本日のポタンリング先は、
我孫子市相馬新田にある、国の有形登録文化財及び我孫子市指定文化財の「 旧井上家住宅 」。
この井上家の歴史は古く、江戸初期から尾張町(現 銀座6丁目付近)で食料雑貨商「近江屋」を営んでいたが、江戸中期には、享保の改革の一環として実施された手賀沼の干拓に参入するため、現在の我孫子市布佐の地に移住。
井上家は、この地で新田開発に取り組んだが、度重なる利根川の氾濫で、手賀沼周辺も洪水に見舞われ、耕地安定化を成し遂げたのが、東京帝国大卒業後土木技師の技術を駆使した12代目当主のときで、干拓事業が終了したのは何と昭和26年、実に200年以上の歳月をかけて大事業を行った名家なのです。
玄関口にある葵の御紋の入った長持は、
明治15年に、10代当主のところに嫁入りした美濃岩村藩元城主の松平家の娘の嫁入り道具。
お殿様の娘が豪農に嫁いだということからも、この家の格式が高かったことがうかがえます。
今回は、サラッとしか見ませんでしたので、土蔵の修復工事が終了したら、改めて、じっくり見学しようと思います。