LOVE☆伊豆暮らし -83ページ目

勝負の年  ~2009年1月

こっちに来る時に600万あった貯金が300万になっていた。

いよいよ家賃が重くのしかかってきた我が家の家計。

打開策として私達は引っ越しを考えた。


「3万くらいまでのとこで探そう」

「知り合いが空き家を1万で貸してくれる、とかか一番いいんだけど・・・」

などと相談するものの

どう考えても不動産屋で探しても、事態は解決しそうになかった。


私達はいい話を待つことにした。

本当は待っていられる余裕などなかったが

あせって1・2万安い家に敷金・礼金を払って引っ越しても意味がない。

何かスペシャルな物件に出会うまで待つしかない、と思った。


もし、このままの状態が続いて、貯金が尽きるような事になるなら

東京に帰る事もやむをえない、という話になった。



私は東京に帰るのだけはイヤだった。

すっかりこちらの生活に慣れて

「やっぱり私って、田舎よりの人だったんだなぁ」と、実感していた。


妊娠中で海に入れなくても

眺めているだけで、海は私を元気にしてくれ、

子供たちが海で楽しそうに遊ぶのを見ていると本当に幸せだった。


こっちに来てから東京を恋しく思う事は一度もなく

東京に行って数日経つと「下田に帰りたい」と思うようになっていた。




年が明けた。

「冒険の年」は終り、ここでやっていけるのか

「勝負の年」が始まった。



移住は成功か?失敗か?  ~2008年12月

すっかり冬らしくなったある日。


最近少し暗いなぁ、あんまり海にも入れてないし当たり前か

と、思っていたダンナがポツリと言った。


「俺は今、こっちに来て最初の挫折感を感じてるよ。」と。


「海にもあんまり入れないし、

けっこう頑張ってるのに食っていけるまでならないし。」


それは、こっちに来てから初めての、

この移住に対するマイナスな言葉だったかもしれない。




「林業なんて最高だよね!」と私は軽々しく言っていたけれど

彼にとっては全く知らない世界で、慣れない事ばかりで

大変な苦労をしていた。


それでも愚痴も言わないで少ない休みで毎日頑張っていた。

家族を守るために。


一日の大半を外で働いている夫と専業主婦とでは

生活のフィールドが違う。


週に1日くらいの波乗りなら、東京にいる時でもできた。

佐川急便の給料なら、お金の心配をすることもなかったし。


来年は家族がもう一人増えるって言うのに、これでいいのか・・・

こんな気持ちになるのも当たり前だ。




「お前と子供たちが楽しんでるなら良かったよ」

と言ってくれたけれど

「私が感じているハッピーを共有できていない」

これを知った時、私はとてもとても悲しかった。



移住サーファーの、子育て・波乗り・パン焼き・ビンボー・伊豆暮らし

毎日家から仕事場の山への往復。海を見る日も少なくなっていた・・・


就職はしたけれど・・・  ~2008年9・10・11月

9月になって本格的に毎日仕事に行くようになったダンナ。

基本の休みは日曜だけで土曜・祝日は出勤。

そのかわり雨の日は休みだ。


日当制で社会保障などはなかった。

「これじゃバイトと変わらないじゃん」

ちょっと愕然とした私。


日当制なので休みが多いと給料が減る。

雨が降っては「今月の給料があぁぁぁぁぁっ」とヤキモキした。


それでも一応「社員扱い」という事で帰ってくる時間が遅くなった。

朝7時に出勤して、夜は6時より早く帰ってくる事はなくなった。

日が短くなり、仕事の前も後も海に入れない。


雨の日に休みで自分は海に入れても

子供たちと外で遊ぶ事は出来ない。


海に入る時間、子供との時間を大切にするために、こっちに来たのに。

ビンボーなのは我慢できる、

でも「ビンボー暇なし」ではかわいそうだ。


移住サーファーの、子育て・波乗り・パン焼き・ビンボー・伊豆暮らし

10月に人生初めての「自分の子供の運動会」がありました。

いいもんですね。感動しました。

全部で30人弱の運動会です。

移住サーファーの、子育て・波乗り・パン焼き・ビンボー・伊豆暮らし







私はと言えば、ダンナの事は少しかわいそうだな、と思いながらも

子供たちと海で遊んだり、自然の中でのんびりしたりする毎日に

心から「こっちにきて良かった!!」と思う日々だった。


「あとはお金さえついてくれば・・・」

その思いは空しく、9月の給料は16万。

その後も18万前後の給料が続いた。


いよいよ「これくらい払えるだろう」と思っていた

5万7800円の家賃が重くのしかかってきていた・・・・

式根島日帰りの旅  ~2008年9月3日

下田から伊豆諸島を廻る「あぜりあ丸」という船が出ています。

下田を出港して、新島・式根島・神津島を回ります。


通常はこの3島を回る航路なのですが

下田市の交流事業で1日だけ特別に下田市民限定で

式根島直行、日帰りの船が出ました。


片道1時間50分でした。

8時に出港して9時50分に式根島に到着。

下田に帰ってきたのは午後4時くらいだったと思います。


あまり現地でのんびりはできない強行スケジュールでしたが

それでも式根島に行けるいい機会で良かったです。


やはり、サーファーなら新島!!

神津島も波乗り出来るらしいです。

でも、式根島に行くサーファーって、聞いたことないですよね。


とても小さな島で、温泉と海以外は何もないです。

こんな強行な企画がなければ行かなかった所だろうな

と思うと行けて良かったです。


移住サーファーの、子育て・波乗り・パン焼き・ビンボー・伊豆暮らし

海に面した温泉。無料です。


移住サーファーの、子育て・波乗り・パン焼き・ビンボー・伊豆暮らし
ちょっと熱かったかな?

移住サーファーの、子育て・波乗り・パン焼き・ビンボー・伊豆暮らし

幼稚園のお友達一家と一緒に行きました。

どちらのうちも、パパはサーファー。

移住サーファーの、子育て・波乗り・パン焼き・ビンボー・伊豆暮らし

交流事業ということで島のおばちゃんたちが作った(?)お弁当ランチ付き。

つみれ汁みたいのも付いてて美味しかった。

移住サーファーの、子育て・波乗り・パン焼き・ビンボー・伊豆暮らし
「あぜりあ丸」と。

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新島が目の前に見えます。

移住サーファーの、子育て・波乗り・パン焼き・ビンボー・伊豆暮らし
港の様子。

移住サーファーの、子育て・波乗り・パン焼き・ビンボー・伊豆暮らし
浜の名前忘れた~。

移住サーファーの、子育て・波乗り・パン焼き・ビンボー・伊豆暮らし
下に降りるとこんな感じ。

移住サーファーの、子育て・波乗り・パン焼き・ビンボー・伊豆暮らし

海の家があって、みんなでかき氷を食べました。

初めてかき氷を食べたシュンタロー、まだなごり惜しそうです。

移住サーファーの、子育て・波乗り・パン焼き・ビンボー・伊豆暮らし
帰りの船。下田が見えてきました~。

移住サーファーの、子育て・波乗り・パン焼き・ビンボー・伊豆暮らし

ジョージは船が大好き。

シュンタローは酔うタイプらしく行きの船でゲロしちゃいました。


小笠原で25時間の船旅を経験した私達にとっては

2時間弱なんて、とても近く感じました。


飛行機は狭くて、座ってなければいけないので

小さい子連れには辛いです。

でも船は自由に動けて、子供達も楽しそう。

ただ、船酔いがなければ・・・


とにかく楽しいショートトリップでした。

またもやサーフトリップではありませんでしたね。


夏休みを満喫  ~2008年8月

半年間の無職期間が終わり、ついに就職したダンナ。

7・8月は「バイト君」扱いで自分の希望した日はいつでも休めた。

「友達が遊びに来る」「東京に帰る」と言っては休んでいた。


さらに林業という職種、雨の日には仕事ができない。

その為、朝少し雨が降っていただけで、

すぐに休みになってしまったり。


出勤した日でも午後4時に仕事が終わって

4時半には帰って来ていた。

だから夕方、毎日海に行けた。


「こっちの人はあんまり働かないんだなぁ」と思った。

「やっぱり、のんびりしていていいなぁ~」

なんて思ってしまった。


私は4時になると夜ごはんを作り始めて

ごはんを持って行って海で食べた。


夏だから子供達も毎日海でジャブジャブ。

日が暮れるまで海で遊んだ。

自分は海に入れなくても楽しい毎日だった。

私達は久しぶりの「夏休み」にはしゃいでいた。


移住サーファーの、子育て・波乗り・パン焼き・ビンボー・伊豆暮らし

友達が子供を連れて遊びに来てくれました。

ジョージは小さい子が大好き。

移住サーファーの、子育て・波乗り・パン焼き・ビンボー・伊豆暮らし

家計の事情を知らない子供は無邪気。うらやましい・・・

私は幼稚園のお母さんたちと仲良くなり

ママサーファーの友達もできた。


ダンナは地元のフットサルチームに入り

同世代の友達ができて

週に3・4回ボールを蹴りに行っていた。


「海とフットサルとバイト程度の仕事」

これが永遠に続けばいいのに。

これでお金が入ってくれば最高なのに!!


でも、そんなまさに夢のような事はあり得ない。

7月の給料は8万円、8月は10万円程度だった。

私達は現実に目を向けなければいけなかった・・・