三月大歌舞伎第一部 観劇 | 栢莚の徒然なるままに

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三月大歌舞伎第一部 観劇
 
 
前日夜に取ったにも関わらず花外を確保出来ました

 
 
菅原伝授手習鑑
 
序幕の菅原伝授手習鑑は以前に秀山祭の観劇でも観た時代物の演目です。
 
 

主な配役一覧

 

松王丸:菊之助

武部源蔵:愛之助

戸浪:新悟

小太郎:丑之助

春藤玄蕃:萬太郎

百姓吾作:橘太郎

涎くり与太郎:鷹之資

園生の前:東蔵

千代:梅枝

 

今回の特徴としてはこれまで源蔵、千代、戸浪は幾度となく勤めた菊之助が今回は初役で松王丸を演じる他、愛之助も平成30年12月の南座以来6年ぶり2度目の源蔵という事に加えて戸浪は演じた事がある梅枝が満を喫して千代を初役、戸浪をこれも初役の新悟と主要配役の顔ぶれがほぼほぼ初役ばかりと役の世代交代が行われたというのが挙げられます。

 

そんな新鮮な顔触れでの寺子屋ですが全員が全員上手く演れれば尚の事良かったのですが現実はそう上手くは行かず、松王丸を演じた菊之助は松緑以外では久し振りとなる音羽屋型と銀鼠の衣装こそ嬉しく思いましたが、演技はというと台詞回しに岳父吉右衛門の面影を感じさせる部分はありましたがそれ以外の首実検や野辺送りでの泣き姿などは型をなぞっている感が否めないというか吉右衛門や白鸚、松緑の松王丸で感じられた主家への忠義と支払う犠牲の間で苦しむ男の苦悩があまり感じられませんでした。

まだ初役なのでその辺の描写に長けていた岳父の松王丸を勉強して次に繋げて欲しいです。

続いてこちらも初役の戸浪となった新悟ですがこちらも万事卒なくこなしていて前半の身代りを悟られない様にする仕草は愛之助の源蔵に引っ張られたのかよく出来てましたが、後半になると緊張の糸が切れたのか千代への悔みなどは致し方ないとは言え、自身の教え子の命を奪ってしまったという罪悪感を滲ませて欲しかった所はありました。彼も初役なのでこれから回を重ねる毎に改善して欲しいです。

一方初役ながらも戸浪では何度も経験があった梅枝の千代は初役とは思えない位出来上がっていて、小太郎が首尾よく身替りを勤められているかという愀愴を抱えながら花道を駆けてくる出から寺子屋での愛之助の源蔵との対峙、そして小太郎の正体を明かしてからの母親としての悲しみと慟哭など今一つ物足りない松王丸に代わって奮闘していてそれだけに彼の千代であれば寺入りを付ければよりその親子の悲劇がくっきりと浮かび上がるだろうと思わせられる物がありました。

6月には晴れて時蔵を襲名する彼にとっては襲名へ向けて最後のラストスパートであり、5月の團菊祭での四千両小判梅葉のおさよも首尾よく勤めて襲名前に悪評を不安だけをまき散らした誰かさんの様にならない様に頑張ってもらいたいものです。

そして今回一番の出来だったのがこの面子の中では唯一2回目となった源蔵の愛之助でした。

今回は花外での見物という事もあって花道での源蔵戻りを間近で拝めましたが口を僅かに動かして帰りすがら誰を身代わりにするかというのを思案している写実の演技から風格充分で2度目とは思えない充実ぶりで寺子屋へ入った後も低く渋い台詞廻しも素晴らしく、「すまじきものは宮使い」を竹本に語らせたり野辺送りの支度を源蔵も手伝う上方ならではの型なども初めて拝見しましたが今まで見た東京の型との差も面白く東京型では兎角竹本に合わせて重く沈痛になりがちな源蔵ですが、今回の愛之助の源蔵では緩急の差がはっきりしていて義太夫の味わいの点では淡白になりますが写実テイストの源蔵もこれはこれで趣があり、まだまだ動ける愛之助の動きもあってほぼほぼ今回の寺子屋を1人で牽引するかの如く大車輪ぶりでした。

今の50代前後の役者で源蔵が演じた事があるのは松緑と幸四郎、菊之助でその内適役と言えるのは幸四郎のみで少々先行き不安な思いがありましたが今回新たに愛之助も出来ると分かったのは大きな収穫と言えますし、彼なら仁左衛門から教わっての松王丸も期待できるのではないかと思いますので幸四郎の源蔵辺りで1度実現して欲しいと思います。

 

その他の役で挙げると唯一大ベテランで何度も園生の前を演じている東蔵は菊五郎より年上とは思えない相変らずの達者ぶりで貫禄あり過ぎる体型がやや気にはなりますが86歳という年齢を考慮すれば致し方ない部分だと言えます。

 

この様に前回と比べても愛之助と梅枝は突出した出来栄え、新悟は及第点、菊之助は期待外れとなりましたがほぼ初役という事もあり、寧ろ愛之助と梅枝が予想以上の出来であったと見るべきで2人の贔屓は是非お勧め出来るかと思います。

 

傾城道成寺

 

続いて中幕として演じられたのが長唄の所作事である傾城道成寺です。

こちらは四代目中村雀右衛門の十三回忌追善と銘打って行われ配役一覧にもある様に明石屋一門が勢揃いした他、縁戚である松緑、そして昨年5月の團菊祭以来10ヶ月ぶりの出演である菊五郎と追善らしい顔触れが揃いました。

 

先代雀右衛門の花壇

 

主な配役一覧

 

傾城清川実は清姫の霊:雀右衛門

白川の安珍実は平維盛:松緑

難波経胤:廣太郎

真名辺三郎:廣松

童子花王:亀三郎

童子駒王:眞秀

僧妙碩:友右衛門

導師尊秀:菊五郎

 

正直な話数多くの当たり役がある雀右衛門の追善にいくら演じた事はあるとはいえ、この演目を追善演目に持って来たのは追善という意識よりも既に歩行しての演技が困難である菊五郎への配慮が感じられる部分があり、前月に盛大に行われた十八代目勘三郎の追善と比べてもその扱いの差が歴然としている事に素直に喜べない物がありますがそれさえ目を瞑れば久々となる兄弟共演を含めた明石屋一門勢揃いや松緑と雀右衛門という新鮮な絡み、更には座役ながらも菊五郎の元気な姿も拝めるなど見どころはてんこ盛りであり、前後の演目の箸休めとしては上々と言えます。

 

御浜御殿綱豊卿
 
昼の部最後に上演されたのが真山青果が書いた元禄忠臣蔵です。
この演目は真山青果が赤穂浪士の討入を仮名手本忠臣蔵や先行作品とは異なった視点から描いており、事実この直ぐ後に描かれる南部坂雪の別れこそ先行作品にも描かれていますが、それ以外は刃傷も討入の場面を省いて何れも先行作品には見られない場面を描いており、あくまで当時彼と組んでいた二代目市川左團次が得意とした明快朗々とした台詞廻しや心理描写を最大限活かす為に描いているという側面があります。
今回は10編の内、丁度折り返し地点に当たる5編目の御浜御殿綱豊卿の上演となりました。
この御浜御殿綱豊卿は昭和9年に上演した大石最後の一日を皮切りに全ての演目に出演して来た二代目市川左團次が昭和15年1月に東京劇場で演じた物であり、翌月の公演中に発病、急逝してしまった彼にとって最後の新作となった演目でもあります。
 
初演の左團次の徳川綱豊卿と猿之助の富森助右衛門

 
 
主な配役一覧
 
徳川綱豊卿:仁左衛門
富森助右衛門:幸四郎
中臈お喜世:梅枝
中臈お古宇:宗之助
おいぬ某:小川大輔
津久井九太夫:由次郎
上臈浦尾:萬次郎
御祐筆江島:孝太郎
新井勘解由:歌六
 
さて、序幕の愛之助の源蔵の奮闘ぶりもあって今日一の出来は彼かなと思っていましたが矢張り仁左衛門の綱豊卿を見てしまうと彼に軍配が上がってしまいました。
解説でも触れている通り、仁左衛門は初演の左團次の死後この役を引き継ぎ昭和41年まで何度も演じてこの役を作り上げた三代目市川壽海の綱豊卿をおいぬ某役で共演して間直で観ており、役作りの参考にしていると語っていますが、今回初めて観て実に血肉の通った生の人物になっているのを感じました。
自身が綱吉や幕閣からあらぬ疑いをかけられぬ為に遊興に耽けて世間の目を欺かなければならない立場であるのを内蔵之助と重ねたり、正妻の実家である近衛家からの浅野家再興の願いを無慮に斥けられない徳川一門としての立場でありながらも本心は浪士の仇討ちにより武士の本懐を遂げさせてやりたいという本心とのせめぎ合い、富森助右衛門との問答から惚けた偽りの姿を看破されてから一変しての「その後を言え!」の台詞の鋭さ、大詰での助右衛門の襲撃を躱しながら彼への秘めていた本心の発露に至るまで実に変幻自在な台詞廻しで中弛み一切なしの緊迫した素晴らしい演技を見せてくれました。
 
因みに初演の左團次の綱豊卿について当時の劇評は
 
左團次の綱豊は、台詞を聞いてゐると成程とも思へるが、ちょっと見た所では甲府宰相としての手触りが荒すぎ、品位よりも物々しさが勝って、やっぱり内蔵之助のやうな気がする。華奢な、上品な細形の俳優からあの台詞が出たら、もっと芝居が面白くなったかも知れぬ。
 
と評していて綱豊卿のニンは左團次よりも二枚目系統の役者が似合うと評しており、その点で今回の仁左衛門は正に壽海の系統に連なる正統的な綱豊卿と言えます。
それだけに彼のこの素晴らしい演技を後世に残せるかが課題でもあり、今若手でこの役を演じた事があるのは幸四郎、愛之助、芝翫、扇雀、松也の5人のみであり、この内幸四郎以外の4人は1回ずつしか演じていないという有り様であり、その点でも唯一複数回演じている幸四郎の責務は重大であり、今回の共演でも彼の芸風をよくよく継承してまだ演じていない若手、例えば隼人などの更に若い世代への橋渡しをしてもらいたいです。
そんな幸四郎ですが今回は5度目となる富森助右衛門を演じており、こちらも仁左衛門同様安定した演技で見せてくれます。
この役は戦後は八代目市川中車、八代目坂東三津五郎などアクの強い渋い脇役が偏屈さを前面に出す演技で魅せて役の型を作り上げてきましたが初演である初代市川猿翁の演技はどうだったかというと
 
猿之助の助右衛門は、第一の儲け役であり、この人に嵌めた役柄だけ、立派に舞台を浚い、且つ面白くしてゐる。
 
と重厚でどっしりと構えた左團次に対して熱情ほどばしるストレートな演技の猿之助がぶつかる事で生じる化学反応がこの演目を面白くしていると評価しています。
そういう意味では今回の幸四郎の助右衛門は原点に帰ったと云っても良い程の愚直でそれでいて忠義一途な若者として演じており、その血気盛んな所が一向に先が見えない潜伏生活で変に拗れてしまいそれ故に吉良上野介の顔を見るだけのつもりの潜入が綱豊卿との討論を経て思わず闇討ちしてしまおうと短慮に走るという面がより鮮明になったと言えると思います。
 
この他、新井勘解由を演じる歌六もその風采、貫禄から仁左衛門の綱豊卿との丁々発止のやり取りもスムーズに行っており、この3人の演技だけで十分に酔いしれる出来栄えでした。
正直な話、観劇前は夜の部の伊勢音頭恋寝刃の通しが一番面白そうだと予想していて事実面白かったのは間違いないのですが、今回の御浜御殿綱豊卿はそれを上回り全演目の中において白眉とも言える出来栄えであり、1月の浅草の魚屋宗五郎に続き良い芝居を見る事が出来ました。
 
元禄忠臣蔵は大石最後の一日は以前に高麗屋三代勢揃いで掛かった時に拝見しましたがそれ以外の演目となると仙石屋敷が10年近く前に1回、それ以外はかれこれ15年以上掛かってないだけに今回素晴らしい演技を見せてくれた幸四郎や最近講談でやたら忠臣蔵物に凝っている松緑、あるいは彦三郎、愛之助辺りを主役に浅草を卒業した花形役者達を絡めて仁左衛門や白鸚に教われる内に芸の継承をしてもらいたいと願ってやみません。
今回の昼の部は「当たり」ですのであと10日間弱ですが見れる方は是非見るのをお勧めします。