さて、今回は久しぶりに演劇雑誌の演芸画報を紹介したいと思います。
演芸画報 大正5年1月号
正月号とあってページ数も特別仕様の大幅増量となっています。
内容としては12月とあって東京の劇場は休みの所が多く、前回紹介した歌舞伎座や帝国劇場の写真、以前紹介した二代目實川延若襲名披露公演が行われている京都南座、新派の公演が行われている明治座、それと大阪の浪花座の公演等が紹介されています。
参考までに12月の歌舞伎座の筋書
これだけでもお腹一杯レベルですボリュームなのですが、中でも一番注目すべきなのが特集で組まれた歌舞伎劇の劇場とその組織というページです。
様々な執筆者が中々触れられない「興業」の部分についてあれこれ赤裸々に語っているのが特徴でもあります。
松居駿河町人こと松居松葉の書いたページ
書いてる挿し絵は歌舞伎座の楽屋で絵を描く羽左衛門
その中でも一番注目すべきなのが松竹の大谷竹次郎が9ページに渡って興業師として寄稿している事です。
大谷竹次郎の寄稿
この手の文章にありがちな体裁の良い模範解答の様な文章ではなく、自身が初めて歌舞伎の公演に関わった話から始まり新派劇についての問題点や歌舞伎に関するかなり具体的な部分や鋭い指摘もあるなどかなり読み応えがあります。
折角なので少し長いですが紹介したいと思います。
まずは新派も歌舞伎も手掛けているが故に両方の役者についての所謂「苦情」の違いについて
「新派の俳優の方が直接談判で話の出来るのを手軽く思ったのですが、段々経験を積むに従って、新派は話は纏まり安いが、イザ会場の間際になってゴタ附の多いのが分かり、それに反して旧派(歌舞伎)は纏める迄の相談は手間がかかるものの、俳優のそれぞれに手代があって、これに話さえ行き届いていればイザ会場の間際になっても、何のイサクサ(いざこざ)も無くスラリと蓋を明ける事の出来ますのが分かって、私が今日まで興行主としての二十年間、その後半期は慥かに旧派の方が好きになっています」
とかなり生々しく経験から来る両派の違いと好き嫌いを語っているのが分かります。
そして今後の歌舞伎への抱負についてで文章の中では以下の様に語っています。
「将来歌舞伎劇の発展を計りますのには、トラストといふ意味ではなく各座の興業主が仲良く相談して俳優の融通をする事が第一であらうと考へます。先づ今の所でいひますと、歌舞伎座と帝国劇場と市村座との興業主が打合せて、それぞれの狂言によってわ必要な俳優を貸すのです。つまり魚を取替へて料理で競争する事になれば、お客様の方でも、どんな味に喰べられるかといふ興味を起る訳ですが、如何に包丁が冴えていても、年が年中鯛のお料理ばかりでは飽きが来ます。要するに私の理想は魚を取替へて献立の苦心をするのが、一番早くいい芝居が出来る事だらうと思ひます。」
この様に前年8月の帝国劇場への市村座の引越公演が始まった事もあってか明治44年から始まった東京劇界の鎖国制度の弊害を指摘しつつ、三座による役者の相互交換によるメリットを説明し交流を実現すべきだとしています。
この事は後々紹介する事になりますが大正5年には早速実現する事となります。
また役者の給金が高い事によって劇界の改革の妨げになっていると指摘については
「私の考へでは、今更俳優の給金を減らして、元の苦しい生活に戻すよりは、出来る事ならば、俳優の給金を平均する方がいいやうに思ひます。これは俳優を奨励する方法の一部になる事で、土台の俳優を拵へる段取りになるのです。その訳は今日の所立派な大名題でありながら、肝心の舞台の腕前のそれ程でない人がありますのに引替て、身分は無くとも腕前があって、しかも増給を申込まない人があります、私はこれらを平均して、腕の無い人の給金を削って、腕のある人に廻したいと思ひます。この方法で行きますと、実力のある者が給金を多く取る事になって、俳優にも必ず励みが出ます。従って腕のある俳優を作る事が出来て、それに大きい役者の方からつき合って引立ててやる心持さえあれば結局面白い芝居が見せられるのです。」
と役者の給金を下げれば入場料が安くなるという安易な意見に対して自身の見解を示して反論しています。
更には興業主として大切な事として役者との関係について実兄の白井松次郎を批判しつつ以下の様に述べています。
「俳優を遣ふについて、興行主の心得て置くべき事は、興行主は断じて俳優に惚れてはいけません、そうかと言って全然惚れないのも困ります。つまり或時には惚れ、或時には離れるといふ、そこがいふにいへないむづかしい所です私の口から言ふのはをかしい事ですが、大阪の白井は鴈治郎に惚れ過ぎて、それが為に大分結果のよくない事もあるのです、私はそれに気の付くのと共に、自分の仕事の上に顧みて注意をしています。」
この事は松次郎が鴈治郎に終生べったりし続けたツケが回りに回って上方歌舞伎を衰退へと追い込んだ事を怖いくらいに予見していて今更ながらに竹次郎の聡明さに驚かされます。大正2年の買収から108年に渡って歌舞伎座を経営し、92年以上もの長きに渡って歌舞伎というジャンルを独占している背景にはこうした大谷竹次郎が生み出した興行主が守る金科玉条が脈々と受け継がれている事も大きいのではないかと言えます。
この他、伊原青々園こと伊原敏郎、上述の松居松葉、岡鬼太郎、岡本柿紅など名だたる関係者がディープにかたっているだけに歌舞伎を知りたい人にとってはこれだけでも銭払って読む価値があるべきといえる内容となっています。
演劇画報はたまにこういった骨のある連載をする時があり、適当な事しか書けない室田武里2名の駄本を金出して買うよりこうした書物に金を出して読んだ方が上辺だけではない本当の知識が得られるので非常におススメです。