動をしており石器の材料となるサヌカイト原石を
噴出しました。近畿各地で発掘される石器のほとんどが二上山産の
サヌカイトで作られたものと推定されています。
入り口はイノシシよけの柵がしてありますが、
柵の扉を開けて山頂めざします
そこには天武天皇の子、大津皇子のお墓があります。
そして、葛木坐二上神社(かつらぎにいますふたかみのみやしろ)。
【ご祭神】 豊布都霊神、大国御魂神
こちらの豊布都霊神は石上神宮に、そして大国御魂神は
大和神社に勧請されたという伝承がある。
二上山は大阪方面からも奈良方面からも気軽にハイキングが
できるので人気があります。
しかし、そういった背景には心ない人が社殿を壊したり、
落書きをしたり、燃やしたりと山が荒らされてきているようですo(TωT )
昭和49年に本殿は焼失し、今はブロック塀で囲まれた社殿の中に
神籬(ひもろぎ)があります。
ブロックで囲まれた社殿はなんだか趣が無い感じですけど、
神籬は古代祭祀の姿に戻ってこの山にふさわしい感じがします。
雄岳から雌岳へ行く途中で大阪平野を望むことができます。
二上山を下山し次の目的地へ向かう途中で、二上山に神々しい光が降り
注いでいる光景を目撃![]()
次の目的地到着。
どこかわかりますか?
・・・ここは大神神社(おおみわじんじゃ)です。
なぜ大神神社?
それは、この日は秋分の日。
秋分の日といいますと、昼と夜の長さが同じになる日。
そして三輪山から昇る太陽が真西の二上山に沈む日なんです。
三輪山山頂に祀られる太陽神「天照国照彦天火明櫛玉饒速日尊(あまてる
くにてるあめのほあかりくしたまにぎはやひのみこと)」を拝したあと、
山の辺の道を徒歩で約20分の距離にある檜原神社に向かいました
大神神社摂社檜原神社(ひばらじんじゃ)
【ご祭神】 天照大神若御魂神(あまてらすおおかみのわかみたまのかみ)
伊弉諾命(いざなぎのみこと)・伊弉冉神(いざなみのみこと)
<由緒書きより>
第十代崇神天皇のご御代、それまで皇居で祀られていた
「天照大御神」を皇女 豊鍬入姫命に託してここ檜原の地(倭笠縫邑)に
遷しお祀りしたのがはじまりです。
檜原神社には古来より拝殿も本殿も無く、大神神社と同じように三つ鳥居が
ある。そしてその奥には、神籬(ひもろぎ)がありこれまた古代祭祀の形を今に
残している。
檜原神社は少し小高い丘にあり、大和の国を一望できます。
以前、檜原神社に来る途中の道から大和を一望した時、
古代の人達もここから大和を一望し沈みゆく太陽を崇拝して
いたような気がした。
それをもっと感じるべく落陽をしばらく待った。
17時40分。
檜原神社境内 注連柱(しめばしら)の中に写る二上山と夕陽。
檜原神社から真西は正確には二上山ではなく少し北の麓の穴虫峠になります。
この檜原神社穴虫峠を通る北緯34度32分は『太陽の道』と呼ばれ、
東は伊勢斎宮から西は淡路島の石上神社に至ります。
このライン上には太陽祭祀の神社や遺跡が多いことからそう呼ばれるように
なったそうです。
太陽が沈み赤く染まっていく二上山の方向はきれいであり、どこかもの悲しい、
まるで黄泉の国思わせるような光景です。
遠い昔の人はこの景色を見て、死者の魂は二上山の彼方へ去り、
そして三輪山からの日の出とともに生まれ変わると信じていたのかも…
そういった太陽信仰、祖霊信仰が現在のお彼岸のルーツになっているん
でしょうね。
太陽の恵みに感謝です。
ありがとうございます











