大正3年1月 本郷座 不評の古典と好評の新作 | 栢莚の徒然なるままに

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今回は浪花座、歌舞伎座、市村座に続いてこのブログ初の紹介となる本郷座の筋書を紹介したいと思います。

 

大正3年1月 本郷座

明らかに古典作品と新作の字体が異なるのが面白いです。

 

演目:

一、求女塚身替新田

二、解脱

三、松前屋五郎兵衛

四、誕生日

 

少し前に紹介した真砂座が時代の変化に対応仕切れず衰退を辿ったのに対して新派劇場の双璧と言われた本郷座は松竹買収後も新派の拠点として一応の命脈を保つ事に成功していました。

その為、本来なら新派の公演が開かれていてもおかしくないのですが、この時新派は三巨頭たちが二手に分かれ、伊井蓉峰側は自身の劇場である明治座で、残る河井武雄と喜多村緑郎が新富座で公演を開き競演していました。

その為、本郷座は歌舞伎公演となり専属であった左團次一門に同じく専属の市川八百蔵が加わっての座組となりました。

 

主な配役一覧

 

求女塚身替新田

小山田高家/足利尊氏…左團次

新田義貞/小山田高春…八百蔵

余吾平…小團次

桃井義盛…又五郎

石堂義基…壽美蔵

勾当内侍…松蔦

さみだれ…秀調

おきび…紅若

山澤友貫…荒次郎

猿太…左升

 

 

解脱

悪七兵衛景清…左團次

梶原景時…小團次

鞆六郎…又五郎

伊庭十蔵…左升

河内屋伝兵衛…壽美蔵

佐渡島長五郎…荒次郎

阿古屋…松蔦

 

松前屋五郎兵衛

一心太助…左團次

大久保彦左衛門…八百蔵

松前屋五郎兵衛/張番次郎兵衛…小團次

手代清兵衛…壽美蔵

次郎助…又五郎

中田大助/藤田門兵衛/近藤内匠…荒次郎

原田伊予守…左升

おしほ…秀調

おもと…莚女

お浪…米蔵

 

誕生日

細野源太郎…左團次

大村富太郎…荒次郎

大村みき子…秀調

川端平左門…左升

小川金三郎…壽美蔵

野崎次郎…又五郎

おしん…松蔦

おふじ…莚女

 

一番目の求女塚身替新田は福地桜痴の作品で元は近松門左衛門の吉野都女楠という作品を改作したものです。

当時活歴に夢中だった福地の意向もあって原作にはない序幕と第三幕を書き加えた形となっています。

初演の歌舞伎座を見た人の劇評によれば「渋いには渋いが他の活歴物とは違って大詰めはきちんと盛り上がる場があるだけ他の作品よりかは面白いが中幕がつまらなすぎる」という身も蓋もない率直な批評が乗っている様に福地が書き加えた三幕目の義貞の首実検の場が冗調なのが問題だったそうですが今回亡き師匠の團十郎が演じた義貞と高春の二役を演じた八百蔵の我が子高家の首を見て動揺しながらも左團次演じる尊氏に対して義貞の首であると偽りの報告をする菅原伝授手習鑑の寺子屋さながらの場面が「(八百蔵の)緊張した(演技の)面影が今も瞼に残る」と劇評に書かれる程の熱演もあって緊迫した空気を作り出して中弛みする事無く好評だったそうです。

 

求女塚身替新田

 

解脱

 

しかし、次の歌舞伎十八番の一つ、解脱の復活狂言になると

 

古い歌舞伎の形式に新しい心持を織り込もうとして失敗

 

と劇評に書かれるなど評価は芳しくありませんでした。

元々景清の亡霊が娘の姿を借りて現れて最終的に解脱して景清の姿に戻るという単純な話ですが、左團次はそれに加えて阿古屋や梶原平三を絡ませて道成寺宜しく釣鐘を出してみたり、だんまりを入れるなど少々設定をあれこれ盛り込み過ぎたら事が上述の不評につながったかと思われます。

そして左團次の景清も

 

形は一見ちゃんと荒事をしているが所々失敗をごまかしているのが分かる

 

と演技においても少々粗があったそうです。

 

左團次の景清

 

そして阿古屋演じる松蔦も「綺麗だが(情緒に)寂しい」と書かれるなど他の役者達の評価もあまり芳しくはなかったようです。

 

因みにこの解脱という作品は左團次が復活させた今回の脚本と昭和7年に市川三升が山崎紫紅に依頼して書かれた三升版の2つの脚本が存在します。左團次はこれ以降再び解脱を手掛ける事が無かった為に戦前、戦後は専ら三升の解脱が上演されましたが、今から28年前の1992年に十二代目市川團十郎が国立劇場で復活上演した時は三升の脚本ではなく今回の左團次の脚本で上演されました。

しかし、92年の上演後は再び上演が絶えたままになっているので十三代目市川團十郎白猿が襲名した暁には何処かの地方巡業でも良いので宙乗りなど入れずにまた上演してほしいものです。

 

 

とここまでは不味くてもきちんと批評されていましたが、中幕の松前屋五郎兵衛に至ってはたった一言、

 

これは見ない方が良かった

 

としか書かれておらず、一体何が悪かったのかすら書かれていません。

あらすじを見てみると小團次演じる松前屋五郎兵衛が陰謀により無実の罪で収監され、松前屋が困り果ててる所に左團次演じる一心太助が現れ大久保彦左衛門などの力を借りて評定にまで持ち込み敵役の原田伊予守の悪事を暴いてめでたく解決。

 

と至って単純な話です。

何が見なかった方が良かったのか気になって仕方ありません(笑)

 

 

このように一番目の求女塚身替新田以外は殆ど不評でしたが大切の誕生日は一転して「見物に一番受けていた」と大好評の作品となりました。

内容としては

 

とある一般家庭の山本家、ヒステリーな妻の姪の誕生日を祝おうと親戚一同が集まっていました。しかし、妻の弟金三郎には愛人と、夫の妹おしんも恋人と会う約束があり何としてもこの誕生日パーティーを抜け出す(笑)算段を考えていた。その為、帝国ホテルでの宴会が終わった主人が車で人を轢いて逮捕され留置所にいると大ウソをでっちあげて警察署に行くと言ってまんま抜け出し、嘘を信じた夫人はヒステリーの余り卒倒してしまいます。そんな大騒ぎがある事露知らずほろ酔い気分で主人が帰ってきたもんだからさあ、大変…

 

というドタバタコメディ―の様な内容で中でも左團次演じる帝国ホテルのボーイは鏡を割ったのをごまかす為に絵にある様に荒次郎演じる主人の動きに合わせてパントマイムでものまねをする下りの面白さにかけては第一の出来だったらしく、以下壽美蔵の金三郎、松蔦のおしんの脱走コンビも見てて良かったと称賛されています。

 

誕生日

心なしか絵まで古典とはタッチが違う気がします。

 

そしてこの作品、演芸画報の読者投稿欄では

 

一番良かった作品なのに評判に反比例して作品がちっとも評価されていない!

 

と怒りの投稿が寄せられています。

何か見てみたいですね。

 

大正時代前半の左團次はここ本郷座を常打ちの劇場として新派と仲良く同居しつつ活動を続けていました。

そして明治座の座主から解放されて自由になったとは言え、まだこの頃の左團次は自由劇場を除いて自身の進む活動の方向性がまだ定まっていませんでした。

しかし、この年の10月の新富座で岡本綺堂が書き下ろした新作の佐々木高綱がヒットすると従来の歌舞伎作品に人間関係や心理描写など西洋劇や新派物の要素を取り入れた新歌舞伎物に活路を見出してここから毎年の様に新作を出し続ける最初の黄金期を迎える事になります。今回の公演はそんな左團次の過渡期のおける面白い一コマと言えると思います。