愚痴しかないので愚痴風呂 -33ページ目

いろいろ書きたいことはあるのだが・・・

今日会社で飲み会があって
いろいろ書きたいことがあるのですが
酔っ払っている影響で次回にしたいです。

何に関して書きたいのかというと
「自社(結局はお客様)のためにお客様の環境、体質を変えるべきか」
「組織を導くためのマネージメントとは」

です。
ランキング機能が復活したようですね。
まぁー気にしない気にしない

風邪が治らん

風邪が一向に治らん。
いくら市販の薬を飲もうが治らん。
辛いことに医者に行くほど重い風邪でもない。

昔ダウンタウンの松っちゃんがこういっていた。
「風邪を完全に治せる薬なんてもうあんねん。でもそれを販売しちゃったら、町医者が運営できなくなるやろ。だから隠しとんねん」

って
確かに沿うかもしれない。
風邪なんて言っても急性扁桃腺ホゲホゲってやつともう一個ほげほげってやつの大体2つに絞れるって言うし、それぐらい治す薬ぐらい、今の製薬会社だったら作れるだろう。

できるなら販売してくれって思うのは私だけでしょうか?

ペリー記念館

昨日ペリー記念館に行った。
神奈川県の久里浜にある。

ある程度、人がいるもんだと思っていたが、
記念館に向かってみると

誰も居ない、そして無料

そして入ってみる。

誰も居ない、そして寒い

ペリー記念館のある公園では

子供がはしゃぎ、親子がボール遊び、鳩がうじゃうじゃ

今の日本があるのは
ある意味ペリーが開国を勧めてくれたからと
いうこともできるというのに。。。

少し寂しさがこみ上げた。

お客様とエンドユーザの狭間

仕事をする上で重要となるお客様とエンドユーザ。
ここでいうお客様とは実際に自分にマネーを支払ってくれる人のことを指し、エンドユーザとは自分の行った仕事(成果)を利用する人、つまりお客様にマネーを支払う人のことを指す。

メタファを使うと、

自分 = ウェイター
お客様 = 店長又はオーナー
エンドユーザ = 一般の客
という構図が当てはまる。

ウェイターは店長の支持に従い、一般の客に対して接客というサービスを提供するのだが、ウェイターは一般の客を気持ちよくさせることをすることよりも店長の支持に従うことの方が大事である場合が多い。それは店のコンセプトや客層、メニュー等のもろもろを考慮し、マーケティングした結果、どのような接客サービスを行えばよいのかを店側がマニュアルとして作成しているからである。ただのバイトのウェイターが独自の判断でエンドユーザが喜ぶであろう接客サービスをすることは好まれない場合が多い。

ビジネスの場合はどうなのであろうか?

私はSI業界で働く人間なので、SI業界で例を挙げると、あるBtoCサイトを立ち上げましょうというプロジェクトが立ち上がったとする。構図は

エンドユーザ = ネットサーフィンをして徘徊する全世界の人々
お客様 = サイトの親。サイトが有名になることにより利益を上げる企業
私 = お客様から依頼され、そのサイトを構築するエンジニア集団

ということになる。

まず初めにお客様はどのようなサイトが良いのかを企画し、私に提案してくる。私はコスト、期間、サイト構築にかかる工数を見積もり、出来ることをお客様に伝える。ここまではなんら問題は無い。
サイトを構築中、BtoCサイトとして成功を収めるためにどのような機能が必要で、どのようなデザインにすべきかの構想が私の中で目覚め、それがお客様から提案された企画(要求)とは違うものであることに気づく。

お客様が求めるサイトの理想像とエンドユーザが求めるサイトの理想像に差異が生じていることに気づいた場合、どうすることがベストか?

エンドユーザが求めるサイトの理想像は現状の分析や調査が基になっており、確実に好まれる保障はどこにもない。そう、実際に使ってもらうまではどうなるかは分からない。ただ私の理想がエンドユーザが求めるであろうサイトにこの時点で心変わりしていることは確かである。

お客様からすれば、自分達が練りに練った企画(要求)をそう簡単に覆されたくはないだろうし、そもそも「金払ってるんだから、言われたとおりに作ってくれ!」と思うかもしれない。
お客様が要求する仕様通りに仕事をこなすことは大して難しいことではないが、そこには自分の魂は込められないし、仕事におけるモチベーションも保てない。そんな中で最高のクオリティのものをリリースすることはたぶん出来ないであろう。

お客様が絶対だという意識を持てば、お客様が提案した要求通りにすることがベストであるし、エンドユーザが喜べば、お客様も喜ぶ、従ってお客様が今どう思っていようが、エンドユーザが喜ぶであろう道を選択すべきだという考えであれば、徹底的にお客様と議論することがベストである。

きっと、10人居たら8人ぐらいは後者で仕事に取り組むべきだというであろう。だって理想だもん!
ただ、それが出来ている人間(決して仕事に妥協しないということだと思うが)は数少ない

地道に貯めるか?それとも増やすか?

お金を貯めるには銀行に貯金していくのが最も妥当な戦略であると思う。今の時代、銀行に貯金をしてもほとんど増えない。そうただ預けているに過ぎない。それでも人は銀行に貯金をする。
貯金を増やす、資産を増やすことに興味のない人はいないと思う。

どうやってお金を増やしていくのかは永遠のテーマである。

一生懸命仕事をして給料を上げる
給料なんて大して上がらないからギャンブル
給料なんて大して上がらないから株
etc

そろそろお金を増やすことを考えていかなければならない年になってきている。

尊敬した!

今日、先輩を改めて尊敬した。
決して今まで尊敬していなかったわけではない。大変優秀な方だ。

今あるドキュメントを書いているだが、そのドキュメントの記述方法について私と先輩の意見が食い違ってしまった。
そのドキュメントというのは、先輩が責任を持って作成しているもので、それを1人で記述するのは大変で時間も限りがあるので、私も一緒に記述している。

「私は~記述した方がわかりやすいと思っています。」
「いやでもね。~だから~ならないかなー」
「ですけど、~風にも考えられませんか?」
などという議論を数十分繰り返し、私はこの議論は収拾しないと感じ始め、先輩にこう言った。

「私は~記述した方がいいという考えに変わりはありません。ただこのドキュメントは先輩が責任を持って記述しているものだし、先輩の意見に合わせて記述しますよ。そっちの方が双方にとって今後のお客さんとの打ち合わせもスムーズに進むと思いますし。」

先輩は「自分が正しいと思わないことを誰かの命令でやったとしても高いクオリティの仕事は出来ない。納得いくまで議論しよう」と言った

その通りだった。私は自分の言った発言を撤回したかった。恥ずかしかった。
自分が正しいと思う方法で仕事を進めていかなければ、その仕事に自分の魂はこもらないし、自分の全てを注ぐことは出来ない。結果として高いクオリティの仕事は出来ない。

仕事をする上で「お客さんがこうしてほしいっていうなら・・・」と思いつつ、自分の本意とは違う形で事を進めざるを得ないことは多々ある。一方でこの考えで仕事をしなければならない場合もあるが、自分の魂は込められない。自分が最高と思えるクオリティの仕事は決して出来ない。もちろんお客さんが喜ぶ最高の仕事はしますが...

時に攻撃的に自分の主張を突き通すことも仕事においては大事なときがある
ということを感じた。

三木谷さんおしゃれ関係

出てましたねー。何かものすごい感じのいい人って感じに映っていた。さすがです。今日は昼過ぎに起きて"ウチ来る"という番組を見る。眞鍋かをりがゲスト。眞鍋のブログはとても面白い。見たことない人は一度見ても損はないと思う。少しゆっくりして昼食に近所のそば屋へ。かも汁うどんとライスを注文。ここのかも汁うどんは最高。つゆの加減、うどんの硬さ、全て最高。そしてそのまま電車にて池袋へ。数年ぶりに映画館に行く。そしてハウルの動く城を見る。途中睡魔に襲われ、うとうとしながら最後まで。面白かったといえば面白いし、普通と言えば普通。ストーリー的にはそれほど惹きつけられるようなものではなかったような気がする。そして電車に乗り、夕食の買い物をして帰宅。今日はちゃんこ鍋を作った。タラの白子を入れたなべ。煮すぎてしまいなんだか白子が本来の原型を満たしていなかった。でもとろとろしてうまかった。

改行を使わず、一日の出来事をつづるとこんな感じになります。
何かどこかの○リエみたいなブログになってしまいますね。さすがに

アメーバさんどうしたの?

どうもこのアメーバブログ、ランキング機能が停止しているらしい。システムの不具合だかなんだかで。どうしたもんだ…
社長さんもblogで謝っていた。
復旧まで1ヶ月もかかるという説明であった。
サイト管理者のblogを見ると許容限界を超えてしまったと言っている。
4万サイト強で許容限界?

どれぐらいの規模を初期ターゲットして見据えていたかは定かではないが、許容限界ということは4万サイトも開設されると思っていなかったということ?それともアクセスが頻繁すぎてサーバ補強に時間がかかりすぎるということ?

どちらにしても、1ヶ月かかるということは相当なことだと思われる。
毎日毎日徹夜の毎日を送っていることでしょう。

私もシステムエンジニアなので
その苦労はなんとなくは分かる。
とはいえ、誰かしらのミスであることには変わりはない。
4万人そこそこで日々数百万アクセス(1件あたり100件として400万アクセス)ぐらいで1ヶ月も止まってしまうということは、ちょっとがっかり。

まぁーでも一生懸命働いているエンジニアの方
2月まで頑張ってください。

親友達恋人に優先順位を付けられるか?

私は付けられない。
求めているものが全然違うから。

この年になると親には長生きして欲しいと思う。それがどの感情からくるものなのかわからない。でも大切であり、かけがえのないものであることに違いない

友達とは一緒に酒を交わし、しゃべり、遊び、時には無茶をできる、そんな関係だと思う。一生ものであり、決して崩れることのない友情がそこにはあると思う。

恋人から夫婦になる。一生を共にする相手だけに求めるところは大きい。自分を信じて付いてきて欲しいと心から思う。愛情友情全て含めた意味のパートナーであってほしい。

私にとって彼ら全てが大切であり、今まで生きてきた人生において自分の最大の財産だと思っている。
彼らの幸せが自分の幸せだと笑い話のように聞こえるけど、その通りだと思う。彼らがいなければ今の自分はないし、これから先も彼らに支えられて生きていくんだと思う。

ってふと思った。

根拠のない自信は認めぬ

いるんですよね。こういう人。
なーんにも根拠がないのに自信だけある人。

「やってみないとできないかどうかわからないではないか!」という人がいる。
確かにそうかもしれないが、そんなことが全てまかり通ってしまったら会社なんて倒産してしまう。
如何にこいつならできると確信させられるか?だと思う。

この「確信させる」という所が難しいが、「確信できる」と言えるのであれば必ずその根拠はあるはずだ。ほとんどの場合、既に経験しているという理由が多いとは思うが。

経験がない時にどの程度自分自身を信頼して仕事を任せてもらえるかを常に考えていなければならないと思う。それが「とりあえず任せてくれ」という根拠のない自信からくるものでいけない。

「経験をして根拠を示す」という逆の論理もあるが、この場合、失敗してしまった場合どうするのか?まで考えていなければならないと思う。

根拠のない自信を主張する人間と心中してくれるお客様や上司なんてたぶんほとんどいないよ。

私もどちらかというと根拠のない自信を持っている人間だ。
でもそれだけでは、何も信用は得られない。

従って私の今年の目標は
根拠のない自信を根拠からくる自信に変えること
だ。
そうすることができれば、必ず自分を信じてくれる人がいる、付いてきてくれる人がいると思っている。