肩透かし
コンビニ・スーパーにて
すっからかんの棚を見て
そうかなるほど 全て被災地に廻されているんだな
と思った
気づけば残りのトイレットペーパーが2ロールになっていたのを思い出し
ドラッグストアにむかった
すっからかんの棚を見て
そうかそうだった 全て被災地に廻っているんだった
と思った
今こそ我慢節約 やりくり上手になろうぞ
なんて しみじみ思いながら家路についた
でも事実は違った。
家に帰ってテレビをつけ
そつなくニュースを読み上げるアナウンサーにじいと耳を傾ける
現実はそんなものなのか…
と思った。
どうもこの楽観的なものの見方が未だに抜けきらない。
さっきも同じようにとあるニュースで肩透かしを食らった。
ブラウン管の向こう
アナウンサーはこんな下りでニュースを読み上げ始めた
「各諸外国で、日本の農産物の輸入を制限する動きがでてきています。」
こう聴いた瞬間の私のアマアマな解釈といえば
そうか この震災で野菜の供給量が落込んでるから
それを見越して、日本国民を気遣って遠慮してくれてるってことかしら
ありがたい
である。
しかし続いてアナウンサーの口をついて出た言葉は
「千葉、茨城、福島のほうれん草、大根… は、香港、アメリカ、カナダ、ロシア…などで 一定の安全基準を下回っている または… とされ、輸入を当面の間ストップするよう… 。」
だ。
そうだこれが現実だった
私の読みはなんとまあ、なまぬるい
ぬるすぎて恥ずかしい
今回の震災で
ありとあらゆる方の沢山の尊い命と
ありとあらゆる方が
計り知れない時間と労力とを惜しんで地道に築いてこられたであろう生活の基盤が
こんなにもあっさりと
こんなにも根こそぎに
とっぱらわれてしまった。
ぽっかりと抜き落とされた穴の深さは その闇の深さは
とてもじゃないけど計り知れない。
それでも生かされた命が残った以上 立ち止まるわけにはいかず
なんとか前を向いて生きて行くよりほかにない 厳しく辛い現実を背負っているわけで。
そしてそんな中でも
他人を思いやる気持ちを忘れずに食いしばって踏ん張っている方々が
それはたくさんたくさん 本当にたくさん いらっしゃる。
気づけばテレビでは、バラエティ番組の放送が再開されているようだ。
これを見て そんな現実があることを忘れがちになる時間が
人々の中で増えていってしまうんじゃないかと思うと
こわくなるし、すごくたまらない、やるせない気持ちになった。
事件だ!
記者は報道する
評論家は分析する
一言居士は批判する
無関係な人は興奮する
すべての人が話題にする
だが死者だけは黙っている—
やがて一言居士は忘れる
評論家も記者も忘れる
事件を忘れる
死を忘れる
忘れることは事件にはならない
*谷川俊太郎『事件』
詩集「空の青さをみつめていると」より抜粋
すっからかんの棚を見て
そうかなるほど 全て被災地に廻されているんだな
と思った
気づけば残りのトイレットペーパーが2ロールになっていたのを思い出し
ドラッグストアにむかった
すっからかんの棚を見て
そうかそうだった 全て被災地に廻っているんだった
と思った
今こそ我慢節約 やりくり上手になろうぞ
なんて しみじみ思いながら家路についた
でも事実は違った。
家に帰ってテレビをつけ
そつなくニュースを読み上げるアナウンサーにじいと耳を傾ける
現実はそんなものなのか…
と思った。
どうもこの楽観的なものの見方が未だに抜けきらない。
さっきも同じようにとあるニュースで肩透かしを食らった。
ブラウン管の向こう
アナウンサーはこんな下りでニュースを読み上げ始めた
「各諸外国で、日本の農産物の輸入を制限する動きがでてきています。」
こう聴いた瞬間の私のアマアマな解釈といえば
そうか この震災で野菜の供給量が落込んでるから
それを見越して、日本国民を気遣って遠慮してくれてるってことかしら
ありがたい
である。
しかし続いてアナウンサーの口をついて出た言葉は
「千葉、茨城、福島のほうれん草、大根… は、香港、アメリカ、カナダ、ロシア…などで 一定の安全基準を下回っている または… とされ、輸入を当面の間ストップするよう… 。」
だ。
そうだこれが現実だった
私の読みはなんとまあ、なまぬるい
ぬるすぎて恥ずかしい
今回の震災で
ありとあらゆる方の沢山の尊い命と
ありとあらゆる方が
計り知れない時間と労力とを惜しんで地道に築いてこられたであろう生活の基盤が
こんなにもあっさりと
こんなにも根こそぎに
とっぱらわれてしまった。
ぽっかりと抜き落とされた穴の深さは その闇の深さは
とてもじゃないけど計り知れない。
それでも生かされた命が残った以上 立ち止まるわけにはいかず
なんとか前を向いて生きて行くよりほかにない 厳しく辛い現実を背負っているわけで。
そしてそんな中でも
他人を思いやる気持ちを忘れずに食いしばって踏ん張っている方々が
それはたくさんたくさん 本当にたくさん いらっしゃる。
気づけばテレビでは、バラエティ番組の放送が再開されているようだ。
これを見て そんな現実があることを忘れがちになる時間が
人々の中で増えていってしまうんじゃないかと思うと
こわくなるし、すごくたまらない、やるせない気持ちになった。
事件だ!
記者は報道する
評論家は分析する
一言居士は批判する
無関係な人は興奮する
すべての人が話題にする
だが死者だけは黙っている—
やがて一言居士は忘れる
評論家も記者も忘れる
事件を忘れる
死を忘れる
忘れることは事件にはならない
*谷川俊太郎『事件』
詩集「空の青さをみつめていると」より抜粋
今年最後の花火
12月4日(土)
お夕飯を食べおわってから、
夜中12時を回って翌5日の朝方にかけるまで
とある課題をぐわぁーーーっとやっつけていた。
おトイレに行く間も惜しんでぐわぁーーーーっ と。
課題にとりかかり始めたころは、
まだこの土日、丸2日をかけてゆっくり片付ける予定でいた。
でも、ひとつのお誘いが頭の片隅に煮え切らない感じでぶら下がっていて。
決断しようとすると悶々としてくるから、
ひとまず課題に集中。
と、一息ついてまた悶々、、
集中、、 にわかにモヤモヤ、、
集中、、 (モヤ)、、 集中、、、、 (モヤッ)
なんてことがひとしきり続き、
結局、合間合間でモヤッっとすること自体が煩わしくなった。
えぇ~~い どうせならもう行くと決めてやるもんね=3
そうと決まると、それはもう心清々しく頭も冴えてきて。
夜通しアドレナリン(?)を異常放出し続けた結果、無事課題も片付いた。
解放されて布団に身を投げる。
死んだように意識が飛んだ。
5日夕方。
品川より熱海行きの東海道本線に乗りこむ。
各駅停車で熱海に行くのだ。
ゆるりと揺られながら熱海に参りたいのだ。
音楽も聞かず、ただぼんやりと
車窓の向こう 流れ行く景色を眺めていたいのだ。
それだけなのだ。
のになぜに!
お隣の若者の様子が気になって仕方がない。
寝るのなら反対側の方に体を委ねては頂けないものか。
スポーツ合宿の帰りなのは分かる、
疲れているのだろう、眠いのだろう、若者よ。
だけど其方の頭が重たいぜよ。
ただでさえ凝った肩にはこたえるぜよ。。
しまいには!
向かいに座ったおんちゃん、あからさまに酔っている様子で目が離せない。
片手に酎ハイ、片手にくたびれたビニール袋。
嫌な予感がしてたまらない。
ごそごそとビニール袋から取り出したのはたこ焼き。
遂にたこ焼きのパッケージを開けたと思えば、
途端にビニール袋の中にむかっておもむろにひっくり返した!
(キャーーーー)
肩の砲丸のような重みも忘れ、おんちゃんの一挙一動を注視する。
ビニール袋からしなっしなのたこ焼きを箸でつまみ上げては
口に運んで、もしゃもしゃしている。
もぐもぐ ではない。
もしゃもしゃ だ。
だって 歯がどうやらない(!)
部分的に、ではなく、あれはどう見ても上下きれいにない。
歯がないのにどうしてたこ焼き食べるの~
当人はそんなことは気にならないようで、
ひたすらもしゃもしゃとアゴ運動を繰り返す。
酎ハイを飲む。
足下にはさっきまでたこ焼きが入っていたパッケージが放り投げられている。
なんと胸のつまる光景よ。
結局おんちゃんは小田原から数個先の駅で降りた。
すっかり暗くなって寂しい雰囲気のホームを
おんちゃんはヨタヨタと歩いている。
と、ドアがしまって、電車はまた動き出した。
ホーム沿いの柵にしがみついて動かなくなったおんちゃんの姿が窓の向こうにみえた。
熱海に向かったのは、花火が上がると聞いたからだった。
この夏は花火をちゃんと見られなかった。
もう今年も終る。見ときたいじゃない。
冬だし、空は済んでてきっと奇麗に見えるだろう。
熱海いったことなかったし、そんな理由で訪れるのも悪くないじゃない。
そんなわけで、友達に誘われて熱海に繰り出した。
花火は想像していたよりもとてもよかった。
人も大して多くなく、間近でゆっくり、静かに花火を眺められた。
こじんまりとした湾に沿って山の斜面に並ぶ町の姿もなんか気に入った。
熱海は何にも無いよ、
と周りに聞いていたけど、
海に迫る町並み。ネオンの色。
どれもレトロな味わいがあって悪くない。
かつて賑わっていたころの気配が幻想のように漂う熱海は
ノスタルジーを感じる、不思議な街だった。
東京から近いし、次回はお昼下がりにでもただぼんやりしにいってみたいかな。
そう、花火を見上げている時、
本当に今年最後の花火だなあ って思って
それでフジファブリックの『若者のすべて』を思い出した。
うそみたいに綺麗に開いては消えてゆく花火を見ながらその曲をくちずさんだら、
途端に寂しくなって涙がこみ上げてきて、
あやうく泣いてしまうところだった。
もうすぐ1年が経つんだなぁ。
佐藤さん(フィッシュマンズ)となると、もう10年、11年、、いや12年近く、、か。
まだまだ長い長い道のり、
精一杯生きなきゃね。
*今日のBGM フジファブリック 陽炎
Fishmans 頼りない天使
お夕飯を食べおわってから、
夜中12時を回って翌5日の朝方にかけるまで
とある課題をぐわぁーーーっとやっつけていた。
おトイレに行く間も惜しんでぐわぁーーーーっ と。
課題にとりかかり始めたころは、
まだこの土日、丸2日をかけてゆっくり片付ける予定でいた。
でも、ひとつのお誘いが頭の片隅に煮え切らない感じでぶら下がっていて。
決断しようとすると悶々としてくるから、
ひとまず課題に集中。
と、一息ついてまた悶々、、
集中、、 にわかにモヤモヤ、、
集中、、 (モヤ)、、 集中、、、、 (モヤッ)
なんてことがひとしきり続き、
結局、合間合間でモヤッっとすること自体が煩わしくなった。
えぇ~~い どうせならもう行くと決めてやるもんね=3
そうと決まると、それはもう心清々しく頭も冴えてきて。
夜通しアドレナリン(?)を異常放出し続けた結果、無事課題も片付いた。
解放されて布団に身を投げる。
死んだように意識が飛んだ。
5日夕方。
品川より熱海行きの東海道本線に乗りこむ。
各駅停車で熱海に行くのだ。
ゆるりと揺られながら熱海に参りたいのだ。
音楽も聞かず、ただぼんやりと
車窓の向こう 流れ行く景色を眺めていたいのだ。
それだけなのだ。
のになぜに!
お隣の若者の様子が気になって仕方がない。
寝るのなら反対側の方に体を委ねては頂けないものか。
スポーツ合宿の帰りなのは分かる、
疲れているのだろう、眠いのだろう、若者よ。
だけど其方の頭が重たいぜよ。
ただでさえ凝った肩にはこたえるぜよ。。
しまいには!
向かいに座ったおんちゃん、あからさまに酔っている様子で目が離せない。
片手に酎ハイ、片手にくたびれたビニール袋。
嫌な予感がしてたまらない。
ごそごそとビニール袋から取り出したのはたこ焼き。
遂にたこ焼きのパッケージを開けたと思えば、
途端にビニール袋の中にむかっておもむろにひっくり返した!
(キャーーーー)
肩の砲丸のような重みも忘れ、おんちゃんの一挙一動を注視する。
ビニール袋からしなっしなのたこ焼きを箸でつまみ上げては
口に運んで、もしゃもしゃしている。
もぐもぐ ではない。
もしゃもしゃ だ。
だって 歯がどうやらない(!)
部分的に、ではなく、あれはどう見ても上下きれいにない。
歯がないのにどうしてたこ焼き食べるの~
当人はそんなことは気にならないようで、
ひたすらもしゃもしゃとアゴ運動を繰り返す。
酎ハイを飲む。
足下にはさっきまでたこ焼きが入っていたパッケージが放り投げられている。
なんと胸のつまる光景よ。
結局おんちゃんは小田原から数個先の駅で降りた。
すっかり暗くなって寂しい雰囲気のホームを
おんちゃんはヨタヨタと歩いている。
と、ドアがしまって、電車はまた動き出した。
ホーム沿いの柵にしがみついて動かなくなったおんちゃんの姿が窓の向こうにみえた。
熱海に向かったのは、花火が上がると聞いたからだった。
この夏は花火をちゃんと見られなかった。
もう今年も終る。見ときたいじゃない。
冬だし、空は済んでてきっと奇麗に見えるだろう。
熱海いったことなかったし、そんな理由で訪れるのも悪くないじゃない。
そんなわけで、友達に誘われて熱海に繰り出した。
花火は想像していたよりもとてもよかった。
人も大して多くなく、間近でゆっくり、静かに花火を眺められた。
こじんまりとした湾に沿って山の斜面に並ぶ町の姿もなんか気に入った。
熱海は何にも無いよ、
と周りに聞いていたけど、
海に迫る町並み。ネオンの色。
どれもレトロな味わいがあって悪くない。
かつて賑わっていたころの気配が幻想のように漂う熱海は
ノスタルジーを感じる、不思議な街だった。
東京から近いし、次回はお昼下がりにでもただぼんやりしにいってみたいかな。
そう、花火を見上げている時、
本当に今年最後の花火だなあ って思って
それでフジファブリックの『若者のすべて』を思い出した。
うそみたいに綺麗に開いては消えてゆく花火を見ながらその曲をくちずさんだら、
途端に寂しくなって涙がこみ上げてきて、
あやうく泣いてしまうところだった。
もうすぐ1年が経つんだなぁ。
佐藤さん(フィッシュマンズ)となると、もう10年、11年、、いや12年近く、、か。
まだまだ長い長い道のり、
精一杯生きなきゃね。
*今日のBGM フジファブリック 陽炎
Fishmans 頼りない天使
カポーティ
の本が届いた。
わーい*
Truman Capoteの“A Christmas Memory”(邦題:クリスマスの思い出)

CDがついてる(中のマーブル模様がきれい)

最初に読んだカポーティの作品は、『遠い声 遠い部屋』
で、次に読んだのが『冷血』
その次に読んだのが、『夜の樹』
『夜の樹』(短編集)に関しては、前半部分を読み終えたまま、実家に置き忘れてきてしまっていて、後半の作品を読めていないのだけれど。
その後、久々に手にしたのが、
最近読んだ『誕生日の子供たち』だった。
とある調べものがあって図書館に行った際、
何とはなしに文庫本を見てまわっていたら、この本の表紙の
若かりしカポーティの表情に目が止まった。
これまで読んだ彼の作品が好きだったのもあって、借りて返った。
村上春樹・訳のもので、短編集になっている。
中に納められている作品はどれも素敵なんだけれど、
中でも“クリスマスの思い出”を読んでいた時は、
久々に胸に響くものがあったんだろう 気がついたら涙が頬をつたっていて、びっくり。
(勿論、これは決してお涙ちょうだいものの作品ではない)
終わりの凧揚げに出かけるシーンなんて、すごく愛おしくて好きだなぁ。
ひっそりと静かに、繊細に紡がれていく、小さくも美しいお話。
あまりに繊細で、おぼつかなくて、危うくて、無防備で。
なんだろう、それまで読んだ作品を通して、
どこかとらえきれないままでいたカポーティのとある核心的な部分が、
ここにきてストンと、はまるべきところに落ちてきたような感覚。
んー 表現が難しいけれど。
結果、カポーティがますます好きになってしまいました。

ともかく、原文で読みたくてたまらなくなって、アマゾンで購入したわけです。
ふふふ。宝物になりそう。
は!もう寝なくては。
明日は筑波山へ。
起きれるかしらー
おやすみなさい
わーい*
Truman Capoteの“A Christmas Memory”(邦題:クリスマスの思い出)

CDがついてる(中のマーブル模様がきれい)

最初に読んだカポーティの作品は、『遠い声 遠い部屋』
で、次に読んだのが『冷血』
その次に読んだのが、『夜の樹』
『夜の樹』(短編集)に関しては、前半部分を読み終えたまま、実家に置き忘れてきてしまっていて、後半の作品を読めていないのだけれど。
その後、久々に手にしたのが、
最近読んだ『誕生日の子供たち』だった。
とある調べものがあって図書館に行った際、
何とはなしに文庫本を見てまわっていたら、この本の表紙の
若かりしカポーティの表情に目が止まった。
これまで読んだ彼の作品が好きだったのもあって、借りて返った。
村上春樹・訳のもので、短編集になっている。
中に納められている作品はどれも素敵なんだけれど、
中でも“クリスマスの思い出”を読んでいた時は、
久々に胸に響くものがあったんだろう 気がついたら涙が頬をつたっていて、びっくり。
(勿論、これは決してお涙ちょうだいものの作品ではない)
終わりの凧揚げに出かけるシーンなんて、すごく愛おしくて好きだなぁ。
ひっそりと静かに、繊細に紡がれていく、小さくも美しいお話。
あまりに繊細で、おぼつかなくて、危うくて、無防備で。
なんだろう、それまで読んだ作品を通して、
どこかとらえきれないままでいたカポーティのとある核心的な部分が、
ここにきてストンと、はまるべきところに落ちてきたような感覚。
んー 表現が難しいけれど。
結果、カポーティがますます好きになってしまいました。

ともかく、原文で読みたくてたまらなくなって、アマゾンで購入したわけです。
ふふふ。宝物になりそう。
は!もう寝なくては。
明日は筑波山へ。
起きれるかしらー
おやすみなさい