「10時ちょうどの便で彼女は♪」と気持ちよく歌っていたのに、 「シアワセって言えば、やっぱり「さだ」だよ。。。解夏も泣けたし。。。」と訳の解らない台詞で私を遮り、
「シアワセですか、シアワセですか、あなた今~♪」と、熱唱し始めたダンナに、うんざりしている私です^^; 皆さん、お元気でしたか?
今回は、心地よい風景のイメージから、はじめましょう。
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晴れ渡った、4月の初めのある日。 あなたは桜並木のこちら側にいます。
暖かい、春らしい、午後。満開の桜。
まだやわらかい春の日差しの中に、淡い桜色が重なり合って、揺れています。
目を閉じると、かすかに漂う、桜の葉の香り。
風が吹くたびに、はらはらと散る、花びら。
ああ、春が来たなぁと全身で感じられるような、そんな日の、午後。
(目を閉じて、思い浮かべてみてね!)
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いかがでした?
半月前の満開の桜を、思い出すことはできましたか?
それでは、再び、イメージしてみてください。
あなたは全裸で、鏡の前に立っています。 鏡の中のあなたは、どんな姿に映っていますか?
近頃出て来た、お腹まわりが気になる?
もう数センチ上がれ!と、両手でお尻を上げてみちゃったりして?
あごの辺りのお肉も気になる?
後姿は、どんなかな?
「こうでありたいスタイル像」が誰の中にもあるものです。
だから、だから、つい、辛口の評価になっちゃうよね?
今度は、 満開の桜の風景を、自分の裸身を眺めるようなアラサガシ的な厳しい目で、イメージしてみて下さい。
それはどんな光景でしょう?
見上げた桜のその上に、電線が見えたかな?
アスファルトの上を転がるビニール袋が、目に入ったかもしれないね。
踏みつけられて汚れた桜の花びらを、見つけた人もいるかもしれない。
捨てられたタバコの吸殻に腹を立てたりして?
同じ風景なのに、ね。見方ひとつで、こんな風に違って見えるんです。
そして、おそらく、 シアワセも、同じなんだろうなあ。
私の話をするならば、 どちらかといえば頻繁にシアワセを感じている方だと、思ってます。
まずは、五感的シアワセでしょ。 味覚、視覚、聴覚、触覚、嗅覚で感じるシアワセ、ね。
美味しい明太子を食べながら! 晩秋のお寺の庭を覆っている紅葉たち‥‥そんな景色を眺めながら、散歩の道すがら、どこからか聞こえてくる、ピアノの音に耳を傾けながら、 梅の香りを運ぶ風に、肌を撫でられながら、むせかえるようなクチナシの香りの中で、 私は、シアワセだと感じます。
次に、「何かとつながっていると感じられる」シアワセ。 自然とか、宇宙とか、もちろん人間だったり。スキューバダイビングが好きで、海に潜っていると、いつしか海水と自分との境が曖昧になっていくときが、あって。。。 至福の時、なんです、私にとって。夜空もいいね。満天の星空の下で、私は空を見上げていて、 共にあって、ひとりだと、感じる時。
話が逸れますが、「もののけ姫」の中の、 「私はタタラバで、サンは森で...共に生きよう」という台詞で、私はアシタカに惚れてしまいました^^
人との関わりの中で、シアワセを感じる時といえば、 ひとりずつで、でも受け入れ、受け入れられた時、かな。心理学に足を突っ込んでからは、随分とこの機会が増えました。
でも、同じシチュエーションでも、シアワセを感じられない時も!
厳しい視線や、アラ捜し的な視線では「素敵!」と感じられないように、 大好物の明太子を食べながら、でも、プリプリと腹を立てている、そんな「損しちゃった」時も、あります。
こんな風に考えると、 事実はひとつで、それに対してシアワセを選ぶのも、選ばないのも、結局、自分なんだと、改めて、感じます。
ところで、「フシアワセ」な出来事って、その時も不愉快だけど、 その後も、思い出したくもないのに、何故か思い出してしまって、その度に、嫌~な気持ちまで再び味わう羽目になること、あるよね?何というのか・・・「フシアワセ」を味わいつくす、みたいな、そんな気持ちになること、ない?
この反対を、習慣にできたら、いいよね。
フシアワセではなく、シアワセを味わいつくす。
自分の中にある、シアワセな記憶を、何度も何度も取り出して。 子供の頃、飴玉を長い時間しゃぶり続けたように、シアワセな記憶を、思い出しては、味わいつくすのだ(笑)。
シアワセな記憶を、実生活でどんな風に活用しているかは、 次回書こうと思います。
これを読めば、 あなたもきっと緊張症から逃れられる!。。。と思う。。。多分(笑)。
