GenerationFLOWのブログ -2ページ目

GenerationFLOWのブログ

ブログの説明を入力します。

■背景

三重県津市において作られ、その昔、文政(1820年)の頃、津藩の家中にて公暇の余業に茄子形の団扇を作ったものが始まりです。「その形の優美にして雅趣ありて家中の人々に賞用せられ、藩候も亦、特に命じて之を作らせ、将軍家への献上品となし、又諸大名への進物として利用された」と伝えられており、余業の手工であるため多くはできませんでしたが、明治維新後に本業として製造を始め、茄子団扇の名を各地にひろめ、津の名産品となりました。昭和四十年代初めに最後の職人が亡くなってから途絶えた。製造工程を見ていた津市岩田の広告用品販売業「賀来商店」前社長の賀来信一さんが約20年前に復活させ、現在は信一さんの二男で現社長の隆さん(51)の妻、智子さん(47)が製作を引き継いでいる。

・津市で県の伝統工芸品に指定


■特徴

 ふっくらとした形で、柄に近い部分にカシューナッツから作った黒い人工漆を塗り、ナスビの「へた」を表現。1月末から6月末まで製作するが、一つずつ手作業で仕上げるため、年間30~40本しか作れないという。価格は5000円程度から。

■特徴 1

京うちわは地紙の中に多くの竹骨をもつ朝鮮団扇の流れを汲み、団扇面と把手が別に作られ、<差し柄>の構造になっていることが大きな特徴です。京うちわは「都うちわ」とも呼ばれ、宮廷にも用いられ極めて優美な絵画が画かれてきました。又一般に普及し、招涼の用具としてばかりでなく、その優美さが人々に喜ばれています。


■特徴 2

「京うちわ」は上部の骨(細い竹ひご)の用いられる数により等級が変わる。
50本並べて5立て・・・主として下級品
60本並べて6立て・・・主として並級品
70本並べて7立て・・・主として中級品
80本並べて8立て・・・主として上級品
90本並べて9立て・・・主として上級品
100本並べて100立て・・・主として飾りうちわ


平柄うちわ

太い竹を必要な長さに切り、6~9分の幅に割り先端を細かく裂いて作ったうちわ。主として丸亀で作る。


丸竹柄うちわ

細い竹の両端を切り先端を細かく割って作ったうちわ。主として千葉で作る。


京うちわ
(みやこうちわ)

細い竹ひごをならべて両面に紙を貼り柄を差し込んだうちわ。京で生まれ京で生産。


■他

ー扇流しー

毎年5月第3週の日曜に開催される三船祭には、芸事の上達を願って、扇子・うちわが、川面に流す、いわゆる「扇流し」が十二単の姫君様などによって行われます。一般のモノも流されますが、このために特別に作られた扇子・うちわもあります。五色のバリエーションに、祭事を司る車折神社のご紋が入ったとっても気品のある仕上がりとなっており、ちょっと流してしまうのがもったいないくらいです。

 五色は青・紅・黄・白・黒からなり、昔の「五行(ごぎょう)思想」に基づいています。これは万物は木・火・土・金・水の五元素から成り立っており、それぞれが影響しあって一切の物事が変化・循環するという考えです(たとえば「木」が燃えて「火」が生まれるが「水」で消滅する、など)。木=青、火=紅、土=黄、金=白、水=黒がもともとのシンボルカラーなのですが、扇子・うちわでは青を緑に、黒を濃紺に近い色にしています。
 扇子・うちわとも、向かって表面の右上に車折神社のご紋が金色の紗(しゃ)刷りで入っています。

・京都では京扇子・京うちわと同一の組合あり。扇子の方が地域柄、特色が
ありそう

■歴史…

撫川うちわは元禄12年(1699年)、板倉越中守重高が封を現在の岡山市庭瀬に遷された頃に、隣藩撫川と共に両藩の士族の間において盛んに製作され、その後庭瀬藩方は次第に衰え、これに反し撫川戸川藩では、商人の間にも製造者が続出するようになりました。


・その後、当時中国・四国・九州各藩の諸侯に参勤交代の途次、江戸や国元への土産品として珍重がられ、天下にその名を広めました。


■特徴…

撫川うちわの特徴は丸柄で、女竹を64本の骨に割いて和紙を貼り、上部に雲形模様を配して

 俳句などを書き込み、その句に合わせて花鳥風月などの切り絵や透かし絵を入れていることです。


■重要無形文化財


■現在…撫川うちわ保存会 「三杉堂」