スクリーンに雨が降る -4ページ目

 

僕がジョージ・A・ロメロ監督を正式に知ったのは、スターログ日本語版の記事でだった。

「ゾンビ」の日本公開から半年ほど経過した昭和54年の秋頃で、それにはロメロ監督の「NOTLD」から連なるリビングデッド3部作構想だけでなく衝撃の記載があった。

 

~「ゾンビ」の3時間近いオリジナルプリントを見ると、サム・ペキンパーのバイオレンス映画などディズニー映画に思えるくらいに凄い代物なのだ~

 

これを読んで思った。

日本ヘラルド映画のプリントは、1時間近くもカットされているのか!?

確かに、パンフレットには映画本編に見られない写真が何枚かあった。

ロメロ版とアルジェント版の違いなどまだ知らぬ時代、単純に「ゾンビ」のノーカット版を見ることが人生の最大目標となった瞬間だった。

 

後に書店で立ち読みした映画専門誌で、本作の詳細な情報を知る事となる。

そこには、‘米国公開版127分、イタリア公開版119分、他に140分版もある’との記載が。

日本ヘラルド映画公開版のオリジナルが119分しかないと知った瞬間であり、3時間近いというバージョンは実は2時間半弱しかないのかと思ったものだ。

これも、1994年に「ゾンビ」ディレクターズカット版を見た瞬間に覆されるのだが…

 

ところで、当時の世間的には「ゾンビ」というワードはそれほど浸透せず、せいぜいドリフのコントでいかりや長介に向けて使われるくらいだった。

それも翌年には「サンゲリア」に代わるw。

実際「サンゲリア」もわざわざフィルムタイトルをすげ替え、‘サング’という造語まで使用してゾンビ映画という事をぼかして公開している。

 

当時の日本でのテレビドラマにおいてゾンビを扱ったのは、昭和55年7月18日放送「仮面ライダー(スカイライダー)」の第42話「怪談シリーズ ゾンビー!お化けが生きかえる」くらいだったろう。

作品内での扱いはゾンビというよりも幽霊に近いが、白装束に何故か金髪に青いメイクという、映画にインスパイアされた姿だった。

過去に「吸血ゾンビ」という映画が存在したとはいえ、日本初公開から数年の間は「ゾンビ」というワードは本作のみに与えられた称号のような扱いだったのだ。

 

1980年代中頃、先の記事で触れた光山昌男氏らの仕掛けでロメロ監督の未公開作品が一気に市場に出回る。

映画館でも、「NOTLD」の後日談的作品「バタリアン」やロメロ自身のシリーズ3作目「DAY OF THE DEAD」といったゾンビ映画が続々と公開。

ロメロは新時代の「ゾンビ映画」の生みの親として、モダンホラーの帝王と称される事となった。

 

更に日本国内でレンタルビデオブームが到来し、ホラー映画に脚光が集まると共にゾンビが作品ジャンルとして定着。

今では海外ドラマとしても人気を誇る、ブームを越えて王道としての地位を手にしている。

 

ロメロ監督版「ゾンビ」のソフトが国内で出回ると映画紹介番組でもその映像を使うようになり、アルジェント監修版の素材は放送されなくなった。

自分の記憶では、1985年の水曜スペシャルが最後だったのではなかろうか。

 

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実はこの時の映像、かなり貴重なのだ。

それまで放送されたどの素材よりも、画角が広く使われている。

以下に、ドイツ版ソフトとの比較画像をお見せする。

 

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最初が水曜スペシャル版で、次がドイツ版ソフト。

微妙な差と思うかもしれないが、ここまで広く映る4:3の映像は他に見られない。

また、日本独自のモノクロ処理映像部分が放送されたのもこれが最初で最後かも。

 

 

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 ちなみにこれは、ドイツ版の階段場面。

やはり青い。

16:9の映像がスタンダードになってしまった現在、4:3で撮影された作品はオリジナルの画角でもソフト化してもらいたいものだ。

アルジェント監修版のフルフレームバージョンが、国内で商品化される日を待ち望んでいる。

 

ロメロ監督編集版の「ゾンビ」ビデオソフトが海外で発売された時、僕もいち早く輸入品で購入した。

これでようやく日本ヘラルド映画がカットした場面を見られる!と歓喜に打ち震える僕を襲った衝撃は、筆舌に尽くしがたい。

確かに、これこそロメロ監督の作品だ。

重厚かつユーモア溢れるセンス。

クラシカルな流用音楽も、ホラー映画というジャンルに対する愛情の表れだろう。

 

が、SWAT突入場面に‘ZOMBI’が流れない。

暴走族の襲撃に、‘サラトゾム’が鳴り響かない。

そしてラストシーン、カタルシスが得られない・・・。

(ついでに、長くなっただけでなく、あったはずの映像が切られているw)

これが、劇場で最初に日本公開版を見た人間の悲しいSAGAなのだ。

 

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さて、次回からは日本ヘラルド映画による「ゾンビ」日本初公開版プリント字幕を取り上げる

 

 

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1985年 夏、渋谷で行われた「第1回スプラッタームービーフェスティバル」。

ここで、「ゾンビ」のアルジェント監修119分完全版が公開されるはずだった。

しかし当日、それは急遽日本ヘラルド映画版に差し替えられた。

会場にいる総合プロデューサー・小松澤陽一氏から告げられた理由は、プリントが間に合わなかった、という何か歯切れの悪いものだった。

 

最近、「ゾンフェス」のトークコーナーでその話題が出た。

あの時日本国内に、119分版のプリントは届いていた。

それが公開出来なかった理由は、もっと長いバージョンがあると譲らない一人のフィクサーの存在があったと。

その人物こそ、光山昌男氏であると僕は推察する。

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光山氏は1980年代に入り、日本におけるジョージ・A・ロメロ監督作品のブームを巻き起こす先兵として雑誌記事で活躍した。

ネットで名前を検索すれば、当時の記事と共に顔写真もすぐに出てくる。

彼の本作における代表的な仕事が、国内初のレーザーディスク商品の監修だろう。

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商品の帯にも‘責任監修’として名前を大きく掲げており、分割チャプターの多さは同時期の物としても異例中の異例。

ライナーノーツで書かれている内容は、後に本作の伝説として語り継がれているネタが多い。

それが、真実かどうかは別として。

 

今もウィキペディアに記載されている、日本ヘラルド映画版の惑星爆発OP映像が「メテオ」からの流用だと最初に言い出したのは光山氏ではなかったか。

今回、「ゾンビ」日本初公開復元版のパンフレット記事においてようやくその真実の一端が解明されたのが喜ばしい。

ネットのない時代、容易に調べられない話を声高に言ったもん勝ちの世の中で彼は時の人となった。

 

LDライナーの記事では、他にも現在では事実でないと明かされた話がかなり多い。

ダリオ・アルジェントが自分でも撮影した映像を監修版に使ったという発言が書かれているが、最近のインタビューではロメロを信頼し全て任せたと答えている。

幻の最長版に関しても、その解説部分がシナリオやそれを基にした小説を読むと決して出てこない台詞を作り上げて事実として発表している。

簡単に言えば、虚言癖のある人物。

当時僕の耳にも入ってきた、漫画家の〇橋〇美子と付き合っているなんて話も光山氏本人の口から広まったものだろう。

しかし、そんな人格が功を奏してか自らの名を模した会社を立ち上げる。

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それからの光山氏の人生は、スキャンダラスな記事として洋泉社の本でも伝えられている。

「業界の怪人」「闇のオタク王」などの異名を持つ彼は、バブル崩壊と時を同じくして姿を消した。

姿を消したといっても、それは業界という表舞台からの話だ。

光山昌男氏は、今も闇に隠れて新たなビジネスに勤しんでいる。

 

話を最初に戻すが、「スプラッタームービーフェスティバル」には9日間通し券というものがあった。

これは、8月8日から16日までの連続9日間、毎晩オールナイトの上映を鑑賞するという酔狂にも程がある企画。

初日の舞台挨拶で小松澤氏は、全て見た者には素敵なプレゼントがあると明言していた。

当時はそれが何かという情報がなかったのだが、後年聞いた話では上映作品の予告編を収録したビデオだったとの事。

それを知ってたら、無理して通ったのに!

 

「ゾンビ」のブルーレイで映像特典として日本版予告編が収録されたのは、この時のビデオがあったからこそなのだろう。

 

 

先ずは、日本ヘラルド映画が配給した「ゾンビ」のテレビ放送時の映像を見てほしい。

最初が初回放送の通称・サスペリア版で、次が2回目のオリジナル音楽修正版だ。

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録画映像は機器によっても色味が違うので、あえて2本を比較した。

フィルムが全体的に青みがかっているのが分かる。

これは別に、日本でわざわざ青いフィルターをかけた訳ではない。

イタリアから輸入されたダリオ・アルジェント監修の原盤フィルムが、当時はこの色調だったのだ。

 

ネガフィルムからプリントに焼き付ける時、カラーバランスの調整も行われる。

色温度を上げれば暖色系に、下げれば寒色系になる。

アルジェント版の青みが強い理由は、色温度が低い調整でマスターポジを作ったという事だ。

それが偶然なのか、意図的なのかは分からない。

しかし、そのためにゾンビのメイクが必要以上に青く見え、作品世界全体に寒々しい印象を強く与えたのはプラスに働いたと思う。

 

当時のアルジェント版はヨーロッパを中心に公開されたが、どれもすべてヘラルドのプリントと同じ色調だったはず。

フィルムは経年劣化で退色し、色調も変化する。

後年各国でソフト化された際には、青を通り越して緑っぽく変色した古い映像も見かけたものだ。

(バンダイビジュアルから出たLDは、緑寄りに劣化し映像の欠損もあるフィルムだった。)

 

続いて、日本で作られた作品予告映像について。

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一目瞭然。

日本の予告映像は、アルジェント監修のイタリア版予告フィルムをそのまま流用して編集加工された。

実際、それ以外の映像素材は使用されていない。

 

僕が見たテレビCMは、これを利用しただけのものだったから‘サラトゾム’が使われていなかったのだろう。そのかわり、かすかに‘ZOMBI’が流れていた記憶がある。

ただ、最後にスケートリンクを行進する場面があったのは他の予告との辻褄が合わないのだが…(あえて解釈すれば、ロードショー告知のスーパーを入れるためにそこだけ追加変更したという

可能性)。

 

劇場で使用された一番長い予告編は、全体に‘サラトゾム’が流れるだけでナレーションなどは被らない。「ゾンビ」という柴田秀勝と思われる声のタイトルコールと、「やわらかい肉が欲しい」という女性声のキャッチフレーズがあるだけだ。

先の記事で紹介した「洋画の窓」で放送されたものは、劇場用予告を60秒に短縮編集し、千葉耕市によるナレーションを付け加えたものだ。

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ところで、日本ヘラルド映画が最初に入手した予告フィルムが「ZOMBIE DAWN OF THE DEAD」というタイトルであり、だからこそ「ゾンビ」という日本タイトルで宣伝を打ったはず。

でなきゃ、「悪魔の食人族」や「地獄のデパート」だのといったヘラルドお得意の邦題が付けられていたに違いないw。

そもそも、イタリアで公開された上映フィルムのタイトル自体が「ZOMBI」ではないか。

にもかかわらず、届いた本編フィルムに焼き付けられたタイトルは「DAWN OF THE DEAD」のみ!

これも謎の一つだ。

 

かつて本作の各バージョンを細かく解説しているブロガーがいたが、ヘラルド版プリントについて‘伊版フィルムに米版のOPをくっ付けたもの’などといういい加減な解説をしていた。

ファンなら承知の通り、アルジェント版にもかかわらずロメロ版と同じような(が、決して同じではない)フォントのクレジットが焼きこまれているわけだ。

 

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上のドイツ版のように、ZOMBIEを強調したタイトルがアルジェント版の基本だったはずなのに。

何故日本への輸出プリントがあのようなクレジットにされたのか、考えるほどに不思議な話。

また、黒味で処理されたエンドクレジットのロールには、どんなフォントが使われていたのか?

これに関しては、もはや永遠の謎である。

 

最後に、アルジェント版の現在について。

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かつてはタイトルの入る位置がロメロ版と同じタイミングだったのだが、近年のHDマスター作成時にクレジットを焼きこみ直した。

すると、何故かスタート位置が前倒しでずれてしまった。

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以降、最後まで文字が流れるタイミングは早いまま。

使用文字の素材自体は同じだが、映像のティルト・ダウンに合わせたのだろう。

しかし、今更オリジナルを改変するってのも如何なものか?

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デジタル時代、リマスターならではの宿命か、映像はすべてカラー調整し直された。

もう2度と、‘オリジナル’の雰囲気は味わえないのだろうか…

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まぁ、ちょっと青すぎるけどねw。

 

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ここに、1本のビデオテープがある。

40年近く持ち続けてきたものだ。

この中に、映画「ゾンビ」が初めて日本で公開された時の記録が残されている。

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番組タイトルや正確な放送日は分からないが、映画解説者の小森和子がメインの15分程度の番組と思われる。

おすぎとピーコはゲストとして呼ばれているので、毎回違う組み合わせで新作映画の紹介をしていたようだ。

その冒頭、以下の映像が流れる。

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当時の本作のパンフレットを持っている方なら、すぐに分かるだろう。

映画公開前に日本ヘラルド映画が行った、ゾンビ軍団のデモンストレーション行進だ。

アングラ劇団の役者150人を動員し、銀座の街を練り歩く。

怖がる通行人の子供なども映っており、インパクトはあったようだ。

今なら、まず許可など下りないなw。

 

続けて映画フィルムのダイジェスト映像が流れ、解説や感想コメントが入る。

 

そこで使われた素材を最初に見た時、言葉にならない衝撃を受けた。

 

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定番の残酷シーンが使われているが、その瞬間だけネガ反転で処理され静止画にならない。

この放送用に、VTRで調整しているだけなのだ。

 

他の場面も、ストップモーションになる事はない。

 

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ドラマ部分も長めに収録されており、テレシネの都合で見切れているが字幕スーパーが付いている。

 

そこで、次の映像に注目だ。

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劇場公開時に削除されたはずの映像が、字幕スーパー付きで放送されている!

 

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おすぎは、「わりと面白かったわよ」と好意的な感想。

小森和子は、「作ったのは‘サスペリア’で世界的に当てちゃったイタリアのダリオ・アルジェント監督が、4チャンネルステレオの音響も凄まじく、あなたをパニック・スペクタクルの世界に陶酔させるわよぉ」と微笑ましいコメント。

そう、当時本作は、ダリオ・アルジェント監督によるイタリア映画として宣伝公開されたのだ。

 

以下は、当時の劇場公開フィルム冒頭から日本ヘラルド映画が作成した独自の映像。

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一般向けに分かりやすく、死者が甦る理由を勝手に捏造w。

 

で、今回の結論。

日本ヘラルド映画が作成した劇場公開用のフィルムは、ダリオ・アルジェント監修による119分の完全版で制作されたという事実。

公開直前、各劇場に配る上映用プリントを複製する時点で静止画やモノクロ処理を行い、更には上映時間短縮の為にドラマパートを一部カットした。

 

エンディングの黒味も、早く幕を下す為というのが理由だろう。

実際僕はロードショー公開時に有楽座で2回見ているが、最後に二人を乗せたヘリが舞い上がったところでスクリーンが下り出したのを覚えている。

まだ映像が白い垂れ幕に映っており、まるで‘さぁ見世物は終わりだよ、さっさと出て行っておくれ’と言われているかのような印象だったw。

 

ちなみに、最初に見たのは上映2日目の日曜日。

かなりの行列に並んだ記憶があり、2度目はロードショーが終わる前週末だった。

どちらにしても、劇場内の周りに自分のような子供の姿を見た記憶がない。

小学校のクラスにも、この映画を見たという者は他に誰もいなかった。

 

本作に熱狂的なファンが生み出されるのは、翌年10月のテレビ初放送(サスペリア版)及び’82年のオリジナル音楽修正版の放送が起爆剤となったようだ。

1979年当時、本作を劇場に2回も通って見た少年が日本に何人いたのだろうか…w。

 

 

1975年、日曜の午後。

家族で、流れるままのテレビを見ていた。

日本テレビ「TVジョッキー 日曜大行進」、番組内の映画紹介コーナーが始まった。

その日流れたのは、封切り前の恐怖映画。

薄気味悪い墓地の棺から、更に薄気味悪い老婆が起き上がる。

死人が次々と目を開き、生きた人間ににじり寄る。

 

まさに悪夢。

恐ろしい、これほどの恐怖は今までに感じた事はなかった。

と同時に、映画館で見てみたい!

7歳だった少年の願いは、決して叶えられなかったけど。

それが、僕の「ゾンビ」原体験。

当時日本ではまだゾンビという言葉は一般に知られず、この「悪魔の墓場」という映画もオカルト的な作品に分類されていたようだ。

 

時は過ぎ、1979年の初旬。

当時小さなアパートで暮らしていた我が家族は、22時にもなれば子供は強制的に寝かされていた。

襖を挟んだ部屋からは、TVの音が漏れ聞こえてくる。

そんな、金曜の夜。

 

‘ブフォフォフォフォフォ…

バルタン星人!?

いきなり響いてきた音に、眠気が飛んだ。

こんな時間に「ウルトラマン」が流れるわけがない。

襖を開け、TV画面を見ると既に別のCMが流れていた…

 

翌週の金曜日。

同じ時間、同じチャンネルなら、きっとあの音の正体が分かるはず。

やはり22時前に布団に就かされたが、今夜はあれを聞くまで寝る気はない。

そして、その夜もバルタン星人の笑い声が響いた。

寝床を飛び出し、TV画面に食らい付く僕の目に映ったもの。

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11歳になっていた僕の人生は、この瞬間に狂わされたに違いないw。

 

この時放送されていたのは、テレビ朝日の「翔べ!必殺うらごろし」。

低視聴率で必殺シリーズ打ち切りの危機を招いた、世にも奇妙なオカルト時代劇。

映画「ゾンビ」のCM枠に選ばれたのも、オカルト映画ファンにアピールするためだったのだろう。

 

僕の記憶が確かなら、枠は30秒。

使用場面の音声のみでナレーションは使われず、映像の合間に度々「ZOMBIE」の文字が無音でインサートされる。

日本劇場版予告から‘サラトゾム’を抜いて編集したイメージだ。

その静けさが、異様さをより強調していた。

最後の映像は、スケートリンクを行進するゾンビの場面にロードショー告知が表示される。

流れる鐘の音が、強烈に耳に残った。

このCMを録画している人間がいるとも思えず、正確に再現できる者はいないだろう。

 

同時期にフジテレビで放送された「洋画の窓」。

1分程度の映画予告を2本流す深夜番組で、そこで使われた「ゾンビ」の予告は千葉耕市によるナレーションとBGMが足され、キャッチフレーズも追加されている。

残酷シーンは、一部ネガ反転で使用された。

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試写会のお知らせ。100名を招待すると言っている。

いくら緊急輸入だからって、試写会が劇場封切り前日ってどうなのw?

 

こんな感じで始めました、今回の記事。

「ゾンビ」日本公開40周年記念を飾る最後として、今まで誰も語らなかった事までやってみます。

 

内容的には2010年4月から連載した過去記事と重複する部分もありますが、「日本ヘラルド映画」バージョンの話が中心です。