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香港上海銀行 香港本店ビル @HONG KONG by 山中コ〜ジ

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香港上海銀行 香港本店ビルは建築の授業を大学で受けた人なら誰でも知っている近代建築の代表作のひとつです。

ノーマン・フォスター卿により設計され、1985年に竣工した建築です。
ハイテク建築の代表作でありながら、ノーマン・フォスターの代表作でもあるこの超高層ビルは、吊り構造でできています。
ハイテク建築家は、構造体のプロポーションを気にした為か、ハイテクを構造で表現する為か、吊り構造を多用した建築が非常に多い。

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2階フロアーがフロントとなっているので、1階からはエスカレーターもしくはエレベーターでアクセスできますが、1階と2階を硝子で作った薄い幕の様な間仕切りがあり、そこを貫通してエスカレーターが延びています。
とても、近未来的な印象を与えてくれると同時に、空調にも配慮されているところが、ハイテク建築なのだという事なのかも知れません。

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内部は大きな吹き抜けの空間となっています。
このヴォイドを作る為に、とても大きな架構が建築の外と中をフレーム状に入っているのでしょう。
この空間は銀行建築の威厳の様な力強さを見事に表現している。そう感じました。

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周りを歩きながら香港上海銀行を見ていると、ハイテク建築家と言われる一団と、ノーマン・フォスターが何をテーマに、建築を想像していたかが朧げに分かってきます。
その想像が的を得ているかは分かりませんが”大切な事は一体何か”この事柄について、僕達GENETOも真剣に向き合い、取り組んで行く必要が有ると言う事だけは、より鮮明に感じさせられました。


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山中コ~ジ

DFA(HKDC)祝賀パーティーへ出席 @HONG KONG by 山中コ〜ジ

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前日の授賞式に続き、翌日は祝賀パーティーです。
授賞式は予定より2時間程遅れたので、今回も送れるはずだと30分程遅れて到着。
しかし、またしてもゆっくりスタートでした。

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この日も2時間程度、ホワイエでワインやビールを飲みながら待機です。
どれだけ遅れても、お酒は必ず出続ける。
費用は凄くかかっているはずなのに、主催者の心意気は素晴らしい。

気がつけば、ホワイエは多くの人々でごったがえしていました。

「昨年はこうではなかったので今年は変だ」と、常連デザイナーは不思議がっていました。

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世界各地から著名な方々がこのパーティーには出席されていました。
同レベルの賞で日本の授賞式と比較しても、ここまで豪勢で正統派な授賞式はありません。
しかも、作品の出品費用は日本の方が一桁高いものがほとんど。
授賞式に来る人は日本人ばかりで、今の日本のアワードは香港に比べてローカルとしか言いようがありません。
それだけ香港や中国本土に活気があることは言うまでもありませんが、受賞者の上位には多くの日本人建築家やデザイナーが入っているところを見ると、まだまだ日本人のデザインレベルはアジア各国に退けを取っていない。
むしろ、羨望の眼差しで見られている人もいる。
それだけに、アジアのリーダーシップをとっておこなうこのような正式なアワードや、授賞式や祝賀イベントを、何故日本がこれまでして来なかったのか。
残念でなりません。

$GENETO-HKDCパーティー

開会の挨拶は、数名のアジアを代表する著名なデザイナーがおこないました。
一人目は榮久庵憲司氏。
榮久庵氏といえばGKデザインの創設者で、日本のプロダクトデザイナーとして代表的な人物です。
こんな偉大な方がいながら、どうして今のGKはあんなに落ちぶれたのか。。。
如何に榮久庵氏がスターだったかを思い知らされます。

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他にも、アジアを代表するスターデザイナーが壇上にて挨拶されました。
シューズデザイン等を手がけるジミーチュウ(Jimmy Choo)氏です。
僕は全く知らなかったのですが、同行した山中悠嗣と山下麻子が興奮して教えてくれました。

他にも多くのデザイナーが挨拶をされ、アジアにもこれほどまでに素晴らしいデザイナーがいることを目にすると、これからのアジアは益々延びて行くんだろうと実感させられます。

$GENETO-HKDCパーティー

香港に来て2日目にして料理の脂っこさに嫌気がさしていたので、出さして頂いたフレンチのコースは大変美味しく頂きました。

素晴らしい経験ができた今回のDFAですが、自分の語学力がない事を改めて後悔させられる場でもありました。
国内のプロジェクトがメインではあるものの、ロンドンで取り組んでいるNRW-projectはじめ、色々な国でのプロジェクトオファーが来だしている昨今、このままではいけないと考えさせられます。




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山中コ~ジ

DFA-AWARD2011授賞式 @HONG KONG by 山中コ〜ジ

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香港滞在二日目、夕方からDFA-AWARD2011授賞式が開かれました。
GENETOチーム3名とも、会場へ向かいます。

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着物で会場入りした山下麻子。
予定より2時間くらい遅れて始まった受賞式でしたが、ホールには多くのデザイナーやデザイン関係者が集まっていました。
アジア地域の中から選ばれるDFA(DESIGN FOR ASIA)という事もあり、本当に色々なデザイナーがアジアで活躍している事がわかります。

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GENETOは環境設計というカテゴリーで、TANADAピースギャラリーがBRONZE AWARDを受賞しました。
JCD2010のGOLD AWARDにつぐ二つ目の受賞ですが、環境と言うジャンルで受賞した事は本当に嬉しいことでした。
それは京田辺と言う都市圏から離れた地域にとってのコミュニティースペースの基地として、地域に開放したいと言うクライアントでオーナーの大植御夫妻の真摯な思いが、審査委員に伝わったからです。

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審査会場には建築家の手塚貴晴氏もお見えになり、会場でトロフィーを頂いたキュー・リーメイ・ジュリヤ氏と共に、みんなで記念撮影をいたしました。
これも良い思い出です。

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頂いたトロフィー
とても重いアクリルの塊です。。
会場でNOSIGNER 太刀川氏に「鈍器の様に重いですよ!」と言われましたが本当に重い。

受賞する事を狙って設計している建築家は居ないでしょう。
我々もそんなに器用な事はできませんが、頂けるとやはり嬉しいものです。
社会的には不景気でGENETOも例外ではない状況ですが、ビジネスばかりを重視して建築設計事務所をしている訳ではないので、たまにはこんな労いがあっても良いかも知れないと、自分勝手に納得。

また、ご縁があれば受賞してみたいと思わせる。
そんな授賞式でした。

TANADAピースギャラリーに関わってくださったS3 ASSOCIATES、soto design、アムザ工務店、清川硝子、マックスレイ、近藤泰岳氏、GENETOのスタッフやインターン、オープンデスクで手伝ってくださった方々と、最高の功労者である大植御夫妻には心から感謝しております。
GENETOだけではなく、皆様の力で受賞できたのだと確信しています。

これに奢らず、益々設計業務と真摯に向き合って行きたいと思いを新たにしております。

DFA AWARD2011(公式サイト)


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余談ですが表彰式の会場となった”Hong Kong Convention and Exhibition Center”に向かう途中、僕の中に薄ら残っている記憶を思い出しました。
それは、大学で建築の勉強をしだした時の事です。
当時の僕は建築には全く興味がなく、提出する課題もチンプンカンプンな物ばかりでした。
自分でも何が良いか分からず、悶々とした日々が続いていた時に、ある課題が出ました。
それは「図書館へ行き、自分が気になる建築を、コピーしてストックしなさい」というものでした。
当時の僕が真っ先に気になったのが、この建物の緩いアーチが重なりあった屋根でした。
とても美しい屋根と、建築の前方に広がる海のコントラストが印象的でした。
既に忘れていたことですが、タクシーに乗って会場に向かう窓からこの建築を見た時、全ての記憶が思い出し、ある種の運命を感じずには居れませんでした。

それから数時間後の事ですが、僕は授賞式の壇上に立ち、会場の天井を見つめていました。
天井を見ながら、僕が高校生の時にデザインによって始めて得たトロフィーの授賞式の事を思い出しました。
授賞式は京都の全日空ホテルでおこなわれたはずですが、小学校、中学校と勉強が全くできない、いわゆる劣等生で、何とか入れた高校で始めて世間に認められたのがデザインの賞でした。
「この業界なら僕も何かできるかも・・・」と思い始めたのが、今の僕があるきっかけでもあります。
学校も先生も苦手な僕でしたが、皮肉な事に、小中学校の教師をされていた大植御夫妻の建築を設計したことで、今回の賞を頂くとは。。。
人生とは不思議で愉快なものです。


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